マンスリーレポート
2016年2月 外国を嫌いにならない方法~韓国人との思い出~
前々回(2015年12月)の「マンスリー・レポート」でイスラムの問題を取り上げたところ、予想以上に多くのコメントをいただきました。ほとんどは「自分もそのように感じていた」と私の考えに同意してくれるものであり、こういう問題を取り上げてよかったと安心しました。もっとも、これまでも、医学以外のことを取り上げたときの方が寄せられる感想が多く、意外なのですが・・・。
そのような経緯もあって、今回も「国際関係」についてです。国際関係と言っても何もむつかしい話をするのではなく、外国を嫌いにならずに外国人と上手につきあう方法の紹介をしたいと思います。
ネット右翼(ネトウヨ)という言葉が一般化して随分時間がたちます。ここで私は思想に立ち入るつもりはなく、彼(女)らの主張の善し悪しを検討したいとは思いません。ここでは、海外(特に近隣諸国)を敵対視している日本人が(本当にインターネットばかりしている人たちなのかどうか分かりませんが)存在している、という事実を確認しておきたいと思います。
ここからは私個人の思い出を語ってみたいと思います。
私が韓国人と初めてじっくりと話をしたのは1991年の秋、大阪の中堅商社の新入社員だった頃です。日本にやって来たのは取引先の韓国企業の女性社員。ソウルの一流大学を卒業しており、英語も日本語も堪能でまだ入社数年だというのに重要な仕事を任せられているキャリアウーマンです。新入社員の私に重要な商談などできるはずがありません。私に当てられた任務は、半日間で大阪を案内(アテンド)せよ、というものでした。
高いヒールと高級ブランドのスーツに身をまとい、オフィス街を颯爽(さっそう)と歩いているようなタイプの女性を想像していた私は随分と緊張していたのですが、現れた女性はこちらが拍子抜けするほど大人しい感じの「少女」と形容した方がいいような女性(ここからは「Kさん」とします)でした。日本語が驚くほど上手で、当時英語にまったく自信がなかった私はほっと胸を撫で下ろしました。
25年前の記憶で、Kさんをどこに案内したのかは覚えていないのですが、私は彼女の怯えたような表情、振る舞い、そして話してくれた言葉を今も鮮明に覚えています。少しはにかんだような笑顔は見せてくれるものの、まるで誰かから追われているかのようにビクビクしています。会社で少し話をし、地下鉄に乗り、ランチをする頃になり、ようやく緊張がほぐれてきました。
Kさんは、私を「安全な」男と認めてくれたのか、次第に饒舌になってきました。私は事前に上司から「韓国の若い女性が日本にひとりで出張に来るというのはめったにないこと」と聞いていましたから、Kさんはエリート中のエリートで、日本出張は”名誉”なことだと思い込んでいました。しかしKさんは、日本出張を命じられて何度も断った、と言います。日本に行け!だなんてひどい会社だ、と感じ、こんな会社でやってられない、と退職まで考えたそうです。
私は混乱しました。この話の前に、Kさんは日本文化に興味があり、大学では日本語を学び、日本語の書籍を必死で求めていたという話を聞いていたからです。当時、韓国では日本の書籍は販売禁止でした。日本文化に触れることが禁じられていたのです。もっとも、Kさんのように一部の大学では日本語を学ぶことができていたわけですから、このあたりはダブルスタンダードになっていたのでしょう。
しかし日本語堪能なKさんも、日本文化を知るための情報源は図書館に置かれている一部の書籍に限られます。テレビで日本の番組を見ることはできませんし、日本映画や日本の歌謡曲は禁止されています。もちろん1991年当時はインターネットもありません。それに日本がいかに凶悪な国かというのを子供の頃からさんざん聞かされているのです。Kさんが言うには、大阪や東京というのは、ヤクザが跋扈(ばっこ)した街で、若い女性は決してひとりで歩いてはいけない、男性から声をかけられるようなことがあれば直ちに逃げないといけない、と聞いていたというのです。たしかに、それならば、日本出張を命じる会社が理解できない、と感じる気持ちが分からなくもありません・・・。
Kさんは私と一緒に地下鉄に乗ったとき「大(だい)の大人が漫画を読んでいることに衝撃を受けた」と話しました。そして「本当に驚いた・・」と何度も繰り返していたことを覚えています。”暴力的な”日本人が漫画を読むなどということをKさんはそれまで考えたことすらなかったそうです。しかも、地下鉄の中の男性は緊張感がまるでない・・・。「韓国の男性の方がずっと男らしい・・・」、Kさんはそう話していました。
観光案内も終盤を迎えた頃、私は思いきってKさんに尋ねてみました。Kさんは日本が好きなのか、日本人をどう思っているのか、そして韓国人は全員が日本を嫌っているのか・・・。実は、私はKさんに会う前に、できればこのようなことを聞いてみたいと思っていたのです。韓国人に直接聞くのは「タブー」だとは思っていたのですが、あわゆくば聞いてみたい・・、という好奇心を抑えられなくなってきたのです。
Kさんの答えは少し複雑なものでした。日本の文化にはとても興味があり、可能なら日本の漫画も読んでみたいと話しました。日本人が怖いというイメージはなくなったと言います。しかし、日本で短期間働くことはあったとしても、日本に住み着くとか、日本で家庭を持つとかいったことは考えられない。そして何よりも、韓国で「日本が好き」などとは絶対に言えない、と小さいながらもしっかりとした口調で話してくれました・・。
7年後の1998年。韓国で日本文化が解放され、日本の映画や歌謡曲、漫画などに触れることができるようになりました。この頃私はすでにその会社を退職し、医学部の学生になっており、会社員時代の記憶は次第に薄れてきていました。しかしこのニュースを聞いたとき、Kさんのことを思い出しました。仕事は好きだけど近いうちに結婚して家庭を持ちたいと言っていたKさんはおそらくすでに子供の世話に追われる毎日を過ごしていることでしょう。忙しい家事のなか、ちょっとした休憩時間に日本の漫画を手にしているKさんの姿が私の脳裏に浮かびました。
ちょうどこの頃、医学部生の私が借りていたアパートに韓国人の男子留学生も住んでいて、ときどきコインランドリーで会いました。彼は日本語を一生懸命に話そうとするのですが、ハングル(韓国語)にない音が上手く言えません。初対面のとき、彼は私に「ミジュ、ミジュ、ナイ」と訴えてきたのですが、それが「水が出ない」ということが分かるまでに随分と時間がかかりました。ハングルには「ズ」という音がなく、よほど訓練しないと「ジュ」となってしまうことをその後知りました。
日韓共同開催ワールドカップの2002年、大阪ミナミのオープンカフェで知人と話しているとき、ふたりの好青年が「相席してもいいか」ときれいない英語で話しかけてきました。「もちろん」と答えた我々は彼らとしばらくサッカーの話で盛り上がりました。彼らは韓国の大学生で、休暇を利用して日本に観光に来ているとのことでした。二人とも英語が(私とは比較にならないくらい)流暢で、話題も豊富。韓国経済の未来について熱く語っていたのが印象に残っています。
さて、このような私の経験があれば、韓国という国そのものはさておき、韓国人、少なくとも日本文化に関心があり来日している韓国人に対する否定的な感情は沸いてこないのではないでしょうか。もちろん、どこの国にもおかしな人はいますし、個人の相性もあります。このコラムでは追って「外国を嫌いにならない方法」を述べていくつもりですが、今回は「私の知り合った韓国人」について思い出を語ってみました。次回は中国人の話をしたいと思います。
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