はやりの病気
第225回(2022年5月) 意外な食物アレルギーと仮性アレルゲン
食物アレルギーを疑って受診する患者さんが一向に減りません。年々増えているのが「野菜・果物」ですが、それだけではありません。魚も肉もピーナッツも豆乳も増えています。このコラム(「はやりの病気」)で最近取り上げた食物アレルギーを改めて振り返ると、自分で書いた文章でありながらこんなにも多いのかと驚かされます(下記参照)。今回は最近多い食物アレルギーを紹介し、さらにこれまで取り上げていなかった「仮性アレルゲン」についてポイントをまとめておきます。
食物アレルギーを疑って、最初に谷口医院を受診する人はそう多くありません。たいていは他のクリニック(皮膚科が最多)を受診して「診断がつかなかった」、あるいは「前医での説明がよく分からず、結局食べ物を避けるべきかどうか分からない」という訴えで受診されるのがよくあるパターンです。ちなみに、食物アレルギーに関わらず、谷口医院ではこのパターン、つまり「前医で診断がつかなかった」という受診動機が(口コミでの受診を除けば)ほとんどです。
「前医の検査でよく分からなかった」という患者さんにその検査結果をみせてもらうとセット検査がされていることが多々あります。MAST36などと呼ばれるIgE抗体のセット検査が一例です。この検査は「絶対に受けてはダメ」とまでは言いませんが、精度がそれほど高くなく、ほとんどのケースで余計なものも含まれていますから、谷口医院では原則として実施しません。
もっとひどいのが”遅延性食物アレルギー”などと謳い、血中IgG抗体を調べているケースです。これは過去に何度も指摘しているように、食事を摂れば誰もが上昇する可能性のある指標であり、はっきり言うと詐欺のようなものです。こんなものに騙されて、要らない食事制限をするような馬鹿げたことは止めなければなりません。
では具体的なアレルギーの話をしましょう。「それなりに重症化+前医で診断がつかず」で最近増えているのは「香辛料のアレルギー」です。この診断がつきにくいのは、食物アレルギーを疑ったときには直前に食べたものを考えるわけで、その原因がその料理に使われていた香辛料だとはなかなか思わないからです。
もうひとつ理由があります。香辛料は、谷口医院の経験でいえば、クミン、コリアンダー、コショーに多いのですが、これらの特異的IgEを調べることは(少なくとも通常の検査会社では)できません。よって、”推理力”を働かせない限りは、なかなか”回答”にたどり着けないのです。
では事例を紹介しましょう。
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【事例1】30代男性
カレーを食べた直後に全身の蕁麻疹を発症。あまりにも強いために夜間に救急病院受診。ステロイド点滴で改善。翌朝、近くの皮膚科クリニックを受診。「ナンとカレーを食べた」と言うとコムギアレルギーを疑われ検査を受けたが陰性だった。
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この男性は自身もコムギアレルギーを疑っていました。しかし、日ごろからパンやパスタを食べていると言います。コムギアレルギーには特殊型(運動誘発性アナフィラキシーなど)もありますが、そのようなエピソードはありません。カレーは好物で月に1~2回は食べていて、これまでは何ともなかったと言います。
そこで私は「どのような料理店か」を訪ねました。予想通り、本格的なインド料理屋で、料理人は全員インド人だそうです。花粉症のエピソードを訪ねると「ある」と言います。秋にも症状が出ることがあると言います。この時点で「クミンアレルギー≒ヨモギアレルギー」でまず間違いありません。案の定、ヨモギのIgEが陽性でした。
ここでよくある質問に答えておきます。「なぜカレーを食べても症状が出ないことがあるのか」という質問です。それは、本格的なインド料理屋では自然の状態に近い、つまり加工の度合いが低いクミンが使われているからです。アレルギーは感染症ではありませんから似ても焼いても起こりえますが、加工度が高ければ表面の蛋白質の形がかわり、アレルゲンになりにくくなるのです。
もう一例挙げましょう。
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【事例2】20代女性
創作料理屋でエビのアヒージョを食べた直後に呼吸苦と蕁麻疹を発症し救急車を呼んだ。エビを食べた直後に発症したためにエビアレルギーと考え、診察した医師も「そうだろう」と言っていたとのこと。翌日、近くのクリニックで検査を受けるとエビのIgE抗原が陰性だった。結局よく分からないために友達に聞いた谷口医院を受診。
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このケースで最初にエビアレルギーを疑ったことは間違いではありませんが、他のアレルゲンも考えなければなりません。よくあるのが、エビが原因だと思っていたら実際はエビに寄生していたアニサキスだったというパターンです。そこでアニサキスを調べることにしましたが、もう少し幅を広げて考えた方がいいかもしれません。詳しく問診すると、そのアヒージョにはパクチーが使われていたと言います。「パクチーアレルギー≒ヨモギアレルギー」です。結果は、アニサキスは陰性、ヨモギが陽性でした。
ヨモギアレルギーがくせ者なのは、ヨモギ花粉自体のアレルギー症状はたいしたことがない(あるいは検査では陽性となるが秋の花粉症の症状はないという人もいます)のに、香辛料のアレルギーは救急車を呼ばねばならないほど重症化することがあるからです。
過去のコラム「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」でも述べたように、ヨモギのPFAS(花粉食物アレルギー症候群)として、ニンジン、セロリなどがあります。これらは「セリ科」の植物です(ヨモギはキク科)。そして、パクチー(コリアンダー)もセリ科、クミンもセリ科です。ヨモギアレルギーがあるとコショウに反応することもあるのですが、コショウは「コショウ科」で別のカテゴリーです。尚、コショウアレルギーのある人も日本の食卓に置いてあるようなコショウでは反応しません。本格的なタイ料理などで出てくる緑の丸い実(激辛!)で初めて発症するのです。
尚、ヨモギではなくシラカンバの花粉症があり、シラカンバのPFASとして香辛料にアレルギーがある場合があります。また、トウガラシやマスタードで起こることもあります。これらをまとめてさらに補足してみましょう。
・ヨモギ(キク科)かシラカンバ(カバノキ科)の花粉症があると、PFASを起こすことがある。
・セリ科の植物とこれらが似ている。セリ科の植物の代表はセロリとニンジン。パクチーもセリ科。
・香辛料のなかにはセリ科のものがあり、代表がクミンとコリアンダー(コリアンダーは通常粉末だが、元はパクチー)
・マスタードアレルギーはヨモギ、シラカンバのいずれでも起こる。コショウはヨモギを疑う。唐辛子はシラカンバを疑う。
さて、春先に増えるのがトマトアレルギーです。おそらく、スギの影響で身体がスギに敏感になり、スギのPFASを起こすトマトに反応しやすくなるのではないかと思われます。そして、ナスアレルギーも増えます。トマトもナス科ですからその関係かな、と思うのですが、それを記した文献が見当たりません。
そこで私はもうひとつの可能性を考えています。それが「仮性アレルゲン」です。仮性アレルゲンとは蕁麻疹の原因となるヒスタミンを多く含む食事を摂取したときに生じる蕁麻疹のことを言います。古い魚を食べると、魚の身に含まれているヒスチジンが細菌によりヒスタミンに変化して蕁麻疹を起こすことは以前紹介しました。「仮性アレルゲン」は細菌によるものではなく、元々ヒスタミンが多く含まれている食べ物を食べることで起こります。
そのヒスタミン(や類似物質)を多く含む食べ物の代表がナスなのです。他には、チーズ、ワイン、ホウレンソウ、タケノコ(あくの強いもの)、ヤマイモ、魚の開きなどが知られています。ややこしいのは、トマトにもヒスタミンは多く含まれていて、トマトを食べて蕁麻疹、というケースはスギのPFASなのか仮性アレルゲンなのか区別がつかないことです。治療法が変わるわけではないのですが、PFASなら次第に重症化していく可能性がありますからこの見極めは重要です。
食物アレルギーはいったん発症するとその人の人生を大きく変えることもあります。また、思い込みや間違った診断のせいで無駄な食事制限をしている人もいます。疑問がある人はかかりつけ医に相談しましょう。
はやりの病気
第196回(2019年12月) 「”遅延型食物アレルギー”と「遅発型食物アレルギー」」
第191回(2019年7月) 「複雑化する食物アレルギーと私の「仮説」」
第184回(2018年12月)「急増する「魚アレルギー」、寿司屋のバイトが原因?」
第173回(2018年1月) 「急増するPFAS(花粉食物アレルギー症候群)」
第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」
第157回(2016年9月)「最近増えてる奇妙な食物アレルギー」
第144回(2015年8月)「増加する野菜・果物アレルギー」
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