はやりの病気

第177回(2018年5月) アトピー性皮膚炎の歴史が変わるか

 アトピー性皮膚炎(以下「アトピー」)で太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)に通院している患者さんがもしもどこかに集まる機会があるとすれば、おそらく私は「しつこいくらいにプロアクティブ療法の話をする医師」と言われていると思います。

 「ステロイドは短期間たっぷりと」「痒みがとれればタクロリムスでプロアクティブ療法」「身体はタクロリムスでうまくいかなければステロイドでプロアクティブ療法」…、こういったことを何度も聞かされた、という患者さんは数百人以上に上るはずです。実際、プロアクティブ療法をきちんと理解できれば、「もうステロイドを一切使わなくなって2年以上たつ」という患者さんも少なくありません。

 ですが、一方で、ステロイドのプロアクティブ療法を実施しても、しばらくすると痒みが再発するという患者さんもいないわけではありません。そういった重症の患者さんに対しておこなわれてきた治療がシクロスポリン(商品名は「ネオーラル」など)と呼ばれる免疫抑制剤の内服薬です。しかし、これは全身の免疫力を下げますし、他にも副作用が少なくありませんから、なかなか使いにくい薬です。もちろん、ステロイド内服についてはよほどのことがない限り用いるべきではありませんし、使ったとしても最小限(数日以内)にとどめなければばなりません。

 2018年4月、アトピーの歴史を塗り替える(と考えられている)画期的な薬剤が発売されました。その名はデュピルマブ(商品名は「デュピクセント」)。これまで伝わってきた情報(注1)によると、「効果はバツグンで副作用もほとんどなし」です。

 今回は、この薬が今後どれだけ普及していくかについて考えてみたいと思います。まずは、この薬がなぜ効くかについて述べていきますが、これを理解するには免疫学の少し詳しい知識が必要になります。このあたりの説明は免疫学に興味のない人には複雑怪奇に見えるでしょうから、できるだけ分かりやすく解説したいと思います。

 免疫を司る白血球は、好中球、好酸球、リンパ球、単球、好塩基球の5種類に分類できます。アトピーの人は好酸球の数値が高い人が多いのですが、ここでは好酸球ではなくリンパ球の話になります。リンパ球には、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)、T細胞、B細胞の3種があります。そして、今回の話はT細胞のなかの1種です。T細胞は骨髄のなかで誕生したばかりのときはみんな同じようなものですが、それが成長するにつれていろんなタイプに分かれていきます。

「CD4」というとHIVを思い出す人が多いと思います。HIVに感染するとCD4が次第に低下していきエイズを発症、とよく言われます。では、そのCD4とは何かというとT細胞の表面に存在する糖タンパクの一種です。こう言われると突然難しくなると感じる人もいるようですが、ほぼすべてのT細胞にはCD4かCD8のどちらかがあると考えてもらってOKです。CD4があればCD4陽性細胞、CD8ならCD8陽性細胞と呼ばれます。

 T細胞の話になると触れておかなければならないのは、最近メディアでよく取り上げられる「Tレグ」です。正式には「制御性T細胞」と呼ばれるTレグもT細胞の1種です。Tレグは大阪大学の坂口志文教授が発見され、教授はこの功績により2015年にガードナー国際賞を受賞されています。Tレグの働きを一言で言えば「過剰な免疫応答の抑制」です。ややこしいのは、T細胞がCD4陽性細胞、CD8陽性細胞、Tレグの3種類に分類できる、という単純な話ではなく、TレグもCD4、CD8のどちらかを持っています。

 CD4陽性細胞に話を戻します。大まかに言えばCD4陽性細胞の大半は「ヘルパーT細胞」と呼ばれるものです。そしてヘルパーT細胞は「Th1細胞」「Th2細胞」「Th17細胞」の3種に分類できます。

 さらに細かい話に入るとついていくのが大変になってきますので、ここまでの話をまとめておきます。

    好中球
    好酸球
白血球 単球
    好塩基球
    リンパ球 NK細胞
         B細胞
         T細胞 CD8陽性細胞
             CD4陽性細胞(≒ヘルパーT細胞)Th1細胞
                            Th2細胞→IL-4産生
                               Th17細胞
                
 こまかいことを言い出せばこの分類は完璧なものではないのですが、大まかな理解としてはこれでOKです。ここからは上の図の右端のTh1,2,17細胞の話になります。医学部の学生に対してならこれらをひとつずつ解説していきますが、どんどん複雑な話に入っていくことになりますから、ここではアトピーに関わるTh2細胞の話のみをします。

 アトピーの皮膚病変にはTh2細胞が過剰に存在していることがわかっています。ならばそのTh2細胞を取り除く薬があればいいということになりますが、そんな都合のいい薬は今のところ存在しません。そこでTh2細胞がつくられるメカニズムに注目することになります。ヘルパーT細胞がTh2細胞になるには「IL-4(インターロイキン-4)」と呼ばれるサイトカインが必要です。(サイトカインというのは、とりあえず血中や皮膚組織に存在する小さな物質と考えてOKです)そして、IL-4によってヘルパーT細胞がTh2細胞となり、今度はTh2細胞がIL-4をつくりだすことがわかっています。

 ここまでくれば”ゴール”はもうすぐです。Th2細胞がヘルパーT細胞から誕生するにはIL-4がヘルパーT細胞に「結合」する必要があります。この結合はヘルパーT細胞の表面にある「受容体(レセプター)」と呼ばれる部分にIL-4がはまり込むと考えてください。ならば、IL-4よりも先回りしてT細胞の受容体の表面にフタをしてしまえばIL-4がくっつけなくなります。そして、この”フタ”こそがアトピーの新薬デュピルマブというわけです。つまり、デュピルマブによりヘルパーT細胞のIL-4がくっつく部分が塞がれてしまい、その結果ヘルパーT細胞は残りの2つ、Th1細胞かTh17細胞にならざるを得ない。そしてTh2細胞が激減するわけだからIL-4がつくられなくなり、ますますTh2細胞は減少する、というわけです。(ここまで理解できれば、免疫学が少し身近に感じられるのではないでしょうか)

 アトピーから少し話がそれますが、Th1,2,17は免疫を語る上でけっこう重要なポイントなどで少しまとめておきます。上記の図の右端をもう少し細かくみてみましょう。

 ヘルパーT細胞 →(IL-12があれば)→ Th1細胞 → IFN-γ(インターフェロンγ)産生
                     →(IL-4があれば) → Th2細胞  → IL-4産生
         →(IL-6 + TGF-βがあれば) → Th17細胞 → IL-17産生

 先述したように、IL-4があればヘルパーT細胞からTh2細胞ができてTh2細胞はIL-4を産生します。同様に、IL-12があればヘルパーT細胞はTh1細胞になりTh1細胞はIFN-γを産生します。IL-6とTGF-βがあればTh17細胞になりこれはIL-17を産生します。これ以上詳しく述べるとさらに複雑になってしまいますからこのあたりでやめておきますが、ここで紹介したIL-12、IL-17、IFN-γなどもいくつかの病気を考える上で重要な要素です。

 デュピルマブについてもう少し詳しく述べると、阻害するサイトカインはIL-4だけではなくIL-13(今出てきたIL-12ではありません)も阻害します。しかし現時点では、アトピーに効果があるのはIL-4の方だろうと言われています。また、デュピルマブの効果が期待できるのはアトピーだけではなく、喘息や副鼻腔炎にも有効であるとする報告(注2)もあります。

 先述したように現在までに私が入手した国内外の情報ではデュピルマブは「抜群にいい薬」のようです。ですがこの費用を捻出できる人がどれだけいるのかが疑問です。なにしろ1本81,640円もするのです(注3)。3割負担の場合、1本24,500円ほどで、初回だけ2本注射、その後は2週間に1本のペースで続けていきます。これに診察代と定期的な採血(副作用の確認に必要になります)が加わりますから、(3割負担で)年間70万くらいはかかるでしょう。

 これまでの「薬の歴史」を振り返ると、発売してから重篤な副作用の報告が相次いだり、効果はそれほどでもなかったことが判明したりして消失していったものがたくさんあります。谷口医院ではほぼすべての薬は発売直後には処方をおこなわないポリシーです。デュプリマブも同様で、しばらく様子をみたいと考えています。

 それに冒頭で述べたように、よほどの重症にならない限り、アトピーの大半はタクロリムスのプロアクティブ療法、もしくは少量ステロイドのプロアクティブ療法だけで充分コントロールできるのです。

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注1:例えば、下記の論文はデュピルマブの有効性と安全性を示しています。論文のタイトルは「Two Phase 3 Trials of Dupilumab versus Placebo in Atopic Dermatitis」で、下記URLで概要を読むことができます。
https://www.nejm.org/doi/10.1056/NEJMoa1610020

注2:この論文のタイトルは「Effect of Subcutaneous Dupilumab on Nasal Polyp Burden in Patients With Chronic Sinusitis and Nasal PolyposisA Randomized Clinical Trial」で、下記URLで概要を読むことができます。
https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2484681
尚、デュピルマブはその後、喘息と副鼻腔炎に対しても保険診療で使用できるようになりました。

注3(2020年4月1日付記):2020年4月1日、デュピクセントの薬価が1本81,640円から66,562円に下がりました。これにより(3割負担で)年間50万円ほどで治療が受けられるようになりました。

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