はやりの病気

第74回 混乱する新型インフルエンザ 2009/10/21

2009年10月16日、厚生労働省の「新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会」にて、13歳以上への新型インフルエンザワクチン接種回数を見直し、1回とする意見がまとめられました。

 ところが10月19日、今度は接種を1回にするかどうかの決定を先送りすることが発表されました。したがって10月19日の時点では、厚労省は現時点では2回接種を原則としていることになります。

 新型のワクチンは原則2回接種としておき、16日に突然1回接種とするとし、その3日後に2回接種に戻す、としているわけですから国民の多くはわけがわからなくなっていることでしょう。現場の医療機関でも、19日から医療従事者を対象にワクチン接種を開始していますが、急遽「2回接種を原則とする」とされたことによって混乱が生じています。そして、その後発表された方針では、「20から50代の医療従事者は1回接種とする」とされています。

 このような二転三転する厚労省の対応を批判する声も少なくないようですが、私自身としてはやむを得ないのではないかと考えています。そもそも、感染力の強さも重症度の程度も死亡率もワクチンがどれだけ有効かさえもよく分かっていない状況で、常に完璧な対応を求めることは不可能です。

 さて、ワクチンはいつ接種できるのか、というのが多くの人にとって一番の関心ごとだと思いますが、現時点でいったい新型インフルエンザはどの程度の感染症なのかということについて、まずはまとめておきましょう。

 日本での感染者は、7月以降の感染者が推計で累計234万人と試算されています。(報道は10月16日の毎日新聞など) 死者数は10月16日の時点で27人と発表されています。(報道は10月16日の共同通信など)

 単純にこれらの数字から死亡率を計算すると0.001%ということになり、それほど重症化しないのでは?と感じられるかもしれません。

 しかしながら、比較的若い世代に重症者が多いこと、(糖尿病や気管支喘息といった)持病のない人にも死亡者が少なくないことを考えると、従来の季節型インフルエンザとは異なると考えるべきです。

 海外の発表をみてみましょう。

 まず、新型インフルエンザで死亡した人は、10月11日時点で、世界中で4,735人に達しています。(報道は10月19日の共同通信)

 WHO (世界保健機関)は、冬に新型インフルエンザが流行したオーストラリアやニュージーランドでは「集中治療室(ICU)に収容された患者が例年の4~8倍に上った」と発表しています。新型は季節型インフルエンザと異なり、健康だった人が重症化するケースが多いのが特徴で、こうした患者は症状が出てから3日以内に悪化するとコメントしています。

 『New England Journal of Medicine』という医学誌の電子版10月18日号に掲載された
「Critical Care Services and 2009 H1N1 Influenza in Australia and New Zealand」という論文によりますと、オーストラリアとニュージーランドで、新型インフルエンザで集中治療室(ICU)に入った患者のおよそ3分の1は基礎疾患がまったくなく、集中治療室収容者の65%が人工呼吸器を必要としたそうです。

 アメリカでは、4月から8月に全米10州で、新型インフルエンザで入院した1,400人のデータを解析したところ、46%の人は喘息や糖尿病といった持病がまったくなかったそうです。(報道は10月15日の共同通信)

 また、中南米では新型インフルエンザの死亡率が2%前後の国が多く、メキシコでは7月6日の報告で1.16%を記録していました。この記事は10月14日の「Medical Tribune」という電子媒体が報道していますが、同報道によりますと、メキシコでは4月23日からタミフルを無料配布し、この1週間後から新型インフルエンザによる重症者及び死亡者が激減したそうです。

 このような情報が入ると、ワクチンだけでなくタミフルにも期待をしたいところですが、WHO(世界保健機関)は9月25日の時点で、タミフルが効かない(タミフル耐性)の新型インフルエンザが全世界で28例報告されたと発表しています。(報道は9月29日の共同通信)

 新型インフルエンザの確定診断がついていなくても、「症状から疑わしいと医師が判断したときはタミフルを積極的に投与すべき」との方針が9月18日に厚労省から出されていますが、これには異論もあります。タミフルの副作用が少なくないとする報告があるからです。

 10月11日、日本予防医学リスクマネージメント学会が開催したシンポジウム「医療機関のための新型インフルエンザ対策」で発表されたなかに、タミフルの副作用を報告したものがあり、その発表によりますと、タミフルを服用した215人のうち、何らかの有害事象があったと回答した人は82人に上り(38%)、最も多かったのは30人近くが訴えた疲労です。そのほか、下痢、嘔気、傾眠、腹痛、食欲不振、嗜眠、頭痛、不眠症、発熱などが認められたそうです。

 タミフルに関しては、CDC(米疾病対策センター)は9月8日、新型インフルエンザに感染しても、健康な人はタミフルやリレンザなど抗ウイルス薬による治療は原則として必要ないとする指針を発表しています。(報道は9月9日の読売新聞) ということは日米でタミフルの処方に対する考え方が大きく異なっているということになります。

 特効薬のタミフルは効かないケースもあり副作用も少なくないとすると(もうひとつの特効薬であるリレンザも死亡例の報告があります)、やはりワクチンに期待したいところですが、どこまで効果があるのか、また副作用はどうなのかという点について、はっきりしたことは誰にも分かりません。

 WHOの報告によりますと、中国で39,000人に新型インフルエンザのワクチン接種をした結果、副作用はわずか4人にとどまっており、いずれも頭痛などの軽症とされています。(報道は10月7日の日経新聞) しかしながら、重篤な副作用というのは数十万人に1人程度の割合で発症しますから、39,000人が母数のデータでは「絶対安全」とは言えません。

 日本のマスコミでは、輸入ワクチンにはアジュバントと呼ばれる免疫賦活剤が使われているため副作用が未知数であるとしているものがありますが、これも実際のところはよく分かりません。(厚生省が日本のワクチンメーカー4社と癒着しており、自分たちの利権を守りこれら4社を保護するために、輸入品が危険であるかのような言説をおこなっているとの噂もありますが、真実はよくわかりません)

 また、輸入ワクチンを「金にものを言わせて日本が輸入してもいいのか」という議論もあります。

 例えば、WHO(世界保健機関)の進藤奈邦子医務官は7月16日、都内での講演会後に記者会見し、日本が新型インフルエンザのワクチンを海外から輸入する考えを示していることについて「国際社会で希少なワクチンをさらに日本が買ってしまうのか、私としては残念な印象を持った」とコメントしています。(報道は7月16日の共同通信)

 各国の行政の対応をみてみると、ギリシャとイスラエルはすでに8月に全国民にワクチン接種することを発表しています。イギリスも全国民が2回接種できる量を確保すると8月13日にBBCが伝えています。ニューヨークでは、100万人の子供に無料接種するとマイケル・ブルームバーグ市長が発表しています。

 一方、日本では全国民の分が確保できない状態であり、輸入に頼ることは途上国の分のワクチンを奪うことになり、また副作用の懸念が大きく報道されており、接種回数も二転三転し・・・、と他国に比べると頼りない感じがしますが、一方では、死亡者が少なくとも現時点では他国に比べて極めて少ないという誇るべき点もあります。

 いったい何が正しくて何を信用すべきなのか・・・。新型インフルエンザは”新型”なわけですから絶対的に正しいことは誰にも分かりません。当分の間、二転三転するとしても行政の発表に注目するのが現実的な対処法でしょう。

参考:
はやりの病気 第72回(2009年8月号)「新型インフルエンザの対策は充分か」
はやりの病気 第70回(2009年6月号)「新型インフルエンザの行方」
はやりの病気 第69回(2009年5月号)「疑問だらけの新型インフルエンザ」

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