マンスリーレポート
2011年2月号 フェイスブックとタイガーマスク
2010年から2011年にかけてチュニジアで起こった反政府暴動は、政府に不満をもった若者の焼身自殺をきっかけに国内全土に一気に拡大し、最終的にはアリー大統領がサウジアラビアに亡命し、23年間続いた政権が崩壊することとなりました。そして、ここまで一気に国民に情報が広がり、強い団結力が生まれたのは、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サ-ビス)、なかでもフェイスブックによる影響が大きいと言われています。
おもしろいインターネット上のコミュニティがあるから入らない?、知人にそう言われてmixiに私が入ったのは、たしか2005年だったと思います。しかし、結局私は一度たりともmixiを通して何かを発信することはありませんでした。もっと言えば、mixiというものに何も魅力を感じなかったというのが正直なところです。
なぜmixiに興味が持てなかったかというと、元々私がパソコンの操作が苦手ということもありますが、それ以上に「匿名」というものに抵抗があったのです。匿名がイヤなら実名を名乗ればいいじゃないか、という意見もあるでしょうが、コミュニケートする相手がどんな人かよく分からないんだからせめて名前だけでも実名を出すべきだろう、と直感として私はそう思うのです。匿名だから言えることもある、という意見もあり、そういった考えも尊重すべきかもしれませんが、どうしても私には馴染めないのです。何か言葉を発するのならその言葉に責任を取らなければならない、無責任な発言はすべきでないし、匿名での発言は無責任化を加速させる可能性がある、というのが私の意見です。
というわけで、私は「ネット社会の匿名性」というものに抵抗があり、SNSというものを利用した経験がほとんどありません。2チャンネルなどの掲示板も何度か見たことはありますが、実名のない無責任な発言にすぐに嫌気がさして、もう何年も見ていません。
医師のみが利用できる掲示板もあり、こういったものはたまに見ることがありますが、やはり匿名での無責任な発言にうんざりしてしまうことがあります。ひどいものになると、医者同士のけんかの場になることもあり、見るに耐えられない、というのが正直なところです。
私が情報収集によく利用するのは実名を前提としたメーリングリストです。毎日チェックするメーリングリストが3つほどあり、これらは大変有用な情報収集ツールとなっています。実名ですから、メッセージを発信する人もいい加減なことは書けないわけです。私自身がメーリンリストに対してメッセージを発信することは年に1~2度程度しかありませんが、自分の言葉には責任をとるつもりで文章を作成します。実名であれば、いつも「言葉の責任」を感じることができます。
さて、フェイスブックに話を戻すと、フェイスブックの最大の特徴は実名が前提となっているということです。フェイスブックは元々アメリカの学生向けのSNSですが、2006年には一般公開され、日本では2008年から利用開始となっています。2010年にはアクセス数でグーグルを抜き、2011年現在全世界で5億人以上のユーザーがいると言われています。
私自身は情報のやり取りに関して、発信は特定の個人に向けた通常の電子メールといくつかのメーリングリストで充分だと感じています。情報収集については、まず最も有用なのがネット配信のニュースです。インターネットのおかげで、世界中の新聞がほとんど無料で読めるのです。以前にも述べましたがこれこそが私にとってのインターネットの最大の魅力のひとつです。医学関連の情報については、ほとんどの医学誌が少なくとも論文の概要は無料で読めますし、最近は全文が無料で読めるようなものも増えてきています。これらに加えて、いくつかのメーリングリストで集まってくる情報があり、これでもう充分です。フェイスブックでしか得られない情報があるとは私には到底思えないのです。ですから、絶対にとは言いませんが、私は今後もフェイスブックを含めてSNSを利用することはないと考えています。
話がそれましたが、フェイスブックに関して私が興味深く感じているのは、日本でのフェイスブックの普及率が極めて低い、ということです。Socialbakersというフェイスブックの国別の利用者を公開しているサイトによりますと、利用者が最も多いのがアメリカで人口の半分に近い約1億5千万人、2位がインドネシアで約3,500万人です。日本は49位で210万人、利用率(利用者/人口)ではわずか1.7%です。利用率は欧米では軒並み3割から5割以上、アジアでも、インドネシア14%、台湾51%、マレーシア38%、フィリピン23%、ですから、日本の利用者がいかに少ないかが分かります。
なぜ日本ではフェイスブックがさほど普及しないのか・・・。もちろん様々な理由があるでしょうが、最大の要因は「実名公開が前提」ではないかと私は考えています。
日本人というのは実名を出して物を堂々ということにとまどいがある、あるいは苦手意識を持っているのではないかと私は思うのです。そして、それを示すもうひとつの例がいわゆる「タイガーマスク現象」です。
2010年12月25日、「伊達直人」を名乗る正体不明の人物から、群馬県中央児童相談所にランドセル10個が送られました。これが報じられると、同様の匿名の寄附行為が全国の児童福祉関連施設に対して次々とおこなわれるようになり、これが「タイガーマスク現象」と呼ばれるようにったのです。
このブームともなった寄付行為に対して国民の大半は好意的にみているようです。おそらく匿名での寄附という行為にある種の美学が感じられるのでしょう。もしも、同じような寄附をした人が資産家やタレントであれば、どのように受け取られたでしょうか。資産家の寄附であれば、「寄附して当然、もっと出すべき」、企業やタレントであれば「売名行為じゃないの?」と思われるのではないでしょうか。
名前を名乗らずに寄附をする、という行為が美しくみえるのは事実です。しかしこの美しさを強調しすぎれば、寄附という行為が非日常的な行為となり、簡単に気軽にできなくなってしまうことを私は危惧します。
私はキリスト教徒ではありませんが、敬虔なキリスト教徒たちから、「わたしたちは小さい頃から寄附をするのが当然の習慣だった」という話を何度も聞いたことがあります。彼(女)らにとっては、寄附とは何も特別の行為などではなく日常的な行為のひとつにすぎないのです。
タイの大半は仏教徒ですが、タイ人の多くはお寺に寄附(お布施)を気軽にします。この行為はタンブンと呼ばれ「徳のあること」とはされていますが、名前を伏せておこなうようなものではありません。タイのお寺で寄附をしてみれば分かりますが、小額であっても領収書を発行してくれます。おそらく、タイ人からみれば匿名での寄附にさほどの美学は感じないのではないかと思います。以前あるタイ人と匿名での寄附について話をしたことがあるのですが、そのタイ人は、「何か悪いことをして得たお金だから匿名で寄附するんじゃないの?」、と言っていました。仏教徒にとってもお布施(タンブン)は日常的な行為なのです。
一方我々日本人は堂々と名前を出して寄附をすることに対して、後ろめたさではないにしても、恥ずかしさや照れくささのようなものを感じているのです。
普及しないフェイスブックとタイガーマスク現象を、共に「匿名をよしとする日本人の性格」が原因と決め付けてしまうのは極端すぎるかもしれませんが、いかなる言葉に対しても、いかなる行為に対しても実名をだして責任を取る姿勢がもう少し重要視されるべきではないかと私は感じています。
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