マンスリーレポート
2008年5月号 GINAを通して思う2つのこと
私は、すてらめいとクリニックで勤務すると同時に、NPO法人GINAの代表もつとめているわけですが、クリニックをオープンさせたと同時に、ほとんどタイに行くことができなくなりました。
もちろん、このようになることはクリニックのオープン前から分かっていたことでしたから、オープン前にタイでの支援活動をある程度かたちのあるものにしたつもりです。
GINAが支援している施設とはきちんとした関係を築いて、施設とかかわりをもつタイ人もしくは日本人とはいつでも連絡をとれるようにしました。そして、集めた寄附金を定期的に送付するようにしています。
寄附金やその他寄贈品を現地に送ることはそれなりに満足感もありますし、現地からエイズ患者さんやエイズ孤児の声を聞くと(それが間接的なものだったとしても)、やりがいを感じることができます。
つい先日も北タイのある施設から手紙が届き、それは大変嬉しいものでした。そういう手紙をもらうと、もっともっと寄附金を集めて患者さんに貢献したいという気持ちになります。(すてらめいとクリニックに置いてある募金箱にもたくさんの寄附をいただいています。この場でお礼申し上げたいと思います)
ただ、長い間タイのエイズ患者さんやエイズ孤児と会えないことで、ときどき寂しくなるというか、初めから分かっていたこととはいえ、なんだか少し物足りなく感じることがあります・・・。
今回は、GINAを通してタイのエイズに関して思う2つのことをお話したいと思います。
まずひとつは、タイと日本の格差というか、エイズ患者(孤児)の置かれている状況の違いです。日本でもタイと同様、HIV陽性者に対する偏見は存在します。会社ではカムアウトできない人の方が圧倒的に多いですし、家族にさえも話せない人は少なくありません。更生医療が使えるため、医療費が馬鹿高いということはありませんが、それでも体力が低下して働くことができない人が月数千円の医療費を支払うのは大変です。
私はタイのエイズ患者(孤児)に比べて、日本の患者さんは恵まれているというつもりはありませんが、タイでは日本ではあまりないような困難さが当たり前のように存在します。
例えば、両親をエイズで亡くし、親戚がひきとってくれるようになったものの学校までの交通費を工面するのが大変な孤児が、北タイでは珍しくありません。タイでは小学校でさえも教科書は有料です。昼食代を捻出するのも大変です。(暑いタイでは弁当をもっていく習慣はありません)
医療費は一応無料ですが、病院までの交通費がでるわけではありません。また、医療費が無料なのはタイ国籍を有する人だけです。ラオスやミャンマーから不法に入国してタイ国内でHIVに感染した人や、少数民族はタイの無料の医療を受けることはできません。
このように、タイと日本の格差はエイズという視点からみてもあきらかですが、もっと広い視点から眺めてみても歴然とした格差があります。
最近は日本でも「格差社会」という言葉が頻繁に使われるようになってきて、「ニート」や「ネットカフェ難民」などの言葉が一般的になっていますが、タイの貧困層と比べると、格差のレベルが違うというか、誤解を恐れずに言うならば、「日本ほど平等な社会はないのではないか・・・」とさえ思うのです。
ネットカフェ難民は仕事がなくて困っているわけですが、一方では人手が集まらなくて倒産していく会社もあるのです。日本人の働き手がないために外国人に労働力を求めている企業もあります。職を選ばなければ、最低限の生活はなんとかできるのではないでしょうか。
もしも最低賃金の仕事しか見つからなかったとしても、日本の最低賃金は東京や大阪なら時給700円以上、最低の沖縄でも時給600円以上はあります。(ちなみにタイの最低賃金は、地域にもよりますが日給で500円以下のところもあります)
私の知人に、普段の生活をギリギリまで落として、ほとんど最低限の時給で働いている人がいますが、その人の楽しみは年に一度タイに旅行することだそうです。この人などは見る人が見れば”格差社会がもたらした負け組み”ということになるのでしょうが、”負け組み”であっても海外旅行できるのが日本人なのです。つまり、日本国籍を有していれば、日本のパスポートを取得できて、タイのような物価の安い国に旅行することができるのです。一方タイ人で、日本に来ることができるような人は人口の数パーセントもいないのです。
タイと日本の格差の他にGINAを通してもうひとつ思うことがあります。それは、主にヨーロッパからタイに来ているボランティアのことを思い出したときに感じることです。
ヨーロッパ人は日本人の大勢のボランティアとは異なり、長期にわたりボランティア活動をおこないます。母国で貯めたお金を元に長期滞在の覚悟をもってやって来るのです。といっても私の知るボランティア達は裕福ではありません。彼(女)らの年収は日本円で300万円以下です。国にもよりますが、一般的にヨーロッパでは日本よりも物価が高く、年収300万円の日本人よりも貧しい生活をしています。しかし、それでも長期でボランティアにはるばるタイまでやって来るのです。
例えば、私がタイで仲良くなったノルウェー人女性は主婦です。普通の主婦がアルバイトで貯めたお金を持って1年間タイのエイズ施設にボランティアに来ているのです。私は彼女のボランティアに対する態度にも驚きましたが、さらに驚いたのはこの女性の大学生の息子が母親を訪ねてタイの施設にやって来たことです。異国の地でボランティアとして働く母親を一目見ようと、やはりアルバイトで貯めたお金でタイまでやって来たのです。
日本も北欧に見習って福祉国家を目指すべきと考えている日本人がいますが、私は今の日本人では無理ではないかと思います。日本が北欧並みの福祉政策をとれば、働かずにラクをしようと考える人が現れるのではないでしょうか。もちろん、ヨーロッパ人のすべてが勤勉で他人に親切にするわけではありませんが、当たり前のようにボランティアに従事する人が大勢いる文化があるからこそ高福祉国家を実現することができるのでしょう。
ヨーロッパからタイにはるばるやって来て長期に渡りボランティアに従事する人たちを思い出したとき、私は自分がいかに無力なのかを認識せずにはいられないのです。
日本人とタイ人の格差、日本人とヨーロッパ人の奉仕に対する考え方の相違・・・。GINAを通してこれら2つのことが私の頭を支配することがあります。
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