はやりの病気

第73回(2009年9月) ギラン・バレー症候群

 先月(2009年8月)に亡くなった女優の大原麗子さんが患っていた病気として、ギラン・バレー症候群が注目されています。

 大原麗子さんは、およそ10年前からギラン・バレー症候群を患い、手足が自由に動かなくなり、骨折や打撲を繰り返していたと報道されています。そのため精神的なバランスを乱していたのかもしれません。2009年8月6日に自宅で孤独死している姿が実弟らによって発見されたそうです。

 10年にも及ぶ闘病生活、不自由な手足、精神的苦痛、そして孤独死……、という転機をたどったことを考えれば、大変恐ろしい難治性の病気といえます。実際、ギラン・バレー症候群は、大原麗子さんのように長期間に渡り後遺症を残すこともあれば、短期間で呼吸不全となり治療が遅れれば死に至ることもある<難病>です。しかし、一方ではごく軽症で終わり、一切の後遺症を残さない場合もあります。

 今回はそのギラン・バレー症候群についてお話します。

 ギラン・バレー症候群の原因として感染症がよく知られています。カンピロバクター(原因菌としては最も有名)、サイトメガロウイルス、EBウイルス、マイコプラズマ、HIVなどの感染症に罹患した”結果”として発症することが多いのです。

 しかし、病原体そのものが身体を痛めつけるわけではありません。ギラン・バレー症候群の病態は、病原体と戦うために身体のなかで作られる「抗体」が、”誤って”自分自身の末梢神経細胞を攻撃するというメカニズムです。そして抗体が自分自身の神経を攻撃した結果、運動機能や感覚機能がダメージを受けます。

 ですから、医師が症状からギラン・バレー症候群を疑ったときは、症状出現前に風邪などの症状がなかったかどうかを確認します。最も多いカンピロバクターの場合は、風邪症状よりも下痢が主症状ですから、2~3週間前に下痢をしなかったかどうかを尋ねることもあります。しかし、実際には下痢も風邪症状もなく、感染症が先におこっていたかどうかが分からない場合もあります。

 ギラン・バレー症候群の症状についてお話します。

 まずは「しびれ」が起こることが多いと言えます。これは、両手両足の末梢(遠いところ)に左右対称に起こるのが特徴です。ちょうど、手袋と靴下で覆われる部位にしびれが出現するため、「手袋・靴下型の感覚障害」と呼ばれることもあります。この障害は「しびれ」ではなく「違和感」と言って受診する人もいます。ただし、この障害はそれほど重症化せずに、感覚がまったくなくなる、というところまでは普通は進行しません。

 「しびれ」の次に出てくるのが「麻痺(まひ)」といって身体が動かなくなる症状です。つまり、運動神経がやられるわけです。これは足から始まって、次第に上の方に波及していくことが多いのですが、突然上肢から始まったり、目を動かす神経がやられたりすることもあります。

 このため、ギラン・バレー症候群の最初の症状が、複視と言って「物が二重に見える」ということもあります。口や舌を動かす神経がやられれば、「物が飲み込みにくい」「上手くしゃべれない」などの症状が出現することもあります。かなり重症化すれば、呼吸筋といって呼吸をするのに必要な筋肉を支配する神経がやられ、その結果自発呼吸ができなくなり人工呼吸器が必要になることもあります。

 医師がギラン・バレー症候群を疑ったときにどうするか。なかには一気に症状が進行し、呼吸不全になる可能性もあるわけですから、少しでもこの病気を疑えば、原則として入院してもらいます。そして、確定診断をつけるためにいくつかの検査がおこなわれます。

 ギラン・バレー症候群は、神経細胞が破壊されて発症するわけですから、神経の伝達速度や筋肉の動きを調べる検査をします。脳脊髄液もほぼ全例で調べます。ベッドで横向きに丸くなってもらって、腰に太い針を刺して採取します。ギラン・バレー症候群は、子供にも起こる病気で、子供に対してもこの”痛い”検査をしなければならず、何人もの医師と看護師で泣き叫ぶ子供をおさえつけて針を刺すこともあります。

 ギラン・バレー症候群と診断がつけば、治療を開始することになります。以前は血漿(けっしょう)交換療法といって、血液を血管から注射針によって対外に取り出し(献血の場面を思い浮かべれば分かりやすいと思います)、その血液を特殊な機械をつかって不純物を取り除き、血液をきれいにしてから体内に戻すという方法です。その「不純物」がギラン・バレー症候群を悪化させている因子と考えられているわけです。

 しかし、この方法はそれなりにしんどくて身体に負担がかかります。最近は、免疫グロブリンという血液製剤の一種を長時間かけて(だいたい6時間、1日1回)、数日間(通常は5日間程)連続で投与する方法がよくおこなわれ、この治療の方が効果もあると言われています。

 ただし、いずれの治療をおこなうにしても早期に治療を開始することが重要です。他のほとんどの病気と同様、ギラン・バレー症候群も早期発見が何よりも大切だというわけです。

 ギラン・バレー症候群は、激しい症状がでたとしても自然に回復する例も多く、教科書によっては「予後良好」と書かれています。「予後良好」とは、分かりやすく言えば、その後、後遺症を残すこともなく元の生活に戻れますよ、という意味です。

 しかしながら、実際には罹患者の約5%が死亡にいたると記載されている文献もありますし、死亡にまでいたらなくてもおよそ10%は重篤な機能障害が残り、長期間にわたりリハビリが必要となる場合もあります。

 ですから、私の個人的な意見を言えば、ギラン・バレー症候群は、「予後良好」などではなく「早期発見が不可欠な大変重要な疾患」です。私自身は、医師になってまだ数例しかこの病気をみたことがありませんが、しんどい検査や治療を受けなければならなかった小学生の男の子や、意識をなくし人工呼吸器の装着を余儀なくされた30代の女性、などを診察したことを思い出すと、もっともっと世間に注目されてもいい疾患だと感じています。

 風邪症状や胃腸炎の後、手足のしびれを感じたとき、物が二重にみえたとき、手に力が入らなかったとき、などは、ギラン・バレー症候群を疑うべきかしれません。症状が軽ければ、医師でも見逃すことがないとは言いきれません。実際、診断がつくまでにそれなりの日数がかってしまう場合があります。 

 大原麗子さんは日本を代表する大女優です。大原麗子という名前に比べると、ギラン・バレーという名前(この病気を発見したのがギラン・バレーというたしかフランス人の医師だったと思います)はほとんど知られていないかもしれませんが、大原麗子さんの死をきっかけにこの病気の名前が世間に浸透すればいいな、と私は思っています。

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