マンスリーレポート
2006年4月号 パヤオで見た真実 2006/04/04
先月のマンスリーレポートで、いったん決まりかけた新しいクリニック用の物件が借りられなくなって落ち込んでいることを報告したところ、たくさんの読者の方から、お叱りの言葉や励ましの言葉をいただきました。
あまりにも多くの方からメッセージをいただいたため、すべての方にお返事を差し上げることができませんでした。この場でお詫び申し上げたく存じます。同時に、たいへん多くの方から勇気をいただいたことに対しお礼申し上げたく存じます。本当にありがとうございました。
実は先月のマンスリーレポートを書いてから、またひとつ非常に魅力的な物件が見つかりました。「こんないいところが残っていたのか」と感じた私に、不動産屋の人は言いました。「先約がひとりいるけど、その人の条件とは合わないようですから、おそらくお貸しできると思います。」しかし、このとき私は、もう期待はしないことに決めていました。数日後届いたその不動産屋の連絡は、やはり「先約が決めたようです」というものでした。
さらに、もう一件、これまた非のうちどころのない物件を紹介されましたが、結局ビル側の事情で借りられなくなりました。
これで、1月から検討した物件は15件にもなり、そのうちの5件はぜひとも借りたいというものでしたが、間一髪で他の業者に決まったり、10年以上は借りられない条件がつけられたため断念したり、水回りの工事ができないビルであったり、先月に報告したようなこともあったりで、結局物件は決まりませんでした。
これだけ不運が連続するのは単なる偶然とは思えません。偶然でないなら、きっと今は物件を探すべきでない、つまり今は新規開業するタイミングでない、という運命なのでしょう。私はそのように考えて、いったん物件探しを中断することにしました。
そんな私がとった行動はタイ国渡航です。拙筆『今そこに・・・』のあとがきにも書きましたが、私はこれまで、国内外のHIV/AIDS患者さんをサポートするNPO法人の設立を検討してきました。当初の予定では、新しいクリニックと同時にスタートさせるつもりでしたが、こうなれば先にNPO法人だけを立ち上げることにしよう、そう考えたのです。
このNPO法人の名称はGINA(ジーナ)と言います。(Getting Into No AIDSの略です。)
GINAの主事業は5つあります。
1つめは、国内外のHIV/AIDS患者さん、あるいは患者さんを支援している組織や個人のサポートです。当初は、私と交流のあるタイ国のエイズ施設中心にサポートをしていく予定です。
2つめは、HIV/AIDS、あるいは性感染症に関連した研究です。これは主にタイ国と日本の比較研究を考えており、すでに最初の研究(調査)を開始しています。
3つめは、HIV/AIDSの子供を救うための里親奨学金制度の設立です。タイ国では、両親がAIDS、あるいは自身がHIV陽性であり、これらに貧困という問題が加わり、義務教育を続けることがままならない子供が大勢います。こういった子供たちが安心して勉強できるように里親奨学金を設けようと考えています。
4つめは、HIV/AIDSまたは性感染症に対する予防啓蒙活動です。こういう活動はすでにおこなっているNPOやNGOがいくつかありますから、そういった組織と協力したりあるいは特定のグループに対する啓蒙活動をおこなったりすることを考えています。
そして5つめは、エイズホスピスの設立です。「はやりの病気」4月1日号で述べたように、タイでは差別意識が若干減少したことにより、患者さんが施設から家庭に戻る傾向にあります。しかしながら、全員が家庭に戻れるとは限りません。家族全員をAIDSで亡くした人もいますし、元々孤独に生きてきた人もいるのです。タイには現在もHIV陽性の方がおよそ55万人もいます。55万人全員が家族とともに幸せに暮らせるわけではないのです。ホスピスはタイで設立することを決めたわけではありませんが、現在のところ最有力候補にしています。(もっともホスピスを設立するには莫大な資金が必要となりますから、これは将来的な目標ということになります。)
今回のタイ国渡航は非常にタイトなスケジュールになりました。(まあ今回だけでなくいつものことなのですが・・・)
大阪→バンコク→ウボンラチャタニ→シーサケート→ウボンラチャタニ→バンコク→ロッブリー→バンコク→チェンマイ→パヤオ→チェンライ→バンコク→大阪という日程を8日でこなしましたから、まさに息つく暇もない、といった感じでした。
今回の出張で訪問した施設でもっとも印象的だったのが、初めて訪れたパヤオにある「21世紀農場」です。
このパヤオという県は、全部で76個あるタイ国の県のなかでも最も貧しくて、人口あたりのエイズの患者さんが最も多いと言われています。美しい自然はありますが、特に観光名所と呼べるようなところはなく、そのため『地球の歩き方』や『Lonely Planet』にも紹介されていません。チェンライかチェンマイからバスに乗って山をいくつも越えなければなりませんから、観光客はまず来ないのです。タイ国内ならどこにでもいると思われる西洋人もこのパヤオにはほとんど来ないそうです。
そんなパヤオの中心地(「中心」と言っても何もないのですが・・・)から、さらに車で1時間ほど走ったところに、この「21世紀農場」があります。
この農場は、鹿児島大学出身で以前は熊本に住んでおられた農学博士である谷口巳三郎先生が設立された広大な農場です。巳三郎先生は、タイの人々に農業を指導するため1982年に60代で単身タイに渡り、おひとりで近代的な農場を設立されました。農薬の類は一切使わずに、すべて有機栽培で米や野菜をつくられ、また魚や豚などの飼育もされています。
そんな巳三郎先生を日本で最も支えているのが熊本にある「タイとの交流の会」で、会長は巳三郎先生の奥様です。名前を谷口恭子先生と言い、偶然にも私と一字違いです。
谷口巳三郎先生は、非常に献身的な方で、私財を投げ打って農場を設立し、さらに貧困にあえぐ多くの方々を救ってこられました。農業とは縁のない医師である私が「21世紀農場」を訪問し巳三郎先生にどうしてもお会いしたかったのは、巳三郎先生は、パヤオのエイズで苦しんでいる人々をも救っておられるからです。
そんな巳三郎先生に魅せられた私は、お会いした瞬間から先生の話に引き込まれました。強い意志とこれまで見たことも聞いたこともないような奉仕の精神をお持ちの巳三郎先生は、私が自分の人生を終えるときに、生涯に渡り最も影響を受けた人物のひとりとして思い出すことになるでしょう。
農場のなかにある先生の家の壁には、先生の書かれた次の言葉が掲げられていました。
最期のひとこと「もうこれ以上他人のために尽くすことができなかった」と云いたい
この言葉を読んだとき、背筋に電流が流れるような感覚を覚えました。こんな「最期のひとこと」、いったいどれだけの人が言うことができるでしょうか。私は、これまでの人生を振り返っただけですでに「失格」です。けれども、少しでも先生に近づきたい、先生と同じ苗字で、奥様の名前は私と一字違いというのも単なる偶然ではない、と(大変失礼ですが)思い込み、胸に熱いものを感じながら、私はパヤオを後にしました。
タイから帰国後、早速私は熊本に出向き、奥様の恭子先生にお会いしました。恭子先生もまた、10代前半時にすでに「他人のために尽くす」ことを自分の使命と決意し、これまで献身的な人生を歩まれてきた方です。私はこのような素晴らしいご夫婦とめぐり合えたことに幸せを感じ、自分自身も「他人のために尽くす」ことを生涯の目標にすることを決意しました。
さて、今私は再びタイに来ています。チェンマイでの仕事を済ませ、今Huahinのはずれにあるリゾートホテルのバルコニーでこれを書いています。Huahinは、PhatayaやPhuketと異なり(?)、おそらくセックスワーカーが一切おらず、そのため品のない観光客もほとんどいない場所で、自然が美しくとても静かなリゾート地です。物価は驚くほど高いですが・・・。
誰もいない静かな海岸で、ミッションステイトメントの見直しをおこなうために、私はHuahinにやってきました。ミッションステイトメントは、私の信条であり中心であり、これがあるから私が私でいられるのです。
そんなミッションステイトメントを見直すには、都会の喧騒から離れて、ひとり静かに自分自身を見つめなおすことのできる静かな場所が最適なのです。
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