マンスリーレポート

2016年9月 麻疹騒動から考える、かかりつけ医を持たないリスク

 幕張メッセのコンサートに麻疹(はしか)罹患者が参加していたことと、関西空港での集団感染を受け、現在麻疹が「パニック」と呼べるほどの状態になっています。実際の感染者は、例えばWHOが介入するほどの大規模なものにはなっていませんが、麻疹にかかるのではないか、麻疹のワクチンをすぐに打たなければ・・・、と考える人が増え、多くの医療機関に麻疹関連の問合せが殺到しています。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)も例外ではなく、朝から晩まで麻疹の問合せの電話やメールが次々と寄せられます。ワクチンというのは、使用期限が短く「在庫確保」は他の薬のようにはできません。また、製造するのにかなりの時間がかかり、需要が増えたからといってすぐに増産体制に入れるわけではありません。

 現在麻疹ワクチンをうちたいけれどもうてないという人がたくさんいます。最近でワクチン不足になったのは2012年頃のA型肝炎ワクチン、2014年の風疹などが記憶に新しいですが、今回の麻疹はこれらの騒ぎをはるかに上回ります。これはもっともであり、A型肝炎は食物を介して感染(経口感染)するか、性感染かであり、風疹は飛沫感染であり感染者に近づかなければ感染しないのに対し、麻疹は空気感染ですから同じ場所にいるだけで感染の可能性がでてきます。ですから予防するのが困難であり、人が集まるところに行く人(注1)は気が気でないでしょう。

 ワクチン接種の原則は「理解してから接種する」であり(注2)、「かかりつけ医で接種する」のが基本です。かかりつけ医になら分からないことを何でも質問できるからです。(ですから、理解した上で「接種しない」という選択もあり得ます) したがって、谷口医院では、ワクチン接種は谷口医院をかかりつけ医にしている人を優先にしています。(しかし、今回の「パニック」は深刻で、谷口医院をかかりつけ医にされている人にも充分に行きわたらないのが現実です・・・)

 一方、谷口医院をかかりつけ医にしていない人には、麻疹ワクチンについてはお断りしているのが現状です。先に述べたように、A型肝炎や風疹と異なり、麻疹の感染力はけた違いに強いですから、谷口医院を受診したことがないという人に対してもなんとかしたいのですが、どうしようもありません。

 今回は、「かかりつけ医を持っていない」という人たちから寄せられた「健康だからかかりつけ医を持っていない。こんなときはどこに相談すればいいのか」という質問について考えていきたいと思います。

 好んで病気になる人はいませんから、できることなら医療機関のお世話にはなりたくありませんし、なったとしても最小限におさえたいのは誰もが思うことです。もう10年以上も医療機関を受診していない、職場の健診でも異常が出たことがない、という人は健康の「優等生」であり、こう考えると「かかりつけ医を持っていないこと」がいいことのように感じられます。私自身も「再診しなくていいように生活習慣の改善につとめましょう」と毎日患者さんに話しています。医療機関はサービス業ではなく、どちらかといえば警察や消防署のようなものです。つまり、できることならお世話になりたくないけれども、何かあったときには頼りになる存在です。

 ここで上手にかかりつけ医を利用しているといえる患者さんの例を紹介したいと思います。(ただし、本人が特定できないよう若干のアレンジを加えています)

 40代男性のEさんは、糖尿病、高血圧、高脂血症(高TG血症)、肥満、喫煙、運動不足、と生活習慣病のオンパレードでした。しかし、谷口医院の看護師の指導を受け(谷口医院では生活指導は医師の私よりも看護師が中心におこなっています)、Eさんは「やる気」を出しました。それまでの不摂生な生活を改め、禁煙に成功、苦手といっていた運動に取り組み減量にも成功。そして薬を中止してもいいレベルに採血データが改善。谷口医院初診時から2年後の会社の健康診断ではなんとオールA! 現在Eさんは、年に一度、インフルエンザのワクチン目的で谷口医院を受診されています。

 もう1例紹介します。今度は30代女性のFさんです。Fさんはアレルギー性鼻炎とアトピー性皮膚炎があり、風邪をひくと喘息の様な咳が続くという訴えで数年前に谷口医院を受診しました。生活習慣を聞くと、薬よりも環境の改善が重要そうです。寝室にネコを入れないようにする。絨毯やラグを処分しフローリングにする。空気清浄機を置く。部屋はまめに掃除する。花粉のシーズンにはマスクをし、帰宅後すぐにシャワーをする。規則正しい生活をおこない風邪の予防につとめる。などの工夫で、以前は毎日何種類も内服薬が必要だったのが、現在はマイルドな抗ヒスタミン薬を月に1~2錠使うだけです。また定期的な運動を始めたおかげで、持病の頭痛と便秘からも解放されたと言います。Eさんと同様、ここ数年間の受診は年に一度。インフルエンザのワクチンと、その日に抗ヒスタミン薬20錠程度の処方(Fさんにとっては1年分)を受け取るだけです。

 Eさん、Fさんの例にあるように、どれだけ健康な人でもインフルエンザのワクチンは年に一度接種すべきです。(今回のコラムの趣旨から離れるためこれ以上は述べませんが、例えば米国CDC(米疾病対策センター)は「生後6カ月以上のすべての人はインフルエンザワクチンを接種すべき」と勧告しています(注3))。

 このコラムを読んで、あなたが「では、現在かかりつけ医を持っていないので、かかりつけ医を持つきっかけとしてどこかのクリニックでインフルエンザのワクチンをうとう」と考えたとしましょう。それはとてもいい考えなのですが、残念ながら簡単ではないかもしれません。麻疹と同様、インフルエンザのワクチンも品薄になることがよくあるからです。ですから谷口医院では、毎年、インフルエンザのワクチンは「谷口医院を一度でも受診したことのある人だけ」とさせてもらっています。(ただし、ここ2~3年は、「なんとかうってもらえないですか」という問合せが多数寄せられているために、一度も谷口医院を受診したことがない人にも接種できるように検討中です。しかし、あまり増えすぎると、日ごろ受診している患者さんの待ち時間が長くなりますからこのあたりの加減には苦労しそうです)

 生涯一度も警察のお世話にならないという人はいるかもしれませんが、医療機関を一度も受診せずに一生を終える、という人は極めて稀でしょう。ならば、何か健康上のことで気になることがあれば、なんでも相談できるクリニックを持っておくのが賢明です。もちろんかかりつけ医ですべての治療ができるわけではありません。谷口医院でも大きな病院を紹介することは頻繁にあり、大病院への紹介状を1枚も書かない日はほとんどありません。そして病院での検査や手術が終わればまた谷口医院に戻ってこられます。

 最近受診した患者さんで、麻疹のワクチンを希望されていたものの在庫がなく接種できなかった、という人がいました。その患者さんは残念そうにされていましたが、麻疹についていくつかの疑問があり、それを私に尋ねました。空気感染と飛沫感染の違い、ワクチンの有用性と副作用、以前は1度の接種でいいと聞いていたのになぜ2回接種しなければならなくなったのか、外出時には何をすればいいのか、などを質問され、抗体検査をしていくことになりました(注4)。「ワクチンがうてなかったのは残念だけど、いろいろと学べてよかった。検査結果も聞きに来ますし、また他のことで気になることがあれば相談します」と言って帰られました。

 我々としても希望されていたワクチンを供給できなかったことは心苦しいのですが、これを機に、正しい知識の習得に努めてもらい、かかりつけ医を持つ重要性を理解してもらえれば嬉しく思います。

注1:このような人の集まりのことを「マスギャザリング」と呼びます。下記「医療ニュース」を参照ください。

医療ニュース2016年8月31日「麻疹とマスギャザリング」

注2:興味のある方は下記を参考にしてください。

毎日新聞「医療プレミア」:「理解してから接種する「ワクチン」の本当の意味の効果」

注3:下記が参考になると思います。

毎日新聞「医療プレミア」:「インフルエンザワクチンは必要?不要?」

注4:麻疹ワクチンの誤解はたくさんありますが、最も有名なのは英国の元医師による「MMRワクチン論文捏造事件」でしょう。興味のある方は下記コラムを参照ください。

毎日新聞「医療プレミア」: 「麻疹感染者を増加させた「捏造論文」の罪」

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