メディカルエッセイ
2014年12月20日 土曜日
第143回(2014年12月) STAP細胞”誕生”の理由
私にとって2014年に最も印象深かった言葉は「STAP細胞」です。毎年12月1日に発表される「現代用語の基礎知識」がおこなっている「流行語大賞」に、私は「STAP細胞」が間違いなく選ばれると思っていたのですが、結果はトップ10にも入っていませんでした。
しかし、広告業界のポータルサイトの「AdverTimes(アドバタイムズ)」が選んだ「2014年のワースト謝罪会見」(注1)の第1位に、理化学研究所(以下「理研」)の小保方晴子氏がおこなった釈明会見が選ばれていました。(謝罪はしておらず「謝罪会見」のランキングに選ばれるのはおかしいような気がしますが・・・)
私自身は研究者とは呼べませんし、これからもこのような研究に関与することはありませんが、当初理研(というか小保方氏)が発表していたように、いったん分化した細胞が未分化細胞に戻るということが、酸にさらすといった単純な方法で起こりうるのなら、これは大変なことになると感じ「複雑な思い」を抱きました。
「複雑な思い」というのは、2014年1月にこの発表を聞いたとき、「そんなことが起こるはずがない」と感じたからです。しかし、これは「仮説」ではなく実験で証明されており科学誌『Nature』にすでに掲載されており、理研の優秀な研究者たちのおこなった研究なのです。後から手のひらを返したように小保方氏をバッシングしだした科学者たちも当初はこの業績を絶賛していました。医師のメーリングリストでも称賛を讃えるコメントのオンパレードだったのです。
理研は2014年11月末を期限にSTAP細胞の再現実験をおこない、その結果作製に成功しなかったことを12月19日に発表しました。「ない」ことを理論的に証明することは困難ですが、これで事実上STAP細胞は存在しないとみなされることになります。
STAP細胞については、実に様々な人たちが、それは一般のネットユーザーから科学者までが、いろんな議論をし尽くしていますから、もう話すべきことはないかもしれませんが、なぜSTAP細胞が生まれたのかについて私はひとつ主張しておきたいことがあります。
STAP細胞”誕生”の経緯を報道などから簡単にまとめておくと、まず幹細胞の研究者でもあるハーバード大学教授のチャールズ・バカンティ氏の研究室に小保方氏が留学し、STAP細胞の存在に興味をもち研究を開始しました。帰国後、小保方氏は理研の客員研究員として若山照彦氏の研究室で本格的な研究に取り組みます。その後、理研の研究ユニットリーダーに就任し、(後に自殺することになる)笹井芳樹氏をメンター(上司)として研究を重ねSTAP細胞の作製に”成功”するのです。
この経緯のどこに「問題」があったのでしょうか。STAP細胞などというものは、私も含めて科学や医学を少しでも勉強した者にとってみれば「突拍子もないありえない物」です。ですからこんなもの初めから研究すること自体がおかしい、という声もあるでしょう。しかし、私はこの点はむしろ小保方氏は”素敵”だと思います。誰も考えつかないような突拍子もないものを研究するこの態度と行動は個人的には応援したくなります。
では、実際にはないものを「ある」と狂信的に信じて研究を重ねたことはどうかというと、私はこの点についても小保方氏の行動を非難したくありません。実験というのは、手順をまず決めてそのとおりにしていると”たまたま”世紀の大発見ができたなどというのはほとんどが「嘘」です。ニュートンがリンゴが木から落ちるのをみて万有引力の法則を発見したというのはおそらく後からつくりあげた話です。よしんばそれが事実だったとしても、ニュートンは万有引力の法則があることを初めから確信していたはずです。
野口英世は梅毒の病原体の培養に”成功”したと発表しましたが、その後誰も成功していません。野口は狂犬病の病原体も発見したと発表しましたが、これは後に完全に誤りであることが分かりました。狂犬病の病原体はウイルスであり、野口が寝食を惜しんで覗いていた顕微鏡では見えないのです。野口は金と女性にだらしなく人間的に尊敬されるべき人物ではないかもしれません(注2)。しかし、そのような私生活があり、研究成果を残せなかったのは事実だとしても、それでも科学者として研究に取り組む態度は尊敬に値します。
存在するはずないと(普通の科学者なら)誰もが思うSTAP細胞の研究に小保方氏が寝食を惜しんで(見たわけではありませんが)取り組んだことについては、私は氏に尊敬の念すら感じます。
しかし、あるはずと信じていたSTAP細胞が作製できなかったとすればそのときはどうすべきだったのでしょうか。『Nature』に論文を発表した2014年1月、そして釈明会見をおこなった4月にも、小保方氏はSTAP細胞の存在を信じていたと私は思います。しかし同時に、STAP細胞が”まだ”きちんと証明できていないことも知っていたはずです。
一部の評論家や精神科医は、虚偽の研究成果を堂々と述べる小保方氏にはもともと人格障害があったなどと言っているようですが、私には他に理由があるように思えます。私は氏の精神異常やパーソナリティ障害の有無を論じる立場になく、そのようなことはできませんが(実際に診察したわけでもないのにマスコミの報道だけから推測で病名を公表する精神科医が私には理解できません)、たとえパーソナリティの問題が氏にあったとしても、それ以上に彼女の暴走の原因となった「問題」があります。
その「問題」は早稲田大学にあります。小保方氏は2002年に早稲田大学理工学部応用化学科に入学し、その後大学院に進み2011年には論文が評価され博士の学位を取得しています。しかしこの論文に不正がありました。
2014年7月17日に発表された早稲田大学の調査委員会の報告書によると、「(小保方氏の論文は)著作権侵害行為であり、かつ創作者誤認惹起行為といえる箇所が11カ所もある」とされています。つまり、他人の論文から勝手に拝借した箇所が多数あったことを大学が正式に認めたのです。11箇所と聞いてもどれだけのものかわかりにくいですが、発表によればなんと論文全体の2割にも相当するそうです。論文の2割が他人が書いたものを拝借していたとは・・・、私に言わせればこれは「学問に対する冒涜」以外の何物でもありません。
他の論文からわずかでも拝借するとそれだけで学問に対する冒涜になるのか、という反論があるかもしれません。私自身も、関西学院大学理学部に在籍していた頃、実験のレポートが書けなくて同じ班のメンバーにレポートを見せてもらっていました(注3)。しかし完全な丸写しはしていませんし(自慢になりませんが・・・)、実験のレポートと博士論文では重みが違いすぎます(これは説得力がないかもしれませんが・・・)。
学生時代に同じ班のメンバーにレポートを見せてもらっていた私には小保方氏を非難する資格はないかもしれません。しかし、そんな私も早稲田大学には強く抗議をしたいと思います。私の母校のひとつの関西学院大学はキリスト教に基づいた大学ということもあり、不正には厳しい処罰が下されていました。私がしたような他人にレポートを見せてもらうというくらいではあまり問題にならないでしょうが(それでも「丸写し」すれば即留年でしょう)、論文に一部でも他の文献からコピーしたところがあったり、テストでカンニングをおこなったりすれば、悪ければ退学、よくてもその年の単位すべて取り消し、さらにキャンパス内の教会で牧師さんの前に跪いて懺悔をしなければなりません。
一方、早稲田大学では、小保方氏の博士論文に対し大学側が正式に不正を認めているのにもかかわらず、「博士号の取り消しには当たらず猶予期間中に論文が再提出されれば学位を維持する」としたのです。まともに考えれば不正が発覚した時点で即博士号取り消しにすべきです。
早稲田大学グローバルエデュケーションセンターのウェブサイト(注4)をみてみると、「レポートにおける剽窃行為について」というタイトルで不正行為の処分についての記述があり、「不正行為が発覚した場合(中略)、その時点で履修しているすべての科目の無効、停学を含む厳しい処罰が下されます」とされています。なぜ小保方氏には再提出の猶予が認められるのでしょうか。
さらに私が不思議なのは、早稲田の卒業生や在学生がなぜ大学側のこの対応に黙っているのか、ということです。論文に不正がみつかっても再提出すればお咎めなし、でOKなら、不正が見つからなければやってもいいんだ、と考える学生が出てくるに違いありません。卒業生は周囲から「お前も不正で卒業したんじゃないのか」と思われるかもしれません。
このような杜撰な環境の大学で研究を続けていれば、「しょせん学問なんていい加減なもの、論文の作成なんてどうにでもなるんだ」、という意識が芽生えても不思議ではありません。「『Nature』に提出した論文が少々いい加減でも咎められることはないだろう。STAP細胞は確実に存在するんだから、そのうちに追随者がもっときちんとしたデータをつけてSTAP細胞の存在を確固としたものにしてくれるに違いない。みなさんがんばってね!」と小保方氏は考えていたのではないでしょうか。
STAP細胞が”生まれた”理由のひとつは早稲田大学の杜撰な教育体制。それが私の考えです。
注1:下記URLを参照ください。
http://www.advertimes.com/20141204/article176736/
注2:野口英世のこういったエピソードについては下記コラムで触れています。
マンスリーレポート2014年6月号「渡辺淳一氏の2つの名作」
注3:レポートと同じ班のメンバーに見せてもらっていたことは下記コラムで紹介したことがあります。
マンスリーレポート2013年10月号「安易に理系を選択することなかれ(前編)」
注4:下記URLを参照ください。
http://www.waseda.jp/gec/about/info/academic/info_report/
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