マンスリーレポート
2018年5月11日 金曜日
2018年5月 なぜあの医師は買春をしたのか
2017年10月、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによるセクハラ疑惑が報じられたことをきっかけに世界中に広がった「#me too」。韓国、台湾、中国などアジア諸国でもムーブメントが起こっているなか、日本では大きな動きはありませんでした。有名ジャーナリストからレイプされ、実名を公表してまで告発したジャーナリストの伊藤詩織さんの勇気にこの国もいよいよ変わるかと期待する声もありましたが、なぜかこの事件は「不起訴」となり、いつの間にかメディアもあまり報じなくなりました。
そんななか、2018年4月、「女性問題」で二人の高い地位にある男性が職を辞することになりました。そんなことをすれば問題になるのは間違いない、と誰にでもわかることを、なぜ「高学歴+高職歴」の男たちがいとも簡単にしてしまったのでしょう。もちろん人間は誰もが聖人君子ではありません。例えば、奥さんに秘密で妾(愛人)をもつとか、身分を隠して女性を買うということはその心理が理解できなくはありません。ですが、辞職した二人の行動は一般人の理解を超越しています。今回は、なぜこんなバカげたことを地位の高い男がやってしまったのか、その理由について私見を述べたいと思います。
女性問題で辞職したひとりは財務省の福田淳一(元)事務次官です。報道によれば、女性記者に対して「抱きしめていい?」、「おっぱい触っていい?」と言ったとか。もしも、身分を隠して、録音・録画されていないことが確実で、相手がペンを武器にするジャーナリストでないという状況であれば、こういう発言をしてやろう、と思う人もいるかもしれません。しかし、福田氏の場合、自分の立場は周知されていて、相手は報道者であるわけですから、氏の言動は狂気の沙汰にみえます。
この異常な言動は海外にも伝わり、氏は世界中に恥をさらしました。BBCは氏の発言を”Can I give you a hug?” “Can I touch your breasts?”などと英訳して世界中に発信しました。
では、福田氏はなぜこのようなバカなことをしたのでしょうか。高偏差値の高校から東大法学部に合格し在学中に司法試験にも受かったという経歴のある氏に、良し悪しの区別ができなかったのでしょうか。
ですが、このようなことは世間ではよくあります。おそらくほとんどの人は「勉強はできるのに常識がない人」のひとりやふたりは知っているのではないでしょうか。では、なぜ彼らは勉強ができても常識が身につかないのでしょう。私はこの理由は2つあると思っています。ひとつは「社会化」の欠落です。人間関係のなかでも特に恋愛やセックスに関わる関係というのは、とても微妙なものでいくら教科書を読んでも理解できません。実際に経験して失敗を繰り返してその微妙なニュアンスを体得していくものです。おそらく福田氏にはこういう経験があまりないのではないでしょうか。
もうひとつの私が考える福田氏の言動の理由は、ある種の「発達障害」があるのではないか、ということです。アスペルガー症候群という名前が一時注目された発達障害は高学歴者にも多いという特徴があります。彼(女)らは、悪気なく他人を傷つける「無神経な」発言をしてしまいます。
高校・大学と勉強にあけくれ、その後も濃厚な人間関係を築かずに年齢を重ねる人もいますが(医師のなかにもそういうタイプは少なくありません)、そういう人たち全員が無神経かというとそういうわけでもありません。人間関係が得意でないにしても、どのようなことをすれば他人が不快に思うかは分かるわけです。福田氏にそれが理解できなかったのは発達障害があるからではないか、というのが私の見方です。(もっとも、そのような”病気”があるから福田氏に罪はないと言っているわけではありません)
女性問題で辞職したもうひとりは新潟県(元)知事の米山隆一氏です。氏も東大出身、しかも医学部(理科III類)に現役合格しています。その後司法試験に合格、さらに新潟県知事に当選という華やかな経歴を持っています。
報道によれば、米山氏は出会い系サイトを通じて、名門私立女子大生ほか複数の女性と知り合い1回3万円支払っていたそうです。そのうちのひとりが”彼氏”にそれを話し、その”彼氏”が週刊誌にリークしたとか。そして、その理由が「政治家が貧乏な女子学生につけこむなどということが許されるのか」と”義憤に駆られて”の行動だとか…。
少し話がそれますが、この報道をそのまま額面通りに受け取ることは私にはできません。この”彼氏”の言葉は私には「きれいごと」に聞こえます。私が”彼氏”の立場なら、まずこの女子学生と話をつけます。二人の関係はブレイクアップするでしょうが、米山氏から金をとったり、週刊誌にリークしたりしようとは考えません。そういった行為は自分の恥をさらすこと以外の何物でもないからです。ですからこの女子大生と”彼氏”は、初めはそのつもりはなかったとしても「美人局」と言われても仕方がありません。
さて、米山氏です。福田氏の件で述べたように、もしも地位の高い身分(知事)という立場で人に言えないことをするのならば、身分は絶対に明かさない、と考えるのが普通です。私はここで売買春の良し悪しを論じたいわけではありません。私個人としては、売春はともかく買春には強い抵抗がありますが、NPO法人GINAの活動を通して、「初めはセックスワーカーと顧客、その後交際、さらに結婚」というカップルをこれまで何十例も見てきました。残念ながらその数年後に離婚というケースも少なくないのですが…。
注目すべきは、買春の良し悪しではなく、なぜそのようなことをすれば今回のような結末が待っていることが米山氏に予想できなかったのか、ということです。
私は氏が「性依存症」ではないか、と考えています。性依存症という疾患自体がはっきりと認められているわけではありませんが、例えば、タイガー・ウッズ、マイケル・ダグラス、チャーリー・シーンなどは性依存症であろうと言うのが大勢の見方です。私自身は、「性が原因で日常生活に支障をきたしている人」が確実にいることから、性依存症を疾患ととらえるべきだと考えています。
そして私は性依存症をふたつのカテゴリーに分類しています。ひとつは「セックス依存」もしくは「ポルノ依存」です。性感染症のリスクが分かっているのに買春が止められない人、あるいはポルノに耽溺し時間を無駄にし、ついには引きこもってしまうような人です。もうひとつの性依存症は「愛情依存」で、恋愛のドキドキ感を常に求める人たちです。ドキドキ感は時と共に薄れていきますから、そうなると次の”ターゲット”を探しにいきます。まるで、次々と新作ゲームにとびつく人のようです。
米山氏は独身だそうです。独身者が買春して何が悪い、という意見もあるようですが(たしかに個人の売買春が日本で取り締まられることはほとんどありません)、私は氏が独身を通しているのは「性依存症」を患っているからではないか、とみています。そして氏の性依存症は、セックス依存と恋愛依存の双方の要素があります。恋愛依存だけなら複数の女性と「同時進行」を普通はしませんし、セックス依存だけなら自身の身分を明かして精神的な結びつきを得ようとはしないからです。
そして性依存症も薬物依存やギャンブル依存など他の依存症と同様、周りが見えなくなっていきます。おそらく氏が件の女子学生からのLINEの通知音を聞いたときなど「至高の幸福」に浸っていたのではないでしょうか。
最後に、福田氏、米山氏のような”事件”は誰もが犯す可能性があるかを考えてみましょう。結果的に他人を傷つける失言を一度もしたことのない人はいないでしょうし(私も頻繁に反省しています…)、依存とまでは呼べなくても周りが見えなくなるほど夢中になる趣味を持っている人も少なくないでしょう。問題は「一線」を超えるまでにブレーキがかけられるかどうかとなります。
私は有効なブレーキは2つあると考えています。ひとつは、福田氏の件で述べたような多彩で複雑な人間関係を通して学んでいく「常識」、もうひとつはホンネで相談ができて率直な助言をしてくれる友人や家族です。辞任した二人には先述した”疾患”があることに加え、これら双方がなかったが故に「一線」を超えたのではないか、と私は考えています。
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参考:はやりの病気第37回(2006年9月) 「あなたの周りにも?!-アスペルガー症候群-」
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