はやりの病気
2021年6月13日 日曜日
第214回(2021年6月) やってはいけないダイエットとお勧めの食事療法
「確実に痩せる方法」などというと、うさん臭い宣伝のようですが、単に(一時的に)痩せる方法ならいくつもあります。極端な例を挙げれば「断食」をすれば誰でも痩せますし、ここ数年間流行りの「極端な糖質制限」でも可能です。そして実際、劇的な結果が得られます。特に一部のフィットネスクラブで実施している「極めて厳しい糖質制限+筋トレ」は、効果が高く、当院の患者さんのなかにも2カ月で10kg以上の減量に成功した人が何人もいます。
では、そういったダイエットに”成功”した人たちが、その後も適正体重を保ち満足しているかというと、残念ながらそういう幸運な人は当院の患者さんのなかにはほぼいません。半年もたてば元の体重に戻っているのです。
興味深いことに、そういったダイエットを実施している最中の人は「意外に楽しいですよ。これなら続けられます」と言います。これは嘘ではないでしょう。ダイエット中の彼(女)らは、生き生きとし姿勢もよく声も大きく爽やかになり「成功者のイメージ」にピッタリです。
ところが、たいていは半年もたてば元の木阿弥になります。そのとき「半年前のあのときはあんなに楽しいって言ってたじゃないですか。もう一度チャレンジしてみればどうですか」と問うてみても、「いえ、もうあんな体験はしたくありません……」と、いう答えが返ってきます。
では、結局のところ、効果的にダイエットをおこなうにはどうすればいいのでしょうか。その話をする前に「やってはいけないダイエット」をまとめておきましょう。
「やってはいけないダイエット」。それは、「方法にかかわらず急激なダイエット」です。つまり、今述べたように短期間で劇的な効果の出るダイエットこそが最も手を出してはいけないのです。
では、なぜ短期間で劇的な効果がでるダイエットが危険なのでしょうか。それを説明するために興味深い論文を紹介しましょう。医学誌「Obesity」2016年5月2日号に掲載された「「The Biggest Loser」大会から6年後の持続的な代謝適応 (Persistent metabolic adaptation 6 years after “The Biggest Loser” competition)」です。
「The Biggest Loser」というのは米国のテレビ番組で、肥満に苦しむ人たちが出演し、誰が最も体重を落とすかを競い合います。私は見たことがありませんが、優勝すると家族がステージに駆け上がり抱き合い、視聴者は感動のあまりハンカチなしでは見られないそうです。優勝者は「人生に自信を取り戻した」と答え、視聴者に応援のお礼を言うのだとか。
ところが、です。論文によると、この番組に出演しダイエットに成功した14人を追跡すると、そのうち13人がリバウンドし、3人は元の体重よりも太っていたことが判ったのです。
では、なぜそのようなことが起こるのでしょうか。論文は興味深い事実を、数字を挙げて指摘します。「安静時基礎代謝率」という言葉があります。何もせずじっとしているときにどれくらいのエネルギー(カロリー)を消耗するかを示した数字です。この数字が高ければ高いほどやせやすいわけです。論文によると、この番組に出演しダイエットに成功した人たちは、6年間で安静時基礎代謝率がなんと500キロカロリーも下がっていたというのです。
500キロカロリーというとだいたいビックマック1個に相当します。ということは、この人たちはダイエットに成功してからは、ビッグマックを1個食べただけで2個食べたのと同じカロリーを摂取したことになるわけです。これでは努力を続けてもリバウンドが避けられないのは無理もありません。
もうひとつ、とても興味深い数値を示しましょう。
レプチンというホルモンがあります。このホルモンを一言でいえば「食欲抑制ホルモン」です。レプチンのレベルが高ければ高いほど食欲が抑制され、その結果やせるわけです。「やせるホルモン」と言ってもいいかもしれません。
論文では番組出場者の「出場前」「番組終了直後」「6年後」のレプチンの血中濃度を測定し全員の平均値を出しています。その数値(単位はng/mL)は、順に41.14、2.56、27.68となりました。解説しましょう。
まず、「出場前」の数値41.14は正常と考えられます。この時点ではまだダイエットを開始していません。そしてダイエットが開始されると、出演者は空腹と戦うことになります。理性は「食べない」でも身体は「食べたい」です。身体が「食べたい」ということはレプチンの濃度が下がっているはずであり、実際大きく下がっています(2.56ng/mL)。ダイエットを開始するとレプチン濃度がダイエット前のわずか6%(2.56/41.14)しか分泌されていないわけですから、ダイエット開始後、空腹感に耐える辛さは想像を絶するほどだったでしょう。
問題は6年後です。厳しいダイエットを終了した後、ほとんどの人がリバウンドしているのにもかかわらず、レプチン濃度はダイエット開始前の3分の2にしか回復していません(27.68/41.14)。ということは、彼(女)らは、1日に3食食べたのに、2食しか食べていないときと同じ空腹感を抱えているわけです。そして、空腹感に逆らえず食べてしまって体重がさらに増えるわけです。
こんなことになるのが分かっていれば、短期間の急激なダイエットなど初めからやらなかったと思う人もいるでしょう。というより、ほとんどの人がそう思うに違いありません。
では安全かつ効果的に体重を落とすにはどうすればいいでしょうか。短期間の急激なダイエットの反対、すなわち「長期間のゆっくりダイエット」を実施すればいいのです。
具体的にはどのような方法がいいのでしょうか。まずは以前も述べたことのおさらいをしておきましょう。2010年11月のメディカルエッセイ第94回「水ダイエットは最善のダイエット法になるか」で、「ダイエットをしようと思えば摂取カロリーを減らす以外に方法はない」と述べました。運動だけでは絶対にと言っていいほど体重は減らないのです。
なぜ運動だけでは痩せないかについてはそのコラムを参照してほしいのですが、それを証明した研究もあります。「スリムな体型をしているアフリカの未開民族ハドザ族が燃焼していたカロリーは、先進国の男女と同量だった」ことが米国デューク大学の人類学者Herman Pontzer氏らの研究でわかりました。つまり、「ハドザ族が痩せているのは消費カロリーが多いからではなく摂取カロリーが適正だから」言い換えれば「先進国に住むあなたが痩せないのは消費カロリーが少ないからではなく食べ過ぎだから」なのです。「The Telegraph」2021年2月21日の記事「痩せることができない本当の理由(The real reason why you can’t lose weight)」で紹介されています。
さて、前出のコラムでは「毎食前に水をコップ2杯飲めば摂取カロリーが1日あたり300キロカロリー減る」ことを示した研究を紹介しました。今回お伝えしたいのはこの方法を1歩進めたものです。ただし、現段階では私の個人的な考えにすぎません。何人かの患者さんに実践してもらい効果は出ているようですが、エビデンスというレベルのものはありません。
その方法は「食事前に牛乳か豆乳を飲む」というものです。私がこれを思いついた理由は「ダイエットをがんばっている人は総摂取キロカロリーを減らしている(または糖質制限をしている)が、蛋白質が足りていない」ことに気付いたからです。特に糖質制限をしている人は糖質を減らし脂肪を増やしてしまっていて、肝腎の蛋白質が摂れていないのです。効果的なダイエットをおこなうには充分な蛋白質を摂取しなければなりません。蛋白質が不足すると筋肉がやせほそり骨折や骨粗しょう症のリスクが上がります。
そこで食事前(1日1~2回)に牛乳または豆乳をとれば、水ダイエットが成功するのと同じ理屈で体重が減ります(牛乳・豆乳でカロリーを摂ることになりますが、それ以上に食事量が減りますし、糖質はさほど多くありません)。そして、痩せるだけでなく血中蛋白質濃度が上昇し、筋肉と骨がつくられ、体型が理想的になります。
ただし、それをしたところで、身の回りの太りやすい食べ物の誘惑を断ち切らねばなりません。菓子パン、ドーナツ、スイーツ、スナック菓子……、空腹でなくても食べたくなるこういったものを断ち切ることなしには体重が減らないことを忘れてはなりません。
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