はやりの病気

第256回(2024年12月) B型肝炎ワクチンに対する考えが変わった!

 おそらくメディアでは報道されておらず、たぶんSNSでも話題になっていないと思うのですが、B型肝炎ウイルス(以下「HBV」)のワクチンに対する考え方が変わりました。

 2024年11月15日、日本環境感染学会が新しいガイドラインを発表し、そのなかで私が長年モヤモヤしていたことが一気に解消されました。今回は、HBVワクチンに対する考えがどのように変わったのかを紹介し、今後のあるべき接種方法について述べたいと思います。

 HBVワクチンは本来なら誰もが接種していなければならないワクチンですが、この国では接種者が驚くほど少ないのが現状です。そういう偉そうなことを言っている私自身もこのワクチンの存在を知ったのは医学部に入学した27歳のときで、それまではHBVの危険性についてよく分かっていませんでした。

 私が医学部に入学した90年代の大阪は(そしてたぶん今の大阪も)HBV感染者が九州地方と並んで最も多い地域です。出処は忘れましたが、以前、「大阪府と福岡県に最も感染者が多い」と聞いたことがあります。なぜ大阪と九州に多いかというと、韓国、北朝鮮、台湾からやって来た人が多いからです。

 HBVは性感染、母子感染、血液感染で広がるとされていますが、実際には「スキンシップ程度の接触」で感染することもあります。谷口医院の患者さんのなかにも、「友達を看病して感染した」「間違って友達の歯ブラシを使って感染した」あるいは「道端で倒れている人を起こしたときに傷に触れて感染した」という例もあります。

 この程度の接触で感染するわけですから、ウイルス量の多い感染者と同居していれば時間の問題です。日本では父子感染もそれなりにあるという報告もあります。もちろん父親が娘(息子)に性的虐待して……、ではなく、おそらく傷の手当や食べ物の口移しなどで感染したのでしょう。

 医学部に入学したての頃、HBVワクチンを無料で接種できると聞いて喜んだ私は、実は同時に”恐怖”も感じていました。「すでにかかっているかもしれない……」と思ったからです。当時27歳の私の周辺にはHBV感染者がけっこういたのです。

 疫学的には「日本のHBV感染者は100万人ちょっと」と言われていて、おおまかにいえば100人に1人くらいとなるのでしょうが、私の周りにはすでに感染者が5人いました。医学部内でのワクチン接種の際に「僕の周りには5人の感染者がいます」と肝臓内科の先生に言うと、「そんなはずはない。それは多すぎる」と言われたのですが、これは事実です。

 5人のうち1人(20代の男性)は、ちょうど私が医学部に入学したのと同時くらいに急性肝炎を発症して入院し、パートナーにうつしていたことが判り、ちょっと大変な状態になっていました。この男性は大学は違えどアルバイト先が同じで20~21歳くらいにはしょっちゅう一緒にいた友達です。ちなみに私は医学部入学前に会社員をしていて、その前に私立文系の大学を卒業しています。

 残りの4人は、同世代の男性が2人、同世代の女性が1人、私より20歳ほど年上の男性が1人です。女性の感染ルートは最後まで不明(家庭内感染は否定され、本人が言うには性行為の経験は「ない」とのこと)で、男性は全員が性感染でした。最も重症化したのは「私より20歳ほど年上の男性」で、タイへの出張時にタイ人女性(おそらくsex worker)から感染し、帰国後に劇症肝炎を発症し、一時は意識不明となり生死を彷徨いました……。

 幸いなことに、私自身は感染しておらず無事にワクチンを接種することができました。しかし、それは本当に”幸い”なことであり、知識がなく誰も教えてくれなかったので仕方がないとはいえ、それまでHBVに無関心でいたことが怖くなりました。

 HBVは極めて興味深い生命体で、2本鎖のDNA型のウイルスなのにも関わらず、1本鎖RNA型のHIVと同じように逆転写酵素を持っています。そのため、いったん感染するとヒトの細胞内のDNAに割り込み、ヒトの細胞分裂が起こる度にウイルスも増幅されることになります。つまり、いったん感染すると生涯にわたり消えないのです。そして、感染力は極めて強く、(HBVの体内での状態にもよりますが)感染力はHIVの100倍とも言われています。実際、性感染を考えた場合、HIVはそう簡単には感染しませんが(とはいえ、実際には「よくその程度で感染しましたね……」という事例もありますが)、HBVは(先に述べたように)些細な接触で感染します。

 しかし、HIVの場合はワクチンがなく予防にはコンドームを用いるかPrEPを実施せねばならないのに対し、HBVはワクチンを接種して抗体を形成しておけば感染することは(まず)ありません。しかも、いったん抗体が形成されれば生涯感染しないというのです。欧米諸国や豪州などではたいてい生まれて数時間以内に1回目のワクチンを全員に接種します。
 
 谷口医院をオープンした2007年、私が真っ先に取り組みたかった1つが「HBVの危険性を広く知らしめてワクチンを普及させること」でした。そして、医院オープン直後に自分のHBVの抗体(HBs抗体)を調べてみました。医学部1回生のときに3回接種してそのときに抗体形成を確認していますから今回も「陽性」となるはずです。ところが結果はなんと「陰性」! 抗体が消えてしまっていたのです。

 しかし、これはよくあることで、HBs抗体はワクチンで形成されて数年間が経過すると陰性になることがまあまああります。ただし、心配はいらないとされています。(他の感染症とは異なり)HBVの場合は抗体が消えても、それは血中に出てこないだけで免疫は維持されるとされています。実際、冒頭で紹介した新しいガイドラインの前のバージョンまでは「追加のワクチン接種や検査は不要」と書かれていました。たしかに、私の場合も追加接種を一度おこなうと再び抗体価は上昇しました。

 けれども、そうは言っても血中抗体価がゼロ(陰性)というのは不安です。また、本当に血中抗体価がゼロでも感染しないと言い切れるのでしょうか。実は、「感染した」とする報告がちらほらあります。そして、冒頭で紹介した新しいガイドラインには、いわばこの「不都合な事実」が次のように記載されています。

 HBs抗体が低下した場合にHBV曝露後にHBV DNAが陽性になったり、免疫抑制下においてHBV再活性化が起きるという報告もあり……

 ガイドラインがこれを認めるなら、一度抗体ができただけでは不安になるのは当然です。続きを読んでみましょう。

 一部の医療機関では血液体液曝露のリスクがある医療関係者に対して、免疫獲得者に対する経時的な抗体価測定や、免疫獲得者の抗体価低下にともなって追加接種を行っている。本ガイドラインは既に十分な体制が取られている医療機関でのこのような実践を否定するものではない。

 要するに、「追加接種をおこなってもいいですよ」あるいは「追加接種をおこなった方がいいかもね」と、ガイドラインはそう言っているわけです。

 さて、谷口医院では過去18年の歴史のなかで、少なく見積もっても2千人以上にHBVワクチンを接種してきています。これまでは(旧)ガイドラインに従い「いったん抗体が形成されたことを確認できれば追加接種は生涯不要と考えられています」と伝えてきましたが、この度の新しいガイドラインが公表された直後から「数年間経過すれば免疫がなくなるかもしれません」と説明しています。今までは自分だけが追加接種をして患者さんには不要と言い続けなければならずもどかしさがあったのですが、これですっきりしました。

 私自身は今回のガイドラインの改定を歓迎しています。まあ、初めから「追加接種を検討してもいいよ」と書いておいてくれれば悩まなくて済んだのですが……。

 

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