はやりの病気
2019年9月21日 土曜日
第193回(2019年9月) 過敏性腸症候群に「低FODMAP食」は本当に有効なのか
過去約13年の太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の歴史を振り返ると、過敏性腸症候群の患者さんは季節に関わりなくコンスタントに受診されています。薬なしでコントロールできるようになる場合も多いのですが、残念ながら今も薬が手放せないという人もいます。ただ、初診時には「電車に乗れないほど重症」という人も少なくないのですが、治療を受けてもまったく改善しないという人はいません。
谷口医院で実施している”治療”は、まずは「生活習慣の改善」です。過敏性腸症候群の生活習慣というと「食事」と思われがちですが、実は食事だけでは不十分です。患者さんにはそのあたりについて時間をかけて説明していくわけですが、今回取り上げたいのは、2年程前から質問と相談が急増している「低FODMAP食」についてです。
低FODMAP食をどう思うか、低FODMAP食に切り替えてもいいか、低FODMAP食は安全なのか……。こういった質問がよく寄せられます。まずは、最近脚光を浴びているこの低FODMAP食を解説しておきましょう。
低FODMAP食は現在世界中で注目されており、日本のガイドラインでも紹介されています。ただ、現時点では質の高いエビデンス(科学的確証)があるとは言えず、ガイドラインでも”紹介”にとどまっており積極的に推奨されているわけではありません。
低FODMAP食が一躍有名になったのはイギリスのある研究です。ただ、その研究はあまりにもN数が小さい、つまり研究規模が小さく、また効果判定を被験者のアンケートでおこなっており科学的信頼度(つまり「エビデンス」)は高くありません。しかしながら、この論文によって低FODMAP食が注目されるきっかけになったのは事実ですから、まずはこの研究を紹介しておきましょう。
医学誌『Journal of Human Nutrition and Dietetics』2011年5月号に「過敏性腸症候群の患者に対する標準食と低FODMAP食の比較(Comparison of symptom response following advice for a diet low in fermentable carbohydrates (FODMAPs) versus standard dietary advice in patients with Irritable bowel syndrome)」という論文が掲載されました。研究内容は下記の通りです。
標準食を摂取した被験者が39人、低FODMAP食を摂取したのは43人です(被験者数が少ないのが残念です)。「症状が改善し満足した」のは低FODMAP食を摂取したグループで76%、標準食は54%です。症状を数値化したスコアでみると、低FODMAP食は86%で改善、標準食は49%です。具体的な症状の改善度をみると、「腹部膨満(bloating)」が改善したのは、低FODMAP食が82%、標準食が49%。「腹痛」は低FODMAP食85%、標準食61%。「鼓張(flatulence)」は低FODMAP食87%、標準食50%で、これらにはいずれも統計学上の有意差があります。
では、低FODMAP食とはどのようなものなのかをみていきましょう。FODMAPとは、Fermentable(発酵性)、Oligosaccharides(オリゴ糖)、Disaccharides(二糖類)、Monosac-charides(単糖類)、and Polyols(ポリオール)の略称です(”リズム”と”響き”をよくするために「and」の「a」を加えていることに違和感を覚えるのは私だけでしょうか)。つまりFODMAPとは、①発酵食品、②オリゴ糖、③二糖類、④単糖類、⑤ポリオールの5つの系統の食品のことで、低FODMAP食とは、これらを極力摂取しないようにする食事療法のことです。
患者さんからの質問で最も多いのが「発酵食品は腸にいいってこれまで聞いてたんですけど違うんですか?」というものです。この質問はもっともであり、「腸のなかのいい菌(善玉菌)を増やすことが過敏性腸症候群を含む多くの腸の病気に有効」というのがこれまでの定説ですから、低FODMAP食はそれを覆すことになります。なかには、ネットなどの情報を鵜呑みにし影響を受けて「これまでは積極的に摂っていたヨーグルトと納豆をすでにやめています」と先を急ぐ人もいます。
発酵食品の良し悪しを論じる前に他の4つの項目もみておきましょう。
②オリゴ糖:オリゴ糖の定義としては通常「二糖類以上の糖」となるが、FODMAPの考え方では二糖類を独立させているため(下記③)、三糖類や四糖類のことを指している。キャベツ、ブロッコリー、アスパラガスなどに含まれているラフィノースが代表。ひよこ豆やレンズ豆もオリゴ糖を豊富に含む。
③二糖類:砂糖の主成分のスクロース、乳糖(=ラクトース)(牛乳に含まれる)、麦芽糖(マルトース)、トレハロース(エビに含まれている)など。
④単糖類:おおまかにいうと甘い物。フルーツや蜂蜜にも含まれる。また単糖類の一種であるフルクトースの重合体「フルクタン」は低FODMAP食で重要視されている。タマネギ、コムギなどに豊富に含まれる。
⑤ポリオール:糖アルコールのこと。低カロリー甘味料として用いられる。
従来、過敏性腸症候群を患ったときに積極的に摂取すべきなのは、ヨーグルトや納豆などの発酵食品、植物性蛋白質が豊富な大豆製品、様々な野菜、食物繊維、フルーツなどで、避けなければならないのは甘い物(フルーツを除く)、人工甘味料、炭水化物、加工食品などになります。ということは従来の食事と低FODMAP食には共通点と異なる点があり、まとめると次のようになります。
〇従来の食事、低FODMAP食共通の「避けるべき食べ物」:甘い物、砂糖、人工甘味料、炭水化物(特にコムギ)。
〇従来の食事では推奨され低FODMAO食では避けるもの:ヨーグルト、納豆、豆類、食物繊維が豊富な野菜(アスパラガス、キャベツ、タマネギなど)、フルーツ。
〇従来の食事、低FODMAP食共通の「摂るべき食べ物」:特になし
過敏性腸症候群では腸内フローラ(腸内細菌叢)に幅がない、つまり腸内細菌の種類が少ないことが分かっています。またいわゆる善玉菌が少ないことも指摘されています。アフリカやアジアなどに残っている未開社会には過敏性腸症候群が存在しないのは伝統的な発酵食品をよく摂取するからだと言われています。ですから、「現代病」である過敏性腸症候群では、まずプロバイオティクス(善玉菌)を積極的に摂取し、次にプレバイオティクス(善玉菌のエサになる食べ物。代表が食物繊維)を摂りましょう、とされています。一方、低FODMAP食を実践すればこれらの双方が摂れないことになります。
ですが、低FODMAP食を徹底すれば炭水化物、特にコムギを摂らなくなります。過去に何度か紹介したように(参考:はやりの病気第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」)、コムギを控えると体調がよくなるという人は少なくありません(過去に指摘したように、これはコムギアレルギーや”遅延型アレルギー”ではありません)。また低FODMAP食を徹底すれば甘い物や加工食品が摂れなくなりますから、これは従来の食事療法と共通です。
さて、そろそろ私が考えている結論を話します。低FODMAP食を実践したいという人から相談されれば「興味があるならやってみれば」と助言しています。その際には今ここで述べたようなことを説明するのですが、特に注意して聞いてもらうのは「プロバイオティクス/プレバイオティクスを長期で摂取しなかったときの安全性が不明」ということです。実際の患者さんの声はどうかというと、低FODMAP食に切り替えて調子がいいという人は確かにいます。ですが、よく聞くと、効果が出ているのは単にコムギをやめたからではないのかな、と思えるケースが実はほとんどです。
最後に、谷口医院で最も重要視している過敏性腸症候群に対する生活指導をお伝えしましょう。それは、「有酸素運動」です。実際、ジョギングを始めてからすっかり調子がよくなったと言う患者さんは少なくありません。エビデンスもあり、この研究は過去にも紹介しています(医療ニュース2018年3月2日「有酸素運動が過敏性腸症候群を改善する」)。ただ、先述の低FODMAP食の研究と同様、規模があまり大きくないのは事実ですが……。
参考:
機能性消化管疾患診療ガイドライン2014―過敏性腸症候群(IBS)
日本消化器病学会ガイドライン 過敏性腸症候群
はやりの病気
第172回(2017年12月)「「リーキーガット症候群」は存在するか?」
第158回(2016年10月)「「コムギ/グルテン過敏症」という病は存在するか」
第117回(2013年5月) 「便秘を治す(後編)」
第116回(2013年4月)「便秘を治す(前編)」
第101回(2012年1月)「増加する炎症性腸疾患」
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