マンスリーレポート

2017年1月 10年たっても変わらないこと

 2007年1月に大阪市北区でオープンした太融寺町谷口医院(以後「谷口医院」)は、2016年12月で丸10年がたち、今月から11年目に突入ということになります。10年というのはひとつの区切りになりますから、今回は、谷口医院はどのような変化をたどったかについて振り返ってみたいと思います。

 政治、経済、国際情勢、どれをとってもこの10年間で大きく歴史が動きました。また、東日本大震災をはじめとする自然災害、さらに原発の問題もクローズアップされ、新たな観点から生命について考え直したという人もいるでしょう。医療界では、高価な新薬の登場、ロボット手術の普及、iPS細胞の実用化など、前世紀には考えられなかったようなことが起こっています。

 では谷口医院では何が変わったかというと、基本的には何も変わっていません。もちろん、新しい薬が登場すれば必要に応じて処方していますし、新しい検査も必要あればおこないます。スギ花粉やダニの舌下免疫療法といった新しい治療法については積極的に推奨することもあります。

 ですが、基本的なビジョンやミッションは10年間でまったくといいほど変わっていません。具体的に述べていきます。

〇どのような疾患にも対応する

 私が医学生や研修医の頃、「それはうちでは診られません」「うちではなくよそに行ってください」といったことを医師が患者さんに言うのを聞いてやるせない気持ちになったことが何度もありました。このようなことを言われて困っている患者さんはどうすればいいのでしょうか。

 こういった場合は、「その症状なら〇〇病院の△△科がいいと思います。紹介状を書きますね」とか、「その程度なら大病院を受診する必要はありませんから、紹介状なしで近くの◇◇科を受診してください」とか、あるいは「今は心配する必要はありません。その症状が続いたり不安が強くなったりするなら目安として1か月後に受診してください」とか、そういった助言をすべきです。医療者はドクターショッピングをおこなう患者を嫌がりますが、医療者自らがドクターショッパーを生み出しているんじゃないのか、というのが私がかねてから感じていたことです。ならば自分自身がそういった患者さんを困らせないようにしようと考えたのです。

 もちろん、ありとあらゆる疾患が谷口医院でスッキリ解決というわけにはいきません。だいたい95%の患者さんは谷口医院で治療をおこない、残りの5%はより適切な医療機関を紹介しています(注5)。他のクリニックに比べて紹介状を作成する率は高いと思います。

〇どのような患者さんにも対応する

 これは私が医学生の頃から感じていたことで、タイのエイズ施設でボランティアをしたときにさらに強力になりました。トランスジェンダーという理由で病院でイヤな思いをした、思い切って同性愛者であることを医師にカムアウトすると「そんな”趣味”はやめなさい」と言われた、過去に違法薬物の経験があることを伝えると医師の態度が豹変した(現在はやめているのに…)、HIV陽性であることを伝えると「うちではみられない」と言われた(今日来たのは単なるかぶれなのに…)。こんな話がとてもたくさんあります。また、外国人だから診てもらえなかった、という訴えも少なくありません。異国の地に来て困っている人がいるなら、多少言葉の障壁があっても診察すべきではないのか…。私はそう思います。

 谷口医院のミッション・ステイトメントの第3条は「年齢・性別(sex,gender)・国籍・宗教・職業などに関わらず全ての受診者に対し平等に接する」で、10年間まったく変わっていません。医療は全ての人に平等でなければならないのです。

〇医療機関受診は最小限にしてもらう

 先の2つに一見矛盾するように感じられるかもしれませんが、これは重要なことです。谷口医院では「どのような人」が「どのような疾患」で受診されても診察しますが、同時に、受診は最小限にすべきということを日々訴え続けています。ほとんどの病気は予防が最も大切であり、受診しなくてもいいように日ごろからセルフ・ケア(注1)、薬が必要な場合はセルフ・メディケーションに努めるべきです。この方針も10年間変わっていません。

 なぜ受診を最小限にすべきかにはいろんな理由があります。まず受診すればある程度の時間とお金がかかります。貴重な時間とお金を医療機関受診に費やすのはもったいないことです。次に、受診したがために待合室で風邪をうつされる、といったリスクもあります。診療所を受診して余計に不健康になるなど笑い話にもなりません。

 しかし健康上のことで困ったことがあれば医療機関受診が望ましいことももちろん多々あります。受診すべきか否か、それを迷ったときにどうすべきか…。谷口医院に長年通院している患者さんはメールで質問されます。もちろん緊急性・重症性が高いときには直ちに受診すべきですが、メールだけで解決することもよくあります。それに、メールは何度でも無料です。誰からも承っており、長年通院している人でなくても、一度も受診したことがない人からも届きますし、受診を前提としたものではありませんから、遠方から(文字通り、北は北海道から南は沖縄まで)毎日のように送られてきます。これら全てに返答するのはそれなりに大変なのですが、一種のノブレス・オブリージュと考えて全例に回答しています。

〇薬や検査は最小限にする。choosing wiselyを考える。

 choosing wiselyという言葉は比較的新しいものですが、その基本コンセプトである「薬や検査は最小限」は過去10年(というよりも私が医師になってからずっと)不変です。薬はいつも副作用を考慮すべきですし、検査も無害ではありません。被爆や痛みが伴うこともあるからです。

 過去10年間で特に減らすことにつとめた薬は「抗菌薬」「鎮痛剤」「ベンゾジアゼピン系」です。抗菌薬を最小限にすべきことはこのサイトだけでなく毎日新聞の「医療プレミア」でも繰り返し取り上げています(注2)。鎮痛剤についてはその依存性や薬物乱用頭痛について何度も注意してきました(注3)。ベンゾジアゼピン系の睡眠薬や抗不安薬を使っている患者さんは今も大勢いますが、当院を受診するようになってからは大幅に減らすことができたという人は少なくありません(注4)。今後、これらの薬についてはさらに減らすよう努めていきます。

 また、生活習慣病の薬やアレルギー疾患の薬も、習慣の見直しや環境の改善で大きく減らす、あるいは薬をやめることも可能です。血圧の薬をやめられた、ステロイド外用をゼロにできた、喘息の吸入薬の使用頻度を大きく減らせた…。そういう患者さんをこれからももっと増やしていく予定です。

〇我々自身が成長する

 基本的なビジョンやミッションは変わりませんが、患者さんから学ぶことは毎日ありますし、新しい薬や検査についても勉強しなければなりません。なかなか診断がつかなかったケース、治療に予想以上に時間がかかった症例などからは学ぶべきことが豊富にあります。また「学び成長する」のは医師だけではありません。看護師ももちろんそうですし、受付・事務のスタッフも患者さんとの対応のなかで学び、成長し、貢献できることがたくさんあります。我々は成長し続けなければならいという姿勢もこの10年間で変わっていません。

 以上、簡単に「10年たってもかわらないこと」を述べてきました。そして、これはまず間違いなく次の10年も変わらないことなのです。

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注1:生活習慣病の予防には「3つのEnjoy, 3つのStop, 4つのDataに注意して」と覚えてもらうようにしています。詳しくは下記を参照ください。

はやりの病気第152回(2016年4月)「大腸がん予防の「6つの習慣」とアスピリン」

注2:例えば下記が相当します。

毎日新聞「医療プレミア」「薬剤耐性菌を生む意外な三つの現場」(2016年9月4日)

注3:鎮痛剤の危険性については下記を参照ください。

はやりの病気第96回(2011年8月)「放っておいてはいけない頭痛」

注4:ベンゾジアゼピン系の危険性については下記を参照ください。

メディカルエッセイ第164回(2016年10月)「セルフ・メディケーションのすすめ~ベンゾジアゼピン系をやめる~」

注5(2019年4月11日追記):きちんとデータをとってみました。2018年1年間での総受診者数が15,080人、入院・手術・専門医の診察が必要で紹介したのがそのうち137人で、「真の紹介率」は0.9%となります。本文で述べた「5%」というのは「当院受診までに他の医療機関を受診していて診断がついていなかった症例のうち、当院から専門医を紹介した症例がどれくらいあるか」という数字(しかも私の印象だけです)です。

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