メディカルエッセイ

2013年6月22日 土曜日

116 待つ苦痛と待たせる苦痛 2012/9/20

外来患者の4人に1人が病院で診察を受けるまでの待ち時間に不満を持っている・・・

 2012年9月11日、厚生労働省は2011年の「受療行動調査」を公表しました。上記は、そのなかの「待ち時間」に関する調査結果です。この調査は2011年10月18日から20日の3日間、厚労省が無作為に抽出した全国の500病院(岩手・宮城・福島を除く)を受診した患者約10万人が対象となっています(注1)。

 外来での不満で最も多い原因が「診察までの待ち時間」で25.3%、2位が「診察時間」の7.8%、3位が「精神的なケア」で6.0%となっています。

 待ち時間に関して詳しくみてみると、「待ち時間に非常に不満」は6.9%、「やや不満」が18.4%で、合わせて25.3%にのぼります。実際の待ち時間は「15分未満」が21.6%、「15分以上30分未満」が22.6%、「30分以上1時間未満」が21.0%と、「1時間未満」が全体の65.2%を占めます。

 この調査を正確に読むには少し解説が必要であり、また医療者からの観点も述べておいた方がいいと思います。

 まず、この調査の対象となっているのは「20床以上の病院」のみです。通常(大きな)病院であれば「予約制」を引いていることの方が多いですから、予約がなかなか取れないという問題はありますが、待ち時間はそれほど長くないはずです。ではなぜ25%以上もの人が「待ち時間が長い」と考えているかというと、予約制を引いていない病院もあるということ、予約外でもみてもらえるが予約優先のため相当時間待たなければならない病院があるということ、そして、予約制なのだけれど医師の診察が長引いてそれが積み重なって待ち時間が長くなっていること、などがあるからです。

 厚労省の調査結果によれば「1時間未満」の待ち時間が65.2%となっています。私はこの数字をみて驚きました。それは、約3分の2の患者さんの待ち時間が1時間以内であり、にもかかわらず待ち時間に不満を感じている人が4人に1人以上となっていることに対してです。

 厚労省のこの調査は20床以上の病院が対象です。もしもクリニックや診療所を調査に加えれば、待ち時間の平均は短くても2時間程度にはなるでしょう。そして、「待ち時間の不満」は・・・、ちょっと想像するのが怖いくらいです。

 患者さんの立場に立って医療をおこなう、というのは医療の原則ですが、今回は「医療者の立場に立って待ち時間を考える」ことにお付き合いいただきたいと思います。

 我々医療者も職場を離れれば一人の市民ですから、レストランや買い物で並んで待つこともありますし、患者として医療機関を受診して待たされることもあります。そんなときは「こちらも忙しいんだから早くしてくれ!」と叫びたい気持ちになることがあります。ですから、(言い訳がましいですが)我々は患者さんに「病院では待つのが当然のことです」と思っているわけでは決してありません。我々としても、患者さん(多くは早く帰宅して安静にする必要がある!)の診察はできる限り早くしてできる限り早くお帰りいただきたいと考えているのです。

 「待つ苦痛」が辛いことは承知していますが、「待たせる苦痛」も相当辛いものです。太融寺町谷口医院の会議では、待ち時間対策として「患者さんが1秒でも早く帰れるように何ができるかを考える」ことにしていて、毎回のようにスタッフ全員で検討しています。私自身も、例えば、カルテには診察時間には必要最低限のことだけ記載して不足分は後で書くようにしていますし(そのため診察後のカルテ記載時間は1日あたり3~4時間になります)、診察室を離れてレントゲンの撮影をおこなうときには、どちらの足から踏み出せば診察室を早く出られるか、といったことまで考えています。

 また、診察そのものを短くするために、可能な限り早口で話すようにしています。このため、私の話し方が早すぎる、と感じている患者さんも少なくないでしょう。診察時間中に看護師や他のスタッフから報告や相談を受けるときは、「できる限り手短に、結論から話す」ということをルールにしています。

 しかし、一方では患者さんの話をもっと聞きたいですし、説明ももっと時間をかけておこないたいのです。厚労省の調査の「外来での不満」が、1位の「待ち時間」に続き、2位、3位がそれぞれ「診察時間」「精神的なケア」となっていますが、我々医師としても、診察時間をもっと取りたいですし、精神的なケアにももっと力を入れたいのです。しかし、それらをやりすぎると、待ち時間がさらに長くなってしまいます。

 では、どうすればいいのか。私はこれを医師になる前から主張していますし、上梓した書籍でも述べていますが、「医師の数を増やす」のが最も理に適っているのです。2012年9月10日、厚生労働省と文部科学省は、「地域の医師確保対策2012」を取りまとめ、そのなかで2013年度の医学部の定員を暫定的ではありますが126人以上にすることを認めています。現行の省令では、大学医学部の定員数は1校125人までと定められていますから、この基準に従わなくてもいいという決定をしたというわけです。

 この決定は歓迎すべきことですが、医学部の定員を増やす、医師数を増やす、といった議論になると、反対意見が必ずでてきます。そしてそれは現役の医師のなかから出てくるのです。誤解を恐れずに言えば、医師増員に反対する医師の大半は「何らかの専門医」です。

 歯科医院が過剰であることはよく指摘されますが、例えば、眼科、耳鼻科、皮膚科、糖尿病専門の内科、消化器専門の内科、などは地域によっては飽和している可能性があります。先日、ある医師向けのサイトに掲載されている眼科医のコラムを読んでいると、その眼科専門開業医の半径1.5kmにはなんと合計14軒もの同じような眼科専門開業医があるというのです。こうなってくると、自分が食べていくために「医師増員に反対!」となる医師がでてくることもあるかもしれません。開業医だけではありません。例えば私の知人のある循環器内科医は心臓カテーテルを専門としていますが、心臓カテーテルを積極的におこなえる病院での勤務の空きはほとんどないそうです。

 一方、開業医であろうが勤務医であろうが、プライマリケアや総合診療の現場では医師が大幅に不足しています。特に、開業医の場合、夜や土曜日にも開いていることが多く、病院よりも受診しやすいですから、いろんな訴えを持った患者さんが”大勢”受診されます。

 ここでいう”大勢”は専門医の開業とは実際の人数がまったく異なります。例えば、整形外科専門クリニックでは1日に200人を超えるところも珍しくないそうです。一方、太融寺町谷口医院では午前は完全予約制を引いていますから約25人を超えると予約をお断りしていて、予約制をとっていない午後では40人を超えると2時間以上の待ち時間、50人を越えると3時間以上の待ち時間となります(注2)。

 開業当初には、「健康のことで困ったことがあれば気軽に相談しにきてくださいね」と話していたのですが、もうこのようなことは言えないのが現状です。”気軽に”受診して待ち時間が2時間を越えれば、「待ち時間に不満」となるのは当然ですし、我々も「待たせることが大変苦痛」なのです。

 今回の厚労省の調査に対し、各マスコミは数字をそのまま報道しているだけのように見受けられますが、病院よりも診療所・クリニック、特にプライマリケアを実践しているところでは待ち時間が大きな問題になっていること、患者さんが待つのも苦痛だけれど待たせる医療者も苦痛に感じていること、これを解決するにはプライマリケアをおこなう医師を増やす必要があること、などを報道してもらいたいと思います。

注1;調査結果の詳細に関心のある方は下記を参照ください。

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jyuryo/11/dl/kekka-gaiyo.pdf

注2:本文では述べていませんが、ひとりあたりの診察に時間がかかるプライマリケアの開業が医師からみて人気がないのは経営的には大変だから、ということが言えるかもしれません。本文で述べたような1日200人を診察する専門医と、1日70人がやっとのプライマリケア医では診療所が得る収入がまったく異なります。さらに、専門医療に比べ、プライマリケアでは検査は少ないですし、薬は安いものが中心(薬がないことも多い)ですから、収入の差は患者数以上の差となります。ですから、医師になってお金を儲けたいと考えている者は(実際はこのような考えを持っている医師はほとんどいませんが)、プライマリケア医は初めから目指さないでしょう。

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2013年6月22日 土曜日

115 医師が医師を誹謗する弊害 2012/8/20

2012年7月17日、大阪地裁は、名誉毀損があったとして、医師を誹謗中傷した医師に110万円の支払いを命じました。この事件に対する我々医師からみた印象というのは、一般の方からみたものと少し異なるような気がします。医師が医師を誹謗中傷するということは、いわば「医師のタブー」なわけで、今回はこのことについて述べていきたいと思います。まずはこの事件を振り返っておきましょう。以下は報道をまとめたものです。

 2010年9月、福岡市中央区の美容外科医院で院長をつとめる40代の医師が、大阪市東淀川区の美容外科医(64歳)を誹謗中傷する内容をインターネット掲示板「2ちゃんねる」に書き込みました。具体的には、「ここの医者は独りよがりの考えでおかしな手術をすることで有名」「口ばっかりで腕が伴っていない」「悪徳医」といった言葉を使いました。

 大阪の美容外科医は患者さんからこの書き込みのことを知らされました。そこで、福岡市の美容外科医に1,100万円の損害賠償を求めた訴訟を起こしました。大阪地裁の判決は、「投稿(書き込み)は原告(大阪の医師)の技能が低く、患者に多大な精神的ショックを与えるほどの失敗例があるという内容で、社会的評価を低下させた」と指摘し、福岡の医師に110万円の支払いを命じました。

 この事件に対する世間一般の見方は、「福岡の医師が大阪の医師の<営業妨害>をおこなった。だからそれに対する支払いが裁判で認められた」、というものだと思われます。しかし、我々医師はそのように捉えているわけではありません。この福岡の医師がとった行動というのは医師からみれば<掟>を破った、あるいはタブーを犯した到底許されるものではないのです。

 日本医師会が公表している『医の倫理綱領』の第4項は「医師は互いに尊敬し、医療関係者と協力して医療に尽くす」というものです。つまり我々医師は他の医師をいつも尊敬し互いに学ぶ姿勢を維持しているのです。一般の方からみればこれは単なる「きれいごと」に聞こえるかもしれません。なぜ、我々は他の医師を尊敬することができるのか。その理由はいろいろありますが、『医の倫理綱領』の第1項もそのひとつです。第1項には、「医師は生涯学習の精神を保ち、つねに医学の知識と技術の習得に努めるとともに、その進歩・発展に尽くす」とあります。まだまだ医学というのは分からないことだらけで、分からないことだらけだからこそ、常に知識と技術の習得に努めなければならず、普通の医師であれば日々努力を重ねています。常に知識と技術の習得に努めている他の医師を尊敬するのは当然なわけで、誹謗中傷などというのはまったく考えられないことなのです。

 ここで誤解のないように言っておくと、医師は他の医師の医療行為に対し”無条件で”賛同したり、賞賛したりしているわけではありません。それどころか、他の医師の行為に対して疑問を抱いたり、「自分ならこうしたいが・・・」という気持ちを持ったりすることも頻繁にあります。

 では、そのように他の医師に疑問や反対意見をもったときにどうするかというと、カンファレンスや研究会、学会などの場で意見交換をしたり、医師専門の掲示板やメーリングリストに投稿したり、学会誌に論文を書いて反論したり、あるいは直接その医師にメールや手紙を書いたり、ということをするわけです。カンファレンスの場などでは、ときに激しい論争になることもあり、会場の空気がピンとはりつめた緊迫した状態になることもあります。しかし、このような意見交換(というよりは”激論”)がおこなわれるのは互いに尊敬し合っているからともいえるわけで、激しく討論しあった医師どうしが仲が悪いというわけではありません。

 福岡の医師(被告)が大阪の医師(原告)の診療に疑問があるなら、このような正当な方法で意見を述べるべきなのです。訴訟で被告は「医学的見地からの公正な論評で名誉毀損にあたらない」と主張したと報道されていますが、本当にこのようなことを言ったのなら呆れてしまいます。2チャンネルというものの悪口を言うつもりはありませんが、「医学的見地からの公正な論評」を2チャンネルに「おかしな手術」「口ばっかり」「悪徳医」などの言葉を使って書き込むことが「公正な論評」なのでしょうか。

 私自身は2チャンネルというものの存在は以前から知っていますがあまり関心の持てるものではありません。しかし、今回の事件が報道されたことでこの事件についての書き込みをみてみました。驚くべきことに、5分もたたないうちに大阪の医師の名前も福岡の医師の名前もそれぞれのクリニック名も判ってしまいました。

 そこで二人の医師の経歴を調べてみると、原告の大阪の医師は形成外科領域で40年近く診療に携わっているベテラン、被告の福岡の医師は美容外科を始めて10年少しの経歴です。あらためてこの事件を考えてみると、年齢も経歴もかなりの先輩である医師を、よく「おかしな手術」「口ばっかり」などという言葉を使って誹謗中傷できたな、と呆れます。

 この事件を取り上げた医師の掲示版をみていると、「大阪の医師も2チャンネルの書き込みなど無視しておけばよかったのに・・・」というものが多いのですが、おそらく大阪の医師も当初はそのように考えていたことでしょう。大阪のクリニックのウェブサイトをみると、「何人もの患者さんからご指摘をいただいた2チャンネルの書き込み・・・」という表現がありましたから、おそらくこの医師は自分のためではなく、患者さんの名誉を守るため、つまり「自分が手術をしてもらった医師の悪口を書かれることが許せない」という患者さんの気持ちを代弁した訴訟だったのではないか、と私はみています。

 おそらく被告の福岡の医師は気づいていないでしょうが、この無責任な書き込みで傷ついたのは原告の大阪の医師ではありません。その大阪の医師を受診している患者さん、さらには自分自身が診ている患者さんをも傷つけています。自分を診てくれている医師が他の医師の悪口を2チャンネルに書き綴って裁判で訴えられて負けた、という患者さんの気持ちを考えてもらいたいと思います。

 さらに弊害はまだあります。このような事件が報道されると、医師どうしというのは互いにライバルを蹴落とすことを考えているものなのだ、という印象を世間に与えかねません。

 医師と他の業種の違いのひとつはここにあります。普通の企業であれば、新製品の情報や製品の設計図などは他に持ち出さないのが普通でしょう。しかし医師の世界というのは、「難治性の疾患にこのような治療をおこなって成功した」とか「難易度の高い手術に対してこのような手技を導入すればうまくいった」などの情報を”惜しみなく”公開するわけです。これは、「是非他の先生方もためしてください。そして患者さんに貢献してください」という気持ちがあるからです。つまり、自分が診ている患者さんだけでなく他の医師が診ている患者さんにも喜んでもらいたい、と考えるのが(まっとうな)医師なのです。

 医療というのは公共性を有するものです。実際、医師の倫理綱領には「医師は医療の公共性を重んじ・・・」という文言があります。もしも、一般の患者さんが「医療機関どうしは仲が悪い」といった印象を持ってしまえば、どの医療機関を受診すべきか、ということに悩まなければならなくなります。「まずは近くの医療機関を受診して、そこで診られなければ適切な医療機関を紹介してもらう」、これが患者さんにとって最も有益な考え方であり、医療機関は他の医療機関と協力しているからこそこのような考えが成り立つのです。

 あるいは、美容外科の領域というのは、通常の<医療>とは完全に別のものと考えるべきなのでしょうか・・・。

参考:メディカルエッセイ
第26回(2005年10月) 「後医は名医?!」
第100回(2011年5月) 「美容医療と一般医療はどこが違うのか」

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2013年6月22日 土曜日

第114回(2012年7月) 糖質制限食の行方

 最近の医学界で最もホットな話題のひとつが「糖質制限食」の是非です。危険性を指摘する声も根強くあるものの、推奨する医師が次第に増えてきており、マスコミなどでも取り上げられる機会が増えてきました。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の患者さんからも質問を受けることが日に日に増えています。

 権威ある糖尿病関連の学会でも次第に糖質制限食を支持するような流れにあります。医学誌『Diabetes Care』2012年2月号に掲載された論文(注1)では、過去10年間に糖質制限食について研究された論文を系統的に検証しており、その結論は、おおまかにいえば「糖質制限食の有効性を以前よりも認める」というものです。

 2012年5月18日、横浜で開催された第55回日本糖尿病学会年次学術集会では、「糖質制限食は糖尿病の食事の選択肢のひとつとなりうる」というコンセンサスが得られました。これまで日本糖尿病学会では従来のカロリー制限食しか認めていなかったわけですから、これは画期的なことと言えます。

 糖質制限を推薦する医師が着実に増えているのは間違いありませんし、これからますます糖質制限を始める患者さんが増えるのも確実でしょう。いえ、患者さんだけではなく、健康な人のなかにも取り組みたいと考える人が増えていくに違いありません。糖質制限は糖尿病の治療の有効性が指摘されているだけではなく、ダイエットにも大変有効であるとされているからです。

 糖質制限は、ご飯、パン、麺類などの摂取を大きく制限されますから決して簡単ではありません。しかし最近は、糖質制限用のケーキやパン、お好み焼きなども登場してきていますから、以前に比べると少しはおこないやすくなっています。麺類が大好物という人は少なくないでしょうが、糖質制限食用にこんにゃくでできた焼きそば、ラーメン、パスタなども普及してきています。このような「糖質制限の○○○」というのは今後急速なスピードでラインナップが増えて味も向上してくるに違いありません。

 けれども、では、世の中に存在するパンや麺類、お菓子の類がすべて糖質制限を考慮したものに変わっていくかと言えば、その可能性はないことはないでしょうが、少なくとも向こう数十年は起こらないでしょう。糖質制限食がどこまでの味を出せるか、にもよりますが、やはり純粋なご飯やパン、パスタにはかなわないでしょうし、果物がジュースも含めてNG、というのは相当きついと感じる人は少なくありません。実際、谷口医院に糖尿病でかかっている患者さんに聞いても、「糖質制限は試してみたけど無理だった・・・」という声は少なくありません。

 ところで、谷口医院の糖尿病の患者さんは「優秀」な人が多いという印象を私は持っています。何が「優秀」かと言うと、食事療法・運動療法のみで大きく改善する人が少なくないからです。

 私の勤務医時代に診てきた糖尿病の患者さんは、もちろんなかには食事療法をがんばっている人もいましたが、努力の効果が出ずにどんどん悪化していき、薬の量が増えていき、そのうちインスリンを使わざるを得なくなり・・・、というケースが多くあり、「糖尿病を生活習慣の見直しだけで改善するのはかなり困難なんだ」という印象が私にはありました。

 ところが、谷口医院を始めてから私が診るようになった患者さんは、ガイドラインに従うなら直ちにインスリンを導入しなければならないような状態、例えばHbA1Cが10%を超えているような人でも、数ヶ月の内服薬のみでほぼ正常値に戻る人が少なくないのです。はじめのうちは、「この患者さんは特別がんばったんだ・・」と感じていたのですが、何人も同じように成功している患者さんをみているうちに、「かなりの努力を要することには変わりないけれど奇跡ではなくやればできるんだ」と思うようになってきました。そして、そういった患者さんたちの話を聞くと、ほとんどは糖質制限ではなくカロリー制限で成功しています。

 私自身は糖質制限を否定しているわけではありませんが、現時点では2つの理由から「何が何でも糖質制限」という考え方には賛成していません。1つ目の理由は、糖質制限をおこなわずカロリー制限で成功している患者さんを身近にみているから、というもので、もう1つの理由は安全性への疑問を払拭できないから、です。

 糖質制限はよほど無理をしない限りは安全で効果的という研究がある一方で、危険性を指摘する研究もあります。最近のものでは、スウェーデンの女性を対象とした大規模研究で、「糖質制限を長期間続けると、心筋梗塞や脳卒中になる危険性が高まる」というもので、ハーバード大学の研究チームが医学誌『British Medical Journal』2012年6月26日号(オンライン版)で発表しています(注2)。

 この研究では、1991~1992年の時点でスウェーデンの30~49歳の女性42,396人が対象とされ、その後平均約16年間、心筋梗塞や脳卒中などの発症を追跡調査しています。1,270の発症例について、炭水化物と蛋白質の摂取量によって10段階に分けて分析されています。

 その結果、炭水化物の摂取量が1段階減り、蛋白質の摂取量が1段階増えるごとに(つまり、糖質制限をよりしっかりとおこなうごとに)、心筋梗塞・脳卒中それぞれ発症の危険が4%ずつ増えているのです。低炭水化物・高蛋白質のグループ(つまりしっかりと糖質制限をおこなったグループ)では、そうでないグループに比べて危険性が最大1.6倍も高まった、というのです。

 現在この論文は世界中で物議をかもしています。糖尿病というのはつきつめて言えば血管の病気です。血管に異常が生じるわけですから脳卒中も心筋梗塞も糖尿病がない人に比べてリスクが上昇します。この研究の結果が普遍的なものであるとするならば、糖質制限(低炭水化物+高蛋白質)を実践して糖尿病にはならなかったとしても、結果として脳卒中や心筋梗塞になりやすくなる、ということになります。

 では、どうすればいいのでしょうか。いったい、糖質制限は有効なのでしょうか、そうでないのでしょうか・・・。

 現時点では折衷案が最も理に適っていると考えるべきでしょう。つまり、「カロリー過多に気をつけながらできる範囲で糖質制限をおこなう」というものです。そして、糖質は制限ばかり考えるのでなく「その美味しさをしっかりとかみ締めながら食べる」ということを提案したいと思います。

 糖質制限が理論的に説得力があるのは、炭水化物や糖類を摂らなければ血糖値は上がらないという事実があるからです。実際、空腹時に白いご飯を食べると一気に血糖値があがり、肥満のリスク、そして糖尿病のリスクになることはこれまでの多くの研究で認められています(下記医療ニュースも参照ください)。ですから、食餌療法に積極的な医療者は白米ではなく玄米をすすめます。しかし玄米は白米ほど美味しくない、と感じる人は少なくありません。

 私がよく患者さんに話すのは、「白米をメインディッシュと考えてみてください」というものです。「○○があればメシ何杯でも食える」という言い方がありますが、この発想をまるっきり変えてしまうのです。つまり「少量の白メシを最後に美味しく食べるためにおかずから食べよう」と考えるのです。

 もうひとつ、提案したいことがあります。それはファストフードです。ハンバーガー、フライドポテト、コーラという組み合わせは糖質制限を考えたときに最悪なことはすぐにわかりますが、これを裏付ける研究が発表されました。医学誌『Circulation』2012年7月2日(オンライン版)に発表された研究(注3)によれば、週2回のファストフード店の利用で、糖尿病発症リスク、心筋梗塞による死亡のリスクが、それぞれ27%、56%上昇するというのです。週1回でもそれぞれ17%、19%の上昇が認められるそうです。この研究の対象は中国系シンガポール人52,322人です。

 ファストフードの危険性はこれまでも指摘されてきましたが、これほどの大規模調査で、しかも対象がアジア人でこの結果ですから、我々日本人も深刻に受け止めるべきでしょう。しかし、ファストフードが美味しい(私の大好物のひとつです)のは事実です。ではどのように考えるべきか、ですが、ファストフードを「月に一度の贅沢ディナー」と捉えることを提案したいと思います。

 最後に現時点での効果的な食事療法に関する私の見解をまとめてみたいと思います。ただしこれは、現在糖尿病など生活習慣病に罹患しておらず、糖尿病を予防したい、あるいは太りたくない・やせたい、と感じている健常人で、晩御飯に家族や友達と美味しいものを食べるのが好き、なおかつ炭水化物が好き、という人を対象としています。すでに罹患している人は主治医に相談すべきですし、糖質制限を苦痛に感じない人は対象となりません。

・総摂取カロリーに注意する(男性で2,000~2,200Kcal、女性で1,800~2,000Kcalくらいを上限とする)

・夕食のみを豪華にして、例えば、朝は野菜ジュースとバナナ1本、昼はおにぎり1個などとしてカロリー制限をおこなう。ただし食べるものは腹持ちのいい糖質(バナナもおにぎりも糖質です)でかまわない。

・夕食は好きなものを食べる。朝・昼にカロリー制限している分しっかり食べてもOK。ただし野菜から食べ始め、炭水化物は最後に。

・ファストフードは「贅沢な食事」と認識し、月に1~2回にとどめる。

注1:この論文のタイトルは「Macronutrients, Food Groups, and Eating Patterns in the Management of Diabetes A systematic review of the literature, 2010」で、下記のURLで全文を読むことができます。

http://care.diabetesjournals.org/content/35/2/434.full

注2:この論文のタイトルは「Low carbohydrate-high protein diet and incidence of cardiovascular diseases in Swedish women: prospective cohort study」で、下記のURLで全文を読むことができます。

http://www.bmj.com/content/344/bmj.e4026

注3:この論文のタイトルは「Western-Style Fast Food Intake and Cardiometabolic Risk in an Eastern Country」で、下記のURLで全文を読むことができます。

http://circ.ahajournals.org/content/126/2/182.full?sid=309d67ec-0597-48b8-8be8-686391b53d96

参考:
メディカルエッセイ
109回(2012年2月) 「糖質制限食はダイエットにどこまで有効か」
第94回(2010年11月) 「水ダイエットは最善のダイエット法になるか」
第93回(2010年10月) 「ダイエットの2大法則」

医療ニュース
2012年4月27日 「白米は糖尿病のリスク」
2010年11月15日 「白いご飯で糖尿病のリスク上昇」
2010年6月20日 「白米→玄米で糖尿病のリスクが低下」

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2013年6月22日 土曜日

第113回(2012年6月) 生活保護の解決法

 前回のこのコラムで、生活保護受給者には一部悪質な者がいるが、若い世代の受給者の大半は働きたくても仕事がなく生活保護に頼らざるを得ないこと、悪質な医療機関はまったくないとは言えないが稀なケースでありマスコミがそれを強調するのはおかしい、といったことなどについて述べました。

 高額を稼いでいるタレントの母親が最近まで生活保護を受給していたことが発覚したこともあり、世間の生活保護受給者に対する風当たりは一層強くなっています。

 生活保護を不正に受給するための偽装離婚や、「幻聴が聞こえる」「FBIに追われている」などと嘘を言って精神科の診断書を不正に入手し生活保護を受給する者がいる、といった話は、世間から興味深いと思われるのか、マスコミの報道やインターネットから目にすることが多くなってきました。

 しかし、一方で、本当は生活保護を受給すべきなのに、世間の目を気にして申請をしない人がいるのもまた事実です。生活保護受給者に対するバッシングが強くなればなるほど、こういった人たちは申請するのをためらいます。我々医療従事者はこのような人たちによく出会います。

 一例をあげましょう。

 その患者さんは30代前半の男性でAさんとしておきます。Aさんは太融寺町谷口医院がオープンした2007年頃からアトピー性皮膚炎を中心に受診されていました。仕事は、派遣で工場勤務をしていて、契約が終了すればまた別の工場を探して、といった感じでした。2007年当時はこのような仕事はいくらでもあり、贅沢をしなければ生活はできたそうです。しかし、Aさんのアパートには風呂がなく、銭湯に通わなくてはなりませんでした。工場勤務は夜勤となることも多く生活は不規則であり、銭湯の開いている時間が合わずに2~3日間風呂に入れないこともありました。

 アトピー性皮膚炎の患者さんにとって、汗を流せない、というのは大変なことです。かいた汗はできるだけ早く流さなければならない、ということはAさんにも分かっていましたから、もう少し貯金が貯まれば風呂付のアパートに引っ越すつもり、ということを話されていました。

 リーマンショックが起こったのはそんな矢先でした。Aさんによると、瞬く間に工場勤務の求人はほぼ皆無となったそうです。Aさんは、風呂付のアパートどころか、今住んでいる風呂なしのアパートの家賃を払うことさえ困難になりました。

 仕事をなくしてから受診したAさんが私に言ったのは、「副作用のことはいいですから、とにかく安くて強いステロイドをください。これからあまり来れなくなると思いますから薬は出せるだけ出してください」、というものです。私が生活保護の話をすると、「生活保護には頼りたくありません。僕には何の才能もありませんが五体満足の身体がありますから・・・」、と話されました。

 それ以降Aさんは受診しておらず連絡もつきません。どこかに引っ越して新しい仕事を見つけてくれていればいいのですが・・・。

 最近は、生活保護の不正受給を取り締まる「生保Gメン」もいて、その人数を増やすべき、という論調が強くなってきています。そのような対策も必要でしょうが、誤解を恐れずに述べれば、生活保護を申請すべきなのに申請していない人に適切な助言を与える相談員を各自治体で増やすべき、と私は考えています。

 そんなことすればますます生活保護受給者が増えて財政がいきづまるではないか、と言われそうですが、たしかにそれはその通りです。もしもこの国に潤沢なお金があればやっていけるかもしれませんが、900兆円以上の借金をかかえたこの国でこれ以上生活保護の予算を割くのは現実的ではないでしょう。

 ならば生活保護受給者への給付額を減らすしかありません。例えば夫婦に子供2人という一家が生活保護を受けていれば、(地域にもよりますが)住宅手当や扶養手当を加えると毎月20万円以上の現金を受け取ることができます。朝から晩まで休みなく働いて手取りが20万円未満、それで子供2人を含む家族を支えている父親が世間にたくさんいることを考えると、生活保護の受給額が多すぎるという意見は当然でてきます。

 しかし、生活保護受給者も余裕のある生活を送っているわけではありません。受給額が減らされるとやっていけないと考えている受給者が大半でしょう。

 そこでこのような方法はどうでしょう。現金給付を減額する代わりに生活保護受給者用のシェアハウスを建ててそこに住んでもらうのです。シェアハウスは最近急速に利用者が増えているようですが、何もお金を節約することを目的とした人だけのものではありません。例えば、「トーキョーよるヒルズ」というシェアハウスが大手広告代理店を退社した若者たちにより運営されています。ここではミーティングや作業などの他、リビングを会場にしてイベントや勉強会のようなものも開催しているそうです。

 現在大阪市の生活保護受給者の家賃の上限は42,000円です。このため西成区などには42,000円の狭いアパートがたくさんあります。受給者からみても、狭いアパートに一人でこもるよりも、シェアハウスで複数の人たちと友に暮らす方が精神衛生上もいいのではないでしょうか。求人の情報交換などもおこないやすくなるでしょうし、何よりも孤独感が解消されます。「トーキョーよるヒルズ」のようにイベントや勉強会もできるかもしれません。また医療が必要な人に対して医師や看護師が往診しやすくなるというメリットもあります。

 もちろん、知らない人間どうしが共同生活するとなるといろんな問題がでてきます。喧嘩や諍いが起こるでしょうし、部屋が散らかったり、食品が盗まれたりといった問題も起きるでしょう。また、そもそもそのような場所はどこにあるんだ、という問題もあります。

 しかし、場所については比較的簡単に解決します。現在日本には人が住んでいない「空き家」が大量にあると言われており、大阪市で言えば西成区と生野区では2割にもなるそうです。おそらく古い文化住宅などが多いでしょうから、シェアハウスに改良するのに適した物件となるでしょう。内装に費用がかかりますが、生活保護の現金支給額が減らせるならば長期的には財政が安定します。

 住人どうしの諍いや掃除、食事の問題については「管理人を置く」というのはどうでしょう。人件費がかかるではないかという問題がありますが、ボランティアとして無給でやってもらうのです。「どこにそんなお人よしがいるの??」という声が聞こえてきそうですが、困っている人がいれば力になりたい、と考えている日本人は決して少なくありません。東日本大震災がそれを証明してくれました。被災地に駆けつけて汗水流してボランティアにいそしんだ人たちが大勢いましたし今も活動中の人もいるのです。

 困っている人を助けたい、と感じるのは日本人だけではありません。東日本大震災に対する義捐金は世界中から集まりましたし、実際に被災地でボランティアをしてくれた外国人もいます。

 もしも日本の首相が、「生活保護を受給せざるを得ない困っている日本人を助けてください。無給のボランティアとなりますが住居費と食費はかかりません」と、世界中に訴えかければすぐに世界中から大勢のボランティアが集まるに違いありません・・・。

 私がここで述べたことは確かに「突拍子もないこと」です。実際にこんなことを実現するにはいくつもの壁があります。けれども、現在の生活保護に関する一連の記事やインターネット上の言論をみていると、生活保護を受給せざるを得ない困っている人を助けよう、という視点のものがほとんど見当たらないのです。このことに侘しさややるせなさを感じるのは私だけではないでしょう。

 不正受給者を探しだしたり糾弾したりするよりも、むしろ困っている人に積極的に手を差し伸べる方がずっと賢明です。支援者がたくさん現れれば、不正受給を考える輩は激減するでしょうし、一部のマスコミが報道するような悪徳医療機関も(もしあるならば)絶滅するでしょう。

 「良心」や「支援」「奉仕」といった絶対的な原理原則を目の前にすれば、まともな人間はずるいことを考えられなくなるものです。

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2013年6月22日 土曜日

第112回(2012年5月) 生活保護に伴う誤解

 生活保護に対する批判が強くなってきています。

 現在の経済状態の悪化を背景として、生活保護受給者が増加の一途をたどっており、昨年(2011年)6月に200万人を突破というニュースを聞いたところですが、それから1年もたっていないというのに現時点(2012年5月)で210万人を越える勢いです。

 なぜこんなにも生活保護受給者が増えているのか。働き盛りの世代の増加が著しいことが最大の理由と言われています。では、なぜ働き盛りの世代の増加が目立つのかと言えば、もちろん仕事(雇用)が見つからないからですが、最近は雇用保険に加入していない非正規社員が増えたために、仕事を失うと一気に一文無しとなりアパートの家賃も払えずに生活保護に頼らざるを得ない、というケースが目立ちます。

 生活保護が増えるということは、国の予算を圧迫するわけで、本年度(2012年度)の給付総額は3兆7,000億円を超える見通しだそうです。3兆7,000億円を210万人で割って、ひとりあたりの受給額を計算すると、約1,800,000円(3,700,000,000,000円 ÷ 2,100,000人 = 1,764,904円)となります。

 つまり、生活保護が認められると、行政から年間180万円相当の給付を受け取ることができるわけですから、働きたくても仕事がない人からみれば、頼りたくなるというのも理解できますし、また頼らざるを得ない人が少なくないのが事実でしょう。

 一方、ひとりあたり180万円もの負担をするのは納税者です。辛いことも我慢しながら一生懸命働いている労働者からみれば、働かずに給付を受け取れる生活保護受給者に否定的な気持ちをついつい持ってしまうことも分からなくはありません。

 もしも、生活保護受給者が、例えば障害を負っているとか、両親の残した借金のせいでやむにやまれず・・・、という人ばかりなら、納税者も納得するでしょう。しかし、実数はよくわかりませんが、生活保護受給者のなかには、例えば海外旅行にでかけたり、高価なアクセサリーを身につけていたりする者がいるのも事実です。先日、私の知人が、知り合いの生活保護受給者が最先端のスマートフォンを持っていることに腹がたった、と言っていましたが、この気持ちは理解できます。

 ところで、一人当たり180万円相当の内訳は、現金給付も含まれますが約半分を占めるのが医療費です。生活保護受給者は原則として医療費が無料となるのです。

 最近、生活保護受給者に対する医療が不適正ではないのか、という議論が増えてきています。生活保護受給者が複数の医療機関を渡り歩き、大量の薬剤(睡眠薬や抗不安薬が多い)を手に入れて闇のマーケットで高値で販売している、というニュースがときどき報道されています。

 また、2009年に発覚した奈良県大和郡山市のY病院が生活保護受給者の診療報酬を不正請求していた事件は大変ショッキングでしたが、マスコミのなかにはこのような例は氷山の一角とみる向きもあります。

 このような事件を並べて書けば、受給者は薬を無料で入手し高値でさばき、医療機関は受給者を集めて不要な治療をしている、というふうに思われますが、極端な事件だけがクローズアップされると真実が分かりにくくなってきます。

 たしかに、私自身の経験からも否定的な感情を持ってしまう生活保護の患者さんがいるのは事実です。私が大学病院の総合診療科の外来をしていたとき、生活保護のある患者さんは、けっして重症ではないのに、「MRIをとってくれ」「一番上等の薬をくれ」「待ち時間が長いのは気に入らん」などといちゃもんをつけてきました。一般の(善良な)患者さんは、(私がMRIを撮影しましょうと言うと)「必要なのはわかるんですが、MRIは高すぎて今は無理です」とか、「薬は少々の副作用は覚悟しますから一番安いものをだしてください」(これは太融寺町谷口医院の患者さんに多い)とか、言われますから、生活保護で横柄な態度の患者さんを診察すると、やる気が失せてしまいそうになることがあるのは事実です。

 しかし、生活保護の患者さんはこのような人ばかりではありません。現在太融寺町谷口医院に通院されている生活保護の患者さん、特に働き盛りの人は、複数の難治性の疾患を抱えていて、とても仕事どころではない人が大半です(注1)。

 医療機関の方も、生活保護の患者さんを積極的に診ているところは、在宅医療にも熱心であり一生懸命に取り組んでいるところが多いはずです。しかし、この点について、ときにマスコミはねじれた報道をおこないます。例えば、2012年5月11日の読売新聞(オンライン版)の社説では、「(生活保護)受給者ばかりを集め、診療報酬を稼ぐ悪質な医療機関も存在する」と述べられています。

 この記者が分かっていないのは、生活保護であろうが3割負担であろうが、医療機関に入ってくる料金は同じということです。生活保護の場合は支払い基金から10割が支払われ、3割負担の場合は7割が支払基金から、残りの3割は患者さん本人から徴収しますから、患者さんが生活保護を受けていようがいまいが医療機関が受け取る報酬は同額です。

 読売新聞は、医療の必要のない生活保護受給者を集めている、と言いたいのかもしれませんが、こんなことは到底考えられません。郡山市のY病院は、わざわざ大阪まで生活保護受給者を探しだしてバスに乗せて病院につれて帰って入院させていた、といったことが報道されていましたが、こんな例は極めて特殊なものです。

 また、Y病院は「やってもいない治療をやったようにみせかけて診療報酬を請求していた」と報じられましたが、こんなことする医療機関は(探せば他にもあるかもしれませんが)通常は考えられません。そもそも我々医師の仕事というのは、いかに検査を減らしていかに薬を減らすかが目標なのです。

 この社説のように、(Y病院のような)極めて特殊な事例があるというだけで、「悪質な医療機関も存在する」という表現をすることは報道のあり方として問題ではないでしょうか。読者によっては、あたかも悪質な医療機関が少なくないのではないか、という印象をもちかねません。今年(2012年)の2月、(読売新聞ではありませんが)大手新聞会社の記者が覚醒剤取締法で逮捕されましたが、良識を持った一般人であれば、だからといって新聞記者の多くが覚醒剤を使っているとはみなしません。

 今は、不正に薬を入手する一部の受給者や、ごく一部の悪徳医療機関を糾弾することよりも(もちろんこういった事実があれば白日の下にさらすことは必要ですが)、働き世代の受給者にどうやって仕事を見つけてもらうか、ということに集中すべきであり、そのための提案をおこなうのがマスコミの使命ではなかったでしょうか。

 現在大阪市の橋下市長は、生活保護受給者が受診できる医療機関を指定することを検討しているそうです。私はこの考えに賛成です。現在大阪市には生活保護の患者さんが大半を占める医療機関が数十軒あるそうです。そういった医療機関では医療者も生活保護の制度や実態に詳しいに違いありません。ならば、そういう施設を生活保護受給者が受診できる医療機関に指定するのが現実的ではないでしょうか(注2)。

 さらに、そういった医療機関に、可能であればハローワークの職員に常駐してもらうというのはどうでしょう。医療者とハローワークの職員が相談して、その患者さんにできそうな仕事を探すのです。また、その医療機関で、求職している生活保護受給者のための勉強会やセミナーを積極的に開き、通院していない生活保護受給者でも参加できるようにすればどうでしょう。

 消費税アップも所得税引き上げも私自身としてはやむを得ないと考えていますし、橋下市長がおこなっている職員の給与引き下げもけっこうだとは思いますが(やりすぎて公務員の士気が下がらないかを懸念しますが・・・)、その前に、生活保護受給者に社会復帰をしてもらうことが受給者にとっても社会にとっても有益であることを忘れてはいけません。

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注1:現在太融寺町谷口医院では、生活保護の患者さんは原則として大阪市北区在住の方に限っています。生活保護受給者は地域の医療機関にかかる、というのが生活保護の理念だからです。(数名の患者さんは、北区以外の地域から通院されていますが、複数の疾患を一度に診察する必要があり、なおかつその患者さんの自宅近くには同じような診療をおこなっている医療機関がない、という例外的な場合のみに限ってです)

注2:生活保護受給者が受診できる医療機関が指定されることになれば、太融寺町谷口医院が(たとえ市から依頼があったとしても)指定医療機関になるのは現実的ではありません。谷口医院では在宅医療をおこなう余裕がありませんし、これ以上生活保護の患者さんを診察するのは極めて困難だからです。指定制がひかれたときには、現在谷口医院にかかられている生活保護の患者さんには、指定病院を新たに受診してもらうようお願いすることとなります。

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2013年6月22日 土曜日

111 救急車は本当に有料化すべきなのか 2012/4/20

2011年度の救急車出動1回当たりのコストは、報償費、役務費、備品購入費などを含めると42,425円・・・。

 これは、さいたま市が市のウェブサイトで公開している税金の使い道のリストに掲載されている数字です(注1)。同市は、各行政サービスにどれだけの費用がかかっているかを詳しく公開することで、必要な経費を市民に身近に感じてもらい、また職員のコスト意識向上を図りたいと考えているとのことです。

 救急車が一度出動する度に4万円以上の費用がかかるというこのニュースは一般の新聞にも掲載され世間の注目が集まっています。我々医療者の間では、もう何年も前から、軽症で救急車を呼ぶ患者さんを診る度に、誰がどのような理由で救急車を要請しても一切無料という現在の制度はおかしい、という議論がありました。

 医療者の間の「救急車を有料にすべきではないか」という声は数年前から目立つようになってきています。医師限定のコミュニティサイトである「MedPeer」は、2012年2月24日から3月1日、救急車を有料にすべきかどうか、というアンケート調査を、医師を対象におこない、その結果、88%の医師が「有料化に賛成」と回答しているそうです(有効回答数は2,723件)。

 また、同じく医師限定のコミュニティサイトである「M3」も同じ質問をネット上でおこなっており、こちらは2012年4月16日現在、救急車有料化に賛成が95.7%(1,015票)、反対が4.3%(46票)となっています。M3の調査の方が「有料化賛成」が多いのは、さいたま市の42,425円、という数字がマスコミで報道されたことが影響しているのかもしれません。

 医師はどのような患者さんに対しても否定的な気持ちを持ってはいけないのですが、実際にはそのような気持ちを瞬間的に持ってしまうことはあります。下記の3つの症例は実際に過去に私が救急外来をしていたときに体験した症例です。

・症例1 6歳女子
朝から体調不良。食欲がなくて夕食はほとんど食べなかった。熱はなく水分はとれる。心配した母親が夜10時に救急車を要請。明らかに救急車を呼ぶほどの重症ではなかったために、救急車を呼ばなければならなかったのですか、と質問すると、この女子の母親が言ったセリフは、「あたしの車にこの子を乗せて、もし吐いたら誰が掃除してくれんの!」

・症例2 50代男性
数年前からときどきめまいを自覚している。過去に何度か救急外来を受診しており、いつも点滴をすれば1~2時間後には治るためにこの日も点滴希望で受診。過去にはタクシーで受診したこともあるが、ここ何回かは常に救急車を要請。なぜ救急車を呼んだのですか、という質問をすると、「カネがないんや。仕方ないやろ・・・」という返答。吐息に明らかなアルコール臭がある・・・。 

・症例3 20代女性
腹痛で救急車を要請。私が診察室に入ると、激しい痛みを訴えるが実際に診察をおこなうと痛がり方に不自然さがある。「痛いから○○○○を注射して!」と何度も言う。「どうして○○○○を希望されるのですか」と聞くと、「あたしの痛みは○○○○でしかとれへんねん!」と強く訴える。救急隊員に「話がある」と言われたために、その場を離れると、「この女性は○○○○中毒で、いくつもの病院から要注意患者とされてるんですわ。今日はここの病院にどうしても行ってくれ、言われたんで運んだんですけどね。先生に迷惑かけるのはわかってたんですけど、我々の立場では要請を受けたら断れないんですわ・・・」と救急隊員からの説明を受けた。この女性に対し、「このような痛みで○○○○は注射できません。まずは普通の痛み止めで様子をみてください」と言うと、「注射してくれへんのやったらもうええわ」と言い、悪態をつきながらそそくさと帰っていった。その姿に痛がる様子などまったくなかった・・・。

 それぞれの症例を簡単に解説しておきましょう。まず、症例1は、自分の娘が軽症であることは母親にも分かっています。しかし、自分の車に嘔吐されると掃除するのが大変だという理由だけで救急車を呼んでいるのです。この母親は、救急車の車内を汚すことに対しては何とも思っていないというわけです。

 症例2は、救急車が無料のタクシーになることをいったん知ってしまってから、タクシー代を払うのがバカらしくなったと考えている男性です。救急車が現場に到着した時点で、救急車を呼ぶような症例でないことは救急隊員からみても自明です。しかし、救急隊の立場としては、市民が要望している以上は断ることはできないのです。

 症例3は大変悪質です。○○○○というのは、中毒性のある言わば麻薬のような痛み止めです。よほど重症の場合を除いて処方されることはありませんから、この女性は、救急車を要請すれば重症と判断してもらえる、と考えたのでしょう。この女性は、自分の身勝手な欲望のために、1回4万円以上もかかる救急車を呼んでいるのです。もしも私が○○○○の注射をしていれば、さらに大切な医療費でその女性の薬物依存を助長することになります。

 さて、ここからが本題です。このように自分勝手な理由で救急車を簡単に呼ぶ市民がいるという現実を踏まえて考えたとき、やはり救急車は有料にすべきでしょうか。私の意見は医師の大半の意見と異なり「救急車は無料のままにすべき」、です。

 ここにあげたような症例に遭遇すると否定的な気持ちになりますし、なかなか頭から離れないものですが、一方で、重症で救急車を要請する人(またはその家族や知人、あるいは通行人)がいるのも事実です。もしも救急車が有料になってしまえば、本当に必要な症例が手遅れになってしまうことになるかもしれません。なぜなら、「しんどくなってきたけどもう少し様子をみればよくなるかもしれない。軽症だったのに救急車を呼んだ、となると家族に申し訳ない」と考える人もでてくるでしょうし、通行人が救急車を呼ぶのには相当の勇気が必要になります。

 私は一度、バンコクの繁華街で(おそらくひき逃げの被害に合い)怪我をしている男性を通行人の二人の若い女性がタクシーを止めて乗せているシーンに出会ったことがあります。そのとき一緒にいたタイ人に聞くと、二人の女性は怪我をしていた男性とは顔見知りではなく、たまたまそこにいただけ、だそうです。タイでは救急車は有料だから簡単に呼べないし、呼んだところで渋滞のなか到着するのを待つよりも、近くのタクシーを拾って病院に行く方が早い、と考えられているそうです。タイ人の助け合いの精神に感動したのと同時に、救急車が直ちに到着し無料で搬送してくれる日本の制度は素晴らしい、と感じました。

 このまま身勝手な理由で救急車を要請する人が増えていくと、世論が「救急車有料化」に向かうことになるでしょう。つまらない正論を言うようですが、現状の救急車無料を維持するためには、やはり「ひとりひとりが良識ある救急車の要請」をするしかありません。

 先に例にあげたような人たちがこのコラムを読んでいることはないでしょうが、これを読まれた方で、身勝手な理由で救急車を呼んでいる人がもしも知人にいるならば、このままでは救急車有料化が避けられないかもしれない、ということを伝えてもらえれば、と思います。

注1:このリストは下記URLで閲覧することができます。(さいたま市民でなくても誰でも見ることができます)

http://www.city.saitama.jp/www/contents/1331613613674/files/kosuto.pdf

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2013年6月22日 土曜日

110 「老衰」で死ねない日本人 2012/3/20

それは私が小学生の頃。何の授業だったか忘れましたが、担任の先生が「みんなは何で死にたいか」という質問をしました。詳しいことは覚えていませんが、ほとんどの生徒が「老衰で死にたい」と答えました。「なぜ老衰で死にたいのか」という質問に対しては、(私の記憶は非常にあいまいですが)おそらく「痛くなさそうだから」とか「それが一番自然だから」といった答えがあったのではないかと思われます。

 たしかに人間はいずれ必ず死にます。必ず老い、必ず衰えていくのです。ならば、老衰というのは人生をまっとうした帰結であり、老衰で死ぬということは最後まで生きぬいた証であるということもできます。

 その小学校の授業から20年以上がたち、私は医師として人の死に立ち会う立場となりました。現在は診療所(クリニック)の医師であり、在宅医療もおこなっていませんから、ここ5年ほどはそのような機会はほとんどありません。しかしそれ以前は複数の病院で働いていましたから、患者さんが他界するその瞬間に立ち会い、家族の方々を前に「死亡宣告」をすることがしばしばありました。

 これまで私が死亡宣告をおこなった患者さんは数十名になり、その数十名分の死亡診断書を書いています。死亡診断書には亡くなった人の氏名、生年月日、死亡した場所(病院)や日時などの他に「死亡の原因」も記載しなければなりません。私はその死亡診断書の原因の欄に「老衰」という文字を書いたことは一度もありません。

 病院に入院しているということは病気があるからであって、その病気で死んだのなら老衰であるはずがないじゃないか、と考えたくなりますが、実は慢性期の病院に入院している人というのは、帰るところがないから、とか、看てくれる家族がいないから、という人も少なくありません。例えば、80歳を超える高齢者がインフルエンザなどをきっかけに入院となって、インフルエンザは治ったけれども、入院前から足腰や心肺機能が弱っていてさらに認知症が加わり、自分で自分の身の回りのことができなくなっているようなとき、家族の要望などもあり、そのまま入院を続けざるを得ない、といったことがあります。そのうちに食事摂取が困難になり、点滴をつなぐことになり、やがて胃瘻(いろう)を装着することになります。するとますます食事が摂れなくなり、そのうち心臓の働きも低下し死に至ります。

 このようなケースに遭遇すると、死亡診断書に書く病名に悩まされるのですが、「心不全」とすることが多いといえます。心臓が徐々に弱っていって、最後は心停止の状態になりますから、解釈の仕方によっては「心不全」という病名は間違いではないでしょう。しかし、インフルエンザが治って退院して最期まで自宅で過ごすことができたとすれば、やはり「心不全」が死因となるでしょうか。

 2012年2月、自民党の石原伸晃幹事長が、胃瘻を付けた寝たきりの患者さんを見学して、「人間に寄生しているエイリアンが人間を食べて生きているみたいだ」と発言したとされマスコミから批判されました。

 私自身はこの発言を直接聞いていませんが、おそらく石原幹事長は、食べられなくなったらすぐに胃瘻、という現在の日本の高齢者の医療に対する疑問を呈したかったのではないでしょうか。胃瘻をつけている人にエイリアンなどと言えば、その家族がどのような思いになるか、ということが石原氏に分からないわけがありません。エイリアンという単語が記事になると考えたマスコミが過剰に騒いで記事をつくったのでしょう。(しかし、胃瘻を装着している高齢者の家族からすればこのマスコミの記事で不快な気持ちになるのは事実であり、そういう意味では私には、(石原氏ではなく)マスコミが家族を傷つけているように感じられます)

 石原幹事長はこの報道に対し釈明の記者会見を開き、その場で、「将来食べられなくなったとしても胃瘻はつけないということを夫婦間で話し合っている」といったことも述べられたそうです。

 胃瘻とは、食べられなくなった患者さんに対し、胃に穴をあけ、外部から栄養を送りこむ人工栄養法です。点滴で血管に栄養を入れるよりは自然な方法ですから、一時的に食事ができなくなった患者さんに対する処置としては有効なものです。(ときどき誤解されていますが)胃瘻は一度つければ二度と外せないものではありません。一定の期間だけ胃瘻から栄養をとり、元気になってから胃瘻を取り外して口からご飯を食べることも症例によっては可能です。

 しかし、本当に胃瘻をつけてまで延命すべきなのか、と感じる症例が少なくないのもまた事実です。特に寝たきりの高齢者で認知症があるような場合、胃瘻をつけるというのは本人ではなく家族の意思です。認知症になる前に本人と家族がじっくりと話をして、胃瘻をつけるというのが本人の意思であるなら問題ないでしょう。けれども、このようなケースの多くは、認知症が起こって自らの意思表示ができなくなってから、家族の同意を得て医療者側が胃瘻装着をおこなうというケースが多いのです。

 東京の「芦花ホーム」という特別養護老人ホームで常勤配置医をされている石飛幸三医師は『「平穏死」のすすめ 口から食べられなくなったらどうしますか 』という本を書かれ、そのなかで三宅島での高齢者の看取りについて紹介されています。三宅島では、年を取り体が食べ物を受け付けなくなると、無理に食事を与えず、やがて水分もとれなくなると水分補給もおこなわないそうです。そして”平穏に”命が尽きるのを周りの者が静かに看取るそうです。これがまさに「老衰」でしょう。

 一方、現在の日本の医療機関では、食事が困難になるとすぐに点滴をします。食欲がなくても介護師はスプーンを使って食事介助をおこない少しでも食べさせようとします。それも困難になると、胃瘻を装着し、栄養を与えないのは「治療の差し控え」とも言わんばかりの医療がおこなわれます。胃瘻をしていても嘔吐や誤嚥が続く場合は、腸瘻(ちょうろう)といって腸管に穴をあけて栄養を送り込むことになります。ここまでくると、再び口から食べられるようになることはもはや期待できません。

 日本の高齢者の死因は、ガン・心疾患・脳卒中のいわゆる三大疾病を除けば「肺炎」が最多となります。そして、その肺炎は、誤嚥性肺炎といって、食べ物が気管に入ってしまったことが原因で起こったものが大半なのです。熱心な介護師であればあるほど、少しでもたくさん食べて元気になってもらおうと食事介護を一生懸命におこないます。「治療の差し控え」と言われることを恐れる医療者は胃瘻をすすめることになります。誤解を恐れずに言うならば、これらの医療・介護行為が「余計な肺炎」をつくりだしている可能性があるわけです。

 そして、こういった医療・介護行為が我々日本人を「老衰」から遠ざけているとも言えるのです。私は石原幹事長の発言がきっかけとなり、世の中の人たちが胃瘻というものについて、そして人間らしく死ぬということについて、家族間、夫婦間で話し合う機会が増えることを期待しています。そういう意味では、エイリアンという単語に過剰に反応し世間の注目を集める報道をしたマスコミも社会貢献をしたことになるのかもしれません。

 冒頭で紹介した私の担任の先生は、なぜ授業中に死の話をしたのか、私の記憶にありませんが、小学生相手に「死」というものについて考える機会を与えてくれたこの先生は立派だと思います。この授業がおこなわれた1970年代後半は、まだ高齢者を自宅で看取り「老衰」で死ねた人がいたのでしょう。

 私を含む70年代の小学生にとって21世紀というのは「夢の時代」でした。その夢の21世紀に、ほとんどの生徒が希望した「老衰」で死ねる日本人がほとんどいなくなる、などといったことを当事の小学生だった我々は”夢”にも思いませんでした。担任の先生は当事からその予兆を感じていたのでしょうか。

 今から10年ほど前に風の便りで聞いた噂によると、その先生は入院生活の果てに亡くなられたそうです。詳しい死因は分かりませんが、死亡診断書に記載された死因は「老衰」、ではなかったでしょう・・・。

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2013年6月22日 土曜日

109 糖質制限食はダイエットにどこまで有効か 2012/2/20

ダイエットを確実に成功させるには「カロリー制限」をおこなえばいいわけですが、なかなか簡単にはいかないものです。今から10年ほど前、つまり21世紀に入った直後くらいから「糖質制限ダイエット」が注目されだし、様々な議論が交わされてきました。日本でもここ2~3年は積極的にすすめる医療者が増えてきています。

 太融寺町谷口医院でも、糖質制限について患者さんから質問を受ける機会が増えてきています。質問を受けたとき、「糖質制限については、推奨する医療者が増えてきているのは事実ですが、一方では危険性を指摘する専門家もいて、現時点では自信を持って勧められるわけではありません。また当院の患者さんのなかにも実践した人は何人もいますが、炭水化物を制限するのは予想以上にしんどいようですよ」、とこのような内容を話すのですが、最近ますます質問を受けることが多くなり、また以前にもまして糖質制限の高い効果がマスコミなどで取り上げられるようになってきています。今回は、この「糖質制限」の有効性と現実性について考えていきたいと思います。

 まずは言葉の整理から始めましょう。「糖質制限」が一躍有名になったのは、英国のロバート・アトキンス博士が考案した「アトキンスダイエット」ではないかと私はみています。アトキンスダイエットを一言で言えば、糖質(炭水化物)の摂取を大きく制限することで痩せる、という方法です。この方法はたしかに理に適っており、糖質(砂糖などの甘いものだけではなく、米やパン、パスタなどの炭水化物も含みます)を制限すれば、インスリンの分泌量が高くならず血糖値もあまり上昇しません。そのため身体は体内に蓄えられている脂肪を分解してエネルギーを得るようになり、結果として痩せることになります。

 日本ではアトキンスダイエットという言葉以外にも、例えば、低炭水化物ダイエット、ケトン式ダイエット、ローカーボダイエット、低糖質ダイエット、低インスリンダイエットなどの言葉がありますが、内容はどれも似たようなものと考えて差し支えありません。(便宜上、ここからは「糖質制限」という名称に統一します)

 糖質制限が注目されるにつれて、ダイエットに成功したという人、また糖尿病が改善した、と言う人が増えてきて、成功談が取り上げられる機会が増えてきました。彼(女)らの話は、カロリーを一切制限せずに、肉やワインなど好きなものを好きなだけ食べて飲んで成功した、というわけですから、これまでカロリー制限に苦労してきた人にとってみれば「夢のダイエット法」にみえるのもうなずけます。

 21世紀初頭あたりから、糖質制限ダイエットは世界中でムーブメントを巻き起こしましたが、盛り上がるにつれて、危険性が指摘されるようにもなってきました。頭痛や下痢は比較的高頻度におこりますし、長期的な安全性が保障されていないことを危惧する学者もでてきました。

 そんななか、糖質制限ダイエットの火付け役でもあったアトキンス博士が突然死亡(享年72歳)するという出来事が起こりました。死因は自己転倒で頭を強打したからとされていますが、心臓病があったことや死亡時の体重が100kgを超えていたとの報道がおこなわれ、言いだしっぺのアトキンス博士が肥満で死亡した、という噂が流れ、糖質制限ダイエットは一気に下火を迎えることになります。実際、アトキンスダイエットの普及につとめていたアトンキンスニュートリッショナルズ社は倒産することになります。

 しかし、糖質制限ダイエットは、理論的に考えて、血糖値がさほどあがらずにインスリンの分泌量が減り、脂肪が蓄積されにくいわけですから、肥満や糖尿病の予防・改善には有効である可能性があります。医療者のなかにも積極的に糖質制限をすすめる者もいれば、危険性を重視して反対する者もいるといった状態が続いていました。

 そのような状況のなか、学術的に意義のあるダイエットの研究がイスラエルでおこなわれ、これが医学誌『The New England Journal of Medicine』2008年7月17日号に掲載されました(注1)。

 この研究では、イスラエルの40~65歳のBMI27以上で、2型糖尿病もしくは冠動脈疾患を持っている人322人が対象とされています(注2)。その322人の対象者を、①低脂肪かつ低カロリー食(要するに従来からすすめられているダイエット法)、②地中海食(オリーブオイルを多用し、肉より魚を優先したカロリー制限食)、③糖質制限食(初期は炭水化物を1日20グラムに制限し、その後も1日120グラム未満に制限。ただしカロリー制限はなし)、の3つのグループにわけて2年間の追跡調査がおこなわれました。

 その結果、3つのグループのいずれもが体重減少に成功しているのですが、驚くべきことに、①の低脂肪かつ低カロリー食よりも、②地中海食(注3)や③糖質制限食の方が体重減少の程度が大きかったのです。(具体的な体重減少の値は、①低脂肪食2.9±4.2kg、②地中海食4.4±6.0kg、③糖質制限食4.7±6.5kg)

 糖質制限食の有用性を検討した研究というのは実はたくさんあるのですが、この研究は、対象者が少なくなく、2年間という(この手の研究にしては)長期間の調査であり、なおかつ一流の医学誌に掲載された(それだけ厳しい基準をクリアした)ために、この研究は今でも重要視されています。

 さて、今後、日本で糖質制限食がどのような位置づけをされるか、という点について考えていきたいと思います。まず、これからも糖質制限をすすめる医療者は増えていくことが予想されます。ダイエットを試みる人たちも、「カロリー制限なし」というのは大変魅力に感じることでしょう。

 しかし、糖質制限が本当にできるかどうかは、始める前にじっくりと検討しておいた方がいいでしょう。アトキンスダイエットや、上に述べた研究にあるような1日20グラムの炭水化物の制限は相当厳しいですし、最近はそこまで制限しなくても1日130グラム程度で充分とする説もでてきていますが、これとて簡単ではありません。

 茶碗に軽くもったご飯でだいたい50グラムですから、これを考えれば1日130グラムならやっていけそうな気がしますが、糖質はお菓子など甘いものやパンやご飯といった「いかにも炭水化物」というものだけではありません。いもや豆にはけっこうな量の炭水化物が含まれていますし、健康にいいとされている海草類や乳製品、果物などに含まれる量も少なくありません。

 糖質制限を宣伝するコピーに「焼酎飲み放題、ステーキ食べ放題」というのを見たことがあります。たしかに焼酎は糖質ゼロで、牛肉そのものにもほとんど糖質は含まれていません。しかし、ステーキにかけるソースには大量の砂糖が使われているでしょうし、付け合せのじゃがいもや豆も高炭水化物です。ステーキと一緒にパンやご飯が食べたくなる人は少なくないでしょう。

 私自身は、糖質制限を否定しませんが、多くの人にとって実践するのは非常に困難であると考えています。ですから、上に述べた研究のように「カロリー制限なし」とすることには抵抗があります。カロリー制限もおこないながら、同時に「可能な範囲で糖質の摂りすぎに注意する」くらいが現実的ではないか、と考えています。

 逆に、炭水化物は「腹持ち」がいいですからカロリー制限をおこなうには適しているともいえるわけです。マラソンランナーは試合の前日に炭水化物を積極的に取りますが(これを「カーボローディング」といいます)、持久力をつけるのに炭水化物は最適です。また、空腹時に食堂にいくとドカ食いしてしまうという人もいるでしょうが、そんなときチョコレートを1粒食べれば血糖値があがって食欲が抑えられます。血糖値が上がるのは問題じゃないか、と思う人もいるでしょうが、1粒ならせいぜい20~30Kcalです。これで、空腹感がおさまりドカ食いを防げるなら、こちらの方がダイエットにつながるわけです。

 糖質制限ダイエットの「カロリー制限なし」ばかりに目を奪われて、気付いたら前より太っていた・・・、などということは避けたいものです。

注1:この論文のタイトルは、「Weight Loss with a Low-Carbohydrate, Mediterranean, or Low-Fat Diet」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa0708681

注2:BMIはBody Mass Indexの略で、体重(キログラム)÷身長(メートル)の2乗で算出します。例えば、88キログラム、2メートルの人であれば、88÷2の2乗=88÷4=22となります。2型糖尿病とは、詳しく説明するのはなかなか困難なのですが「生活習慣からくる糖尿病」と考えてだいたい差支えありません。冠動脈疾患とは狭心症や心筋梗塞を指しますが、肥満や高血圧、高血糖などが危険因子となります。

注3:本文では地中海食について詳しく述べていませんが、日本では地中海食はさほど普及しないと私はみています。オリーブオイルは、たしかに味も悪くなく健康にいいとされていますから、積極的に使っている人は日本人にも大勢いますが、この研究では1日30~45グラムのオリーブオイルを毎日摂り、さらに1日5~7個のナッツを食べることが条件となっています。イタリア料理などオリーブオイルやナッツをふんだんに使った料理は確かに美味しいですが、それを毎日のノルマにされると、どれだけの日本人が続けられるのか疑問です。この研究はイスラエルだからこそできた、と考えるべきでしょう。

参考:メディカルエッセイ
第94回(2010年11月) 「水ダイエットは最善のダイエット法になるか」
第93回(2010年10月) 「ダイエットの2大法則」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2013年6月22日 土曜日

108 医師がストレスを減らすために(後編) 2012/1/20

太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)が他のプライマリケアのクリニックと異なる点のひとつに、働いている患者さんが多い、ということが挙げられます。農村や郊外にあるクリニック(診療所)では、患者さんの大半が高齢者であるのが普通であり、年齢だけでなく、かかっている病気の種類も随分と異なります。

 高齢者の多いクリニックでは、高血圧、腰痛、骨粗鬆症、悪性腫瘍、などの疾患が多いのに対し、谷口医院の場合は、高血圧や高脂血症、糖尿病といった生活習慣病や上気道炎や感染性胃腸炎といった”かぜ”は若い世代にも多く共通していますが、花粉症や喘息といったアレルギー疾患、ニキビやアトピー性皮膚炎といった皮膚のトラブル、HIVなどの感染症、などは比較的若い世代に多いという特徴があります。

 そして見逃せない症状・疾患として、不眠、不安、抑うつなどの精神症状があります。もちろん、高齢者の多いクリニックでもこうした精神疾患は珍しくありませんが、谷口医院の患者さんの大半は、「働いていることや職場の環境が原因もしくは増悪因子になっている」という特徴があります。実際、出向や転職によって症状が改善(もしくは増悪)した、ということは珍しくありません。

 前回は、医師は長時間労働を強いられ、患者さんから誤解されることが多く、それが耐えられないほどのストレスになる、という話をしました。職場で多大なるストレスを受ける、という意味では、医師も、谷口医院に通院している患者さんも同じようにみえますが、私はあるときから「医師と他の職業ではストレスの種類が違う」ことに気づきました。

 このことを説明するのに、病院で事務をしている40代のある男性(仮にAさんとしておきます)を紹介したいと思います。(ただし本人が特定されないように若干のアレンジを加えています)

 中規模の病院で事務員として働くAさんは、労働時間そのものはそれほど長くないものの、仕事でのストレスから不眠と抑うつ状態が続いています。薬を飲めば眠ることができますし、抑うつ状態やイライラもある程度は薬で改善します。夏休みにはまったく症状がでない、と言いますから、このことからもAさんの精神症状の原因(もしくは増悪因子)が職場にあるのは間違いありません。

 ではAさんはなぜ職場からそれほど強いストレスを受けているのか、というと、「誰からも感謝されないことがつらい・・・」と言います。これはどういうことなのでしょうか。

 Aさんは仕事上「事務長」という立場にいます。事務長というと聞こえはいいのですが、実際は「クレーム係」だそうです。病院中のクレームをひとりで引き受けていると言います。

 患者さんからのクレームは、「それはもっともだ!」と感じるものから、言いがかりにしか思えないようなものまで様々だそうです。しかし、Aさんが辛い立場にいるのは患者さんからのクレームを聞くからだけではありません。そのクレームを医師や看護師に伝えたときに、医師や看護師からも怒鳴られることがある、そうなのです。例えば、「ある患者さんから、先生の説明は難しすぎて分からないし、ひどいことを言われた、という意見がありましたが・・」とある医師に伝えたとき、「こっちは説明すべきことはきちんとしている。そんなクレームそっち(事務)でなんとかしろ!」と逆ギレされたそうです。要するに、Aさんは患者さんからのみならず医療従事者からもクレームをつけられることが日常茶飯事なのです。また、医師からは、事務職が定時に帰り残業時間が少ないことからラクな仕事と思われていることも辛い、とAさんは言います。

 Aさんが感じていることはもっともなことでしょう。人が気持ちよく働けるのは、「自分が他人の(もしくは社会の)役に立っている」と感じることができるときです。役に立っている、という感覚がなければ高い給料を支給されたとしても心底満足することはできないのが人間というものです。

 Aさんは自分の存在価値が分からないといいます。「自分探し」をするような年齢ではありませんが、今のままの自分でいいのだろうか・・・、何のために生きているのだろうか・・・、などと考えることもあると言います。仕事にやりがいが見つからないなら趣味に生きようと考え、料理や英会話、ヨガなどの教室に通ったこともあるそうですが、それなりに楽しいものの心を満たしてくれるわけではなかったと言います。「やっぱり仕事でやりがいを感じたいんです!」 私にはAさんのその言葉が大変印象に残っています。

 もうひとり、20代半ばの女性の患者さん(Bさんとしておきます)を紹介したいと思います。Bさんは関西では有名な私大の経済学部を卒業し大学院の修士課程も修了しています。学生の頃はシンクタンクや大手金融機関への就職を考えていましたがうまくいきませんでした。いくら履歴書を送っても面接にすらたどりつけないことも多く、いつしかBさんは不眠に悩まされるようになり私の元を受診するようになりました。睡眠薬で眠れるようにはなったものの仕事を見つけなければ食べていけません。そこでBさんは一時的な”つなぎ”として、ファストフード店のアルバイトを始めました。なんで大学院まで出てファストフードのアルバイト・・・と当初は感じていましたが、元々がんばりやのBさんは半年後には「社員」へと昇進したそうです。何年働いてもアルバイトのままの若者が多いなかでBさんは異例の出世をしたといってもいいでしょう。

 ところがBさんの気分はすぐれないままです。Bさんは言いました。「あんな仕事あたしじゃなくてもできるんです。マニュアルにそってやるだけなんですから・・・」

 AさんとBさんの仕事の悩みの共通点は「自分が必要とされていると感じることができない」というものです。おそらく二人とも今よりも給料が上がったとしても精神的に満たされることはないでしょう。もちろん、仕事をしたくても就職が決まらない人たちからみれば二人の悩みは贅沢なものにうつるに違いありません。そしてそれはもっともな意見であり、仕事のない人からみれば、仕事のやりがいなどで悩めること自体が幸せなことでしょう。

 さて、こういった点から医師という仕事を考えてみたいと思います。例えば普通に外来を一日していれば、患者さんから「ありがとうございました」という言葉を何十回と聞くことになります。「ありがとうございました」という言葉は、ファストフードのレジをしていても、レストランのウエイトレスをしていても聞くでしょうが、医師が患者さんから聞く「ありがとうございました」は質が異なるものであることが多いのです。

 なぜなら、患者さんは他人には気軽に言えないような症状を医師に伝え(ときには家族にさえ言えないような悩みも話されます)、医師は全力でその悩みに応えようとします。治療により病気が治れば(実際には医師の治療でなく患者さんの自然治癒力で治っていることも多いのですが)患者さんは喜びます。そして(おそらく)心の底から「ありがとうございます」と言ってくれます。もちろんすべてのケースで上手くいくわけではなく、医師のなかには「上手くいかなかった(治療をしたけどよくならなかった)症例を経験する辛さが上手くいったときの喜びを打ち消す」と感じている者もいるでしょう。

 しかし、医師という職業は、他の多くの職業に比べ、他者(患者さん)の最も関心の強いことがら(病気)に関与し、それを解決するという仕事(治療)は責任のある仕事であると同時にたいへんやりがいのあるものです。そして、必ずしも解決するわけではないにせよ、治療が奏功すれば、患者さんから心の底からの感謝の言葉を聞くことができます。これほど幸せな仕事があるでしょうか。私自身も医師という仕事から強いストレスに押しつぶされそうになることがときどきありますが、そんなときは患者さんからかけてもらった「ありがとうございます」という言葉を思い出すようにしています。ときには患者さんからいただいた手紙やメールを読み返すこともあります。これが医師のパワーの源となり、強いストレスに打ち勝つ最善の方法ではないかというのが私の考えです。

 けれども、日々の臨床のなかでは、患者さんがこちらを見て丁寧に頭を下げ感謝の気持ちを述べてくれているのに、私の指は電子カルテのキーボード、目は画面を見たままで社交辞令のように「お大事に・・・」と言っているだけのときもあります。待ち時間が長い中で次の患者さんを1秒でも早く診察するため、というのは言い訳に過ぎません。

 このような行為は失礼極まりないものであることを、今このコラムを書きながら反省しています・・・。

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2013年6月22日 土曜日

107 医師がストレスを減らすために(前編) 2011/12/20

ちょうど1年前のメディカルエッセイ第95回では、「医師による犯罪をなくすために(前編)」というタイトルで、医師の犯罪として報道されるもののなかで薬物がらみとわいせつ事件が多いということを述べました。

 この1年(2011年)を振り返ってみると、東日本大震災の被災者に対して尽力した医師が取り上げられることも多く医師に肯定的な報道が例年に比べると目立ったように思われます。(しかし皮肉なことに、震災関連の報道では実の医師よりもニセ医師の米田きよしなる人物が取り上げられて話題になっていました・・・)

 一方、医師による犯罪の記事も例年同様少なくなく、新聞紙上でときおり見かけました。もはや医師の事件は珍しくないのか、それほど大きく取り上げられることもなくなってきているように感じられます。

 少し例をあげておくと、わいせつ事件でいえば、最も卑劣で許しがたいのは9月に逮捕された秋田県の26歳の研修医Sです。このSは、2011年4月から7月にかけて13歳未満の女児の裸をデジカメ内蔵の腕時計で撮影していたそうです。秋田県警の捜査により、Sの自宅のパソコンには十数人の女児の動画が見つかったことも報道されています。またSは8月には温泉施設で父親と一緒に入浴していた8歳女児を盗撮して逮捕されています。

 S以外の事件で今年報道されて目だったものに、東京の大学病院勤務の37歳医師Sが14歳女性を自宅に呼び込みわいせつ行為をおこない逮捕、北海道の39歳産婦人科医Sが女性患者の下半身の動画を撮影し逮捕、東京の33歳の救急医がサウナで女性の胸を触って逮捕、兵庫県の68歳のクリニック院長が障がいのある女性患者の下半身や胸を触って逮捕、和歌山の52歳の耳鼻科クリニック院長Nが22歳女性の事務員の胸を触り逮捕、などがあります。

 今年報道された医師の犯罪事件では車に関するものが多かったように思われます。最も大きな事件となったのは5月に千葉の病院の院長T(60歳)が起こしたひき逃げ事件です。通行人の65歳男性を車ではねて死亡させただけでなく逃亡していますから罪は小さくありません。

 10月には神戸で70歳の開業医Sが64歳の男性をひき逃げしています。被害者の男性は骨折を伴う重症なのにもかかわらず、この医師Sも逃げていることが許せません。12月には千葉で65歳の外科医Yがやはりひき逃げ事件を起こしています。この被害者は軽症だったそうですが、Yの車がフェラーリだったからなのかマスコミで取り上げられました。

 また、ひき逃げではありませんが、2月には神奈川県の46歳の医師Kが、37歳の会社員男性に殴る蹴るの暴行を加えて逮捕されています。暴行の理由が「車を割り込まれて頭にきた」ということだそうです。7月には広島の29歳の産婦人科医Oが飲酒検問での呼気提出を拒否し、その後強制採血でアルコールが検知され逮捕されています。

 医師が起こした薬物事件は今では珍しくもなんともありませんが、今年は自宅で大麻を栽培していた医師が2人も逮捕されたことに私は驚きました。ひとりめは、自宅のベランダで大麻3本を栽培していたことで7月に逮捕された山梨県の39歳の医師Mです。個人での使用のみでも医師が大麻となると許されるものではありませんが、自宅で栽培ときましたからこれは大きなニュースとなりました。

 もうひとりは、11月に自宅での大麻栽培で逮捕された千葉の産業医Nです。こちらは育てていた大麻が133本といいますから、おそらく売買にも関与していたのでしょう。しかし、なぜか取り上げられ方は山梨県のMよりも小さかったような気がします。山梨のMの”二番煎じ”と世間では思われたのでしょうか・・・。

 わいせつ行為、ひき逃げ、暴行、飲酒運転、違法薬物の使用などはどれも許される行為ではありません。しかし、高い大志を持って医師を目指したはずの彼らはなぜそのような犯罪に手を染めたのでしょうか。
 
 医師が犯罪に手を出す理由として、私はメディカルエッセイ第95回で「周囲からの強い社会的プレッシャーのなかで苦しんでいたからではないか」ということを述べました。そして、それを解決するひとつの方法として、「(どんな誘惑があろうともそれをおしのける)高い倫理観を持っているのが医師の矜持であることを認識する」ということを述べました。

 この考えは今も正しいと思っていますが、「高い倫理観」「医師の矜持」といった意識だけでは日頃のストレスに押しつぶされてしまうかもしれません。実際、(上には述べていませんが)5月に覚醒剤取締法で逮捕された東京の44歳の整形外科医Nは、「覚醒剤を使うと仕事のストレスや不安が解消した」と答えているそうです。

 過酷な労働条件はたしかにストレスを蓄積していきます。もちろん過酷な労働条件に置かれているのは医師だけではありません。しかし残業時間は月に200時間を越えることも珍しくなく、夜中に起こされるのも当たり前、という労働条件は過酷そのものです。

 医師の場合、さらに「世間の医療を見る目の厳しさ」という問題があります。一部のマスコミの報道をみていると、人間はいつか死ぬ、という当たり前のことが忘れ去られているように感じることすらあります。医療に100%完璧ということはありえないのですが、治療や手術が上手くいかなければすぐに医師の過失を問われるような風潮は医師と患者のギャップを増大させます。

 警察庁の調べによりますと、2010年の医療・保健従事者の自殺者数は374人で、そのうち「うつ病」と特定されたのは約3割の117人に上るそうです。そして、自殺の原因・動機のトップとなっています。

 実は医師の自殺というのは珍しくなく、同じ大学の同級生か1つ2つ先輩か後輩のなかには必ずといっていいほど自殺した医師がいます。私の同級生もひとり、研修医の頃に、自ら命を絶っています。また自殺にまでいたらなくてもいつの間にか出勤しなくなった医師やうつ病で休養している医師も少なくありません。

 これらの原因をすべて「ストレス」とはできないでしょうが、多少なりともストレスが関与している可能性はあるでしょう。

 医師になりたての頃は、ほぼ全員が強い使命感を持ち患者さんのためになろうという意識を持っています。それが、激務が続き、患者さんから誤解されトラブルを起こし、やり場のないイライラ感や焦燥感がつのり、抑うつ気分が出現し、少しずつ精神的に追い詰められていくのです。しかし、医師は自分が精神疾患に罹患しているとは考えたくありませんから、精神科医にも産業医にも簡単には相談しません。

 そしてこの追い詰められた精神状況が限界を超えると自殺につながることがあるのです。また、決して許されることはありませんが、この追い詰められた精神状況が先に述べたような犯罪のきっかけになるるのではないか、と私はみています。

 ではどうすればいいのでしょう。医師がストレスを軽減するためにすべきこととは何なのでしょうか。次回はそのあたりを考えていきたいと思います。

参考:メディカルエッセイ第95回(2010年12月)「医師による犯罪をなくすために(前編)」

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