メディカルエッセイ

2015年9月20日 日曜日

第152回(2015年9月) 医師とMRの「齟齬」~薬を減らすということ~

 たしか2年ほど前のある休診日のことです。その日は複数の製薬会社のMR(「医薬情報担当者」という表現が正しいとされていますが、簡単に言えば「営業職」のことです)との面談をおこなう日でした。

 医師とMRはあまり近づきすぎない方がいいのですが、私としては製品に対する複雑な質問があるときや、新製品についてプレゼンテーションをおこなってもらうときなどに太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)に来てもらっています。

 その日、あるMRにこのようなことを言われました。「〇〇(薬の名前)は、この地域で先生(私のこと)の処方量が一番多いんです」。そのときのそのMRは満面の笑みを浮かべいかにも嬉しそうでした。私はこの言葉を聞いたとき、心の奥からある種の不快感がこみ上げてきたのですが、その感情を奥に押しやってMRの立場になって考えてみました。

 おそらくこのMRの言いたいことは、「ありがとうございます。先生(私のこと)のおかげで売り上げも伸びて私も社内で鼻が高いです。これはいい製品ですので、これからもどんどん処方していってください」、とこのようなことだったと思います。

 これはMRの立場になれば分からないことはありません。私も自分がMRであれば同じようなことを考えると思うからです。製薬会社は資本主義の中に存在するひとつの企業ですから売り上げを伸ばさなければ存続できませんし、新しい薬の開発もできません。ですから”ある程度は”<売り上げ重視>になるのはやむを得ません。

 しかし我々医師は違います。私がそのMRに言われて「不快感」を覚えたのはその点にあります。私はこのように感じたのです。「私の処方量が多いということは、他の医療機関では、薬を使わずに生活指導がうまくいっているのではないか・・・。私は薬に頼りすぎているのではないか・・・」

 医師のミッションは「薬を処方すること」ではなく、「いかに薬を減らすか、あるいは初めから薬を使わない」であり、MRとは向いている方向が正反対なのです。(もしもこのようにMRに褒められていい気分になる医師がいるとすれば、その医師は直ちに医師を辞めて製薬会社に転職すべきです)

 薬というのはどのようなものでも使わない方がいいに決まっています。ただ、ここを「決まっています」で終わらせると一種の「感情論」になってしまいますので、少し詳しくみておきます。

 メディカルエッセイ第129回(2013年10月号)「危険な「座りっぱなし」」(注1)で、「生死にかかわる疾患」の分類をおこないました。ここでもう一度振り返ってみたいと思います。

生死にかかわる疾患 = ①感染症 + ②生活習慣に関連する疾患(脳卒中、心疾患、悪性腫瘍など) + ③一部の遺伝的疾患 + ④一部のアレルギー疾患・自己免疫疾患 + ⑤外傷・事故 + ⑥自殺・他殺 + ⑦その他

 これは「生死にかかわる疾患」です。この分類を元に「すべての疾患」をまとめなおすと⑦「その他」の割合が増えることになります。そして⑦「その他」には、頭痛、めまい、便秘・下痢、胃炎、じんましんなどの慢性疾患やうつ病、不安神経症、統合失調症、薬物依存症などの精神疾患が多くを占めます。

 また「すべての疾患」は「生死にかかわる疾患」と比べると⑦「その他」以外にも割合が増えるものがあります。「生死にかかわる疾患」では、①「感染症」と②「生活習慣の関連する疾患」でほとんどを占め、他は無視できるほど低頻度です。一方、「すべての疾患」では、①②も多いのですが、さらに④(喘息やアトピー性皮膚炎などの)「アレルギー疾患」、⑦「その他」も高い割合を占めます。

 では、「すべての疾患」で多いもの(①②④⑦)で薬を使うべきかどうかについてみていきましょう。

 ①「感染症」では、たとえば結核やHIV、マラリアなどでは薬が必ず必要になります。(ただしこれらの疾患は感染後の薬を考えるのではなく「予防」をしっかりおこなうことが重要です) しかし、これら一部を除く多くの感染症では薬は必須ではありません。よく言われるように、ウイルス性の感染症には抗菌薬は無効(というよりも有害)ですし、細菌性のものであっても必ずしも抗菌薬が必要になるわけではありません。実際私は、健康な方の急性感染症の場合、程度がさほど深刻でなければ、細菌性を疑っても、それが咽頭炎でも腸炎でも膀胱炎/尿道炎でも、抗菌薬の処方をせずに治す方法を考えます。

 ②「生活習慣に関連する疾患」についてはどうでしょう。これら疾患は、具体的には、糖尿病や高血圧、高脂血症といった生活習慣病が大半を占めます。谷口医院は大阪市北区という都心部に位置していることもあり、転勤などで新しい患者さんがよく来られます。そのときにこれまで内服していた薬を聞くことになりますが、たくさんの薬を飲んでいる人には「1つでも薬を減らす努力をしましょうね」という話をします。初めからこういう考えに好意を持ってくれている人が谷口医院に集まるということかもしれませんが、私のこの提案はほとんどの患者さんが受け入れてくれます。

 そして実際に多くの人が薬を減らすこと、あるいは完全にやめることに成功しています。また、元々谷口医院で診ていた患者さんで、生活習慣病の薬が必要になった場合でも、日々の食事や運動をしっかりおこなってもらうことで薬の中止に成功したケースも多数あります。

 ④「アレルギー疾患」については、禁煙や規則正しい生活といった生活習慣の見直しに加え、「生活環境」の見直しをおこなうことにより大きく薬を減らすことができます。ペットとの共存における工夫、ダニやハウスダストの対策、汗対策、職場での環境対策などをおこなうことで劇的に薬が減る人も少なくありません。⑦「その他」の慢性疾患も同様で、規則正しい生活を徹底するだけで薬がゼロになる人もいます。

 ここで、私の考えを後押ししてくれそうなデータを2つ紹介したいと思います。ひとつめは薬剤費です。厚生労働省の資料によりますと、年間の薬剤費は約8.5兆円(2012年度)にも上ります。日本の人口を1億2千万人とすると、ひとりあたり、実に年間70,800円ものお金を使っていることになります。これは薬代だけです。医療費全体で考えると年間の医療費は40兆円に迫る勢いですから、減らすことができる薬剤があるなら当然減らすべきです。

 もうひとつは、日本薬剤師会が発表しているショッキングな数字です。同会によると、75歳以上の在宅患者の残薬(処方されたが飲まなかった薬)はなんと年間475億円にも上るそうです。475億円というこの金額は保険料や税金から捻出されているのです。しかもこの数字には75歳未満の在宅患者や、全年齢の通院患者の分は含まれていません。

 私はこれまでこのサイトで「セルフ・メディケーション」と「Choosing wisely」(不要な医療をやめる)という2つのキーワードについて述べ、これらの重要性をウェブサイトを通して伝えていくことを今年(2015年)の目標にしました(注2)。しかし、2015年も残りわずかとなってしまっているのにまだ準備段階の域を抜け出せていません・・(注3)。

 先日患者さんに対してある薬の説明をしているとき、冒頭で述べたMRの言葉を思い出しました。私がそのMRに”褒められた”原因の薬がその薬だったからです。私はそのとき患者さんに次のように言いました。「今はこの薬が必要ですが、近い将来中止できるように日常生活でできることをやっていきましょう・・・」 

 この私の言葉は私自身への戒めでもあったのです・・・。
 
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注1:メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」を参照ください。

注2:「開業9年目に向けて(2015年1月)」を参照ください。

注3:これについては未完成のものでもなんとか年内に公開したいと考えています。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL