はやりの病気
2014年12月23日 火曜日
第136回(2014年12月) 巻き爪はテーピングだけで大きく改善
あまり深刻な病気とは捉えられませんが「巻き爪」で悩んでいる人は少なくありません。ときに眠れないほど痛くなることもありますし、細菌感染を起こして抗菌薬が必要になる場合もあります。
巻き爪の治療というのは従来は手術が基本でした。最も古典的な治療法は「爪をすべて取ってしまう」という荒っぽい方法ですが、その後いろんな手術法が考案されています。実は、私自身が医師になり初めてひとりでおこなうことを許された手術が巻き爪の手術です。
私が形成外科で研修を受けていた頃、ほぼ毎日何らかのかたちで外科的な処置をさせてもらっていたのですが、自分ひとりで最初から最後まで手術をおこなうということはなかなか許してもらえませんでした。しかし、当時はどんなことでも勉強になりましたから、どのような手術でも補助的なことをさせてもらうために積極的に関わらせてもらっていました。
縫合にはいろんな方法があり、きれいに縫うためにはかなり訓練をつまなくてはなりません。技術がないのに患者さんの皮膚を縫うわけにはいきませんから、手術であまった糸をわけてもらい、縫合の練習用のシリコンシートと持針器やハサミを寮に持ち帰り練習していました。ある程度できるようになると、自分の当番のとき以外も深夜の救急外来に入らせてもらい、縫合が必要になる症例がくると「自分にやらせてください」と言って縫合の機会を増やしていきました。
不謹慎な表現と思われるでしょうが、当時の私は縫合が楽しくて仕方がありませんでした。転倒して頭から血を流している泥酔者や、リストカットをしてわめいている若い女性というのは、医療者からすると好まれないことが多いのですが、私はこういった患者さんもまったく苦にならずに喜んで縫合させてもらっていました。もっとも、私は他の研修医に比べると、泥酔者や精神錯乱をきたしている若い女性とのコミュニケーションもさほど苦痛に感じなかったので、こういった症例には向いていたのかもしれません。
傷を負って救急外来を受診される症例と、腫瘍摘出などの手術症例とはまったく異なります。手術は医師がメスで患者さんの皮膚に傷をつけるからです。そのため、皮膚腫瘍の手術を、最初から最後までひとりでおこなうことはなかなかさせてもらえないのです。
話が大きくそれてしまいました。巻き爪に話を戻します。私が初めてひとりでおこなうことを許された手術が巻き爪の手術で「フェノール法」という方法です。もっとも、この手術はメスを使わずに、麻酔をかけてハサミで爪を縦に切り「爪母」と呼ばれる爪の根元にフェノールを塗布して爪がはえないようにするという方法です。麻酔をかけて爪をハサミで切るだけの単純な処置ですから、手術と呼ぶほどのものではないかもしれません。しかし自分が初めて「執刀医」をした手術ですから今もそのときの様子は鮮明に覚えています。もちろん手術記録も残しています。
さて、巻き爪というのはありふれた疾患ですから、形成外科での修行を終えた後、大学の総合診療部に入ってからも私はフェノール法で巻き爪の治療をおこなっていくつもりでいました。
ところが、です。その後皮膚科や形成外科の研修を続けているうちに、フェノール法を含めて「爪を切る」という治療が最善でないことを知ることになりました。フェノール法以外には「鬼塚法」という術式があるのですが、この方法でも爪を縦に切ることになります。これらの術式であれば手術をすればすぐに痛みから解放され、術後の患者さんの満足度は高いのですが、数年から10年くらい経過すると再び残った爪が巻いてくることがあるのです。こうなると次は爪をすべて取ってしまわなければなりません。
足の親指の爪というのは意外に重要で、スポーツ選手などは爪がなくなるとパフォーマンスが大きく落ちるという人もいます。おそらく体幹のバランスをとるのに何らかの関与をしているのでしょう。そして、こういった点を考慮すると、フェノール法でも鬼塚法でも、あるいは他の方法でも巻き爪の治療で爪を切ること自体が適切でないということになります。
そこで、爪を温存したまま巻き爪を治す治療法について勉強することになりました。私が総合診療部に籍を置きながら勉強に行っていた皮膚科・形成外科のクリニックではVHO法という術式をおこなっていました。これは爪の両端に特殊なワイヤーをかけて曲がった爪をまっすぐにする方法です。非常によく考えられた方法ですが実践するのには訓練が必要でライセンスを取得しなければなりません。そこで私はメーカーが主催するセミナーに参加しライセンスを取得しました。
ただしVHO法は保険適用がなくコストが高くなりますので、もう少し安い治療法も検討すべきです。比較的簡単な方法に、形状記憶の金属プレートを爪に装着させる、と言う方法があります。専用の長方形のプレートを爪に接着させ、毎日患者さんに自宅でドライヤーを用いて熱を加えてもらうという方法です。熱が加われば金属はまっすぐになろうとし曲がった爪がまっすぐになるというわけです。
爪と皮膚の間にセルロイドのシートを置く、という方法もあります。これはレントゲンのフィルムのようなセルロイドのシートを食い込んでいる爪の下に置く方法で痛みが速やかに軽減されます。また、点滴に用いるチューブを1~1.5cmくらい切り取って縦にハサミを入れそれを巻いている爪を保護するようなかたちで留置する、という方法(これを「ガター法」と呼びます)もあります。
こういった方法を組み合わせれば、フェノール法をおこなわなくても、つまり爪を切らなくても治療ができるわけで、クリニックをオープンした年(2007年)にはそれなりにおこなっていました。
しかし、以前にも述べたことがありますが、大きな手術でないとはいえ、これらの処置には麻酔を要することも多くそれなりに時間がかかります。医師ひとりのクリニックでは到底おこなうことができず1年もたたないうちに中止せざるを得なくなりました。巻き爪だけでなく、オープンした当時は皮膚腫瘍摘出術なども積極的におこなっていましたが、巻き爪と同様、時間的な制約から続けることができなくなりました。
しかし巻き爪の患者さんは少なくありません。そこで私は患者さん自身に自宅でテーピングをおこなってもらう方法を伝えるようにしました。重症化するとこの方法では治りませんが、軽症から中等症くらいであれば多くの症例で、少なくとも痛みに関しては改善するのです。初診時には、手術が必要になるかもしれないと思える症例や難治性の症例でも適切なテーピングだけで痛みから改善され、見た目には劇的な改善をしていなくても治療を要するほどではなくなることも多いのです。
そして、巻き爪にはテーピングが有効であるということをまとめた論文が最近発表されました。『The Annals of Family Medicine』という家庭医(総合診療医、プライマリ・ケア医)向けの医学誌の2014年11月12月号に掲載されており(注1)、執筆したのは日本の医師です。この論文が皮膚科・形成外科の専門誌でなく家庭医向けの医学誌に掲載されたということは、テーピングによるこの方法が有効であるというだけでなく、簡単におこなえるということを物語っています。
論文を執筆した医師は、テーピングを指導した合計541例(男性182例、女性359例)の症例を分析しています。2ヶ月が経過した時点で、約半数の44.5%で爪の形が改善したそうです。残りの半数では他の治療が必要となったものの、それでもほとんどの症例ではテーピングだけで痛みが改善したそうです。
では、どのようにテーピングをおこなうかですが、これを文章にするのは困難なので、この論文に掲載されている写真を参照してみてください(注2)。
ところで巻き爪は治療よりも大切なことが2つあります。1つは「爪を切りすぎない」ということで、実際巻き爪の原因のほとんどが爪の切りすぎです。足の爪については多くの人が切りすぎています。手の指は少々深爪をしても問題になりませんが、足の指は要注意です。どれくらいが適切かというと、足の裏からみて爪が見える程度、靴下をはくときに爪がひっかかってはきにくいと感じる程度がいいと私はよく患者さんに話しています。
もうひとつ大切なことは、もしも爪の水虫があれば速やかに治療をおこなうということです。爪の水虫は爪が濁ってきますから、それを取り除こうとしてついつい爪を切りすぎてしまいます。また水虫に侵されることで爪がボロボロになり切らなくても爪が短くなっていくことがありこれも巻き爪のリスクになります。
では巻き爪をまとめておきましょう。
・巻き爪の原因のほとんどは「爪の切りすぎ」であり、多くの人が切りすぎている。(つまり、多くの人が巻き爪になるリスクがある)
・爪の水虫があると巻き爪をおこしやすい。速やかな治療を検討すべき。
・巻き爪で手術をおこなうと将来再発することが多い。VHO法、ガター法など手術の前に検討すべき治療法がいくつもある。(ただしこれらの一部は保険適用外の治療です)
・医療機関で治療をおこなわなくても自身でおこなうテーピングで改善することが多い。
注1:この論文のタイトルは「Patient-Controlled Taping for the Treatment of Ingrown Toenails」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://annfammed.org/content/12/6/553.full
注2:下記URLで写真を見ることができます。
http://annfammed.org/content/suppl/2014/11/07/12.6.553.DC1/Tsunoda_Supp_App.pdf
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