マンスリーレポート
2021年3月10日 水曜日
2021年3月 「社会主義か、野蛮か」、あるいは良心か
新型コロナウイルスが流行する前から、米国では社会主義を求める声が大きくなっていたと言われています。おそらく増大する格差社会に嫌気がさした人が増えていたのでしょう。米国では大学を卒業しても奨学金の返済が懐を圧迫し、医療保険にも入れず、最近は物価高から家賃を払うこともできず車で寝泊まりする人も少なくないと聞きます。そこに新型コロナが追い打ちをかけました。一部の州では自殺者も増えているようです。そんななか、「平等」を原理原則とした社会主義にますます人気が出てくるのは当然かもしれません。
翻って日本では、社会主義を支持する人も一定数はいますが、米国ほど顕著ではありません。社会主義を訴える勢力のある野党は現在存在しないと言ってもいいでしょう。しかし、日本も米国ほどではないにせよ、格差社会が次第に顕著になってきています。今回は私見をふんだんに交えながらあるべき政治体制について考えてみたいと思います。まずは80年代後半からの世界の体制の流れをまとめてみたいと思います。
1989年6月4日、北京の天安門広場で民主化を求めて集結していたデモ隊に対し、軍隊が武力行使し多数の死傷者を出した事件、いわゆる「天安門事件」が起こりました。この頃の中国は中国共産党の独裁に反対し民主化を求める声が大学生を中心とした若い世代の間で広がっていました。天安門事件での死亡者は一説では1万人を超えるとも言われています。
1989年11月9日、東ドイツ政府が、国外への旅行自由化を発表したことで(実際には完全自由化を宣言したわけではないが市民にはそのように理解されたと言われています)、その日の夜にベルリンの壁にベルリン市民が殺到し、翌日にはベルリンの壁の撤去作業が始まりました。いわゆる「ベルリンの壁崩壊」です。
1985年にソビエト連邦の書記長に就任したゴルバチョフはペレストロイカ(再建)、グラスノスチ(情報公開)といった改革に乗り出し西側の文化に近づく方針をとりました。80年代後半にはソ連崩壊が現実的なものになっていました。
日本では昭和が終わり平成に入る頃に、こういった社会・共産主義の終焉を物語るような事象が世界中で次々に起こっていました。東側社会(旧共産圏のソ連、東欧など。文脈によっては中国や北朝鮮、ベトナム、ラオスなども含む)は西側に大きく遅れをとり、民主主義が社会・共産主義に勝利したのは誰の目にも明らかでした。もちろん、民主主義・自由主義が絶対的に正しくて人類を幸せに導いてくれるわけではありません。チャーチルの名言「民主主義は最悪の政治形態といわれてきた。他に試みられたあらゆる形態を除けば」がいろんな場面で繰り返し引用されることからもそれは明らかでしょう。
当時の私自身もソ連、中国、東ドイツで起こった出来事に影響を受けました。大学生になりたての頃は(他の多くの学生と同様)「権力が悪い」と決めつけた、言わば左よりの思想に傾きかけたことがありましたが、世界の出来事で完全に社会・共産主義は終わったと思いました。そして、今度は、右に傾いたというわけではありませんが「保守」というものを理想と考えるようになりました。90年代前半のこの頃、西部邁氏の思想に夢中になっていたことは過去のコラム「無意味な「保守」vs「リベラル」」で述べました。
社会・共産主義がうまくいかなかった理由について私が出した結論は「人間の多くは善人ではない。善人でない者が行政を担ったときには腐敗が起こり、不平等が生まれる。だから政府は小さい方がいい」というものです。また、福祉を充実させた社会主義国では、不正をして働かずに福祉の恩恵に預かろうとする輩がでてきます。つまり、役人の側だけでなく、市民側にも善人でない者が少なからずいて、これは不平等なわけです。そこで「政府は小さい方がいい」、つまりいわゆる「夜警国家」が現実的には一番いいのではないかと考えるようになりました。
しかし、夜警国家というのは、安全保障、治安維持といった最低限のことしかせず、福祉や医療には最小限でしか関わらない政治形態です。そのような社会ではハンディキャップを背負った人たちや不運から苦しい生活をしている人たちを見捨てることになってしまいます。
ではどうすればいいのか。私が期待したいと考えたのは、役人ではなく一般市民の中にいる「善人」です。個人や小さなNGOがそういった人たちを助けていくのが理想の社会ではないのか、と考えたのです。
まとめると、私が考えた理想の社会は「夜警国家+善良な市民が自主的に困っている人を助ける社会」です。そして、この考えをかなり長い間持ち続けていました。2009年9月号のマンスリーレポート「選挙よりも政策よりも大切なこと」でもそのようなことを述べています。
では今の私はどうかというと、やはり基本的な考えは変わっていません。「行政には頼らない。なぜなら頼ってもたいていは裏切られるから」というものです。だから新型コロナが流行りだした昨年(2020年2月)、厚労省や大阪府が「37.5度の発熱が4日以上続いたときには保健所に連絡を」と言っていた頃から、行政には裏切られるケースが続出するのが目に見えていましたから「太融寺町谷口医院をかかりつけ医にしている人は体温や日数に関わりなく症状があれば連絡してください」と案内したのです。予想通り、保健所に交渉してもたいていはPCR検査を受け入れてくれませんでした。そこで、谷口医院では5月に保健所に谷口医院独自で検査をすることを交渉し、そして6月初旬から院内での検査を開始しだしました。
もちろん私のこの考えは不充分なものであり、すべての困窮している人を平等に支援できないことは百も承知しています。私自身が手を差し伸べることができる人数はたかがしれていますし、手を差し伸べようとした人に対しても結果として上手くいかないことが多々あると理解しています。ただ、「政府がやるべき。政府の責任だ」などとは言いたくないのです。これからも私自身は、「利他的な精神を持った人を見つけて共に困窮している人を支援する」、という立場であり続けます。
しかしながら、新型コロナが今後も猛威を振るい続けるとすればどうでしょうか。利他的精神を持つ個人や組織だけでコロナ克服は困難です。なぜなら、コロナ克服のためには社会全体をまとめる必要があり、それにはある程度の強制力が必要だからです。そして、現在新型コロナ対策で最も成功しているのは(世間で言われている台湾やニュージーランドではなく)中国ではないかと私は考えています。
日本が第3波に襲われ世界中で感染者が減らずパニックが起こっていた昨年(2020年)末、武漢ではマスク無しで大勢の若者がクラブで騒いでいました。2020年12月20日の朝日新聞は「武漢、強権下の市中感染ゼロ コロナ拡大1年 クラブ客「世界一安全な街」」というタイトルでこの状況を報道しました。
天安門事件で1万人以上の市民が犠牲になった中国では今、多くの人々は自国を誇りに思っていると聞きます。私の知る限り、中国本土の人たちは自国の悪口を言いません。むしろ香港や台湾が劣っているといった言い方をします。彼(女)らはすでに自分たちが世界の覇者と考えているようなきらいもあります。
ただし、中国のその成功の裏にはプライバシーなき独裁政治があります。「The Economist」2021年1月16日に掲載された記事「ほとんどの中国人は厳しいコロナウイルス対策を驚くほど受け入れている (Many in China are strikingly accepting of harsh virus controls)」に新型コロナウイルス陽性が発覚したある女性会社員について報じられています。この女性が過去10日間に訪れた場所、それはラーメン屋から乗車した路線まですべてが公開され、この女性と接した可能性のあるおよそ100人、さらに女性の職場の近くで働く数千人にPCR検査が行われました。女性の自宅付近の道路が封鎖され、その地域の住民約50万人が1週間隔離されています。
このようなプライバシーのない社会が理想だとは到底思えませんが、上述した私が考えるような「小さな政府」であれば、無責任で他人のことを考えない人たちのせいで秩序が維持できなくなるでしょう。日本にはよくも悪くも「同調圧力」が働くせいで新型コロナに対して無責任な人が大勢現れることはないでしょうが(「同調圧力」が日本で社会主義が求められない原因かもしれません)、もしも良心を持たない人たちが勝手な行動をとりだせば社会が維持できなくなります。
国民のほとんどが国家を支持する現在の中国をみていると、天安門事件がまるで実在しなかったかのようです。ちなみに、中国の検索エンジンで「天安門事件」を検索しようとするとすぐにエラーとなるそうです。
「社会主義か、野蛮か」という言葉はマルクス派の女性哲学者ローザ・ルクセンブルグが言ったとされる言葉です。今の世界をみているとこの言葉が真実のような気もします。けれども、私があえて主張したいのは次の言葉です。
「社会主義か、野蛮か」、あるいは良心か
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