マンスリーレポート
2021年10月 「承認されたい欲求」と「承認したくない欲求」
2年前のコラム「「承認欲求」から逃れる方法」で、太融寺町谷口医院の患者さんの実例を示し(ただし詳細はアレンジを加えました)、「承認欲求なんて捨ててしまえばいい。そもそも万人から愛される必要はない」と述べました。
この私の意見に対し「同感です」という声も届いたものの、「そうは言っても仲間外れにされたくない」という感想もいただきました。そのコラムで私は「<変わらざる自身>を持ち他人が自分のことをどう思おうが気にしなければいい」と言いました。私の考えに同意できない人はこの点に賛成できないようです。いくら<変わらざる自身>を持っていても孤立するなら意味がない、というわけです。
もちろん孤立して生きていかねばならないほど辛いこともないでしょうから、この意見は理解できます。今回は、私の考え「承認欲求なんて捨ててしまえばいい」を「誰からの承認欲求か」という観点から改めて考えてみたいと思います。
たとえば、人口100人の離れ小島にあなたが住んでいるとしましょう。食料は基本的に自給自足で、他の地域への定期船はありません。おまけにインターネットは使えない環境で、電話は島の中でしか通じません。さて、もしもこの島で家族も含めて誰からも嫌われて孤立してしまえば、つまり誰からも「承認」されなければどのようなことが起こるでしょうか。おそらく生きていけなくなるでしょう。唯一の生き残る道は「島を出て別の世界を探す」となります。
他方、上述のコラムで取り上げたキャバクラ勤務の女性と美容師の男性を考えてみましょう。彼(女)らには家族があり、友達がいて、さらに(全員ではないにせよ)同僚の何人かとは仲良くしています。お客さんと深い関係になることはめったにありませんが、それでも彼(女)らを目当てに定期的にキャバクラ/美容院に通っている人も少なくありません。つまり、彼(女)らは決して社会的に孤立しているわけではありません。しかし、ネット上の悪意ある書き込みに心が傷ついてしまったのです。
ネットの書き込みなど無視せよ、というのが私の意見ですが、そんなことを言っていられないケースがあることも承知しています。自殺した女性(木村花さん)や人生を狂わされたタレント(スマイリーキクチさん)の存在もメディアの報道から少しは知っています。人の人生を左右するような悪意ある書き込みをする輩がいるのは事実ですが、その一方で、見ず知らずの人や知り合ったばかりの客の全員から賞賛されることなどあり得ないのもまた事実です。
ここまでをまとめると、「ネットやSNSの書き込みには悪意がある許せない犯罪行為もあるのは事実だが(特に有名人の場合)、他人から悪口を言われることは(特に成功している人たちにとっては)当然のことであり、誰からも賞賛されることなどあり得ない。自分にとって大切な人たちから認められていればそれで十分。承認欲求は「身内から」だけにしておくべきだ」、となります。
ところで、ここで言っている承認欲求は「承認されたい欲求」です。本来承認されるべきなのは身内からだけで十分なはずなのに、(私のようなひねくれ者でなければ)一人でも多くの人から承認されたいと思ってしまうのが人間のサガなのかもしれません。
では、「承認したくない欲求」はどうでしょうか。
秋篠宮家の眞子さまと小室圭さんが2021年10月26日に結婚することが報道されています。私自身は「皇族制」については賛成の立場ですが、実はどのような方々がおられて、どのようなことをされているかなどについてはまったくと言っていいほど関心がありません。ですから、眞子さまが誰と結婚されようがまるで興味がなく週刊誌の報道もほとんど見ません。もしも、眞子さまのフィアンセが外国人なら海外メディアがどう報じるかは気になりますが、海外メディアにとっては日本人の小室さんが相手ではニュースバリューはほとんどないでしょう。
と思っていたら、興味深いニュースが飛び込んできました。Washington Post 2021年9月28日に「英国ハリー王子とメーガン妃を彷彿させる。日本を混乱させている眞子さまと小室圭さん(You’ve heard of Harry and Meghan. Now meet Mako and Kei, who have Japan in a tizzy.)」というタイトルの記事が掲載されました。
私がこのタイトルを見て驚いたのは、眞子さまと小室圭さんのご結婚がハリー王子とメーガン妃と同列の扱いを受けていることです。英国が日本よりも格上といっているわけではありません。ハリー王子とメーガン妃は、そもそもメーガン妃のルーツ、離婚歴などスキャンダラスな話題が豊富にあるわけです。にもかかわらずWashington Postほどの超一流紙が日英の皇室を同じようにみなしたタイトルをつけているわけですから記事の中身がとても気になります。
私の率直な感想を言えば、Washington Postのこの記事は、小室さんが皇室にふさわしいか否かをメーガン妃の場合と同じように考察しているのではなく、小室さんを嫌う日本の世論を暗に皮肉っているだけです。小室さんの髪型を揶揄して一面に載せたスポーツ新聞についても記事は触れています。そして、最後のパラグラフでは、二人の結婚を「祝福する」と答えたのはわずか5%、「祝福しない」が91%とされた日本の世論調査を取り上げています。
例えば、(メーガン妃のように)小室さんの出生が日本以外の国とか、お母さんがアフリカ系だとか、離婚歴があるとかであれば、日本の世論が結婚に反対するのは分からなくもないのですが(それでも私自身は反対しませんが)、お母さんが元婚約者からの借金400万円を返済していないことでなぜこれほどまで結婚に反対されるのか、私にはまるで理解できません。これは、私が91%の日本人と”感覚”が合わないということなのかもしれません。
さて、私が言いたいのはここからです。多くの日本人が小室さんの結婚に反対する理由、それは小室さんを「承認したくない」からで、日本人は「承認したくない欲求」が強いのではないか、というのが私の立てた仮説です。
そして、「承認したくない欲求」は「承認されたい欲求」と表裏の関係にあるのではないでしょうか。言葉を変えれば「自分がいつも世界の中心。自分は誰からも好意を持たれたい。一方、他人が幸せになるのは許せない」というのが大勢の日本人の心の奥に潜んでいる本心なのではないかと思えてくるのです。
「他人の不幸は蜜の味」という言葉があります。進化生物学的にみても、他人を蹴落とし自分が多くの子孫を残せた方が遺伝子にとっては有利になります。大勢(の異性)から好感を持たれれば自分の遺伝子を残すチャンスが広がります。そして、ライバル(の同性)を蹴落とすことができればさらにそのチャンスは増えます。
ということは「承認されたい欲求」も「承認したくない欲求」も進化生物学的には理にかなった”欲求”、つまり自分は承認されたくて他人は承認したくないのは生物にとってごく自然な欲求だということになるのかもしれません。
ここで話を再び人口100人の離れ島に戻します。仮にあなたが男性で、島一番の美女と結婚したいと考えていたとして、突然ライバルが出現すればどうなるでしょう。なんとかしてそのライバルを蹴落とそうとするのではないでしょうか。もしもそのライバルの親にスキャンダルがあればそれを”武器”にするのではないでしょうか。私自身もそうするかもしれません。
翻ってここは21世紀の日本です。インターネットで世界中につながることができます。今の職場があなたに合わなければ転職すれば済む話です。ネット社会で生きていれば、特に希望しなくてもどんどん知り合いが増えます。客商売をしていればあなたが顔を覚えていない他人からもいろんなことを思われて”書きこまれ”ます。そんな名前と顔が一致しない他人全員から承認されることにどれほどの意味があるでしょう。また、あなたのことを知らない有名人が誰と何をしようがあなたには何の関係もないはずです。
承認されたい欲求も承認したくない欲求もその対象は身内だけで充分なのです。
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