マンスリーレポート

2026年9月3日 木曜日

2026年9月 薬剤師と分かちあえることはない、のか

 2026年8月の日経新聞「私の履歴書」は、調剤薬局やドラッグストアを全国展開するアインホールディングスの代表取締役社長・大谷喜一氏でした。一代で大手チェーンを築き上げたサクセスストーリーで、家電店経営にまで乗り出し、企業買収を繰り返す姿はドラマティックだと言えるのかもしれません。著名な政治家や経済人、スポーツ選手も登場し、読み物としては世間から好評だったのではないかと思います。しかし私は、強烈な違和感を覚え続けました。

 なぜか。最初はこの違和感は何だろう?と自分でも分からなかったのですが、毎日読み進めていくうちに気付きました。大谷氏は薬剤師ですが、医師の私からみて「同志」とか「仲間」とはどうしても思えないのです。医療の醍醐味のひとつは多職種との「協働」です。視点は異なっても、目指すものはひとつ、すなわち「患者への貢献」です。このミッションを共有しているからこそ、議論には熱が生まれ、ときに「感動」すらあります。医師には医師の役割があり、看護師には看護師の役割があり、そして薬剤師には薬剤師の役割があります。多職種カンファレンスでは「そうか、そういう視点があるのか」と気づかされる瞬間が多く、医療は多様な職種があって初めて成り立つことを改めて実感できます。

 薬剤師は薬のプロフェッショナルであり、医師が文献から得た知識以上の経験を持っています。例を挙げましょう。甲状腺手術で副甲状腺機能が失われた場合、患者は生涯にわたりカルシウム製剤を1日3回飲まねばなりません。研修医の頃の私は「飲み続ければ不足しないのだから問題ないだろう」と考えていました。しかしこの粉薬は非常に飲みにくく、生涯にわたり1日3回となれば誰でもくじけます。執刀医から「うまくいきましたよ」と言われても患者は納得できないわけです。しかし薬剤師はその辛さを理解し、どうすれば飲み続けられるかを助言してくれます。

 私が以前タイのエイズ施設でボランティアをしていた頃、交通事故にあって(爆走したトラックにバイクの私が当て逃げされて)捻挫したことがありました。骨折はないだろうと自己判断して病院ではなく薬局に行きました。すると、まず捻挫した足を見てくれて、私が「日本では通常湿布を使う」と言うと、「タイでも同じだけどタイの湿布には薬草が入っている」といって、詳しく説明してくれました。私はタイ語が中途半端、その薬剤師は英語が中途半端だったため、完全にコミュニケーションが取れたわけではありませんが、私は薬剤師のスピリットのようなものを感じました。

 その薬局は私がロッブリー県で宿泊していたゲストハウスの近くで、何かあれば、いえ何もなくてもときおり立ち寄るようになりました。驚いたのは地域住民が薬局、そして薬剤師を信頼していること、薬剤師と客の会話時間が長いこと、そして必ずしも薬を売ることを目的としていないように見えたこと、です。「患者さんのために」などという言葉は使い古された陳腐な表現で、こんなことを堂々と宣う医療者のほとんどは偽善者ですが、その薬局の薬剤師は間違いなく患者に貢献することをミッションとしていました。その後、バンコクやチェンマイでも薬局を見つけると覗くようにしています。タイの薬局は店の前に「ยา」(日本語で発音すると「ヤー」)とたいていは緑色で書かれた看板が出ていますからすぐに分かります。私が訪れたほとんどの薬局では顧客が薬剤師を信頼していることがよく分かりました。

 薬剤師がお金を稼いでいけないわけではありませんし、薬局も赤字にするわけにはいかないのも分かるのですが、儲かるからという理由で臨床検査に手を出し、家電製品にも食い込もうとし、他の薬局を買収し、東証プライムに上場を果たすことが薬剤師のあるべき姿だとは私にはどうしても思えないのです。そこには「患者に貢献する」というミッションはあるのでしょうか。もっとも、患者からみたときの利便性をよくする、あるいは待ち時間を短くする、さらには宅配サービスをする、といった取り組みは患者からも評価されるでしょう。ですが、上場企業になってしまえば、会社は株主のものとなり、株主が求めているのは一人ひとりの患者の健康ではなく己の利益でしょう。そうなると、薬局を訪れる患者から少しでも多くの利益を得たいという発想にならないでしょうか。

 率直に言うと、私は薬剤師のいくらかをすでに信用していません。これまでもいろんなところで述べてきたように、危険性や副作用のリスクを説明することなく薬を売りまくっている薬剤師があまりにも多いからです。ブロムバレニル尿素は90年代の名作『完全自殺マニュアル』で「最もお勧めの自殺薬」として紹介されている成分です。しかし、例えばこの成分を含む「ナロンエース」を”愛用”している患者さんに「薬局ではどのような注意点を聞きましたか」と尋ねて、そのリスクを教えてもらったという答えが返ってきたことは谷口医院の20年の歴史のなかで一度もありません。

 アリルイソプロピルアセチル尿素は依存性があり、広義の麻薬ともいえる鎮痛剤です。韓国の航空会社Air Premiaはウェブサイトに「麻薬成分を含む鎮痛剤の持ち込み禁止」として、イブA、バファリンプレミム、ロキソニンSプレミアム、新セデス、ノーシンピュアといった商品を名指しして、この成分を含む鎮痛薬の持ち込みを禁止しています。ここに挙げられている鎮痛薬を薬局で購入したという患者さんに「薬局でどのような注意点を聞きましたか」と尋ねると、やはりリスクを教えられたという人は皆無です。ほぼ全員が「そんな危険な成分が入っているなら初めから買わなかった」と言います。

 こんなことが許されていいのでしょうか。ブロムバレニル尿素にしてもアリルイソプロピルアセチル尿素にしても、その危険性を知らない薬剤師はいないわけです(薬剤師免許を持っていれば)。(麻薬を”楽しむ”目的以外で)こんな薬を飲む薬剤師はいませんし、自分の大切な人に勧めることもないわけです。ブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素に依存してしまって人生を台無しにしている人も少なくありません。薬剤師はそれを知っているのです。知っているのにそのリスクを説明せずに販売を続け、良心の呵責に苛まれることはないのでしょうか。

 谷口医院の患者さんのなかに、咳止め(コデインとエフェドリン)の依存症となり、仕事を辞めざるを得なくなり、今も依存症で苦しんでいる若い女性がいます。なぜ薬局は連続購入を阻止しなかったのでしょう。もしもこの女性が初めから”楽しむ”目的で購入していたのなら話は分かります。ですが、この女性の場合、知らない間に依存症となり、大切なものの多くを失ったのです……。

 依存性の説明をせずに危険な薬を売りつけているのが大手薬局だとは言いませんが、利益を増やすことに集中しすぎるあまり営利主義になっている薬局はないでしょうか。同じ医療者としては、日本医師会倫理要綱第6条の「医業にあたって営利を目的としない」と同じように「薬業にあたって営利を目的としない」という気持ちを持ってもらいたいと思いますが、これは叶わぬ望みでしょうか。一応、旧薬剤師倫理規定第10条には「薬剤師は、その職務遂行にあたって、品位と信用を損なう行為、信義にもとる行為及び医薬品の誤用を招き濫用を助長する行為をしない」と書かれているのですが……。

 稼ぎたいのでそんなこと言ってられない、というのなら、せめて稲盛和夫さんの名言「動機善なりや、私心なかりしか」を思い出してもらうことはできないでしょうか。そういえば私が稲盛さんのこの言葉を知ったのも、医学部の学生の頃、たしか「私の履歴書」だったような記憶があります……。

参考:メディカルエッセイ第86回(2010年3月)「動機善なりや、私心なかりしか」

 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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