マンスリーレポート
2019年8月8日 木曜日
2019年8月 ”怒り”があるからこそできること
ここ数年「アンガー・マネージメント」がブームです。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の勉強会でも講師に来てもらってスタッフ全員で勉強したことがあります。アンガー・マネージメントを実践している人はますます増えていると聞きます。たしかに瞬発的に怒りを表明すると結果的に後悔することが多いのは事実ですし、怒りが蔓延しているような職場で働きたいと思う人はいないでしょう。
ですが、怒りにはネガティブなことしかないのでしょうか。実は、私は以前から「怒りを遠ざける」という考えに疑問を持っています。「日本アンガー・マネージメント協会」のトップぺージには「ちょっとした習慣・考え方を身につけるだけで、不要なイライラや怒りとは無縁の生活を送れます!」と書かれています。あるビジネス系のポータルサイトでは「「アンガー・マネジメント」とは?怒りを抑える3つのテクニック」という記事が紹介されていました。つまり、アンガー・マネージメントは常に「いかに怒りを抑制するか」という観点から語られるのです。けれども、人は本当に怒りと「無縁」の生活をし、いかに怒りを「抑制」するかを考え続けなければならないのでしょうか。
アンガー・マネージメントがブームにあるなか、「怒りを表明せよ」などと言うのは奇をてらった意見に思われるでしょうが、私はいつも”怒り”と共に生きているような気がしています。怒りがあるから頑張る気になり努力ができているのです。つまり私にとっての怒りは行動の原動力ともいえるのです。数年前から、こういうことをどこかで発言してみたいけど相手にされないだろうな、と思っていたところ、先日ノンフィクション作家の河合香織さんが日経新聞のコラムで興味深いことを書かれていました。
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翻って考えれば、私にとっては原稿が書けないことはいいことかもしれない。書くことがないということは、心が平穏な証左だからだ。ノンフィクションを書く動機の奥底には、人生の不条理に対する悲しみがある。そろそろ落ちついて怒りから解放された晴れやかな文章を書きたいとも思っているが、まだまだ怒りの玉を手放すことができない。(日経新聞2019年6月13日夕刊)
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つまり、「怒りがあるから文章を書かねばならなくなる。書くことがないときは心が平穏で怒りがない」ということを言われているわけです。私は川合氏のこの言葉がふっと腑に落ちました。
私は作家ではありませんが、本を上梓したこともありますし、このサイトも含めて複数のサイトでコラムを書いています。そして、その原動力の源は怒りであることが多いのです。
私が初めて自分の文章を世間に発表したのは1987年、高校を卒業した直後です。偏差値が40しかなくても2カ月の勉強で志望校(関西学院大学)に合格できたことをある本で発表しました。これは自慢がしたかったわけではなくて怒りが源です。その文章には、「お前の行ける大学はない」と言われた教師に対する怒りや、私よりも成績がいいのに教師の忠告に従って本当は望んでいない大学に行くことに決めた同級生に対するもどかしさが刻まれています。
次に文章を公表したのも受験勉強のことで、医学部入学時の1996年に書きました。さらに怒りを表明したいと考えた私は、医学部を卒業してから2002年に出版社に原稿を送り『偏差値40からの医学部再受験』を上梓しました。この本のオリジナルの原稿には、いかに高校教師が生徒をダメにしているか、そしてその教師の言いなりになってはいけないかを延々と書いたのですが、残念ながらその大部分は編集で大幅にカットされてしまいました。
その次に書いたのは『医学部6年間の真実』という本で、これはやる気のない医学生や既存の医療体制の問題点を指摘しています。これを書こうと思ったのもやはり、そういったものに対する怒りです。特に、医学部の試験でカンニングをする学生に対する怒りがおさえられなかったことが執筆動機のひとつです。
『今そこにあるタイのエイズ日本のエイズ』という本を書いたのは2006年頃で、これはタイで見てきたHIV/AIDSに関する怒りを表明したかったというのがきっかけです。この本を書く前からNPO法人のGINAでいくつかのコラムを書いていました。書こうと思った動機は、HIVに感染したことで食堂から追い払われたり、乗ろうとしたバスから引きずり降ろされたり、住民から石を投げられたり…、ということが当時のタイでは頻繁にあり、さらには病院でも門前払いされ、行き場をなくしている人たちがいたことです。こんなこと許されていいはずがありません。ちなみに、現在のタイではHIVに関連する問題がすべて解消されたわけではありませんが、かつてのようなひどい状況にはありません。現在は日本の方がはるかにHIV陽性者に対する差別が根強いことは間違いありません。
谷口医院のサイトでもコラムを書き、さらにメール相談を随時受け付けているのは、きちんと治療すれば治るのに誤ったことを教えられて悪化させているような人(例えば悪徳な民間療法)や、きちんと説明を受けておらず無益なドクターショッピングを繰り返している人たち(前医を安易に批判してはいけないのですが、前医が別の言い方をしていれば患者さんはこんなに悩まなくても済んだのに…、という例は決して少なくありません)の力になりたいという思いがあり、これも一種の怒りがベースになっています。
2015年7月から毎日新聞の「医療プレミア」で連載を持たせてもらっています。総合診療医の私が感染症を取り上げているのは、感染症はほんのわずかな知識で完全に防ぐことができるのに(コラムのタイトルは「実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-」です)、きちんと教育されていない、あるいはネットなどからウソやインチキの情報をつかまされて不幸になる人が少なくないことなどから、本当のことを伝えたい!という強い気持ちがあるからで、これもやはり一種の怒りが原動力です。
2018年7月から始めた「日経メディカル」での連載コラムは医療者向けのものです。そして、ここでも現在の医療体制の問題や、ときには他の医療機関や医療者の悪口を怒りに身をまかせて書いています。
このように改めて自分が書いているものを振り返ってみると、多くの文章の執筆動機が怒りです。そして、その怒りの強度が強ければ強いほど文章は一気に書けます。ときどき、よくそんなにたくさんの文章が書けますね、と言われますが、これは私に文章を書く能力があるからではなく、怒りに身を任せると書かずにはいられない気持ちになる、というのが正直なところで、文章を書くことで私の怒りが整理できているのです。ならば、私は文章を書くことによってストレス発散ができてその怒りが解消されるのかというと、そういうわけではまったくありません。むしろその怒りが鮮明になり増強されることの方が多いのが事実です。
今この文章を書いているのも既存の「アンガー・マネージメント」に対する一種の怒りがあるからと言えなくもありません。ただし、アンガー・マネージメントに完全に反対しているわけでもありません。私が言いたいのは、怒りを「抑制」するのではなく、怒りと「無縁」の生活を望むのでもなく、自然にわきでてくる”怒り”を原動力に行動してもいいのでは、ということです。
それが私流の”アンガー・マネージメント”(怒りの管理)というわけです。
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