マンスリーレポート

2009年11月号 医師という職業のジレンマ

2009年2月のマンスリーレポート「”不況”を感じる2つの兆候」(下記参照)で、医学部受験の相談メールが増えていることについて報告しましたが、相変わらず医学部受験を考えている人たちからのメールがよく届きます。

 なぜ医学部を目指すかについて、その想いを熱く語られているメールが多く、読ませてもらう私が感動することもよくあります。2003年あたりに私の元に寄せられたメールでは、「医師は安定しているから」「高収入が期待できるから」などが目立ったのですが、最近はそういった内容のものはあまりなく、「医師になってこんなことをしたい」とか「この病気に生涯をかけて取り組みたい」といったものが増えています。

 さて、私はこれまで拙書やこのウェブサイトでのコラムを通して、「医師はとてもやりがいのある職業ですよ」ということを伝えてきたつもりですが、今回は医師であるが故に感じるジレンマについてお話したいと思います。

 そのジレンマを一言で言えば、「資本主義のなかで資本主義的でない業務を遂行しなければならないジレンマ」です。

 もう少し分かりやすく言うとこのようになります。我々医師は、営利を追求しなければ生きていけない社会のなかで営利を追求してはいけないというジレンマを抱えている・・・。

 もっと分かりやすく、そして医師の立場からのホンネで言えば、「利益を求めてはいけないのに利益をださなければ失業してしまうというジレンマ」となります。そして、このジレンマは、実際に医師になってみないと分かりません。私自身も医師となり、そしてクリニックを開業するという立場になって、このジレンマと日々闘わなくてはならない現実に直面するようになりました。

 短い文章でこのことを伝えるのはなかなかむつかしいのですが、現在医学部受験を考えている人に少しでも分かってもらえればと思います。

 まず、医師は営利活動をしてはいけません。実際、日本医師会が作成している『医の倫理要綱』の第6条に「医師は医業にあたって営利を目的としない」という条文が定められています。もちろん、営利を追求しないのは日本の医師だけでなく、これは世界中のどこの国にいっても同じことです。

 少し考えてみれば分かることですが、もしも医師が営利目的で診察をすればとんでもなく恐ろしいことになります。しなくてもいい検査をされたり、必要でない薬を処方されたりすれば、患者側にとってみれば出費がかさむだけでなく、検査や薬の副作用に苦しめられることになるかもしれません。

 ときどき、患者さんから、「なんでお金を払うって言ってるのに薬を出してくれないのですか」と言われますが、それは、我々医師は、薬は必要最小限の処方にすることが当然と考えているからです。もちろん、薬をたくさん処方する方が医療機関や医師の利益にはなるわけですが(ただし薬による利益はそれほど多くありませんが)、薬の処方と、例えば健康食品の販売などとはまったく異なるわけです。

 医師という職業は資本主義にはまったく馴染みません。私はすべての医師は公人としての自覚を持つべきだと考えています。世の中に医師と似ている職業があるとすれば、警察官や消防士、あるいは自衛官などです。

 つまり、医師とは、国民が安心して平和に暮らすことができるように困ったときに支援するような職業であるわけです。病気や事故が起こったときに、その人を治療し早く社会復帰できるように支援するのが医師の使命なのです。

 私は拙書『偏差値40からの医学部再受験』のなかで、国や社会をプロのスポーツチームに例えると、医師はチームドクターのような存在であると述べました。スポーツ選手が安心して練習や試合に打ち込めるように支え、ケガなどのトラブルが起こったときには速やかに対処して少しでも早く練習に復帰できるように支援するのがチームドクターの使命です。同じように、国民が身体の不調を訴えたときに適切な診療をして少しでも早く社会復帰できるように支援するのが医師のミッションなのです。

 警察官や消防士、自衛官は公務員であるわけですから、私は、医師は開業医を含めて全員が公務員としての扱いを受けるべきではないかと考えています。

 ところが、実際には医師は(特に開業医は)身分や収入が保障されているわけではありませんし、一般の企業と同じように医療機関は税金を納めなければなりません。

 先日、開業医の年収が平均で2,522万円であるという報道がなされました。2,522万円という数字をみると、「開業医は儲けすぎじゃないの」と感じられます。しかし、この数字にはトリックがあります。

 この2,522万円という数字は会計上の経常利益に相当する金額だと思われます。ここから借入金の返済やその他経費として認められない費用を引けば、それほど手元に残るわけではありません。いまだに世間では、「開業医は金持ちで土地や高級車を所有している」のようなイメージを持っている人がいるようですが、実際は大半の医師はそうではありません(例外もあるでしょうが)。(参考までに、私の年収はこの2,522万円という数字からはほど遠いですし、家は一応ありますが11坪しかない狭い家で、車は15年落ちの国産中古車、走行距離はとっくに10万キロを越えています・・・)

 もしも本当に開業医が多くの利益を得ており贅沢な暮らしをしているとすれば、是正されなければならないでしょう。しかし、ほとんどの医師はそうではないわけです。しかも、労働時間はかなりの長時間に及びます。(私の場合、週の労働時間を計算すると、事務仕事やカルテや画像の見直しなどを入れれば、週あたりの労働時間は少ないときでも80時間を越えますし、多いときは100時間を越えることもあります。こういうコラムを書いている時間が”ささやかな息抜き”となっているのが現状です)

 ではどうすればいいのか。究極的にはやはり開業医も含めてすべての医師を公務員にして給与を固定にするのがいいのではないかと私は考えています。しかし、ある程度の金銭的モチベーションが必要であるという意見もあります。それならば、年収の上限と下限を決めればいいのではないでしょうか。上限を決めることによって、医師は儲かると考えている勘違いした者が医学部受験することがなくなるでしょうし、また下限を決めることによって税金の支払いや借入金の返済で頭を悩ますこともなくなるわけです。

 利益を追求してはいけない一方で利益を出さなければ生きていけないというこのジレンマは、私が開業医となって強く認識するようになったことです。

 これから医学部を目指す人には、このようなことも考えていただければと思います。

参考:マンスリーレポート2009年2月号「”不況”を感じる2つの兆候」

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