メディカルエッセイ

2014年5月20日 火曜日

136 免疫学の新しい理論 2014/5/20

 医学というのは日進月歩であり、毎年何種類もの新しい薬剤が開発されますし、検査方法も進歩しています。これらについていくのは大変ではありますが、ついていかなければ最善の治療ができませんし、また新しいことを学ぶのは楽しいことでもありますから、「大変さ」を「楽しさ」が凌ぎます。また、iPS細胞の発見のような画期的なできごとは、研究者のみならず、私のような日々患者さんをみている臨床医も興奮させます。

 iPS細胞の話を聞いたときは、本当にそんなことができるのか、と大変驚きました。私の場合、医学部の3回生のときに教壇で授業をされていた山中先生が発見された、ということを聞いて、おそらくその驚きは他の医者や科学者よりも何倍も大きかったのではないかと思います。
 
 iPS細胞のことを初めて聞いたときに比べればいくらかトーンダウンしてしまうのですが、現在私が大変注目している理論があります。その理論は、現段階では「仮説」の域を超えませんが、これが事実であることが実証されれば、免疫学の教科書が書き換えられることになり、いわば「コペルニクス的転回」、あるいは「パラダイムシフト」と言ってもいいかもしれないものだと思っています。

 その理論はイギリスの免疫学者Gideon Lack氏により提唱されたもので、命名すると「食物アレルギーの機序についての二通りのアレルゲン曝露」となります。これでは何のことかさっぱり分かりませんから追って説明していきたいと思います。

 以前私はこのサイトで「デンジャーモデル」というものを紹介しました(注1)。これは元バニーガールや犬の調教師という異色の経歴をもつ免疫学者Polly Matzinger氏が提唱した概念で、自らの細胞が傷つけられたときに身体に侵入してきた物質がアレルゲンになる、というものです。デンジャーモデルで考えると、例えばピーナッツアレルギーがある人は、生まれ持ってアレルギーがあるわけではなく、食べ過ぎてアレルギーになったわけでもなく、傷ついた皮膚や粘膜から微小のピーナッツが侵入してアレルギーになった、となるわけです。

 これは従来の免疫学を覆すような理論であり、デンジャーモデルの今後の展開を私は楽しみにしていました。しかし、私の期待は裏切られ、その後デンジャーモデルについてはほとんど聞かなくなりました。そして、デンジャーモデルに代わって(と私は感じています)登場し、注目を浴びるようになってきているのが先に述べた「食物アレルギーの機序に・・・」という理論です。

 この機序を理解するのに赤ちゃんが描かれたイラスト(注2)が役立ちます。右側の上に「ORAL EXPOSURE」とあり、その下に卵、ピーナッツ、ミルクのイラストがあります。そして右下には「TOLERANCE」とあります。これは、卵やピーナッツ、ミルクを経口摂取(食べること)すれば免疫寛容となる、つまり、食べても免疫応答が起こらない、すなわち「普通に食べることができる」ということを意味しています。

 一方、左上には「CUTANEOUS EXPOSURE」とあり矢印が赤ちゃんの皮膚を差しています。そして左下には「ALLERGY」あとあります。これは、卵やピーナッツ、ミルクが皮膚から浸入すると(つまり微小な傷にこれらが付着すると)、アレルギー反応が起こる、ということを意味しています。ここで重要なのは、「アレルギー反応が起こる」というのは、次に同じように皮膚の傷に付着したときに、ということだけではなく、次回は普通に口から食べたとしてもアレルギー反応が起こる、ということです。

 まとめると、同じ食べ物(卵、ピーナッツ、ミルクなど)を普通に口から食べると、それら食べ物はその人にとって免疫応答がおこらない(つまりその後も普通に食べられる)一方で、皮膚の微小な傷に付着するとアレルギー反応が成立し、その後は触れても食べてもアレルギー反応が起こる、ということになります。
 
 これは先に紹介した「デンジャーモデル」と矛盾するものではありません。しかし、Lack氏の提唱しているこの理論(注3)は、デンジャーモデルを包括しているだけでなく、経口摂取であればアレルギー反応ではなく免疫寛容が起こることにも言及しているために「理論」としてはより説得力があります。

 現段階ではLack氏のこの説は「仮説(hypothesis)」の域を超えず、すべての学者が賛同しているわけではありません。しかし、仮説ではなく正しい理論であることを裏付けた、と言えるかもしれない”大規模研究”があるところで偶然にもおこなわれたのです。

 その”研究”がおこなわれたのはLack氏の住むイギリスではありません。それは日本なのです。もっとも、日本では、Lack氏の仮説に基づいて研究プログラムがデザインされた、というわけではありません。Lack氏のこの理論を裏付けることになるかもしれない”研究”が偶然に「おこなわれてしまった」のです。

 もったいぶらずに言いましょう。その”研究”とは「茶のしずく石鹸によるコムギアレルギー集団発生事件」です。太融寺町谷口医院でも少し前まで被害者の方に呼びかけていましたが、日本では大勢の人が「茶のしずく石鹸」などグルパール19Sと呼ばれるコムギ成分の入った石鹸を使い、その結果コムギにアレルギー反応がおこり、その後パンやうどん、パスタなどを含むコムギ製品が一切食べられなくなったという人が相次ぎました(注4)。

 「茶のしずく石鹸」のアレルギーについては、このサイトで何度もお伝えしていますが、ここで簡単に復習しておきましょう。グルパール19Sと呼ばれるコムギの成分を含む石鹸を長期間使用すると、顔面(特に目の周り)に炎症が起こり、赤くなったり、かゆくなったりします。そのうちにコムギ製品を食べると同じような症状が出現し、ひどいときには全身にじんましんが生じたり、喘息のような呼吸器症状が出現したりすることもあり、さらに重症化すると血圧が下がりアナフィラキシーという状態になり生命の危機にさらされることにもなります。これを防ぐには石鹸だけでなく、コムギが含まれる食べ物を一切やめなければなりません。そのため被害者は「茶のしずく石鹸」の製造元である株式会社悠香などに対して訴訟を起こすことになりました。

 なぜこのようなことが生じたのかというと、洗顔をする際にグルパール19Sが皮膚から浸入し、それに対して身体がアレルギー反応を示し、いったん「異物」と認識されたコムギは口から食べても生体のアレルギー反応により様々な症状が生じるようになったというわけです。これはまさにLack氏の唱える仮説に合致します。

 Lack氏の仮説を裏付ける例をもうひとつ紹介しておきましょう。非ステロイド系鎮痛薬(NSAIDs)の外用薬をアトピー性皮膚炎に用いると、かなりの確率で接触皮膚炎(かぶれ)を起こすという事象があります。NSAIDsの外用薬はステロイド忌避(最近はあまり見かけなくなりましたがステロイドを盲目的に嫌っていた患者さんが90年代には存在していたのです)の患者さんに好まれて使われていました。ところがこのNSAIDs外用薬というのはアトピー性皮膚炎を含む湿疹にほとんど効果がないどころか高率に接触皮膚炎を起こすことが次第に明らかとなり、現在は少なくともアトピー性皮膚炎には使ってはいけないことになっています。

 では、なぜ非ステロイド鎮痛薬がアトピーの人たちに高率にかぶれを起こしたのでしょうか。おそらく微小な傷から外用薬が侵入しアレルギー反応が生じたのでしょう。NSAIDs外用薬は打撲などにも使いますが、この場合はそれほどかぶれがおこりません。アトピー性皮膚炎でない人、つまり皮膚に炎症がなく微小な傷がない人が使ってもほとんどかぶれないのです。まだあります。湿布薬でかぶれた、という人は大勢いますが、私の印象でいえばアトピーなど慢性湿疹のある人にかぶれは起こりやすいですし、皮膚に炎症のない人でも上半身よりも下半身、特に下腿に湿布を貼るとかぶれやすい印象があります。これはおそらく下腿を打撲したときに微小な傷が土や草木などにより生じていて、そこから湿布の成分が侵入し、アレルギー反応が生じ、何度か湿布を貼り替えているうちにかぶれてしまった、というストーリーが考えられるというわけです。

 Lack氏のこの仮説が正しいとすると、この理論を利用してアレルギーを予防することが可能になります。すぐにでも始めたいのは「乳幼児の口の周りをきれいにする」、ということです。食べ物のアレルギーは従来言われていたように元々「決まっている」のではなく、この仮説によれば後天的なものということになります。つまり、口の周りの炎症がある部位に食べ物が侵入してアレルギーが成立するというわけです。保護者は乳幼児の口元に炎症がないかに注意し、あれば慎重に食べ物を口の中に運ばなければなりません。また、部屋をきれいにしておき、例えばピーナッツの破片が床に散らばっていないか、といったことに注意をする必要があります。もしも赤ちゃんがハイハイしているときにピーナッツの破片が腕や足の微小な傷や炎症のある部位から進入すればアレルギーが成立することになります。

 成人でも、例えば傷や炎症がある部位には痛み止めの塗り薬や湿布を使わない、とか、乳幼児と同様、口の周りに炎症があったり口唇炎があったりする場合は、アレルギーを起こしやすい物質を食べるときは口の周りに触れないように注意して食べる、といった対策が必要になるかもしれません。カニを食べるときには落ち着いて、殻(甲羅やハサミ)で口唇や口の周りを傷つけないようにしなければなりません。

 Lack氏の仮説が正しい理論であることを実証するにはまだ当分時間がかかるでしょう。例えば、日本人に多いソバアレルギーを考えたとき、ピーナッツのような固いものと異なり、ソバが皮膚から浸入するというのは考えにくいですし、最近成人で増えている口腔内アレルギー症候群をきたしやすい野菜や果物が皮膚から浸入したことを示すデータはほとんどありません。

 しかし私はこの仮説がいずれ「正しい理論」として免疫学の教科書を書き換えることになるのではないかと思っています。これからの研究に注目したいと考えています。

注1:「デンジャーモデル」については下記コラムも参照ください。
マンスリーレポート2011年6月号「勉強し続けなければ仕事ができない・・・」

注2:このイラストはこちらを参照ください。

注3:この理論は医学誌『The Journal of Allergy and Clinical Immunology』2008年6月号(オンライン版)に掲載されています。論文のタイトルは「Epidemiologic risks for food allergy」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.jacionline.org/article/S0091-6749%2808%2900778-1/fulltext

注4:2014年4月20日現在、合計2,163名の人が茶のしずく石鹸などで被害に合ったことが報告されています。

参考:
はやりの病気第94回(2011年6月)「小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー」

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2014年4月21日 月曜日

135 製薬会社のミッションとは 2014/4/21

 高血圧の薬「ディオバン」に関する研究に不正があり、いくつかの論文が取り下げられ関係者が職を辞したという事件が昨年(2013年)にありました。世界で最も権威のある医学誌のひとつである『ランセット』にも論文が載せられたものの、そのデータに問題(捏造と言ってもいいでしょう)があり、これまで築き上げられてきたディオバンに対する、そして製造元のノバルティス社に対する信頼が一気に崩壊しました。

 このような不正行為は極めて特殊なものでノバルティス社以外にはありえないだろう・・・、そう思いたいのが社会の感情だと思いますが、残念ながら今度は日本最大の製薬会社である武田薬品で問題が発覚しました。

 医学誌『Hypertension』2014年2月25日(オンライン版)(注1)に、京都大学病院循環器内科の由井芳樹医師が武田薬品の降圧剤「ブロプレス」に対する疑問点を指摘した論文が掲載されました。

 由井医師は、降圧剤を比較した日本の大規模研究「CASE-J」について言及しています。「CASE-J」の結果に基づいて作成したとされている「ブロプレス」のパンフレットにはあるグラフが載せられています。そのグラフでは、従来からよく使われている「アムロジピン」という降圧剤と「ブロプレス」が比較されています。投薬を開始しだして最初の頃は効果が高いのはアムロジピンですが、36ヶ月からブロプレスの方が効果が高くなり、降圧効果を示した曲線が逆転します。この逆転のポイントが、パンフレット上では「初めて明らかになったゴールデンクロス」と謳われているのです。

 しかしこのグラフは”くせ者”です。由井医師によりますと、2008年に発表された論文(しかもこの論文は由井氏が今回投稿した『Hypertension』に掲載されたものです)にも「CASE-J」の調査結果が載せられているのですが、そこにはこの「ゴールデンクロス」がないそうなのです! 『Hypertension』の側からすると、今回の由井医師の論文を掲載するということは2008年の自誌の論文を否定することにつながるわけです。にもかかわらず掲載したということは由井医師の主張が全面的に正しいことを認めた、ということになります。

 この由井医師の主張を聞いて、長年感じていたもやもやした感覚がふっと消えた感じがしたのは私だけではないと思います。というのは、実際に患者さんに使ってみてより高い効果を実感できるのはアムロジピンを初めとするカルシウム拮抗薬だからです。ブロプレスなどのアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(以下「ARB」)も確かに大変有用な降圧剤であることは間違いありません。しかし、降圧効果はカルシウム拮抗薬に比べるとやや弱いような印象があります。ブロプレスに掲載されたグラフが(今となっては)憎らしいのは、36ヶ月を待てばアムロジピンよりも効果が高くなるんだ、と思わされてしまうこと、そしてそれに輪をかけるように「ゴールデンクロス」などというキャッチーなコピーがつけられ、このクロスポイントが強く印象づけられてしまうことです。

 ちなみに武田薬品には「タケダイズム」と呼ばれる社の基本精神があるそうです。そしてその精神のコアとなるのが「誠実」だそうです・・・。

 武田薬品のブロプレスについてはまだ日が浅いこともあり、ノバルティスのディオバンほどは大きな問題に進展していないようです。一方、ノバルティス社は今も大変なようで、「お前らが長らくだましていたせいで患者さんに迷惑をかけたじゃないか!」とMR(製薬会社の営業)に怒りをぶちまける若い医師もいるそうです。

 しかし私は、これは違うと思います。たしかにノバルティス社に対しても武田薬品に対しても「やれやれ・・」という気持ちになりますが、私は医師にも責任があると思っています。これは不正な研究に関わっていた医師にも責任がある、という意味ではありません。論文やパンフレットに書かれていることを鵜呑みにして処方していた医師にもまったく責任がないとは言えない、言い換えれば不正が公になってからあたかも鬼の首をとったかのように自分らだけが正義だと言わんばかりの態度をとるのはおかしい、ということです。

 最終的に薬を処方するのは医師ですからやはり医師にも責任があります。それに(こう感じているのは私だけではないと思いますが)ARBを単剤で投与した場合、カルシウム拮抗薬に比べると降圧効果は弱い場合が多いですから、それならばカルシウム拮抗薬に変更するか、あるいは2剤併用でコントロールをすればいいわけです。ディオバンの問題は、ディオバンはARBで最も優れている、ということを、データを不正に操作(捏造)して発表したわけですが、この場合も、臨床医はひとりひとりの患者さんを注意深く観察し、必要であればディオバンから他のARBに変更すれば済む話です。

 とはいえ、やはり製薬会社にも「良心」を持っていてもらいたいものです。誤解を避けるために言っておくと、私はここで医師には「良心」があり製薬会社にはない、と言っているわけではありません。このような議論をすると医師の方が断然”有利”になってしまいます。なぜ有利かというと、医師に収入が入るのは、薬を処方して、ではないからです。医師は薬を処方してもしなくても医師(医療機関)に入る収入はほとんどかわりません。以前別のところでも指摘しましたが、医療機関の薬の利益というのはほとんどありません。在庫管理に伴う手間を考えるとマイナスといっても過言ではないと思います。

 医師は薬を処方することよりもむしろ、いかにして薬を減らすか、あるいは処方をなくして生活習慣の改善を促すかが仕事です。そして、医師の診察には診察代が発生し、これが医師の利益になるのです。端的に言えば、医師は薬を処方してもしなくても収益にかわりはないのです。一方、製薬会社は薬を売らなくては会社が成り立ちません。ですから、私が「薬は使わない方がいい」というと、これは真実であり正論ではありますが、この正論を振りかざすのは製薬会社の立場からするとフェアではありません。

 原点に戻って考えると、医師も製薬会社も最終的なミッションは同じです。つまり患者さんの命を救いQOLを向上させる、というものです。共通のミッションを持っているわけですから、医師と製薬会社は同じ方向をみて共に手を取り合い、相乗効果を発揮してミッションに取り組めばいいわけです。
 
 実際我々医師は薬がなければ治療をおこなうことができず無力感にさいなまれるだけです。分かりやすい例として「化膿した傷」を取り上げたいと思います。細菌感染をおこし感染症が深部にまで進行しているような傷に対しては洗浄だけでは治りません。抗菌薬が必要になります。もしも抗菌薬がなかったとすれば、我々医師は簡単な傷の治療もできないのです。

 このように考えると製薬会社というのは世の中になくてはならない大切なものです。もしも製薬会社がこの世からなくなれば1年後には世界の人口は半減しているでしょう。結核やHIVが再び「死に至る病」となり、術後の感染予防ができないことからほとんどの手術ができなくなります。動物にかまれただけで感染症で命を落とし、食べ物でアナフィラキシーをおこしても手の施しようがありません。

 つまり我々は、医療者も治療を受ける患者さんの側も、製薬会社に感謝すべきなのです。しかし、だからこそ、製薬会社で働く従業員の人たちには高い人格をもちミッションを忘れないでほしいのです。けれども実際には製薬会社の従業員の目標が「売り上げ」になってしまっているのではないでしょうか。ノバルティス社が「10Bプロジェクト」と命名した1,000億円を稼ぐための社内プロジェクトをつくっていたことからもそう思わざるをえません。

 たしかに、製薬会社も資本主義経済の中に存在する株式会社ですから株主からはコンスタントに利益を出すことを要求されます。そしてある程度は株価が上がらなければ開発費用が捻出できなくなり、開発費用がなければ新しい薬をつくることができません。結核やHIVには大変有用な薬が登場しましたが、まだまだ治療法の確立されていない病気がたくさんあります。社会から製薬会社に対する期待は大きいのです。

 ではどうすればいいのか、ですが、これは簡単ではありません。しかし方法がないわけではありません。まず株主は、コンスタントな収益に期待せず「将来、大勢の命を救うような薬をこの会社が開発すれば大きな配当が期待できるだろうがそれはないかもしれない。しかしこうやって株を買うことで今薬を必要としている人のために役立っているんだ」というふうに考えて、投資というよりも”寄付”に近い感覚で株を買ってもらえるようにすればどうでしょうか。

 医師は製薬会社に感謝の気持ちを持たなければなりません。同じミッションを持っているということを思い出し、薬がなければ目の前の患者さんを救うことができない、ということに今一度思いを巡らすのです。

 そして製薬会社は、もう一度自社のミッションを見直すべきではないでしょうか。前回述べたようにすぐれたミッション・ステイトメントを組織が(あるいは個人が)もてばこれほど強いものはありません。ただし絵に描いた餅に終わってはいけません。武田薬品の壁には今も「誠実」の文字が掲げられているのでしょうか・・・。

注1:この論文のタイトルは「Concerns about the Candesartan Antihypertensive Survival Evaluation in Japan (CASE-J) Trial」です。下記URLを参照ください。
http://hyper.ahajournals.org/content/51/2/393/reply#content-block

参考:
はやりの病気第120回(2013年8月)「高血圧を考え直す」

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2014年3月22日 土曜日

第134回(2014年3月) 医師に人格者が多い理由

 医師の多くは人格者である、と言われればあなたはどのように感じるでしょうか。

 悪い冗談を・・・、と感じる人もいるかもしれません。私のことを個人的に知っている人なら「おまえが言うな!」とあきれる人もいるでしょう。私自身は人格者ではありませんし、このサイトで医師の犯罪について何度か書いたこともあります(注1)。医師が犯す罪には、違法薬物とわいせつ行為が多いということにも触れたことがありますから、今さら医師が人格者なんてよくそんなことが言えるな、と感じる人もいるかもしれません。

 一方、素晴らしい人格を持ち合わせた医師に治療を受けたことのある人からすれば、医師が人格者という言葉を当然と受け取るかもしれません。自分の時間を犠牲にして献身的に治療をしてもらったという経験がある人などは医師に尊敬の念を持っていることでしょう。

 これまで医師の反社会的な行為についても言及してきたこの私の意見をいえば、医師は、あってはならない犯罪に手を染める者がいるのは事実ですが、それでも多くは人格者ではないかと感じています。私自身が人格者でないことは自明ですが、それでも「人格者的」という形容詞で考えた場合、医学部入学前の自分と今の自分を考えれば人格者的になってきているという程度のことなら言えると思います。

 今回は、医師がなぜかくも人格者になれるのか、ということを述べたいわけですが、その前に医師がどのような人格者なのかについてみておきたいと思います。

 まず医師の多くは利他的です。患者さんによくなってもらうためにあらゆることを考えます。勤務時間を終えてからも他にいい治療はないかということを考えますし、手術の前日には術中の様子をシュミレーションします。医師は高給取りと思っている人が世間には多いようで、たしかに年収をみれば一般の会社員の平均よりは多いかもしれません。しかし時間給でみれば決して高くはありませんし、そもそも医師(の多く)は給料が高いとか低いとかをあまり気にしていません。自分が最も貢献できる場を求めている、という言い方が最も適していると思います。

 次に医師は目の前の患者さんを治療するだけでなく、自分が少しでも貢献できるなら他の医師を通して多くの人の力になりたいと考えています。一般の会社であれば、社内で開発した技術やノウハウを他社に知られたくないと考えるでしょう。そのために特許をとれるものはとり、産業スパイを警戒します。一方、医療の世界では、研修医のみならず中堅の医師でも他の医療機関に見学や研修に行くことがよくあります。他の医療機関からの医師を受け入れる側も、工夫している治療法について説明し、手術を見学してもらいディスカッションの場を設けます。患者さんの情報については医師どうしにも守秘義務がありますが、治療法や手術の方法、治療の工夫などについてはお互いの知識や経験を惜しみなく公開し互いに切磋琢磨をおこないます。これはより多くの患者さんの力になりたいからに他なりません。

 また医師(の多く)は私生活も他人から尊敬されるようなものである場合が多いといえます。日頃から医学以外のことに対しても教養を深め、様々なかたちで社会に貢献しています。「飲む・打つ・買う」という言葉がありますが、仕事に影響がでるほど大酒を飲む医師は(ほぼ)いませんし(違法薬物に耽溺する少数の医師がいるのは事実ですが)、「打つ」については合法・違法を問わずギャンブルにはまっている医師など見たことがありませんし、「買う」についてはほぼ皆無でしょう。

 人格者とは到底言えない私自身でさえも、教養を深め社会に貢献するにはどうすればいいかということを常々考えています。私生活を覗かれてもかまわないとさえ思います。映画『トゥルーマン・ショー』(注2)のように、寝室とトイレ以外ならあらゆる場面でカメラで監視されてもさほどストレスにはならないかもしれません。

 さて、ではなぜかくも医師はこれほど高い人格を有しているのでしょうか。もしもあなたが医学部の入学式をみてもそのようには感じられないでしょう。私自身も医学部に入学した頃は、医学生を尊敬するどころか、「この子たち、本気で医者になりたいと思ってるの?」と感じたのは事実です。なかには立派な人格を持ち合わせている学生もいましたが、大半は「大丈夫?」と言いたくなるような男の子、女の子でした。当時の私は27歳で、入学当初は研究者志望で医師になることは考えていなかったのですが、そんな私自身も今から振り返れば人格者などとは到底呼べるものではなく思い出すのも恥ずかしいくらいです。

 そんな医学生が医師に一歩近づくのは解剖実習です。実際のご遺体に接するとき我々は一種の洗脳を受けます。今思えばこのときに医師としての人格が少し身につくのかもしれません(注3)。次に医師に近づくのは医学部5回生の臨床実習のときです。まだ学生なのにもかかわらず患者さんは「先生、先生」と言って話をしてくれます。このときに「患者さんから期待されている」ことを実感し、より医師の本質に近づきます。そして実際に医師になり、患者さんの主治医になると「期待されている」という感覚がますます強くなり、私生活も含めてより高度な人格者へと進んでいくのです。

 そして医師が人格者へと進んでいきやすいもうひとつの理由があります。それは医師のミッションが分かりやすく明文化されているということです。

 以前見た映画でこのようなシーンがありました。その映画は、ストーリー自体はさほど(私には)面白くなかったのですが、印象に残った場面があります。悪徳企業に雇われた医師が、主人公の患者に対し不利なことをしようとします。そのときその主人公は「ヒポクラテスの誓い」(注4)を暗唱しだしたのです。患者からヒポクラテスの誓いを聞かされたその医師は良心を思い出し「医」に忠実になります。ヒポクラテスの誓いには「自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し」という一文があります。我々医師は、それは世界中すべての医師ですが、ヒポクラテスの誓いには絶対に逆らえないのです。

 ヒポクラテスの誓いだけではありません。日本医師会が作成している「医の倫理綱領」(注5)というものがありますが、我々はこのミッションにも絶対服従しなければなりません。いえ、しなければならない、というよりはこのミッションに深く共感できるからこそ何を差し置いても遵守しようと思うのです(注6)。

 ちなみに看護師の世界には「ナイチンゲール誓詞」というものがあります(注7)。これはナイチンゲール自身がつくったものではないという説が有力ですが、世界中の看護学校でこの誓詞が教えられていると聞きます。多くの看護師もまた人格者であるのはこの誓詞があるからではないかと私は考えています。

 私はこのコラムで、別に医師(や看護師)が人格者で尊敬されるべき、と言いたいわけではありません。そうではなく、医師が人格者である、というより人格者になることができる、あるいは人格者に近づくことができるのは、解剖実習から実際の臨床への経験と同時に、「ヒポクラテスの誓い」や「医の倫理綱領」といった、わかりやすい一種のミッション・ステイトメントがあるから、ということが言いたかったのです。

 医療者以外で高い人格を有している人が多い職業に警察官があると思います。警察の不祥事もしばしば報道されますが、それでもおしなべていえば警察官は高い人格をそなえた尊敬できる人物が多いのではないでしょうか。私はこの理由のひとつに「警察官の宣誓」(注8)があるからではないかと考えています。この宣誓は警察学校入学式に読まれ、全員が暗唱できるようになると聞いたことがあります。私は個人的にこの宣誓のファン、というか読む度に感動させられます。特に「何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い」というところが涙があふれるほどの感動に包まれるのですが、こんな風に感じるのは私だけではないでしょう。

 話を戻しましょう。以前別のところでも述べましたが、ミッション・ステイトメントの力は偉大です。私は個人のミッション・ステイトメントを持つようになってから精神の平安を得ることができ、心がぶれなくなったことを実感しています。定期的におこなっているミッション・ステイトメントの見直しは私にとって最も大切な時間でもあります(注9)。

 それにしてもミッション・ステイトメントというのは不思議なものです。短い文を読み直せば、たちまち忘れかけていた良心がよみがえり、まるで魂が真実に導かれるような気持ちになります。ということは、もしも私が変わり者でなく私の感性が一般的なものであるとするなら、すべての組織が、すべての職業人が、そしてすべての人がもしも熟考されたミッション・ステイトメントを持てば、全組織、そして全員が正しい方向に導かれるということになりますが、これは幻想なのでしょうか・・・。

 次回に続きます。

注1:たとえば下記のコラムで医師の犯罪について述べています。

メディカルエッセイ
第107回(2011年12月)「医師がストレスを減らすために(前編)」
第95回(2010年12月)「医師による犯罪をなくすために(前編)」

注2:『トゥルーマン・ショー』は1998年公開のジム・キャリー主演のアメリカの映画。主人公は保険会社のサラリーマンとして平和な生活をしているが、実はテレビの壮大な企画番組であり、周囲の人物や景色はすべて撮影用のセット。いたるところに設置されたカメラで24時間監視され、それが世界中に放送されている、というストーリー。個人的に好きな映画です。

注3:解剖実習についてのコラムは下記を参照ください。

メディカルエッセイ第118回「解剖実習が必要な本当の理由」

注4:『ヒポクラテスの誓い』の日本語訳の一例を下記に記しておきます。

・この医術を教えてくれた師を実の親のように敬い、自らの財産を分け与えて、必要ある時には助ける。
・師の子孫を自身の兄弟のように見て、彼らが学ばんとすれば報酬なしにこの術を教える。
・著作や講義その他あらゆる方法で、医術の知識を師や自らの息子、また、医の規則に則って誓約で結ばれている弟子達に分かち与え、それ以外の誰にも与えない。
・自身の能力と判断に従って、患者に利すると思う治療法を選択し、害と知る治療法を決して選択しない。
・依頼されても人を殺す薬を与えない。
・同様に婦人を流産させる道具を与えない。
・生涯を純粋と神聖を貫き、医術を行う。
・どんな家を訪れる時もそこの自由人と奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく、医術を行う。
・医に関するか否かに関わらず、他人の生活についての秘密を遵守する。

注5:「医の倫理綱領」を下記に紹介します。

医学および医療は、病める人の治療はもとより、人びとの健康の維持もしくは増進を図るもので、医師は責任の重大性を認識し、人類愛を基にすべての人に奉仕するものである。
1.医師は生涯学習の精神を保ち、つねに医学の知識と技術の習得に努めるとともに、その進歩・発展に尽くす。
2.医師はこの職業の尊厳と責任を自覚し、教養を深め、人格を高めるように心掛ける。
3.医師は医療を受ける人びとの人格を尊重し、やさしい心で接するとともに、医療内容についてよく説明し、信頼を得るように努める。
4.医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす。
5.医師は医療の公共性を重んじ、医療を通じて社会の発展に尽くすとともに、法規範の遵守および法秩序の形成に努める。
6.医師は医業にあたって営利を目的としない。

注6 他にも医師のミッションが記されたものはあります。下記コラムの最後に紹介したものも良質な医師のミッションです。

マンスリーレポート2013年2月号「幕末時代の勉強法から学ぶこと」

注7:「ナイチンゲールの誓詞」を下記に紹介します。

われはここに集いたる人々の前に厳かに神に誓わんーーー
わが生涯を清く過ごし、わが任務を忠実に尽くさんことを。
われはすべて毒あるもの、害あるものを絶ち、
悪しき薬を用いることなく、また知りつつこれをすすめざるべし。
われはわが力の限りわが任務の標準を高くせんことを努むべし。
わが任務にあたりて、取り扱える人々の私事のすべて、
わが知り得たる一家の内事のすべて、われは人に洩らさざるべし。
われは心より医師を助け、わが手に託されたる人々の幸のために身を捧げん。

 
注8:「警察官の宣誓」を下記に記しておきます。

私は、日本国憲法及び法律を忠実に擁護し、命令及び条例を遵守し、地方自治の本旨を体し、警察職務に優先してその規律に従うべきことを要求する団体又は組織に加入せず、何ものにもとらわれず、何ものをも恐れず、何ものをも憎まず、良心のみに従い、不偏不党且つ公平中正に警察職務の遂行に当たることを固く誓います。

注9:これについては下記を参照ください

マンスリーレポート2009年1月号「ミッション・ステイトメントをつくってみませんか」

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2014年2月21日 金曜日

第133回(2014年2月) スタチンの功罪とリンゴのことわざ

 著名な医学誌『BMJ(British Medical Journal)』の2013年12月17日号(オンライン版)に「1日1錠のスタチンで医者知らず、ことわざとの比較研究」というタイトルの論文が掲載されました(注1)。(原題は「A statin a day keeps the doctor away: comparative proverb assessment modelling study」です)

 スタチンというのは、コレステロールを下げる薬として有名なもので日本を含め世界中で多くの人が毎日内服しています。今回はこのスタチンについて効果と副作用について紹介したいのですが、BMJのこの論文の「ことわざ」とは何なのかについて先に解説していきたいと思います。

 この論文でとりあげられている「ことわざ」は、「an apple a day keeps the doctor away」というもので、日本語にすれば「一日一個のリンゴで医者知らず」となります。これは大変有名なことわざで、英語を本格的に勉強したことのある人なら聞いたことがあると思います。(ちなみに私は、以前からthe doctorではなくa doctorにすべきではないのか、と感じているのですがtheが正しいようです。英語の冠詞は私にとって未だに本当にむつかしいものです。まあ、フランス語やドイツ語よりはましですが・・・。アジアの言語には冠詞という概念がほとんどありませんが特に問題はないわけで、冠詞って本当にいるのか、と思うことすらあります・・・)

 話を戻しましょう。 原題のA statin a day keeps the doctor awayは、このリンゴのことわざに”かけている”のです。スタチンは高コレステロール血症の治療として用いる場合は、その人の状態によって1錠であったり2錠であったりそれ以上であったりしますが、ここでいっているのはスタチンの「予防的投与」です。イギリスでは高コレステロール血症の予防薬としてシンバスタチン40mgの1日1錠服用が認められています。(ちなみに、日本で高コレステロール血症の治療にシンバスタチンを使用するときは5~10mgが標準で重症例でも20mgまでです。40mgというのは日本人の感覚からすればかなりの高用量です)

 今回の研究では、そのシンバスタチン40mg1日1錠を内服しているグループと、1日1個のリンゴを摂取しているグループとを比較し、どちらが心血管系疾患の死亡を減らせるかを検討しています。実際には、シンバスタチンを内服している人もリンゴを食べますし、リンゴ1日1個のグループも、ときには2個食べることもあるでしょうが、そのあたりは統計学的な処理をして調整されています。また総摂取カロリーも同等に調整されています。
 
 解析の結果、もしもイギリスの50歳以上の全国民にシンバスタチンを投与すると年間9,400人の心血管疾患による死亡が回避できることが分かりました。一方、リンゴを摂取すると8,500人が死亡を回避できるそうです。

 ただし、リンゴには副作用がなくスタチンにはあります。分析によると、スタチン摂取であれば年間1,200人が筋肉の障害を発症し、そのうち200人は横紋筋融解症というときに致死的になる重大な筋疾患に発展します。また、12,300人が糖尿病を発症します。
 
 興味深いことに、この研究ではスタチンとリンゴの費用も算出されています。50歳以上の全国民にスタチンを投与するとなると、1億8000ポンド(約306億円)が必要になるのに対し、リンゴであれば2億6000ポンド(約442億円)がかかります。

 お金のことは置いておくとして、スタチン、リンゴのどちらを選択すべきでしょうか。効果面だけをみればスタチンの方に軍配が上がりますが、副作用の問題は無視できません。特に、スタチンのせいで年間12,300人もの人が糖尿病を発症するなら意味がないのではないか、と思えます。

 実は、スタチンは随分と長い間、副作用の少ない有効で安全な薬とされていましたが、最近は糖尿病のリスクを上げるのではないか、ということがしばしば指摘されています。これに反論する報告、つまりスタチンは糖尿病のリスクを上げるわけではない、とするものもありますが、世界的には、スタチンの糖尿病リスクは次第にコンセンサスが得られているように私は感じています。

 ただし、一言で「スタチン」といっても様々な種類のものがあります。そして、スタチン間の比較検討をおこなった研究もあります。医学誌『Circulation』2013年7月9日号(オンライン版)(注2)によりますと、スタチンの種類によっては肝機能障害などの重篤な副作用のでやすいものもあり、安全性を総合的に評価するとシンバスタチンとプラバスタチンがより安全、という結果がでています。ただし、糖尿病についてはどのスタチンも同じようにリスクがあるようです。

 リンゴが嫌いな人、あるいは嫌いじゃないけど毎日も食べられないという人はスタチンを1日1錠飲む方がラクと思われるかもしれません。しかし糖尿病を含めて副作用のリスクを抱えてまで、治療ならともかく予防的にスタチンを飲みたい、という人はそう多くはないでしょう。

 ところで、なんでリンゴなの?と思う人もいるのではないでしょうか。リンゴでなくて例えばみかんとか桃はダメなの?と感じる人もいるでしょう。なぜリンゴなのか、それは先に紹介したことわざにあるからですが、なぜこのようなことわざがあるかというと、ヨーロッパ人にとってリンゴが国民的フルーツであるからに他なりません。

 米原万里さんの『旅行者の朝食』 にこの話が少し出てきます。ウイリアムテルや白雪姫からもわかるようにヨーロッパ人にとってのリンゴというのは単なるフルーツ以上の意味があります。ニュートンが万有引力の法則を発見したのもリンゴがきっかけとされていますし、アダムのリンゴのことを考えれば、単にフルーツではなく「生命」に関する何かの象徴であるようにすら思えてきます。米原万里氏はこの本の中で日本人のリンゴに相当するものは「柿」ではないかと自説を述べられていますが、私は日本人の柿よりもヨーロッパ人のリンゴの方が遙かに果物以上の意味を持っているように感じています。

 話をスタチンに戻しましょう。私個人としてはスタチンの予防投与には賛成していません。効果があるのは事実ですが、副作用のリスクもあるわけですし、リンゴを毎日食べられなければ他の果物などでコレステロールを上昇させないものを探せばいいわけですから無理にスタチンを摂取する必要はありません。

 それにイギリスで予防的に摂取されているシンバスタチンには副作用以外にも「欠点」があります。それはスタチンの種類によっては「グレープフルーツを食べられなくなる(注3)」ということでシンバスタチンも該当します。実際には少量なら特に問題は起こりませんが、例えば毎朝コップ1杯のグレープフルーツジュースを飲むことを習慣にしているような人はシンバスタチンはやめておいた方がいいでしょう。この点では、シンバスタチンと同様に安全という結果がでたとされる「プラバスタチン」(注4)の方が安全です。

 スタチンという薬は世界で最も処方量が多い薬のひとつであり、医学及び薬学の歴史に残る薬です。そしてスタチンが発見されたのは1973年で日本人の学者によるものです。生化学者の遠藤章博士が青カビの培養液から最初のスタチンを発見したのです。この発見はノーベル化学賞に値する功績だと私は考えていますが、なぜかマスコミなどはあまり遠藤博士を取り上げていないような気がします。

 スタチンが医薬品として登場したのは1989年ですから、今年(2014年)で25年目ということになります。スタチンはコレステロールを下げること以外にも、最近は様々な利点や欠点が指摘されるようになり、例えば歯周病を減少させるという研究がありますし、欠点としては白内障のリスクを上げる可能性も指摘されています。

 私自身の結論を述べれば(この手の話題は毎回同じような結論になっていますが)、心血管系疾患を含むほとんどの非感染性の疾患については、薬に頼るのではなく、バランスのいい食事と適度な運動、ストレス軽減、禁煙、早寝早起きなどをまずは心がけるべき、というものです(注5)。

注1:この論文は下記URLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/347/bmj.f7267

注2 この論文のタイトルは「Comparative Tolerability and Harms of Individual Statins」で下記のURLで概要を読むことができます。
http://circoutcomes.ahajournals.org/content/early/2013/07/09/CIRCOUTCOMES.111.000071.abstract

注3:グレープフルーツがダメなら他の柑橘系は?という疑問がでてくると思います。グループフルーツがスタチンに相性が悪いのは、果肉部分に存在するフラノクマリンという物質の特定のタイプのものが含まれているからです。これはピンクグレープフルーツにはあまり含まれていませんから、グレープフルーツを食べるならスタチンを内服している人はピンクグレープフルーツにしておくべきと言えるかもしれません。また、みかんやオレンジ、レモンなどにはこのタイプのフラノクマリンがほとんど含まれていません。一方、スウィーティー、ザボン、ハッサク、夏みかん、ブンタン、バンペイユ、ダイダイ、サワーオレンジには比較的多く含まれていますからグレープフルーツと同様の注意が必要です。

注4:プラバスタチンは一般名であり、商品名は先発品では「メバロチン」です。後発品も様々なものがあり、当院でも基本的には後発品を処方しています。

注5:このあたりについては下記メディカルエッセイを参照ください。
メディカルエッセイ第129回(2013年10月号)「危険な「座りっぱなし」」

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2014年1月21日 火曜日

132 医師の労働時間の実態 2014/1/21

 医師は他の業種に比べて労働時間が長いということに異論を唱える人はほとんどいないと思いますが、実態はどうなのでしょうか。

 医師はどれくらい働かなければならないのか、という質問は以前から私の元にしばしば寄せられます。医学部受験を考えている人が、「医師が過労死・・・」といったニュースをみると不安になるようなのですが、これは当然でしょう。

 医師の労働条件の調査は、比較的新しいところでは、メディカルエッセイ第117回(2012年10月号)で紹介した、医療サイトm3.comによるものがあります。m3.comのこの調査では、勤務医と開業医の年収と時給が調べられています。勤務医は年収が1,442万円、時給が2,643円で、開業医は年収が2,156万円、時給は4,333円とされています。(以前も述べましたが、開業医の年収はこれから借入金の返済や保険の支払いをしなければなりませんから事実上の年収は大きく減少し実態を反映しません。ここでは勤務医の数字をみていくことにします)

 m3.comは、時給を「年収÷12÷(30-休日)÷1日あたりの勤務時間」の式で算出しているそうです。この式を変換すると、休日をゼロと考えれば、1日あたりの勤務時間=年収÷時給÷12÷30となり、1,442万円÷2,643円÷12÷30=15.15時間となります。月あたりにすれば、15.15x30日=455時間となります。労働法に基づく標準的な労働時間を160時間(1日8時間x週5日x4週)とすると、過重労働は455-160=295時間となります。最近は職場が原因のうつ病などで過重労働が160時間あたりを超えると労災認定されることが増えてきています。ということは、数字だけでみればほとんどの医師が過重労働が原因のうつ病になってもおかしくない、ということになってしまいます。

 では現実はどうなのか、というと、実際医師でうつ病になる者は少なくないですし、しばらく休職する医師、あるいは残念ながらうつ病が回復せずに退職せざるを得ない、という医師も珍しくはありません。ただ、では医師はほぼ全員がうつ病予備軍かと言えば、そういうわけでもありません。

 いわゆる「職人」と呼ばれる職業の多くがそうであるように、医師という職業も「仕事」というよりは自分の「勉強」(あるいは「修行」といってもいいかもしれません)に費やす時間が長く、勉強と仕事の境界が曖昧なのです。例えば、外来や病棟の患者さんの診察が終わってから夜間の救急外来の見学に行ったり、あるいは院内の図書室に行って論文を読んだり書いたりするのは、仕事といえば仕事かもしれませんが、自分の研究あるいは勉強と言えなくもありません。

 これは医局が、あるいは先輩医師が強要して研究や勉強をさせられているというよりは、若い医師自らが率先しておこなっています。そんな前近代的な・・・、という声があるかもしれませんがおそらくほとんどの医師はそのような勉強を当然のことと考えています。

 以前『研修医はなぜ死んだ』や『医者を殺すな』を上梓されたジャーナリストの塚田真紀子さんから直接聞いたことがあるのですが、いわば同志の研修医が過労で亡くなったという事実があるのにも関わらず、塚田さんがインタビューした研修医の多くは、「研修医が長時間働くことは当然」と答えたそうです。

 大学病院で研修医の指導をしている医師に聞くと、最近は研修医の中にも「労働者の権利」を主張し夕方5時になると帰ってしまう者もいるそうです。しかし、このような研修医は例外であり、大半の研修医はほぼ「滅私奉公」の状態でがんばっているそうです。

 医師が長時間働いていることは実際に入院してみればよくわかると思います。私も勤務医の頃は、入院患者さんから「休みなしなんですね。調子よくなってきましたからたまにはあたしのところに来なくてもいいですよ」などと言われたりしました。私が最近読んだ大野更紗さんの『困ってるひと』(注1)には、大野さんの主治医の先生は「24時間365日働いている」ことが述べられています。

 では、病院につとめる勤務医ではなく開業医はどうかというと、在宅医療をしている開業医であれば「24時間365日」を謳っているところも少なくありません。もちろん、昼も深夜も休憩なく働いているというわけではなく、夜中に電話が鳴らなければ起こされることはないわけですが、夜間に具合が悪くなった患者さんから電話があり深夜に患者さんのところまで往診に行くこともあります。

 これは本当に大変なことで、私自身もクリニックをオープンした最初の1年間は、往診はしていませんでしたが夜間の電話は受けていました。すると、ひっきりなしに電話が鳴るようになり、患者さんの不安が強いのはわかるのですが、直ちに医療を要する状態ではない場合がほとんどであり、とても対応できないと判断し、現在は私自身が電話をとるのは午前7時~9時に限定しています。

 さて、では私のように在宅医療や往診をしていない開業医は労働時間が長くないのか、と問われれば、24時間体制で往診をしている医師や当直の多い勤務医に比べると随分とラクをさせてもらっていると思います。特に最近は年末年始も休みをいただいていますから他の医師から恨まれても仕方がないかもしれません・・・。

 そんな私の労働時間はどれくらいかというと、月あたりだいたい320~350時間程度です。私の1週間を簡単に紹介しておくと、毎朝5時に起床し入浴。新聞を読んだ後に、NPO法人GINAの関連のメール及びプライベートのメールをチェックし、午前6時過ぎに出勤し、ここから仕事が始まります。午前9時半頃までは前日診察した症例のカルテの記載、血液検査やレントゲンの見直し、難渋している症例に関する論文の検索などをおこないながら、患者さんからのメールに返答し電話も取ります。(他のスタッフの出勤は午前9時以降です)

 午後2時頃に午前の診療が終わり、5分程度でカップラーメンを食べてからカルテ記載をおこないます。待ち時間を減らすために診察中は必要最低限のことのみをカルテに記載し不足分は後で補っているのです。このまま休憩なしで午後の診察に入ると身体がもたないので10分程度の仮眠をとります。そして3時50分から午後の診察に入り、終了するのは日によりますが早くて8時半、遅くて10時すぎ、平均すると9時過ぎくらいになります。

 休診日の木・日・祝は何をしているかというと、診断がつかなかったり治療に難渋している症例に関する文献の検索や、複数の医学誌に掲載されている論文を読んだり、学会発表や講演に使うスライドを作成したり、あるいは依頼された原稿や論文を書いたりといった感じです。また、最近は他の医療機関で診療することは減らしていますが、月に一度程度は産業医として小規模企業の従業員と面談をする仕事を担っています。

 休診日には学会や研究会、セミナーなどに出席することもあります。昨年(2013年)のスケジュールを見直してみると、1年間のうち合計40日は学会、研究会、セミナーなどに出席していました(注2)。スケジュール表で丸1日休んだ日を探してみると、ゴールデンウィークとお盆休み年末年始を除くと、登山に費やした1日だけでした。お盆休みは毎年タイに渡航しGINAの関連で各施設を訪ねたり関係者に会ったりしますから私自身がゆっくりできることはありません。

 というわけで私が終日クリニックに行かず、学会や研究会にも参加しない日というのは年間10日程度となります。これを少ないとみるか多いとみるか、ですが、医師に対して厳しい意見を持っている人からみると「休みすぎ」となるかもしれません。

 医師の間では有名な秋田県のある村(仮にK村としておきます)では、村にひとつしかない診療所に医師が定着しません。これまで何人もの医師が長期間働くつもりで勤務しているのですが、村の人たちは医師が休むことを許してくれず、ほとんどの医師が数ヶ月で辞めていくそうです。ある医師は、昼食をとる時間がなく診療所内で食事をしようとパンを買ったときに「患者を待たせておいて買い物か」と非難され、お盆期間にも診療を続けた後8月17日の1日を休診にすると「平日なのに休むとは一体何を考えているんだ!」と村の人たちに言われたそうです。

 K村の人たちに言わせると、私のような医師は完全に「休みすぎ」となるでしょう。一方、労働基準法からすると私の月の労働時間は320~350時間(過重労働でいえば160~180時間)となりますから「働き過ぎ」ということになります。

 日本は今後世界中のどの地域も経験したことのない超高齢化社会に突入します。医療に対する需要はどんどん増えていくはずです。しかし、供給つまり医師数が大きく増えることはありません。とすると、ますます医師の労働時間が長くなるのは自明です。

 私もそのうちに「年末年始に休むとは一体何を考えているんだ!」と怒りの声を聞くことになるのでしょうか・・・。

注1 大野更紗さんのこの本『困ってるひと』(ポプラ文庫)は第5回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞を受賞」を受賞されています。皮膚筋炎と筋膜炎脂肪織炎症候群という難病に罹患した著者の、いわば「闘病記」で(本の中で著者は闘病記ではないと書かれていますが)、難病に罹患し苦悩する様子や気持ちがよく分かります。多くの方にすすめたい本であるのと同時に、医療者にもすすめたい本です。患者さんの気持ちがよく分かります。

注2:スケジュール表をみて書き出してみると合計40日の学会・セミナーなどは次のようになります。
1月20日「産業医講習会」(大阪)、2月3日「プライマリ・ケアを語ろうおおさか」(大阪)、2月14日「HIV講習会」(大阪)、2月17日「産業医講習会」(東京)、3月7日「性感染症講習会」(大阪)、4月7日「日本臨床皮膚科学会」(名古屋)、4月13日14日「日本旅行医学会」(東京)、4月21日「産業医講習会」(福岡)、5月12日「日本アレルギー学会」(大阪)、5月16日「皮膚科セミナー」(大阪)、5月18日19日「日本プライマリ・ケア連合学会」(仙台)、5月30日「高血圧セミナー」(大阪)、6月13日「プライマリ・ケア研究会」(大阪)、6月16日「日本旅行医学会」(東京)、6月30日「日本旅行医学会」(東京)、7月7日「日本プライマリ・ケア連合学会セミナー」(名古屋)、7月15日「日本旅行医学会」(東京)、7月21日「日本渡航医学会」(東京)、7月28日「プライマリ・ケアを語ろうおおさか」(大阪)、8月4日「産業医講習会」(大阪)、8月25日「日本アレルギー学会専門医セミナー」(東京)、9月8日「日本渡航医学会」(東京)、9月19日「甲状腺セミナー」(大阪)、10月3日「産業医セミナー」(大阪)、10月6日「日本臨床皮膚科医会」(和歌山)、10月10日「プライマリ・ケア研究会」(大阪)、10月13日14日「日本臨床内科医会」(神戸)、10月17日「労働衛生コンサルタントセミナー」(大阪)、11月3日「日本皮膚科学会」(名古屋)、11月7日「食物アレルギー講習会」(大阪)、11月14日「救急医療講習会」(大阪)、11月16日17日「日本性感染症学会」(岐阜)、11月24日「日本旅行医学会」(東京)、12月1日「産業医講習会」(大阪)、12月15日「日本渡航医学会」(東京)、12月19日「産業医講習会」(大阪)

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2013年12月21日 土曜日

第131回(2013年12月) 不可解な公表された医師の収入

 2014年度の診療報酬改定率について実質マイナスになることが報道されています。「診療報酬」というのは、診察代がいくらで、胸部レントゲン1枚がいくらで……、など診察にかかる費用のことで、これが高くなれば患者さんの負担が増えて、医療機関の収入も高くなります。

 消費税の増額が決まっているわけですから、我々医療機関としては多少なりとも診療報酬を上げてもらわないと経営的に苦しくなるわけですが、そのあたりは考慮してもらえないようで、マスコミも医療機関の立場からはあまり報道していません。

 少し例をあげると、例えばレントゲン1枚撮影するのにもフィルムの他、現像液なども必要ですし、電気代にも消費税が反映されることになるでしょう。医療機関では医師が曝露されたX線の量を定期的に計測する必要があり、この計測費用も値上がりするでしょうし、メンテナンスの費用も消費税増額分が加味されるでしょう。レントゲン1枚あたりの診療報酬が上げられないのなら利益は小さくなります。だからといって(当たり前ですが)撮影する必要のないレントゲンをとることはできません。

 では私自身は、「診療報酬を実質下げる」という政府の方針に反対しているのかというと、そうではなく、医療機関を倒産させない範囲でなら下げてもらってかまわない、というか、被災者の支援やエネルギー問題など他にお金がかかることがいろいろとあるでしょうから、全体のバランスをみて必要なところに使ってほしいと考えています。

 マスコミの報道をみていると日本は好景気に突入したような印象を持ってしまいますが、実態はどうなのでしょうか。たしかに株価が上がり円は下がっています(自国の通貨価値が下がってなぜ喜ばなければならないのか、私にはいまだに理解できないのですが……)。高級品が売れ、九州の豪華列車「ななつ星」は 3泊4日で55万円だった価格を77万円に値上げすることを決めたそうです。

 しかし、私には景気が上向いているという実感がありません。患者さんから話を聞いていると、相変わらず「仕事が見つからない」という人は多いですし、「今日はお金がないから2千円までで治療してください」などという人も依然少なくありません。

 「豪華列車に乗る予定です」とか「高級時計を買いました」といった人は健康であり、そもそも医療機関を受診しないということもあるのでしょうが、私の周りには公私ともども景気のいい人はほとんどいません。

 さて、そろそろ本題に入りましょう。政府が「診療報酬の下げ」について発表をおこなう前に「第19回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告(平成25年11月6日公表)の概要」というものが公表されました。

 実は私は2年前にも同じことを指摘したのですが、政府は「診療報酬を下げますよ」と言う前に、必ず医師の年収を発表します。なぜこのタイミングで公表するのか。「医師はこれだけ儲けているんだから診療報酬を下げるのは当然でしょ」と政府が世間に訴えたいからではないか、と私はみています。

 しかし政府が算出している医師の収入にはトリックがあります。2年前のコラム「「開業医は儲かる」のカラクリで、厚生労働省が公表した「開業医の月収は231万円」がいかに誤解を招くだけの”デマ”なのかということを述べました。ここでは繰り返しませんが、ポイントを述べておくと、開業医の約7割は医療法人としておらず個人事業の形態であり、個人事業の収入から税金と借り入れ金の返済と損金計上できない経費を引くと、手取りは利益(”月収”)の5分の1程度になる、ということです。

 私のこの指摘を意識して……、というわけではもちろんありませんが、今年は政府がもう少し手の込んだ数字を公表しました。医師の年収を一般病院と診療所に分け、さらに一般診療所のなかで医療法人を別にしているのです。詳しくは上記報告書を参照してもらいたいのですが、下記に数字を引用してみます。

◆一般病院
・病院長
  医療法人立:3,098万円
  国立:1,964万円
  公立:2,070万円
・医師
  医療法人立:1,590万円
  国立:1,491万円
  公立:1,517万円

◆一般診療所
・院長
  医療法人:2,787万円
・医師
  医療法人:1,336万円
  個人:1,345万円

 さて、みなさんはこの数字をみてどう思われるでしょうか。まず、病院の病院長であれば2~3千万円の年収というのは妥当でしょうか。意見が分かれるところでしょうが、数百人から数千人の職員のトップであればこれくらいの年収はおかしくはないのでは、と私は感じます。医療機関は営利団体ではありませんし、医師は利益を追求してはいけない職業ですが、数百人から数千人のリーダーと考えれば妥当ではないかと私は思います。

 一方で、一般診療所の医療法人の院長が2,787万円というのはどう考えるべきでしょう。私には一般診療所のこの3つの分類の意味がよく分かりません。医療法人の院長(2,787万円)と医療法人の医師(1,336万円)を区別しているということは、ここでの医療法人の院長というのは、19床以下の入院施設を完備した医療機関の院長という意味なのでしょうか。法律上は「病院」とは20床以上(つまり20人以上が入院できる施設)で、「診療所」とは19床以下の施設です。ならば、多くの職員のリーダーである医療法人の院長であれば、ある程度たくさんもらって妥当かなとも思います。しかし、2,787万円というのは多すぎます。

 他にも分からないことがあります。無床の(つまり入院施設のない)医療法人の診療所の医師がひとりであればその医師も「院長」となります。太融寺町谷口医院も医師は私ひとりですから私も一応は「院長」ということになります。私の年収は、上記の「医療法人の医師」とだいたい同じですから、私のような医師は「医療法人の院長」ではなく「医療法人の医師」に入れられているということなのでしょうか。

 また、「個人の医師」(1,345万円)とはどのような医師なのでしょう。これが2年前のコラムで私が問題にした「医療法人にしていない開業医」のことなのでしょうか。だとすると、2年前は月収231万円(年収2,772万円)で今年が1,345万円なら、2年間で半減したことになりあまりにも不自然です。

 政府の発表を少し穿って解釈すれば、このような分かりにくい分類をわざとすることにより、医療法人の院長の収入が高すぎるというイメージを植え付け、「病院はともかく、診療所の院長はもらいすぎでしょ。だから診療報酬は下げましょうね」と国民に暗示をかけようとしているようにみえます。一般の人は、19人以下の入院施設がある医療機関も診療所とは呼ばずに病院とみなすのが普通でしょう。政府はその盲点をついてこのような発表をしたように思えてなりません。

 さて、では医師の収入と診療報酬はどうあるべきなのでしょうか。そもそも医師は営利を追求してはいけない職業だからすべての医師の収入を同じにする、というのもひとつの考えですがこれはあまりにも非現実的でしょう。ならばどうすべきか。これは私個人の考えであり、以前にも述べたことですが、「保険診療を担っているすべての医師の収入の上限と下限を決める」、という方法がいいと思います。

 診療報酬を下げることに私は賛成だと述べましたが、下がりすぎて従業員の給与が払えなくなればそうも言っていられません。ですから、医師の年収の上限を1,200万円くらいにする代わりに下限を500万円くらいにし、さらに、従業員のある程度の収入を保証してもらえれば、安心して日々診療に没頭することができます。

 最近は「プア充」なる言葉が流行していて、年収200万円くらいで満足しているプア充推進派の人たちからは、「下限が500万円なんてバカじゃないの。そんなに必要ないでしょ」と言われるかもしれませんが、学会参加や教科書の購入などの勉強代で何かとお金がいるのが医師なのです。

 保険診療に携わる医療者の年収の上限と下限を決めるというこの方法、医療費を安定させるのに最適だと私は思うのですがみなさんはどう思われますか。しかし、こういったことを議論する前に、政府には分かりやすいきちんとした情報を提供してもらいたいと思います。

参考:
メディカルエッセイ第117回(2012年10月)「医師の勤務時間・年収の実態」
メディカルエッセイ第106回(2011年11月)「「開業医は儲かる」のカラクリ」

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2013年11月20日 水曜日

130 噛み合わない薬の論争 2013/11/20

 紆余曲折を経た後、2013年11月12日、政府は一般用医薬品(大衆薬)のインターネット販売に関して薬事法改正案を閣議決定しました。これにより大衆薬(薬局で買える薬)の99%以上がインターネットでも購入できるようになります。例外としては処方薬から大衆薬に転換して3年以内の薬と劇薬5品目があります。

 政府のこの「例外を認める」という政策に対し、インターネット販売を手がけている業者からの反発が相次いでいるようです。なかでも楽天会長兼社長の三木谷浩史氏は、11月6日に緊急記者会見まで開き、「(一部の薬の販売について)対面販売に限定するのは、時代錯誤も甚だしい」と述べたそうです。

 三木谷氏は政府の産業競争力会議の民間議員も努めていますから、ネット販売を広げることにより経済を活性化させ、そして自社の利益も増やしたい、というのが思惑なのでしょう。

 しかしこの考え、一歩ひいて考えると無茶苦茶な理屈であることが分かります。

 そもそもなぜ薬の売り上げを伸ばさなければならないのでしょうか。三木谷氏は日本国民を”薬漬け”にしたいのでしょうか。当たり前の話ですが、薬というのは飲まないに超したことはありません。

 厚生労働省や医療従事者、あるいは薬局がなぜ薬のネット販売に消極的な姿勢になるのか、その理由は薬剤が不適切に使用されることを懸念するからです。

 安易な鎮痛剤の使用が「薬物乱用頭痛」につながる、ということは過去に何度か述べました(注1)のでここでは繰り返しませんが、その薬物乱用頭痛の原因になる鎮痛薬はすでにインターネットで簡単に手に入ります。最近の議論では「ロキソニンS」がネットで買えるか、ということがよく語られますが、「ロキソニンS」よりもずっと薬物乱用頭痛をおこしやすい鎮痛剤がごく簡単に手に入るのが現実なのです。

 鎮痛薬だけではありません。例えば、睡眠改善薬と命名されている薬剤が現在でもインターネットで簡単に買うことができます。たしかにこの睡眠改善薬というのは医療機関で処方される睡眠薬ではなく単なる古い抗ヒスタミン薬です。古い抗ヒスタミン薬の副作用の眠気を利用して「睡眠改善薬」と命名しているだけのものです。ですから、考え方によってはそれほどリスクの高いものではないと言えるでしょう。

 しかし、眠れないから睡眠改善薬を飲めばいい、という単純な話ではありません。古い抗ヒスタミン薬を飲めば確かに眠くはなりますが、質のいい睡眠が得られるというわけではないからです。こういった薬は作用時間が長くはありませんから通常は翌朝まで効果が続くことはありませんが、それでも不適切な飲み方をすれば薬の作用が翌日に残ることもあります。古いタイプの抗ヒスタミン薬は、「眠気を感じない人でも作業効率が落ちる(ミスをしやすくなる)」という研究もあります。薬には本人の自覚のない副作用もあり得るのです。

 そもそも「眠れません」という人に対しては医療機関でも薬局でも「では睡眠薬(睡眠改善薬)を飲みましょう」と言うわけではありません。我々の仕事というのは、「いかに薬を処方するか」ではなく「いかに薬を処方しないか」なのです。(一部の薬局ではそうでないかもしれませんが・・・)

 太融寺町谷口医院で言えば、診察室で「眠れません」と悩みを話される人に対して、初めから睡眠薬を処方するケースというのはおそらく3分の1もありません。まずは、なぜ眠れないのか、いつから眠れないのかを問診から探っていくことになりますが、これに相当の時間がかかります。たいがいのケースは患者さんの社会的、心理的な背景にある程度踏み込むことになります。

 そして不眠の原因、あるいは悪化因子に、職場や家庭でのトラブルがあることが多々あります。こういった問題がある場合、単に睡眠薬を処方しても何の解決にもなりません。職場に原因がある可能性がある場合は、睡眠薬を処方せずに、まず産業医に現在の職場での問題点を相談するように助言することもあります。家庭での問題がある場合は、まずは家族内で問題点を相談してもらうように話し、場合によっては家族の人に来てもらうこともあります。実は不眠の原因が、夫婦間の不仲や配偶者の裏切り行為であったり、親の介護のトラブルであったり、あるいはDV(ドメスティック・バイオレンス)が原因であったり、ということもあります。
 
 あるいは内科的な疾患が原因になっていることもあります。代表的なものが甲状腺機能亢進症です。実際「最近イライラして熟睡できずに隣の家のイヌの鳴き声が我慢できなくなってきた」と言って受診された人が甲状腺機能亢進症であった、ということもありました。また薬剤性という場合もあります。一番多いのがステロイドで、ステロイドを内服しだしてから夜間に興奮して眠れない、などということもあります。また、アルコール依存が不眠の原因になっていることも珍しくありません。

 つまり、「眠れない」という訴えを患者さんが話されたときに、我々医師が問診しなければならないことは大変多くそれなりの時間がかかるのです。薬局ではどうかというと、良心的な薬局であれば、患者さん(お客さん)から話を聞いて、必要だと判断すれば、薬局で薬を買うのではなく、まず医療機関を受診するように助言しているはずです。

 問診の結果、何らかの睡眠の対策が必要と判断したとしましょう。しかし、すぐに薬を処方するわけではありません。睡眠障害を克服するのに、何よりも大切なのは「規則正しい生活をする」ということです。好きな時間に起きて好きな時間に寝る、という生活を続けていれば睡眠障害は永遠に治りません。まずこの基本的なことができているか、しようと努力しているかを確認します。医療者など夜勤があるシフト制の職業や時差のあるフライトアテンダントなどの職業の場合は、専門的な観点からの助言が必要になることもあります。

 規則正しい生活をおこなう、の次には運動を勧めることが(私の場合は)多いと思います。適度な運動で適度に身体を疲労させれば質のいい睡眠につながることがよくあるからです。

 もちろん一時的に睡眠薬が必要になることもあります。しかしその場合もいきなり「睡眠薬」を処方するのではなく、ロゼレム(一般名は「ラメルテオン」)というメラトニンの受容体に選択的に結合する薬から始めることが(私の場合)多いといえます。ロゼレムはヨーロッパでは医薬品とは認められずに同じようなメラトニン受容体作動薬はサプリメントの扱いになるそうです。(だからといってロゼレムは完全に安全な薬とまではいえず、当院にもロゼレムで副作用が出た患者さんはいます。しかし、トータルでみたときに従来の睡眠薬よりも安全なのは間違いありません)

 ロゼレムで効果が得られなければいわゆる睡眠薬(または睡眠導入薬)を処方することになりますが、この場合も「睡眠薬は一時的に使うものであり、不眠の原因を検討することや、規則正しい生活や運動の方がはるかに重要であること」を説明します。
 
 ちなみに楽天のウェブサイトから睡眠改善薬のひとつを検索するとすぐに商品が提示され「買い物かごに入れる」というボタンがでてきます。これをクリックしてクレジットカードの番号を入力すれば翌日には手元に届くようです。

 私は薬のネット販売に反対しているわけではありません。身体が不自由な人や忙しくて薬局に行けないという人にとって、インターネットでも薬が買えるというのは大変ありがたいサービスです。では、どうすべきか、というのは以前にも述べましたから(注2)ここでは繰り返しませんが、この議論になると話が噛み合わない点を強調しておきたいと思います。

  それは、我々医療者(及び薬局の薬剤師)は薬の危険性や依存性を理解しており、いかに薬を減らすかという観点から考えているのに対して、ネット販売業者はいかに薬を売るかという点から考えているということです。そしてマスコミもこのことに気づいていません。「規制=悪」という前提で書かれた記事が大半で、あたかも医療機関や薬局が経済復興の邪魔をしているような議論さえあります。

 我々が薬漬けになってもいいのか・・・、ネット解禁支持派の人たちにはこのことを考えてもらいたいと思います。

注1:詳しくは下記コラム「放っておいてはいかない頭痛」を参照ください。
注2:詳しくは下記コラム「見当違いのマスコミとおとなしすぎる薬剤師」を参照ください。

参考:
メディカルエッセイ
第127回(2013年8月)「見当違いのマスコミとおとなしすぎる薬剤師」
第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」

はやりの病気
第96回(2011年8月)「放っておいてはいけない頭痛」
第86回(2010年10月)「新しい睡眠薬の登場」

マンスリーレポート
2012年5月号「セルフ・メディケーションのすすめ~薬を減らす~」
2013年5月号「薬局との賢い付き合い方(後編)」
2013年4月号「薬局との賢い付き合い方(前編)」

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2013年10月21日 月曜日

第129回(2013年10月) 危険な「座りっぱなし」 

 前回は、「同じ時間に起きて同じ時間に寝ること」が生活習慣病にはもちろん、片頭痛やうつ病の改善にもつながる、という話をしました。

 今回は、もう一度生活習慣病に話を戻したいと思います。前回この「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」という習慣を紹介したのは、医学誌『Stroke』に掲載された脳卒中の予防のための「7つの生活習慣」に付け足したかったからです。

 私はこのサイトの「マンスリーレポート」2013年7月号「感染症と感染症以外のすべての病気の違いとは?」で、「感染症以外のすべての病気は自己内部に原因があり・・・」、と述べました。さらにこれは、「感染症以外のすべての病気はかなりの部分で予防することが可能である」、と言うこともできます。そして、次のステップとして、「ではどのように予防すればいいのか」ということを考えていけばいいわけですが、その答えが前回紹介した「7つの生活習慣」と、私が提唱した「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」と言いたいわけです。

 今回は、この私の考えをもう少し詳しく述べたいと思います。

 感染症以外の病気といっても実に様々なものがあり、分類するのも大変ですが、ざっと眺めてみると、生活習慣病、悪性腫瘍、精神疾患、アレルギー疾患、自己免疫疾患、先天性疾患、遺伝的な疾患、くらいになると思います。このうち生死にかかわる病気に絞ってみてみると、ほとんどが生活習慣病と悪性腫瘍ということになります。悪性腫瘍のなかには感染症が原因であるもの(例えばB型肝炎ウイルスによる肝臓ガン)や、遺伝的な要因の強いもの(家族性大腸ポリポーシスなど)もありますが、悪性腫瘍の大半は生活習慣が関与しています。

 ということは、例外があることは認めますが、頻度で言えば、生死にかかわるほとんどの病気は生活習慣に関連がある、ということになります。ここは重要なところなので、しっかり確認しておきたいと思います。式にすると、

 生死にかかわる疾患 = ①感染症 + ②生活習慣に関連する疾患(脳卒中、心疾患、悪性腫瘍など) + ③一部の遺伝的疾患 + ④一部のアレルギー疾患・自己免疫疾患 + ⑤外傷・事故 + ⑥自殺・他殺 + ⑦その他
 
 となります。①の感染症は発展途上国であれば死因のトップになります。③④⑤⑥⑦は生活習慣の改善ではどうしようもないものもありますが、これらをすべて合計しても②での死亡者とは比較にならないほど少数です。

 ということは、健康に長生きしようと思えば、感染症に気をつけて(正しい知識をもつ、ワクチン、予防薬など)、生活習慣の改善をおこなうのが賢明であることがはっきりとしてきます。

 では、生活習慣の改善に何をすればいいか、ということになるわけですが、『Stroke』の7つの生活習慣に、「同じ時間に起きて・・・」を加えるべき、というのが前回述べたことです。

 今回はあと2つ、生活習慣に関連する疾患の予防になる対策について述べたいと思います。7つでも覚えるのが大変なのに増やせばいいってもんじゃないだろ、という声が聞こえてきそうですが、後で覚え方も言いますのでもう少しおつきあいください。

 1つは「ストレス」です。ストレスを取り除くのは大変ですが、ストレスがほとんどの疾患の原因もしくは悪化因子になっていることは多くの人が実感していることでしょう。ストレスがあると、それだけで規則的な生活がしにくくなります。眠れない、朝起きられないなどという睡眠障害にもつながり、こうなれば「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」というのが困難になります。ストレスからジャンクフードを食べ過ぎてしまうこともあるでしょう。やめていたタバコを再び吸い出した・・・、という人もいるに違いありません。ストレスを減らすことはときに簡単ではありませんが、それでもストレス軽減のために何ができるかは常に考えていくべきです。

 生活習慣に関連する疾患の予防に必要なもうひとつは「座りっぱなしを避ける」ということです。過去にこのサイトで何度かお伝えしましたが(下記医療ニュース参照)、現在座りっぱなしのリスクは世界中で大変注目されています。長時間テレビの前に座ってお菓子でも食べながらダラダラしている様子が不健康なことは誰にでもわかりますが、現在議論されている座りっぱなしというのはそういうレベルのものではありません。例えば、定期的な運動をしていようが、適正な体重を維持し健康的な食事をしていようが、座りっぱなし、ただそれだけで生活習慣病のリスクが上昇する、というわけです。

 もう一度言いますが、定期的な運動をしていたとしても、長時間座りっぱなしの生活をすれば、運動のベネフィット(利益)が台無しになることを最近の研究は示しているのです。これではまるで「喫煙」のようです。いくらいい食生活をしていようが、定期的に運動をしていようが、タバコを吸っていれば生活習慣病のリスクが上昇するということは周知されていると思いますが、そのタバコと同じように「座りっぱなし」がリスクになるのです。実際、アメリカでは「座りっぱなしの健康被害は喫煙に匹敵する」と言われることが増えてきています。

 これまでの予防医学の歴史のなかで「座りっぱなし」の弊害はそれほど注目されていませんでしたし、現在でも日本ではそれほど関心が高いとはいえないでしょう。しかし近いうちにこのことは大きく注目されるようになりマスコミなどでも報道されるようになってくると私はみています。

 さて、ここで生活習慣病の予防も含めて、健康を維持するために何をすればいいか、ということをまとめてみたいと思います。まずは前回紹介した医学誌『Stroke』に掲載された7つの生活習慣、すなわち、①血圧、②脂質(コレステロール)、③血糖、④BMI(体重÷身長の2乗)、⑤運動、⑥食事、⑦禁煙、があります。これに⑧「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」を加えました。そして、⑨ストレスコントロール、さらに⑩座りっぱなしを避ける、の2つを加えました。

 これでは多すぎて覚えにくいので整理してみたいと思います。これらを分類すると(やや恣意的な分類ではありますが)、(1)楽しくできること、(2)とにかくやめなければならないこと、(3)検査データ、の3つに分けられます。

 具体的には、(1)楽しくできること、には、⑤運動(運動は苦痛ではなく誰でも楽しんでおこなうことができますし、そうすべきです)、⑥食事(食事は制限するだけでなく栄養のあるものを楽しんで食べるべきです)、⑧同じ時間に起きて同じ時間に寝る(早起きが習慣になるといいことばかりです。良質な睡眠の確保にもつながります)、があります。(2)とにかくやめなければならないこと、には、⑦禁煙、⑨ストレス、⑩座りっぱなし、があります。血圧、コレステロール、体重(BMI)、血糖の4つは、検査(測定)で分かるものです。

 これらを「3つのEnjoy、3つのStop、4つのデータに注意して」とテンポよく口ずさむと覚えやすくなります。まとめると次のようになります。

3つのEnjoy
・Exercise(運動は楽しくおこないましょう)
・Eating(食事は身体にいいものを楽しんで食べましょう)
・Early-morning waking up(毎朝早起きして1日を充実したものにし、夜はぐっすりと眠りましょう)

3つのStop
・Smoking(タバコはすぐにやめましょう)
・Stress(ストレスは上手にコントロールしましょう)
・Sitting too much(喫煙に匹敵するほど危険です)

4つのデータ
・血圧
・コレステロール
・体重(BMI)
・血糖

 健康で長生きするために、みなさんも是非実践してみてください。

参考:医療ニュース
2013年4月2日「座りっぱなしの生活がガンや糖尿病のリスク」
2010年7月30日 「座っている時間が長い人は短命?」

マンスリーレポート(2013年7月号)「感染症と感染症以外のすべての病気の違い

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2013年9月20日 金曜日

第128回 同じ時間に起きて同じ時間に寝るということ 2013/9/20

 7つの生活習慣の改善で脳卒中のリスクが大幅に減少する・・・。

 これは医学誌『Stroke』に今年(2013年)掲載された論文(注1)で発表されたものです。この研究については日本の一部のマスコミも取り上げていましたので、すでに知っているという人も多いでしょうが、ここで簡単に振り返ってみたいと思います。

 7つの生活習慣とは、①血圧、②脂質(コレステロール)、③血糖、④BMI(体重÷身長の2乗)、⑤運動、⑥食事、⑦禁煙、です。調査の対象は、45歳以上のアフリカ系および白人の米国人、合計22,914人です。7つの生活習慣それぞれに点数をつけて脳卒中の罹患との関係を調べると、これら7つの生活習慣が適切であれば脳卒中になりにくいことが分かった、というのが研究の結論です。

 この研究結果を聞いて、「なるほど、これはすごい研究だ!」と思える人はそう多くないでしょう。ここで言われている「7つの生活習慣」というのはどれも真新しいものではなく、「そりゃそうでしょ。今さら言われなくてもわかってますよ」と言いたくなるものばかりだからです。

 適正体重を維持して、食事内容に気をつけて、タバコを吸わず、運動を続ける、血圧や血液検査(血糖値、コレステロール)は定期的に測定して必要があれば薬を飲む、と、これだけやっていれば、「そりゃ脳卒中も防げるよな・・・」と感じてしまいます。

 私自身もこの論文をみたときに、大規模調査は大変だったろうけれど結果は別段驚くものでもないし・・・、と感じました。もしもこの調査で、例えば「タバコを吸っていても運動を週10時間以上すればリスクは帳消しになる!」とか、「食事の内容に気をつけていれば体重はいくら増えてもOK!」、など常識をくつがえすような結果であれば興味を持てるのですが・・・。

 しかし私はこの論文に価値がないと言っているわけではありません。禁煙、運動、食事などが結局は健康への確実な対策であることを再認識させられた、ということで意味のある研究だと思っています。つまり、「〇〇さえすれば・・・」などという安易な健康法は存在しないことを改めて教えてくれた研究というわけです。

 そして、これまた当たり前と言えば当たり前なのですが、私が日々診ている患者さんのことを考えてみても、これら7つの生活習慣改善で健康になることは間違いありません。

 禁煙と減量、というのを同時におこなうのは極めて困難なのですが、まずはどちらかに取り組んでもらい、時期をみてもう一方の対策をとり、運動を続けてもらうと、そのうちに血圧も血液検査の値も正常になり、一時は毎月受診してもらっていたのが年に一度でOKになった、ということも珍しくありません。そして、この7つの生活習慣を改善することにより防げるのは何も脳卒中だけではありません。心筋梗塞や生活習慣病のほぼすべて、そして多くの悪性腫瘍に対しても有効なのは間違いありません。

 というわけで、私が言いたいのは、「これら7つの生活習慣改善は当たり前のことで、言われなくてもわかってますよ、というものだけど、それでもこの地味な生活改善対策に勝るものはない」、ということです。

 そして、前置きが長くなりましたが、これら7つの生活習慣に加えて、私はもうひとつの生活習慣を提唱したいと考えています。それは、「毎日同じ時間に起きて同じ時間に寝る」というものです。

 「そりゃ、そんな生活したら健康になるでしょ。言われなくてもわかってますよ」と言われそうですし、『Stroke』の7つの生活習慣よりもさらに”地味”な習慣ではありますが、これはある意味では7つの生活習慣よりも重要ではないかと私は思っています。というのは、毎朝同じ時間に起きて規則正しい生活をすると、暴飲暴食が防げて、適正体重が維持できて、少しの努力はいりますが1週間の生活プランに運動の時間を組み入れいることができて、その結果、検査値も改善していくからです。

 例えば、30代のある女性患者さん(仮にMさんとしておきます)は、軽度の肥満と高血糖、高コレステロールがあり、失業中であるということもあり、好きな時間に起きて好きな時間に寝る、という生活をしていました。それが、仕事(それも彼女が以前から切望していた仕事)が決まり、朝5時半起きの生活となりました。職場の女性がほぼ全員スリムな体型をしていることから自身もダイエットに取り組む気になり、週に3回フィットネスクラブに泳ぎに行くようになり、さらに禁煙にも成功し半年後には通院の必要がなくなったほどです。

 このケースでは「新しい仕事」がMさんの生活習慣を改善したわけですが、それは「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ということを心がけたからでもあるわけです。また、Mさんがよかったのは、休日も同じ時間に起きてその時間を有効に利用していたということです。

 『Stroke』の研究は、脳卒中という生活習慣病に対してのリスクを調べているわけですが、この「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」という習慣は、脳卒中などの生活習慣病に有効であるだけではありません。これを習慣にすることによって劇的に症状が改善する疾患が少なくとも2つあります。

 1つは片頭痛です。Mさんが私の元を受診したのは片頭痛がきっかけで、最初は鎮痛剤が効かずに苦労していたのですが、就職が決まり規則正しい生活をするようになると、あれほど苦痛だった片頭痛がほとんどなくなったのです。実は、Mさんの就職が決まって朝が早くなると聞いたときに、私は「休日も早く起きるようにしてください。うまくいけば片頭痛からも解放されますよ」と助言しておいたのです。

 片頭痛は寝不足がリスクになりますが、寝過ぎもリスクになります。休日の朝、寝坊をして起きたら頭痛、というのはよくありますし、昼寝をして起きたら・・・、という場合もあります。お盆明けに片頭痛の患者さんが増えるのは、旅行や帰省で生活が乱れたり、あるいは新幹線の中で寝てしまったり、ということも原因になっています。

 もうひとつ、「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ことで症状が大きく改善するのを期待できる疾患があります。それは「うつ病」です。うつ病といっても症状の内容や重症度はそれぞれですし、典型的なうつ病は朝がしんどいですから、朝早く起きるのは困難なことも多いのですが、それでも同じ時間(昼でも夜でも)に起きて、同じ時間に寝るようにすることを心がければ症状が次第に改善していくこともあるのです。

 うつ病があって引きこもっている人はえてして生活が不規則になっています。朝が起きられずに昼頃まで寝ていて、夕方になってまた眠たくなってうたた寝をして、夜には目が覚める、そして睡眠薬を使うけれども眠れなくて、翌日の昼に起きると身体がダルくて、眠ってはいないけれど横になっていると時間が過ぎていって・・・、と悪循環に入り込み、こうなると社会復帰が遠のきます。無理をしてはいけませんが、可能なら、それは何時でもいいですから、同じ時間に起きて同じ時間に寝る、昼寝をするなら短時間に、という習慣を守るようにすれば、それだけで精神症状が改善していくこともまあまああります。

 休日の朝は二度寝をするのが楽しみ・・・、週末には夜更かししたい・・・、私自身もこのように思うことがありますし、特に週末の夜更かしはこれまでさんざんしてきましたが、現在はできるだけ同じ時間に起きて同じ時間に寝るということを実践するようにしています。

 深夜にも働いている医療者には申し訳ないのですが、現在の私は、夜勤をしておらず、夜中に病棟や救急外来から呼び出されたりすることもありません。二度寝したいな・・と感じる休日の朝は、前夜から寝ずにがんばっている医療者のことを思い出して早起きするようにしています。

 みなさんも、この「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ということを第8番目の習慣として考えてみてはいかがでしょうか。

注1:この論文のタイトルは「Life’s Simple 7 and Risk of Incident Stroke」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://stroke.ahajournals.org/content/44/7/1909.abstract?sid=7bee462d-05f0-40e7-896c-b64685f8ac6e

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2013年8月20日 火曜日

第127回 見当違いのマスコミとおとなしすぎる薬剤師 2013/08/20

  以前にもお伝えした薬のインターネットでの販売に対して厚労省で新たな動きがありましたので、今回はこのことについてお話ししたいと思います。

 これまでの経緯をまとめておくと次のようになります。

 まず、2009年に厚生労働省は、薬局で販売されている薬の第1類とそれに準じた第2類をインターネットで販売することを禁止しました。すると、この禁止令は違法であるとしてネットのドラッグストアなどが訴訟を起こしました。2013年1月、最高裁で「厚労省の禁止令は違法」との判決がでてドラッグストアが勝訴しました。この判決以降、いくつかのドラッグストアはインターネット販売を再開しています。

 そして、2013年6月5日、安倍晋三首相は内外情勢調査会で成長戦略第3弾を発表し、その中で「インターネットによる一般医薬品の販売を解禁します」と発言しました。これでインターネットによる薬の販売が一気に加速するかと思われましたが、厚生労働省は、首相の発表に横槍を入れるようなかたちで、一部のネット販売の再禁止を検討しています。具体的には、一部の薬を一般用医薬品(大衆薬)から医療用医薬品(処方薬)に戻そうとする案が出ています。

 では、なぜ厚労省は、薬のインターネットでの販売に反対するのでしょうか。一番の理由は、副作用の出やすい薬が野放しにされることの危険性を懸念している、というものです。もしもインターネットで薬の流通が広がり、それで副作用が社会問題になれば「そのような危険な薬を処方薬でなく大衆薬に分類した厚労省の責任ではないか」という声が出てくるでしょうから、厚労省としてはこれを避けたいわけです。

 もうひとつは、これはあまり報道されていないようですが、おそらく厚労省は薬の依存症を懸念しているのではないかと私は見ています。例えば、この議論になるといつも引き合いにだされる「ロキソニン」という解熱鎮痛薬があります。ロキソニンは今も医療機関で処方されていますが、2011年1月に「ロキソニンS」という名称の大衆薬が発売され薬局でも購入できるようになりました。

 ロキソニンは多くの痛みにシャープに効きますから、服用している人は多いのですが、知らず知らずのうちに依存している人が少なくありません。この依存が進行すると「ロキソニン中毒」と呼ばれる状態に移行することもあり、特に頭痛に対してロキソニンを用いている人に危険があります。週に1日程度の服用であれば依存症にまで進展することはあまりありませんが、これが週に3回、4回、それも1日あたり3錠も内服している、となると依存症になっていく可能性があります。そうすると「薬物乱用頭痛」と呼ばれるたいへんやっかいな頭痛に移行することがあります。

 薬物乱用頭痛とは、簡単に言えば、「鎮痛薬を使い続けるうちに痛みへの敏感さが増し常に痛みを感じるようになった頭痛」のことです。つまり、ロキソニンをあまりにもたくさん飲み続けたことによって、ちょっとした痛みにも耐えられない状態になってしまうのです。そして、薬物乱用頭痛の原因になるのはロキソニンだけではありません。日常の診療でもっともよく遭遇する薬物乱用頭痛の原因の鎮痛薬は、イブプロフェンを主とした鎮痛剤です。商品名でいえば「イブ」「ナロンエース」「リングルアイビー」などです。医療機関で処方されるものでいえば「ブルフェン」が相当します。

 薬物乱用頭痛の治療は簡単ではなく、鎮痛剤から離脱するのにかなりの苦労を要します。アルコール依存症や覚醒剤中毒者、あるいはニコチン中毒者が薬物を断ち切るのはかなり大変なことですが、薬物乱用頭痛から鎮痛剤を減らしていくのは、それに準じるくらいの困難さがあるのです。

 おそらく厚労省はこういった依存症へのリスクも踏まえて、薬のネット販売の全面解禁に反対しているのだと思います。現在同省は、28の薬品について大衆薬から処方薬へ移行させ、医療機関での処方のみとすることを検討しているようです(注1)。ロキソニンなどはいったん大衆薬として認めたけれども処方薬のみである元の状態に戻そう、というわけです。

 私個人としても、28のそれぞれの薬品すべてが妥当かどうかまでは断言できませんが、ロキソニンのように依存性の強いものや重大な副作用を懸念しなければならないものについては、あまりにも気軽に買えてしまうのは問題だと考えています。(私個人としては28項目に含まれていないものにも気になるものがあります。例えば先に述べたイブプロフェンを主とした鎮痛剤はこれら28項目に含まれていません)

 では、この問題をマスコミはどのように捉えているかというと、残念ながら見当違いのものが目立ちます。

 例えば、日経新聞2013年8月16日に掲載された「「ロキソニン」また規制?」というタイトルの記事には、「ネットで買えれば、処方薬をもらうために通院する人が減り、開業医の稼ぎは減る」という記載があります。開業医の稼ぎが減る???、見当違いも甚だしいと言わざるを得ません。

 先に述べたように我々医師が注意しているのは、ロキソニンでいえば「いかにして依存症への移行を防ぐか」ということであり、ロキソニンに限らず、我々医師の仕事は、薬の処方量を増やすことではなく減らすことにあります。

 日経新聞の記者はいつも経済のこと、もっと言えば金を稼ぐことばかりを考えているからこのような発想になるのかもしれませんが、冷静になって考えれば、医師がロキソニンを処方したいと考えているわけではないことは数字を見直してもらえれば誰にでも分かることです。ここでそれを説明しておきたいと思います。

 ロキソニンは、現在は後発品が普及しており薬価が随分安くなっています。太融寺町谷口医院で処方しているロキソニン(ロキソプロフェンナトリウム)は1錠5.6円(3割負担で1.68円。ただし患者さんの側からみればこれに診察代や処方代がかかります。それでも薬局で買うよりは随分安くなりますが)です。仕入れ価格はこれよりわずかに安い程度で、1錠あたりの医療機関の利益は0.2~0.3円程度です。日経新聞の記者は、0.2~0.3円の利益を確保するために我々医師がネット販売に反対していると言うのでしょうか・・・。

 経済発展のために自由化を原則とすべきなのは理解できます。しかし、どのようなものも野放図に解禁するのは問題です。ネットでロキソニンを買おうとすると、画面にいくつか質問事項が現れてそれをクリアしないと買えないように一応はなっています。しかし、このようなものは買おうと思えば実際にはなんとでもなります。

 薬は可能なものは医療機関以外でも入手できるようにすべきで、かつ危険性を充分に認知してもらう必要があるわけです。ではどうすればいいのか。私の意見は「薬局及び薬剤師の活用」です。ロキソニンが必要な人は薬局に行き、症状について相談し、薬剤師が妥当だと判断すれば販売できるようにすればいいのです。薬局まで行く時間がないとか、身体が不自由で度々薬局まで足を運べないという人もいるでしょう。そのような人たちにとってインターネットは大変便利なツールです。ならば、そのかかりつけ薬局のホームページから買えるようにすればいいのです。ホームページがない薬局ならメールを利用すれば済む話です。

 安倍首相の成長戦略第3弾を実現させ、なおかつ、薬の危険性から国民を守る最善策、それは「薬局及び薬剤師の活用」に他なりません。しかし、これは医師である私が主張すべきことではありません。インターネットでの薬の全面解禁というのは、薬剤師にとっては自分たちの尊厳に関わる問題のはずです。主役であるのにもかかわらず蚊帳の外に置かれて薬剤師はなぜ黙っているのでしょう。

 私は「薬剤師の逆襲」を期待しています・・・。

 
注1:これら28の薬品の詳細は下記URLに記されています。

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11121000-Iyakushokuhinkyoku-Soumuka/0000014659.pdf

参考:
マンスリーレポート2013年4月号「薬局との賢い付き合い方(前編)」
マンスリーレポート2013年5月号「薬局との賢い付き合い方(後編)」
はやりの病気第第96回(2011年8月)「放っておいてはいけない頭痛」
メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」

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