マンスリーレポート
2006年11月号 「人の役に立ちたい」という欲求 2006/11/10
11月1日、ついにGINAがNPOとして承認されることになりました。あとは、登記が終わるのを待つだけです。おそらく二週間もあれば登記の手続きが完了するでしょうから、そうなればついに特定非営利活動法人(NPO法人)GINAが正式に誕生することとなります。
GINAは正式にNPO法人となってからPRをおこなおうと思っていたため、これまで私は、比較的身近な友人も含めてGINAのことをほとんど話していません。にもかかわらず、GINAのウェブサイトには月に33,000以上のアクセスがあるようで、この数字は大きくはないでしょうが、PRをほとんどしていないことを考えれば小さくもないと感じています。最近の日本は「エイズへの関心が低い」と言われることが多いのですが、実際はそうでもないのではないか、という気もします。
GINAは、趣旨に賛同してくれた仲間と共に立ち上げたのですが、このようなNPOの必要性を訴え始めたのは私自身です。
ところで、最近、「NPOって何のメリットがあるの?」、と聞かれることが多いのでこの場でお答えしておきたいと思います。
「メリットは何?」と尋ねる人に、「社会貢献ができるから」と答えると、「???」という反応が少なくありません。彼(女)らは、「社会貢献」がキレイ事に聞こえるのでしょう。しかしそういう彼(女)らの気持ちが分からないわけでもありません。私も、20代の頃なら、NPOをつくって「社会貢献」をするなどということは思いつきもしませんでしたから。
私がタイのエイズ問題に興味を持ち出してNPOの設立を考え出したときから、絶えず頭から離れなかったひとりの男性がいます。
といっても私はその男性を直接知っているわけではありません。数年前にある雑誌でその男性が書いた文章を読んだことがあるだけです。それを読んだときは、その内容が私の人生に影響を与えるなどということは微塵も思いませんでしたから、その雑誌は捨ててしまって今は手元にありません。しかしその男性の言葉は今も私の心に根付いています。
その男性は50代で、ひきこもりの青年を社会復帰させることを目的としてNPO法人を設立しました。通常はひきこもっている青年の両親から依頼を受けて、あの手この手で社会復帰を企てます。その男性は、そのNPOを設立するまで、いわゆる「裏社会」で生きてきており、まともな仕事をしたことがなかったそうです。数々の修羅場をくぐりぬけ、かなりの悪事にも手を染めているその男性は、50代になって、「人の役に立ちたい」と思うようになったそうです。
この男性はひきこもっている青年に対して、ときには脅しを使ったり(裏社会で生きてきただけあり、得意とするところなのでしょう)、ときには涙を見せたり、あらゆる手を使ってひきこもりたちを社会復帰させているそうです。成功したときにしか報酬を受け取らないためなかなか黒字にはならないそうですが、それでも他の同じような組織に比べると、ひきこもりの社会復帰成功率は格段に高いそうです。
その雑誌は現在手元になく、正確な言葉を思い出すことはできませんが、その男性はたしかこのようなことを述べていました。
「若い世代には分かってもらえないと思うが、私のように無茶苦茶な人生を歩んでいると、死ぬまでに人のために役立つことをしたいっていう欲求が強くなるんだ」
この言葉が、なぜか私の胸にずっと引っかかっており、私がGINA設立を決意するきっかけとなったのは事実です。
私の人生など、この男性のものからみると、比較するのもおこがましいほど取るに足らないものです。そしてこんなことを言えばこの男性に失礼だとは思うのですが、私はこの男性の言葉に「共感」しています。
私は20代前半までは、社会貢献どころか、低次元の利己的な欲求のみに支配されて生きてきました。25歳のときに、社会学部大学院の受験を考え、それが最終的に医学部受験に変わりました。この動機は「勉強がしたい」という欲求で、これは必ずしも低次元とは言えないでしょうが、それでも「利己的」な欲求であったことには変わりありません。
私が医師になることを考え始めたのは医学部3年生、30歳のときでした。病気から社会的な差別を受けている人の力になりたい、というのがそのときの理由でした。これは「利己的」とは言えないとは思いますが、この時点ではNPOなどはまだ頭にのぼることはありませんでした。
医師3年目のとき、タイに出向き、社会から家族から、そして病院からも差別を受けているエイズに苦しんでいる人たちに直面し、次いでエイズ孤児たちの存在を知るようになり、少しでもこういった人たちに貢献したいと感じた気持ちがGINAの設立につながりました。
私は当分の間、日本で医師をおこないますが、これは異国の地で苦しんでいる人よりも力になるべき人は身近にいると考えているからです。しかし、それでも日本では考えられないような過酷な環境で暮らさざるを得ない人たちに少しでも貢献し続けたいと考えています。
最近、ある雑誌でNPOを設立した人の記事を読みました。その人は40代半ばで地域社会に貢献するためのNPOを設立し、さらに現在はインターネットを使った人生相談もおこなっています。
この人が書いた記事のなかに興味深い文章があります。自分の値打ちということを考えたとき、20代ならそれは「モテるか?」、30代なら「カネあるか?」と「社内的なオレのポジションは?」で、40代になり「オレは人の役に立てるのか?」となったそうです。
やはり人間は年齢を重ね、経験を積むにつれて、「人の役に立つ」あるいは「社会貢献」といったことに対する欲求が強くなってくるものなのでしょう。
私は20代の頃には、ボランティア活動など考えたことすらありませんでしたし、「利他的な行動」などといったことは、家族のための行動を除けば、あり得ないと思っていました。
もちろん、ボランティア、社会貢献などをすることによって、充足感が得られますから、人の役に立つ行動も「利己的」な側面を孕んでいるという見方もできるでしょう。しかしながら、結果としてそれが「貢献」につながるなら、「利他的」であるとも言えるわけで、他人にも自分自身にも満足感を与える、極めて安定した力強い欲求が「人の役に立ちたい!」というものだと私は考えています。
ところで、現在日本に存在するNPO法人は約2万8千、NPO法人への寄附金総額は約7千億円です。一方アメリカは、NPO法人数が約90万、寄附金総額は24兆円です(日本経済新聞2006年11月3日)。日本はアメリカの3%にも満たないのです。
NPOを設立したり、NPOに寄付したりすることだけが「人の役に立つ」わけではありませんが、NPO法人なら活動内容も会計報告も透明化していますから、「人の役に立つ」きっかけとしてもっと注目されてもいいのではないかと思います。
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