マンスリーレポート
2011年12月号 僕が震災から学んだこと
2011年もあと1ヶ月を切っていると言われてもそのような実感がなく、今年は長かったような感じがしていたのですが、終わってみれば例年以上に短かった、というのが私の現在の印象です。
2011年を振り返ってみると、やはり東日本大震災につきるように感じられます。もちろん私は四六時中震災のことを考えているわけではなく、仕事中は目の前の患者さんに集中しますし、私のプライベートな行動が直接震災に関係しているわけではありません。
医師として患者さんに接しているとき、特にその患者さんの人生に大きな影響を与えるような疾患、例えばガンやHIVの告知をおこなうときには、震災のことは頭から完全に消えていますし、もっと日常的な疾患を目の前にしたときでも「今頃被災地では・・・」などと考えているわけではありません。寝ても起きても震災のことばかりが気になって・・・、というわけではないのです。
しかしながら、改めて一年間を振り返ると、東日本大震災というものの存在は私にとっても極めて大きなものであり、これからの自分の人生に影響を与えるのではないかという気持ちになります。
これは一見不思議なことです。
そもそも私は自分自身が被災したわけではありませんし、被災者のなかに個人的な知り合いもほとんどいません。震災に関する情報の入手ルートは、一般の人と同じようにマスコミの報道が中心です。医師のメーリングリストからは情報が入ってきますが、メールでは文字だけですし、医学関連の学会や勉強会に参加したときは、直接被災地医療にかかわった(かかわっている)医師の報告が聞けて、スライド(パワーポイント)の写真をみることができますし、現地の様子が非常にわかりやすいのですが、このような機会はそれほど多いわけではありません。
一方、1995年の阪神淡路大震災のときは、私は知人の何人かを亡くしていますし、まだ医学部に入学していなかった頃で医学の知識がないとは言え、被災地の近くに住んでいましたからマスコミからは伝わってこない現地の情報がよく入ってきました。
私にとっては、今年の東日本大震災よりも1995年の阪神淡路大震災の方がずっと身近なものだったのです。けれども、私により大きなインパクトを与え、これからも与え続けるのは東日本大震災のように思えるのです。
これはなぜなのでしょうか。
ひとつには、単純に東日本大震災の方が規模が大きいというものがあるでしょうし、時間の問題もあるでしょう。阪神大震災は発生してから16年が経過しています。また、阪神大震災にはなかった「津波」、そして「放射線被害」というものの存在も大きいでしょう。
しかし、私にとって東日本大震災が阪神大震災よりも強い影響を与えている最大の理由は、おそらく地震発生直後から国内のみならず海外からも伝わってきた「支援の精神」ではないか、と感じています。インターネット(特にYou Tube)を通して世界中から被災地に数多くのメッセージが寄せられました。「Pray for Japan(日本のために祈る)」「I love Japan」といったタイトルのメッセージが次々と作成されました。私はツイッターやフェイスブックはしていませんが、これらを通しても多くのメッセージが送られたと聞きました。
あれほどの被害に合いながら秩序を保って助け合っていた被災者に感動したという声は世界中のマスコミで取り上げられ、「日本人に心を打たれた」という声が世界中で広がり、それを聞いた我々日本人はそのことを誇りに感じました。
もちろん日本国内でも多数の支援活動がおこなわれました。大勢のボランティアが被災地に赴き、直接行けない人は寄附をおこないました。巨額な寄附をおこなった著名人も少なくなく、今後得ることになる生涯の収入を全額寄附することまで約束した大企業の社長も登場しました。
私個人の周りにおこったことは、まず世界中から「お前は大丈夫か」というメールが届きました。その都度私は、大阪は東北地方から随分離れている、という説明をしなければなりませんでしたが、彼(女)らは、東北の被害というより「日本が大変なことになった」と感じたようです。クリニックでは震災の翌日から募金箱を置き、これは現在も続けています。しかし現時点でも私は直接被災地を訪問しておらず、寄附をするだけでいいのか、という葛藤は今もあり、これからも考えていくことになるでしょう。
世界中から日本の被災者の力になりたい、という声が寄せられて、それに感動し、そして我々日本人も被災者のためにできることを考えました。そして、小さな金額であったとしても寄附をおこなうことや、数日間という短い期間でも現地に訪れ被災者を支援することで我々は「支援の精神」というものに触れることになりました。
3月11日以降ずっと私はこのことについて考えてきました。世界中の人たちからメッセージが届けられたことに感動したのはなぜなのか。思えばこれまで日本人がこれほど世界から慈悲の目を向けられることはなかったのではないでしょうか。私自身が被災したわけではないのにもかかわらず世界から届けられるメッセージにこれほど感動するということが私にはある意味「意外」でした。そして、国内では多くの日本人がときには仕事を休職してでも被災地にボランティアをしに行っていることに深い感銘を覚えました。また、日頃お金がないと嘆いている人たちも精一杯の寄附をおこなっていることを知りました。こういったことにこれほどまで深い感銘を受けるのはなぜなのでしょうか。
おそらくこれは「支援の精神」を感じることが人間の心の琴線に触れるからではないでしょうか。言い換えると、見返りを求めず純粋に困っている人を助けること、支援すること、力になることが、人間の本能であり真実であることを改めて認識できたがために感動を覚えるのではないでしょうか。
残念なことに、地震が発生してから約9ヶ月がたち、美談の対極に位置づけられるようなエピソードも次第に増えてきました。例えば、被災地での窃盗やレイプをちらほら耳にするようになりましたし、全国で違法薬物約1億9千万円を売り上げ最近逮捕された密売グループの主犯は宮城県の被災者だそうです。最近は、少しでも時間をみつけてボランティアに行こう、という世間の空気は少し減ってきたように感じられますし、寄附金も以前ほどは集まっていないようです。(太融寺町谷口医院の募金箱は3月以降毎月月末で〆て日赤に寄附していますが、月ごとに額が減ってきています)
私が言わなくても大勢の人が感じていることですが、被災地が復興し被災者が元気を取り戻すのにはまだまだ時間がかかります。ですから、我々は来年になっても再来年になっても我々のできることを考えていかなければなりません。「いかなければならない」という表現をとると面倒な義務のような印象を受けてしまいますが、決してそうではありません。
支援すること、貢献すること、助け合うことは、人類にとって古今東西に存在する普遍の原理原則です。その原理原則が真実であることを東日本大震災が再認識させてくれたのではないか。今、私はそのように考えています。
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