メディカルエッセイ
2016年1月22日 金曜日
第156回(2016年1月) 頑張れ 化血研! 東芝も
今、日本で最もイメージの悪い、「悪徳企業の代名詞」といわれても仕方のない企業が「化学及血清療法研究所」(以下「化血研」)ではないでしょうか。
少し前までは、粉飾決済が白日の下にさらされ世界的に信用をなくした東芝が最も悪印象の企業だったと思いますが、現在は化血研にその”座”を奪われています。
2016年1月8日、厚労省が化血研に下した行政処分はなんと「110日間の業務停止命令」。これは医薬品医療機器法(旧薬事法)に基づく過去最長記録となるようです。報道によれば、1990年頃から、血液製剤を安定化させるために、承認されていない方法で製品を製造し、実際の製造記録の他に、国の定期調査に備えた「偽の記録」もつくっていたそうです。しかも、最近作った書類を古く見せるために、紙に紫外線を照射して劣化させていたとする報道もあり、これが事実なら組織の「膿」は相当根深く広がっていると言わざるをえません。
現在、化血研は医療界、行政、マスコミのいずれからも激しいバッシングを受けており、化血研出身の公明党の代議士も窮地に立たされているとか・・・。おそらく化血研の従業員の家族は相当辛い思いをしていることでしょう。逆に、化血研にエールを送る声は一切ありません。ならば、私が微力ながらこのサイトで応援しよう、と考えてこれを書くことにしました。
私が化血研の社員と初めて会ったのは2013年の初頭でした。当時、A型肝炎ウイルス(以下HAV)のワクチンの供給が止まったままで、必要な人に接種できない状態が続いており、これをなんとかしてほしいと販売会社を通してお願いしたところ、わざわざ熊本から担当の方が来てくれました。HAVワクチンが供給不足となったのは何も化血研の責任ではありませんから、私としてはそのような対応を求めていたわけではなかったのですが、その社員の方は、とても丁寧な対応をしてくださり、こちらが恐縮してしまうほどでした。当院としてもHAVワクチンは必要度の高い人だけに限定していることを説明し、その後はワクチンが必要な人の状況を伝えて供給してもらうことになりました。
ここで少し脱線します。現在私が使っているノートパソコンは東芝の「ダイナブック」で、これは2台目です。実は、最初に使っていたダイナブックで、ネットにつながらないというトラブルがあり、結果としてこのトラブルが私を「東芝ファン」にさせました。
西日本のある地方都市に私のお気に入りのホテルがあります。そのホテルに泊まりたいという理由だけでその土地に行きたくなることもあるくらい気に入っているホテルです。ある日のこと、そのホテルでインターネットにつなぐために、ダイナブックをLANケーブルに接続したところ一向につながりません。それまで私はそのホテルで別のメーカーのノートパソコンを使ったことがありましたがこのようなトラブルは一度もありませんでした。ホテルのメンテナンスのスタッフに来てもらい見てもらいましたがホテル側に異常はないと言います。
そこで私は東芝のサービス部門に電話することにしました。電話に出た東芝の女性スタッフは大変丁寧な対応をされ親身になって解決法を考えてくれました。結局あれこれ試した後もネット接続はできず諦めざるを得ませんでした。その女性が言うにはダイナブック自体に問題はないそうです。実際その後もそのホテル以外ではつながるのです。しかしそのホテルでは接続できません。「”相性”といった安易な言葉は使いたくないのですが・・・」と、電話口の女性は申し訳なさそうに話されます。
私は電話の向こうのこの女性の対応に胸を打たれました。ひとつひとつの言葉、話し方、間の置き方などすべてが大変あたたかいことに驚いたのです。そのとき私は、東芝というこの企業は、電話対応をしているこの部署は、そしてこの女性は、どんな理念やミッションを持っているのだろう、と感じました。そして、そのときに誓いました。次にノートパソコンを買うときも東芝にしよう、と。
現在の私の最新のノートパソコンはダイナブックです。その後もその地方都市に行くときは、そのお気に入りのホテルを利用しています。そしてこの土地に行くときだけは、昔使っていた使い勝手の悪い別のメーカーのものを持って行きます。そこまでするほど私は東芝ファンになったのです。
閑話休題。話を化血研に戻します。この時点で誤解のないようにしておきたいと思います。私がこれからも東芝製品を買い続けると決めているのは、ひとりの女性スタッフの応対に感動したからですが、化血研を応援したいのは初めて会った社員の方が真摯な対応をとってくれたからではありません。
いくら丁寧な対応をされても、製品を承認されていない方法で製造し、それを長年にわたり組織ぐるみで隠蔽していた、ということは許されることではありません。これは血液製剤やワクチンを使っている患者さんの立場になれば当然の感情です。一方、東芝の粉飾決済は株主や製品購入者を裏切ったとする意見があり、然るべき処置がとられなければなりませんが、私個人としては化血研の方が罪ははるかに重いと考えています。
私が化血研にエールを送りたい理由は、化血研に信頼を取り戻してもらい、日本一ではなく世界一のリーディング・カンパニーになってほしいからです。
今も熊本に本部を置く化血研は1945年に熊本医科大学(当時)の実験医学研究所を母体として誕生しました。日本のワクチンや血液製剤をリードする企業として長い歴史があります。薬害エイズ事件で提訴されたことなどもありますが、現在まで数多くのすぐれた製品を供給し続けています。狂犬病ワクチンやA型肝炎ウイルスワクチンなどは、日本で製造できるのは化血研の他にありません。
家電やIT領域などの製品では、日本は諸外国に追いつかれるどころか、とっくに後塵を拝しています。実はこれは医薬品の領域でもそうなのです。iPS細胞では世界の最先端を進んでいると言えますが、予防医学、特にワクチンでは日本は大きく遅れをとっています。ここ10年くらいは、「なんで海外でうてるワクチンが日本ではうてないんだ」という声が大きく、この問題は次第に解消されるようになってきました。
しかしワクチンの製造は完全に日本は遅れています。ここ10年くらいで日本で承認されたワクチンをみてみると、HPVワクチンはGSK社製のサーバリックス、MSD社製ガーダシル、ロタウイルスはGSK社製ロタリックス、MSD社製ロタテック、肺炎球菌結合型ワクチンはファイザー社製プレベナー、MSD社製ニューモバックス、髄膜炎菌ワクチンはサノフィ社製メナクトラ、ポリオ不活化ワクチンはサノフィ社製イモバックス・・・、とこんな感じでこれらはすべて外資系の製薬会社です。現在世界的に注目されており、メキシコ、ブラジル、フィリピンなどで承認されたデング熱ウイルスのワクチンもサノフィ社製です。
日本はワクチン開発が昔から苦手だったというわけではありません。ひとつ例を挙げると、水痘(みずぼうそう)ワクチンは日本人が開発し、現在世界中で多くの子供たちを救っています。皮肉なことに、多くの海外諸国ではとうの昔に定期接種に入っているのに、本家本元の日本で定期接種になったのはつい最近、2014年10月ですが・・・。
化血研のワクチンも高品質で(海外製のものより値段が高いという欠点はありますが)、A型肝炎ワクチンや狂犬病ワクチンはとても優れたものです。製造に時間がかかるために供給が追いついていないのです。一時、狂犬病ワクチンは海外メーカーのものも承認すべきという議論があったのですが、最近この話題は聞かなくなりました。化血研と同じ水準の高品質のワクチンが海外製には存在しないからではないか、と私はみています。
現在生命科学に興味を持っていて将来はその方面に進みたいと考えている若い人も大勢いるでしょう。そのような若い人たちが今回の化血研の報道をみてどのように思うでしょうか。東芝以上に徹底的に組織の”膿”を洗い流し、もう一度企業のミッションを見直し、研究者を目指す若い人たちの「理想の企業」となってほしい・・・。それが私の化血研に対する願いです。
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