マンスリーレポート
2006年2月号 患者さんの一言 2006/02/04
2006年2月になりました。今年もすでに一ヶ月が過ぎ去ったわけですが、私のこの一ヶ月はついてないというか、バイオリズムや運勢にならった言い方をすれば「低調期」であったように思います。
というのも、一ヶ月の間で、父親が腹痛で救急搬送されそのまま緊急手術となりましたし、自分のホームページがサーバーのトラブルで丸二日も閲覧できなくて多くの方からお叱りをいただくことになりましたし、パスポートを紛失しましたし、自分の駐車場で車をぶつけましたし、・・・と振り返るのがイヤになるくらいです。
私は4月から大阪市内にクリニックを新規開業する予定でいるのですが、その場所もまだ決まっていません。不動産屋には昨年から話をしていたのですが、年末の時点での不動産屋のアドバイスは、「いい物件がいくつもあるから年明け早々に本格的に探せば大丈夫」というものでした。
ところが、大阪では突然景気がよくなったみたいで、特に私が希望している地域では、ここ一ヶ月であっという間にいい物件がなくなってしまったそうなのです。実際この一ヶ月に何軒か物件を見に行ったのですが、魅力的なところはまだ見つかっていません。
こんなことで本当に4月から新規開業できるのか・・・、不安な気持ちになってきます。 一緒にクリニックをたちあげてくれるマネージャーのこともありますし、何よりも「4月になったら行くからね」と言ってくれている患者さんに申し訳ない気持ちになります。
先日、ある患者さんからメールをいただきました。その患者さんにも、「いい物件が見つからなくて苦労している」という話をしていたのですが、その患者さんがくれたメールはとてもシンプルなもので、最後に「がんばれ!」と書かれていました。
この「がんばれ!」という言葉が私の心に響きました。それまで、あまりにも良くないことが続いていたために憂鬱な気分にどっぷりとつかっていたのですが、この一言で何かふっきれたというか、突然元気が出てきました。
本来、医師である私が患者さんを元気にしなければならないのに、まったく逆の立場になったというわけです。
私自身もそうなのですが、何かよくないことが立て続けに起こると、イヤな気持ちが身体を支配してなかなかそこから抜け出せなくなってしまうことはないでしょうか。そうなると、物事を冷静に見ることができなくなり、ちょっとしたことでも自分の不運を嘆いたり、前向きな気持ちが持てなくなったりしてしまいます。
今回の私は、患者さんの一言のおかげで、すっかり立ち直ることができましたが、いったん元気になれば、物事は冷静に見えてくるもので、よく考えれば私が不幸と思っていたことなど取るに足らないものばかりです。私よりも不幸な境遇にいる人がどれだけいるかを考えればすぐに分かります。
例えば、ここ数日間毎日のように新聞紙上を賑わせている、ライブドアの(元)社長の堀江氏などは、どのような心境にいるのでしょう。「カネで何でも手に入る」と豪語し、何不自由のない生活をしていたところを突然の逮捕となったわけです。
私は「証券取引法」というものをよく知らず、堀江氏がどの程度重い罪を犯した(と疑われている)のかがよく分かりませんし、氏の行動について詳しく知っているわけではないので、多くを語る資格はありません。
けれども、氏が日頃から公言していたと言われている、「法律に抵触しなければ何をしても大丈夫」という考えには同意できません。以前別のところにも書いたと思いますが、私は法律というものをあまり重視していません。もちろん私自身は法律を守るつもりでいますが、本当の意味での「罪」の大きさは法律では計ることはできない、というのが私の考えです。法律ではなく、人間が本来持つべき言わば「自然の条理」に従うべき、という考えを私は持っています。「自然の条理」というのは「倫理」「道徳」、あるいは「掟」と言ってもいいかもしれません。
そういったものに反した行動を氏がとっていたならば、法的な罪の重さはともかく、「自然の条理」について考えてみてくれればと思います。
私は、堀江氏をめぐるメディアの報道をみているときに、頭の中で、氏とある人物がオーバーラップしました。
その人物とは元エジプト大統領のアヌワール・サダト氏です。
イスラエルを強く憎むように教育されていたサダト氏は、「イスラエル人と握手など絶対にしない!」と公言していました。そしてそんなサダト氏にほとんどの国民がエールを送っていました。
ところが、です。サダト氏は、後にファルーク王を倒す陰謀にかかわったため、カイロ中央刑務所の第54番独房に監禁されることになります。
しかし、サダト氏の人生はここで終わりません。その後開放された氏は地道な活動を重ね、ついにイスラエルの国会を訪問し、歴史的な和平交渉をおこなうに至りました。そしてこれが後のキャンプ・デイビッド条約につながったのです。
サダト氏のこのエピソードはいろんなところで語られていますが、例えばスティーブン・R・コビー氏の『7つの習慣』によれば、サダト氏は、独房のなかで「物やお金を獲得することではなく、自分自身に打ち勝ち、自制する力を持つことを悟った」そうです。
サダト氏は、最終的には国内の過激派に暗殺されることになるのですが、死後も彼の残した業績は忘れ去られることはありません。
サダト氏は、自叙伝のなかで「独房を離れたくない気持ちもあった」と述べているそうです。彼が辿り着いた「悟り」は、そんな気持ちにさせるほど大きな意味があったのでしょう。
いわば成金の堀江氏と歴史的人物のサダト大統領をオーバーラップさせるなどけしからん!と思われる方もおられるでしょうが、その良し悪しはさておき、人間は窮地に追い込まれて初めて「真実」に気づくということはよくあることではないでしょうか。
堀江氏はまだまだ若いですし、実力のある人物であることは間違いないでしょうから、サダト大統領のように、「物やお金を獲得することではなく、自分自身に打ち勝ち、自制する力を持つことを悟った」と後に回想するようになったとすれば、誰からも尊敬される立派な人物になられるのではないか、と私は考えています。
私はこの1ヶ月間で、数々のついてない体験から患者さんの一言で立ち直り、冷静になったところ堀江氏について思いを巡らせ、そこからサダト大統領のことまで考えることができました。
患者さんの一言には深く感謝したいと思いますし、それと同時に、ついてない体験もたまにはあった方がいいのかな、とも今では思うようになりました。
私自身も、「自分に打ち勝ち自制する力」を身につけていきたいと考えています。
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