はやりの病気
第134回 誤解だらけの脂肪肝とNASH 2014/10/21
患者さんの病気に対する認識が我々医療者の認識と随分と異なっていて驚かされることがしばしばあります。例えば、抗ガン剤は百害あって一利なしと思っている人、ステロイドが猛毒だと信じている人、すぐれた薬が開発されたからHIVは予防しなくてもよいと思っている人、活性酸素が怖いといって一切の運動を行わない人、などいくらでも挙げることができます。
今回はそんな患者さんの”誤解”のなかで、最近特に目立つと私が感じている「NASH」について紹介したいと思います。NASHは「ナッシュ」と呼び、正式名は「Nonalcoholic Steatohepatitis」で、日本語では「非アルコール性脂肪肝炎」と言います。(steato-というのは脂肪という意味の接頭語で医学用語ではよくでてきます)
患者さんにこの病気について最初に話をするときは「非アルコール性脂肪肝炎と呼ばれる病気で・・・」というような説明をすることもありますが、患者さんにも「ナッシュ」という呼び名を覚えてもらうように私はしています。ナッシュという言葉の響きがどこかかわいらしいですし(病態自体は憎いものですが)、ほとんどの患者さんは「非アルコール・・・」よりも「ナッシュ」の方が覚えやすいと言います。
このNASHについて何が”誤解”かというと、NASHという病気の名前を知っていてもただの脂肪肝と思っている人が非常に多いのです。これは完全な誤りで、NASHとは放っておけばガンになるかもしれない大変重要な病気です。実際、NASHの診断がついた人の1~2割は10年後に肝臓ガンになることが指摘されています。
ここで言葉を整理したいと思います。NASHすなわち非アルコール性脂肪肝炎という病名に、わざわざ「非アルコール性」と付けられているのは「アルコール性」と区別する必要があるからです。
周知のようにアルコールを飲み過ぎると肝臓がやられます。まず「アルコール性脂肪肝」という状態になり、これが進行すると「アルコール性肝炎」となり、さらに進行すると「アルコール性肝硬変」あるいは「肝臓ガン」にまで進展します。こうなれば命にかかわる状態となります。つまりアルコールというのは肝臓の組織を崩壊させ死に至る病に移行させることもある大変危険な物質なのです。(もちろん適量であれば病気をもたらすどころか、その逆に健康増進につながるものでもあります)
一方、アルコールによるものではない、単に食べ過ぎや肥満から起こる脂肪肝はそれほど重要視されてきませんでした。アルコールは依存性があるために簡単にやめられないのに対し、食べ過ぎや肥満から起こる脂肪肝は「やせればいいんでしょ」というふうに捉えられることが多いからでしょう。(実際はやせるのも大変な場合が少なくないのですが)
NASHの詳しい説明に入る前にもうひとつ別の病名を紹介したいと思います。それは「NAFLD」というもので「ナッフルディー」と呼びます。正式名称は「Nonalcoholic Fatty Liver Disease」で日本語では「非アルコール性脂肪性肝疾患」です。ナッシュと同様、これも日本語の「非アルコール性・・・」は覚えにくいでしょうから、ナッフルディーと呼ぶ方がいいでしょう。
NAFLDはNASHを含む非アルコール性の肝障害をすべて包括したものです。NASHは「肝炎」ですから肝細胞に炎症がある状態で、NAFLDの重症型と言うことができます。そして日本人のNAFLDの1~2割がNASHであると言われています。日本では健康診断を受けた人の1~3割、あるいは日本人の1,500万人~2,000万人がNAFLDであることが指摘されています。ただ、健診の結果の説明を受けるときは、「あなたはNAFLDですよ」という言われ方はあまりしないと思われます。実際には、「肝臓の数字が少し悪いですね」とか「脂肪肝になってますね」という言い方をされているはずです。
日本で1,500万人~2,000万人がNAFLDで、そのうち1~2割がNASH、そしてNASHが進行すると肝硬変や肝臓ガンになる、10年後の発ガン率は1~2割・・・、と言われればなんとしても防ぎたい疾患であることがわかると思います。
ではNAFLDにならないように肥満に気をつけよう、という考え方は間違っていません。さらに、NASHは脂肪の摂り過ぎという生活習慣の乱れからきているんだから、他の生活習慣病も一緒に予防すればいいんだな、という考えも正しいといえます。実際、NASHのなかで肝臓ガンが発生しやすい人というのは「肥満が顕著で生活習慣病を合併している人」です。例えば、NASHがあり、BMI35(身長160cmなら約90kg、170cmなら約100kg)で肝臓ガンの発生率が4倍になり、糖尿病があれば2~4倍、また高血圧も発ガンのリスクであることが分かっています。
NASHは肥満があれば起こりやすいわけですから、男性では肥満者が増加する30~40代から増え出します。女性の場合は閉経後に増えるという特徴があります。しかし、男女とも小児期から肥満があれば20代でも起こりえます。
では、やせていれば問題ないのかというと、そういうわけでもありません。特に怖いのが極端にやせている人、とりわけ拒食症を患っている人です。拒食症が「死に至る病」であることは以前紹介しましたが(注1)、拒食症の死因のひとつがNASHであろうと言われています。カレン・カーペンター(といっても若い人は知らないかもしれませんが)は拒食症から心不全を来したとされていますが、直接の死因はNASHだったのではないかとの噂もあります。
肥満がある人はやせること、あるいは拒食症の人は食べること、つまり適正体重を保つことがNASHの予防になるわけですが、では進行してしまったNASHに対してはどのような治療をすればいいのでしょう。残念ながら現在NASHに有効な薬はほとんどありません。新しい薬に期待できないのかというと、最近(2014年8月)米国でNASHに対する新薬が承認されましたので近いうちに日本でも処方可能になるかもしれません。しかし、大切なことは薬に頼るのではなく、どの段階であったとしても、つまりすでに肝細胞の障害が進行していたとしても、適正体重にもっていく努力をすることです。
どうしてもやせることができないという人には手術という選択肢もあります。どこの医療機関でもおこなっているわけではありませんが、食事量を減らすことを目的とした胃の手術がいくつかあります。(ただし、現時点ではこれらの手術に保険適用はなく全額自費診療となります)
最も侵襲性が低い(身体への負担が小さい)手術は「内視鏡的胃内バルーン留置術」と呼ばれるもので、簡単にいえば、胃カメラを用いて胃の中でバルーン(風船)を膨らませてそれを胃内に留置するという方法です。バルーンのせいで胃の体積が減ることで食事量が減るというわけです。
全身麻酔下で腹腔鏡を用いた手術(腹部を大きくあけるのではなく小さな穴を3カ所ほど開けてそこから器具を挿入する手術)もあります。「腹腔鏡下調節性胃バンディング術」といって胃全体を外側からバンドでくくって胃内の体積を小さくする方法や、「腹腔鏡下スリーブ状胃切除術」といって胃の大部分を切除して胃を腸のような細い管にしてしまう方法があります。
NASHは生まれたときから患っている人はいないわけですし、感染するものでもありません。たしかに、遺伝的に太りやすい、脂肪をためやすい、そしてNASHになりやすいということはあります。実際、米国でもヒスパニック系はNASHに遺伝的になりやすいことが指摘されています。
ただしすべて遺伝で決まるわけではなく、実際には遺伝よりも生活習慣の占める割合の方が大きいのです。ならば肥満(あるいは極端なやせ)がある人は、今一度肥満(やせ)のリスクについて再考し、生活習慣の見直しをするべきということになります。
NAFLDという言葉を聞いたことがないという人も、もしも健康診断などで「軽度の肝機能障害がある」、「肝臓の数字が少し悪化している」、「脂肪肝がある」などということを言われたことがあれば、NASHの可能性はないのかどうか、日常生活でどのようなことに気をつければいいのかについてかかりつけ医に聞いてみることをすすめます。
おどかすようで恐縮ですが、NAFLDの1~2割がNASHであり、NASHの1~2割が10年後に肝臓ガンになるということは覚えておいた方がいいでしょう。
注1:詳しくは下記を参照ください。
はやりの病気第38回(2006年10月)「本当に恐ろしい拒食症」
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