マンスリーレポート

2026年8月 「来てほしくなかった」なら「挨拶」はすべきでないのか

 2025年7月のコラム「『人は必ず死ぬ』以外の真実はあるか」で述べたように、「人は必ず死ぬ」のは間違いなく、私自身もそのうちに死にます。死が「良いこと」なのか「悪いこと」なのか私には今も分かりませんが、いずれにしてもそのうち死ぬのは確実です。では生きることは「良いこと」か「悪いこと」か。これも私には皆目見当がつかないのですが、とりあえずは「良いこと」と言っておかなければ社会からつまはじきにされそうです。

 「死をもって償う」という言葉があり、また日本を含む一部の国ではいまだに死刑制度があります。私には死刑制度の良し悪しが分かりませんが、「死ぬのはイヤなこと」という社会の成員の共通の認識があるからこそ「極刑=死刑」なのでしょう。もしも、死ぬことを心待ちにしている人がいたとして、その人に死刑を宣告すれば、その人は至上の幸福を感じることになります。これは皮肉で言っています。というのは、実際に「早く死にたい」と感じている人を私はたくさん知っているからです。

 谷口医院をオープンしてはや20年がたとうとしています。この間、私は多くの患者さんから「もう終わらせたい」とか「生まれてこなければよかった」という声を聞いています。反出生主義という言葉が公の場で語られることはあまりないと思いますが、この考えに関心を持つ人は確実に増えているような気がします。

 2017年に翻訳が出版された哲学者デイヴィッド・ベネターの『生まれてこないほうが良かった: 存在してしまうことの害悪』がどれだけ読まれているのか分かりませんが(私自身は海外メディアでベネターのインタビュー記事を読んでこの本に興味を持ちました)、この本に書かれていることを明確に否定することは困難だと思います。哲学者の森岡正博氏が著書『生まれてこないほうが良かったのか? ――生命の哲学へ!』のなかで、ベネターの考えに反論していますが、私にはその反論の理屈が分かりにくく、私個人としてはベネターの主張が間違っているとは思えません。おそらく私自身もいくらかは反出生主義の考えを持っているからかもしれません。

 ベネターは自殺を否定しています。哲学書というのは非常に読みにくく、ときに曲解してしまうことも多いのですが、ベネターが自殺を否定しているのは間違いありません。実際、ベネター自身が自殺をしていないことからもそれは明らかでしょう。しかし、人は必ず死にます。このことを最も適格に捉えているのはパスカルではないかと、私は昔から考えています。名著『パンセ』(中巻、岩波文庫)のなかに次のような文章があります。

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多数の人々が鎖に繋がれている。全員が死刑宣告を受けており、毎日何人かが他の者たちの眼前で喉首を切られる。残された者は自らの境遇を彼らの仲間の境遇のうちに眺め、苦悩のうちに、そして希望もなくお互いを見つめあい、自分の順番を待っている
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 17世紀の半ばにすでに、パスカルは「真実」を知っていたのです。「全員が死刑宣告を受けており、自分の順番を待っている」のです。自分の順番が多少遅くなろうが早くなろうが、死刑宣告を受けていることには変わりないわけです。生涯にわたり清く正しく美しく生きても死刑宣告、福祉施設に刃物を持って侵入し入所者19人を刺殺しても死刑宣告、同じ「死刑宣告」にどれほどの違いがあるのでしょう。

 しかし私は過去のコラム「私が安楽死に反対するようになった理由(後編)」で述べたように、人間には「自殺の自由」はないと考えていますし、他人の命を奪うようなことは許されてはいけないと思っています。なぜなら、それがこの世に生を受けてしまった者が背負う最低限のルールだと考えるからです。

 他の、私が最低限のルールだと自覚していることのひとつに「他者に感謝する」というものがあります。青年期くらいまでは己の欲望のみに従って生きてもいいかもしれませんが、そんな生活を通してでさえ、他者に感謝する機会に遭遇することになります。そういう機会を通して人は身勝手な考えを改めます。きっとこの社会ではそれを「成長」と呼ぶのでしょう。成長は自分の能力で遂げるものではなく、他者と触れ合い、他者によくしてもらって成長できるのだと私は考えています。

 そういうわけで私自身はこれまで多くの人に(特に、数人の濃厚な関係をもった人たちに)多大なる感謝をしています。しかし、「他者に感謝する」は最低限のルールだと言いながら、その感謝の気持ちをこれまでじゅうぶんに伝えきれていません。そもそも、あらたまって感謝の言葉を伝えるなんてこと、照れくさくてそう簡単にはできませんし、よほど気の利いた言葉を使わなければ言われた方もなんと返していいか分からないでしょう。

 では、その感謝の気持ちはいつどのように伝えればいいのか。数年前から私が温めていた構想は「自分が死期を悟ったとき、たとえば進行がんが見つかった、認知機能が低下してきたことを自覚したときなどに、これまでお世話になった人たちに会いに行って、そこで感謝を伝える」というものでした。

 ところが最近、この構想が朽ち果てました。私が「週刊新潮」を長年購読している最大の理由は五木寛之氏のコラムを読みたいからです。2026年7月29日号で、氏は、がんで余命数か月になり挨拶に来た元編集者に対して「来てほしくなかった」と断じます。「来てほしくなかった」というこの文字が視界に入ったとき、最初私は誤植ミスではないかと疑いました。ところが、五木氏は本心から、この編集者に「来てほしくなかった」と言っているのです。私自身もこの編集者と同じことをしようと考えていたわけですから、自分自身が否定されたような気持ちになりました。

 五木寛之氏の文章に魅力があるのは、私の勝手な推測ですが、「死」をタブー視せず、「生きる意味」をとことん追求しているからです。10代の頃から「人は何のために生きているのか」を考え続けている私にとって、氏の小説やエッセイはとても魅力的なのです。おそらく、終戦時、死を覚悟しながら、そしてたくさんの身近な死を目の当たりにしながら、北朝鮮から帰国した経験をお持ちであることと関係があるのでしょう。

 その五木氏が昔共に仕事をした知人に「来てほしくなかった」と言っているわけです。「死ぬなら勝手に死ねば?」と言われているようにも聞こえます。氏は続けます。

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人はみな、いずれ別れる。そして世を去る。当り前のことだが、目の前につきつけられるとつらい。心が萎えるところがある。(中略)悲しみを共有することなど、はたしてできるものなのだろうか
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 五木氏ほど、幼少時から死を間近にみてきた人物であっても「死を目の前につきつけられると心が萎える」というのなら、死を悟った人間は他人を避けて黙って消えていくのがいいのでしょう。しかし、その一方で、私自身が五木氏の立場だとすれば、その余命いくばくかの編集者との関係にもよりますが、人生で本当にお世話になった人であればその挨拶を嬉しく思います。共に思い出話をして、「来てくれてありがとうございました」と心の底から感謝すると思うのです。そして、私の空想にすぎませんが、それはどこかさわやかな感じすらします。

 ということは、よほど仲がよくなければ死期が迫っても会いに行かない方がよくて、お別れの挨拶をするならば本当にお世話になった人だけにすればいい、ということになるのでしょうか。ならば友達は少なくてよい。2026年8月時点の私の死に対する考えはこんな感じです。

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