マンスリーレポート
2009年2月号 ”不況”を感じる2つの兆候
百年に一度の経済危機、上場企業倒産が戦後最悪を更新、派遣切り、ネットカフェ難民急増、・・・、など、マスコミの報道をみていると嫌でも不況というものを感じざるを得ません。
ただ、私自身は医療機関で勤務していますから、あまり不況というものを実感としては感じないのですが、それでも最近は、「これも不況の兆しかな・・・」と思うことがいくつかあります。
今日は、現在の私が”不況”を感じる2つの兆候についてお話したいと思います。
まずひとつは、医学部受験に関する相談メールが確実に増えているということです。私が処女作である『偏差値40からの医学部再受験』という本を上梓したのは2003年の1月でした。その頃は、本が出たばかり、ということもあったでしょうが、「景気が悪く仕事を探すのも困難、それならば医学部を目指そう」、と考える人が多かったのではないかと思われます。
実際、『偏差値40・・・』の出版された2003年1月の日経平均株価は月の終値で8,339.94円、その3ヶ月後の4月には7,607.88円まで下がります。ちょうど今年(2009年)の年明けからの動きとよく似ています。2003年は夏ごろから景気が少しずつ回復しだし、8月には日経平均株価は1万円を超え、その後も順調に上昇し、2007年6月には18,000円を突破します。しかし、その後サブプライムローンの破綻を契機に一気に世界経済が悪化し、再び株価は8千円を割るところまで落ちることになります。
興味深いことに、この景気の動向が私のところに寄せられる医学部受験の相談数の増減にだいたい一致しているのです。私の元に届けられる相談数は、『偏差値40・・・』を出版した後、月を経るごとに増加していましたが、出版後1年くらいで減っていきました。その後、『医学部6年間の真実』、『偏差値40からの医学部再受験・実践編』を出版した直後にはまた相談件数は増えましたが、それでも2003年ほどは多くなく、2007年ごろからは月に1~2件程度に減っていました。ところが、再び日経平均株価が1万円を割った昨年(2008年)10月ごろからじわじわと医学部受験の相談数が増えてきているのです。
医師という職業は昔に比べれば魅力的な職業ではなくなった、と言われることが増えてきています。過酷な労働条件、患者側の権利意識の向上によるクレームの急増、医療訴訟リスクの高まりなどから、以前に比べると「自分の子供を医師にしたくない」と考える医師も増えてきています。例えば、三重県医師会が県内にある110病院の勤務医を対象として2007年10月に行った調査では、1,108人のうち219人(19.8%)が「子どもに医師になってほしくない」と答えていて、「なってほしい」と答えた176人(15.9%)を上回っています。
しかしながら、労働時間や報酬はさておき(これらも重要ですが)、やはり仕事の”やりがい”ということを考えたときには、大変魅力的な職業であることには変わりありません。景気悪化はもちろん好ましいことではありませんが、将来の職業の選択肢のひとつに医師を考えてもらえれば、我々としては大変嬉しく思います。
さて、私が”不況”を感じるもうひとつの兆候は、太融寺町谷口医院を受診する患者さんの人数が減っているということです。先月(1月)の後半から突然患者数が減少しだしました。特に顕著なのが新患数の減少です。
実際にどれくらい減少しているのか調べてみると、新患(太融寺町谷口医院を初めて受診した人、過去に一度でも受診したことがあれば含めない)の患者数が、昨年(2008年)1月が、男性222人女性117人の合計339人なのに対して、今年(2009年)1月の新患数は、女性は116人とほとんど変わらないものの、男性が156人と66人の減少、3割も減少していることになります。
なぜ、女性は変わらずに男性のみ減少しているのでしょうか。近くに新しく医療機関ができたわけでもありませんし、インフルエンザや風邪の流行は昨年よりもむしろ今年の方が深刻であるように感じます。
では、なぜ新患の男性のみが減少しているのでしょう。ひとつには大阪市北区の会社や商店が不況で人員削減をしていたり、会社や店そのものが倒産したりしているのかもしれません。太融寺町谷口医院は、特に夕方以降の患者さんは大阪市北区(梅田)に勤める会社員の方が多数を占めます。大阪市北区はおそらく西日本最大のビジネス街であり繁華街でありますが、不景気で昼間の人口が減っているのかもしれません。その結果、仕事が終わってから医療機関を受診する患者数が減っている可能性があります。しかし、男性患者数のみ減少し、女性患者数が減っていないことはこれだけでは説明がつきません。
男性の新患が減少している理由として私が考えているのは「受診抑制」です。以前にもお伝えしましたが、ある調査では「医療費が高いから受診を控えた」と答えた人が4割以上にもなります。
実際の患者さんをみていても、例えば、「風邪をひいて家にあった薬を手当たり次第飲んだけど症状がよくならないんで・・・」とか「湿疹がでたから母親の使っている市販の塗り薬を塗ってみたんだけど余計に悪くなって・・・」とかいう患者さんが多く、結果的には(口には出しませんが)「もっと早く来てくれたらすぐに治ったのに・・・」と思われるケースが少なくないように思われます。そして、このように症状が悪くなるまで受診しないのは女性ではなく男性に多いのです。
医療費の高さが心配になるのは女性も同じはずです。太融寺町谷口医院の患者さんをみていると、女性で医療費を心配している人は、診察室で、「先生、あたし、今日は3千円しか持ってないからよろしく!」といった感じで自分の懐状況を話します。そして、興味深いことに、こういうことを話す男性患者さんはほとんどいません。
ということは、病気になって医療機関を受診しようかどうか悩んだときに、男性は「とりあえず身近な薬を試してみよう」と考えるのに対し、女性の場合は、「とりあえず医療機関を受診して手持ちのお金で治るかどうか医師に尋ねてみよう」と考えるのかもしれません。
もちろんこのようなことはたったひとつの医療機関の傾向だけで断言できるわけではありませんし、もしかすると「とりあえずの受診」を考えるのは大阪の女性の特徴なのかもしれません。
けれども、医師の立場からすれば、もしも医療費が高いから受診をためらっているなら、(例にあげた女性患者さんのように)とりあえず受診してもらう方がありがたいのです。受診が遅れたがために点滴に通ってもらうことになった、入院せざるをえなくなった、といったケースも珍しくありません。それに、例にあげた女性は「3千円しか・・・」と話していますが、高額な検査などしない限りは初診で3千円を超えることはそれほど多くありません。お金が無いなら無いなりの対処法というのも考えられます。
医療費の高さを心配しての受診抑制が、結果として思いもしない程の高額治療となる可能性があることは覚えておいた方がいいでしょう
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