メディカルエッセイ
109 糖質制限食はダイエットにどこまで有効か 2012/2/20
ダイエットを確実に成功させるには「カロリー制限」をおこなえばいいわけですが、なかなか簡単にはいかないものです。今から10年ほど前、つまり21世紀に入った直後くらいから「糖質制限ダイエット」が注目されだし、様々な議論が交わされてきました。日本でもここ2~3年は積極的にすすめる医療者が増えてきています。
太融寺町谷口医院でも、糖質制限について患者さんから質問を受ける機会が増えてきています。質問を受けたとき、「糖質制限については、推奨する医療者が増えてきているのは事実ですが、一方では危険性を指摘する専門家もいて、現時点では自信を持って勧められるわけではありません。また当院の患者さんのなかにも実践した人は何人もいますが、炭水化物を制限するのは予想以上にしんどいようですよ」、とこのような内容を話すのですが、最近ますます質問を受けることが多くなり、また以前にもまして糖質制限の高い効果がマスコミなどで取り上げられるようになってきています。今回は、この「糖質制限」の有効性と現実性について考えていきたいと思います。
まずは言葉の整理から始めましょう。「糖質制限」が一躍有名になったのは、英国のロバート・アトキンス博士が考案した「アトキンスダイエット」ではないかと私はみています。アトキンスダイエットを一言で言えば、糖質(炭水化物)の摂取を大きく制限することで痩せる、という方法です。この方法はたしかに理に適っており、糖質(砂糖などの甘いものだけではなく、米やパン、パスタなどの炭水化物も含みます)を制限すれば、インスリンの分泌量が高くならず血糖値もあまり上昇しません。そのため身体は体内に蓄えられている脂肪を分解してエネルギーを得るようになり、結果として痩せることになります。
日本ではアトキンスダイエットという言葉以外にも、例えば、低炭水化物ダイエット、ケトン式ダイエット、ローカーボダイエット、低糖質ダイエット、低インスリンダイエットなどの言葉がありますが、内容はどれも似たようなものと考えて差し支えありません。(便宜上、ここからは「糖質制限」という名称に統一します)
糖質制限が注目されるにつれて、ダイエットに成功したという人、また糖尿病が改善した、と言う人が増えてきて、成功談が取り上げられる機会が増えてきました。彼(女)らの話は、カロリーを一切制限せずに、肉やワインなど好きなものを好きなだけ食べて飲んで成功した、というわけですから、これまでカロリー制限に苦労してきた人にとってみれば「夢のダイエット法」にみえるのもうなずけます。
21世紀初頭あたりから、糖質制限ダイエットは世界中でムーブメントを巻き起こしましたが、盛り上がるにつれて、危険性が指摘されるようにもなってきました。頭痛や下痢は比較的高頻度におこりますし、長期的な安全性が保障されていないことを危惧する学者もでてきました。
そんななか、糖質制限ダイエットの火付け役でもあったアトキンス博士が突然死亡(享年72歳)するという出来事が起こりました。死因は自己転倒で頭を強打したからとされていますが、心臓病があったことや死亡時の体重が100kgを超えていたとの報道がおこなわれ、言いだしっぺのアトキンス博士が肥満で死亡した、という噂が流れ、糖質制限ダイエットは一気に下火を迎えることになります。実際、アトキンスダイエットの普及につとめていたアトンキンスニュートリッショナルズ社は倒産することになります。
しかし、糖質制限ダイエットは、理論的に考えて、血糖値がさほどあがらずにインスリンの分泌量が減り、脂肪が蓄積されにくいわけですから、肥満や糖尿病の予防・改善には有効である可能性があります。医療者のなかにも積極的に糖質制限をすすめる者もいれば、危険性を重視して反対する者もいるといった状態が続いていました。
そのような状況のなか、学術的に意義のあるダイエットの研究がイスラエルでおこなわれ、これが医学誌『The New England Journal of Medicine』2008年7月17日号に掲載されました(注1)。
この研究では、イスラエルの40~65歳のBMI27以上で、2型糖尿病もしくは冠動脈疾患を持っている人322人が対象とされています(注2)。その322人の対象者を、①低脂肪かつ低カロリー食(要するに従来からすすめられているダイエット法)、②地中海食(オリーブオイルを多用し、肉より魚を優先したカロリー制限食)、③糖質制限食(初期は炭水化物を1日20グラムに制限し、その後も1日120グラム未満に制限。ただしカロリー制限はなし)、の3つのグループにわけて2年間の追跡調査がおこなわれました。
その結果、3つのグループのいずれもが体重減少に成功しているのですが、驚くべきことに、①の低脂肪かつ低カロリー食よりも、②地中海食(注3)や③糖質制限食の方が体重減少の程度が大きかったのです。(具体的な体重減少の値は、①低脂肪食2.9±4.2kg、②地中海食4.4±6.0kg、③糖質制限食4.7±6.5kg)
糖質制限食の有用性を検討した研究というのは実はたくさんあるのですが、この研究は、対象者が少なくなく、2年間という(この手の研究にしては)長期間の調査であり、なおかつ一流の医学誌に掲載された(それだけ厳しい基準をクリアした)ために、この研究は今でも重要視されています。
さて、今後、日本で糖質制限食がどのような位置づけをされるか、という点について考えていきたいと思います。まず、これからも糖質制限をすすめる医療者は増えていくことが予想されます。ダイエットを試みる人たちも、「カロリー制限なし」というのは大変魅力に感じることでしょう。
しかし、糖質制限が本当にできるかどうかは、始める前にじっくりと検討しておいた方がいいでしょう。アトキンスダイエットや、上に述べた研究にあるような1日20グラムの炭水化物の制限は相当厳しいですし、最近はそこまで制限しなくても1日130グラム程度で充分とする説もでてきていますが、これとて簡単ではありません。
茶碗に軽くもったご飯でだいたい50グラムですから、これを考えれば1日130グラムならやっていけそうな気がしますが、糖質はお菓子など甘いものやパンやご飯といった「いかにも炭水化物」というものだけではありません。いもや豆にはけっこうな量の炭水化物が含まれていますし、健康にいいとされている海草類や乳製品、果物などに含まれる量も少なくありません。
糖質制限を宣伝するコピーに「焼酎飲み放題、ステーキ食べ放題」というのを見たことがあります。たしかに焼酎は糖質ゼロで、牛肉そのものにもほとんど糖質は含まれていません。しかし、ステーキにかけるソースには大量の砂糖が使われているでしょうし、付け合せのじゃがいもや豆も高炭水化物です。ステーキと一緒にパンやご飯が食べたくなる人は少なくないでしょう。
私自身は、糖質制限を否定しませんが、多くの人にとって実践するのは非常に困難であると考えています。ですから、上に述べた研究のように「カロリー制限なし」とすることには抵抗があります。カロリー制限もおこないながら、同時に「可能な範囲で糖質の摂りすぎに注意する」くらいが現実的ではないか、と考えています。
逆に、炭水化物は「腹持ち」がいいですからカロリー制限をおこなうには適しているともいえるわけです。マラソンランナーは試合の前日に炭水化物を積極的に取りますが(これを「カーボローディング」といいます)、持久力をつけるのに炭水化物は最適です。また、空腹時に食堂にいくとドカ食いしてしまうという人もいるでしょうが、そんなときチョコレートを1粒食べれば血糖値があがって食欲が抑えられます。血糖値が上がるのは問題じゃないか、と思う人もいるでしょうが、1粒ならせいぜい20~30Kcalです。これで、空腹感がおさまりドカ食いを防げるなら、こちらの方がダイエットにつながるわけです。
糖質制限ダイエットの「カロリー制限なし」ばかりに目を奪われて、気付いたら前より太っていた・・・、などということは避けたいものです。
注1:この論文のタイトルは、「Weight Loss with a Low-Carbohydrate, Mediterranean, or Low-Fat Diet」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa0708681
注2:BMIはBody Mass Indexの略で、体重(キログラム)÷身長(メートル)の2乗で算出します。例えば、88キログラム、2メートルの人であれば、88÷2の2乗=88÷4=22となります。2型糖尿病とは、詳しく説明するのはなかなか困難なのですが「生活習慣からくる糖尿病」と考えてだいたい差支えありません。冠動脈疾患とは狭心症や心筋梗塞を指しますが、肥満や高血圧、高血糖などが危険因子となります。
注3:本文では地中海食について詳しく述べていませんが、日本では地中海食はさほど普及しないと私はみています。オリーブオイルは、たしかに味も悪くなく健康にいいとされていますから、積極的に使っている人は日本人にも大勢いますが、この研究では1日30~45グラムのオリーブオイルを毎日摂り、さらに1日5~7個のナッツを食べることが条件となっています。イタリア料理などオリーブオイルやナッツをふんだんに使った料理は確かに美味しいですが、それを毎日のノルマにされると、どれだけの日本人が続けられるのか疑問です。この研究はイスラエルだからこそできた、と考えるべきでしょう。
参考:メディカルエッセイ
第94回(2010年11月) 「水ダイエットは最善のダイエット法になるか」
第93回(2010年10月) 「ダイエットの2大法則」
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