マンスリーレポート

2020年8月 ポストコロナで加速する医療崩壊

 2020年5月、愛知県の大村秀章知事は「医療崩壊が東京と大阪で起きた」と発言し、大阪府の吉村洋文知事は「大阪で医療崩壊は起きていません。何を根拠に言っているのか全く不明です。受け入れてくれた大阪の医療関係者に対しても失礼な話です」とツイッターで反論しました。

 吉村知事が「医療関係者に対しても失礼な話」と言ってくれたことには我々医師は喜ばなければなりませんが、実際には4月の時点で医療崩壊はすでに起こっていました。救急車を要請して救急車が来てくれても搬送先が見つからずに自宅に戻されるケースが増えだしたのです。呼吸苦と胸痛があり救急車を呼んだのに搬送先が見つからず、翌日当院を受診した患者さんは幸いなことに軽症でしたが、こういった症状は早く治療を開始しなければ命を失うこともあり得ます。これが医療崩壊でなくて何なのでしょう。

 そして、医療崩壊は7月になり急速に進行しています。

 当院の電話が鳴りやみません。谷口医院の過去14年間の歴史でこれまで最も電話問い合わせが多かったのが麻疹(はしか)の流行でワクチンが枯渇した2016年の秋でした。ウェブサイトには「ワクチンは谷口医院をかかりつけ医にしている人のみが対象」と目立つように書いたのですが、「なんとかなりませんか」と必死で訴えてくる当院未受診の人が大勢いました。

 7月中旬以降、そのときの状況をすでに上回り、今やパニックといってもいい状態です。私がクリニックに朝到着する6時45分頃の時点ですでに電話が鳴っています。5分から10分に一度くらいの割合でコールが響きます。ただし、電話受付は8時からとしているのでこの時点で私は電話をとりません。

 8時になると息つく暇もなくなります。電話を切れば数秒以内に次の電話が鳴ります。それを延々と繰り返すわけです。他のスタッフに変わってもらう10時半頃までずっと電話で話しているような状態です。

 電話が鳴りやまない原因はもちろん新型コロナです。といっても新型コロナに感染した人たちからの電話ばかりではありません。その内訳を紹介しましょう。

#1 新型コロナに感染しているかもしれないのに診てもらえない

 現在発熱や咳など風邪の症状があると、それだけで受診を拒否する医療機関が増えています。当院ではこういった行き場を失くした人たちをこれまではある程度積極的に診てきました。4月には、かかりつけ医を含めて10軒以上のクリニックから断られ、保健所に相談しても検査を拒否され、遠方からやって来られた患者さんが新型コロナ陽性だった、ということもありました。

 しかし、当院も発熱などの症状がある人を診られるのは1日2人までです。なぜなら一般の患者さん全員に帰ってもらってからでないと来てもらうわけにはいきませんから、午前と午後の診察終了後の1枠ずつしか「発熱外来」の時間がとれないのです。7月上旬頃までは、まだ少し余裕があったので当院未受診の人にも来てもらっていたのですが、風邪症状を訴える人が増えたため現在は当院の発熱外来の対象は谷口医院をかかりつけ医にしている人のみとしています。

 電話ではその旨を伝えるのですが、すんなりと理解してもらえることはあまりありません。なぜなら必死で訴えてくる人たちの多くは当院に電話するまでにすでに何軒からも断られているからです。保健所に相談しても「コロナの検査はその程度ではできないから近くの医療機関を受診するように」とすでに冷たくあしらわれています。なかには声を荒げたり泣き出したりする人もいます。熱があるのにどこも診てもらえない、保健所からは相手にされない……。医療崩壊が進行しています。

#2 無症状だが職場や取引先、学校、帰省先などからコロナの検査を求められている

 すでにいろんなところで指摘されているように新型コロナのPCR検査はキャパシティがあるために無症状の人は希望してもほとんど受けられません。谷口医院では当初はこういった検査を実施するつもりはありませんでしたが、6月上旬に「PCRを受けられないと夫と生き別れてしまうんです!」と主張するある女性からの訴えを聞いて考えを変えました。妙齢のこの女性、東南アジアのある国でご主人と生活していたのですが、2月に自身のみ一時帰国しその後再入国できなくなってしまいました。

 当院でPCRを実施していなかった最大の理由は、無症状者の検査は精度が必ずしも高くないからです(有症状者の場合は現在の大阪市ではクリニックでの検査が正式に認められていません)。しかし、診察室でそんな理屈を言っていても意味がありません。PCRを受けなければご主人と再会できないのですから。ただし、1日の検査枠には上限があります。そこで、検査会社と話をして、①当院をかかりつけ医にしている人、②入国先から求められている海外渡航者、の2つに限定することとしました。よって、職場や学校から求められているという理由での当院未受診の人のPCRは実施できません。

 では抗原検査はどうかというと、この検査も1日にできる検査数には限りがあります。こちらは当院未受診の人も受け付けていますが、すぐに予約が埋まってしまいます。

 検査希望者がすごく大勢いるのにもかかわらず、実施している医療機関はどうしてこんなに少ないのでしょうか。その最大の理由は「検査結果が必ずしも正確でない」と多くの医療者が考えているからです。ですが、当院の経験でいえば、そんなことは多くの患者さんも分かっているのです。それは分かっているけれど、職場や学校から求められているのだから仕方ないでしょ、というわけです。

 よくあるのが、「同じ職場で新型コロナの感染者が出たから自分も検査しなければならなくなった。保健所に相談すると濃厚接触には該当しないから検査できないと言われた」、というものです。このケース、私には「感度が高くなく……」などといった理論を並べるのではなく検査するしかないと思うのですが、どうも多くの医師はそれでも正論を述べるのが好きなようです。

#3 ポストコロナ症候群に苦しんでいる

 ポストコロナ症候群というのは私が勝手に命名した病名です。新型コロナにかかった後(あるいは本当はかかっていないけれどかかったと思い込んだ後)倦怠感、頭痛、動悸、めまい、咳などが続くことを言います。いわばコロナの後遺症です。この人たちは、すでに何軒かのクリニックを受診しています。しかし、「異常がない。気のせいだ」などと言われドクターショッピングを繰り返しているのです。最近はたいてい毎日このような電話がかかってきます。たしかに、積極的な治療法はなく、これを病気と呼べるのか、というケースが多いのですが、患者さんが困っているのは事実です。
 
 以上みてきたように、熱や咳といったコロナを疑う症状があるのにどこからも診てくれない、検査を受けないといけないのに受けられない、ポストコロナ症候群なのにどこからも相手にされない、という悲鳴に近いような訴えを延々と聞いているのが現況です。電話がつながらないので当院をかかりつけ医にしている人も予約が入れられずに困っています。

 医療崩壊はすでに加速しているのです。

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