2026年6月9日 火曜日
第274回(2026年6月) 片頭痛治療の新たな幕開け~ゲパント薬の登場~(後編)
2000年代になって登場したトリプタン製剤は片頭痛の治療の歴史を変えました。NSAIDs(前回述べたように、イブプロフェン、ロキソプロフェン、ジクロフェナクなどが代表)が無効な激しい頭痛にも非常によく効くトリプタン製剤で救われた患者さんは日本にも何万人あるいは何十万人といるはずです。
しかしトリプタン製剤が有効であったとしても、頭痛の頻度が多ければ、例えば毎日のように起こるタイプの頭痛であれば恩恵にあずかれるのは限定的となります。そういう場合に役立つのが「予防薬」です。
予防薬が正式に登場したのはイミグラン注射剤が発売されるよりも前の1999年でした。その予防薬の商品名は「ミグシス」、一般名を「ロメリジン」と呼びます(尚、かつては「テラナス」という名前のものもありましたが現在は「ミグシス」のみが販売されています)。ミグシスは1回1錠、1日2回を毎日続けて飲みます。毎日飲むことによって片頭痛を起こりにくくするのです。
ミグシスの利点は、まず(私の経験でいえば)副作用がほとんど起こりません。そして安い(3割負担で1錠4円未満です)。では欠点はなにか。私の経験でいえば、決して万人に効くわけではなく、せいぜい3割程度です。また「効いた」という人も、痛みが完全に取れるわけではなく、少しましになったという程度です。しかし、それでも頭痛発生時にはまったく動けなくなるという人がミグシスのおかげで痛いながらも生活を続けられるようになるのであればこれはありがたい薬です。
ミグシス以外には「デパケン(バルプロ酸)」(2010年登場)と「インデラル(プロプラノロール)」(2012年登場)もよく用います。デパケンはもともとてんかんの薬、インデラルは高血圧や頻脈の薬ですが、両者とも片頭痛の予防効果も期待できます。これらとミグシスの3種を同時に飲んでもらうことはありませんが、当院ではデパケン+ミグシス、デパケン+インデラルなど3種のうち2種を組み合わせることもあります。これら3種の優劣を比較した研究はみたことがありませんが、谷口医院の印象でいえばデパケンが最もよく効いて、次いでインデラル、ミグシスと続きます。
これら以外に有名な片頭痛の予防薬は(後述するCGRP関連薬を除けば)、トリプタノール(一般名はアミトリプチリン)という抗うつ薬、トピナ(一般名はトピラマート)という抗てんかん薬も有名ですが、当院では処方していません。そもそもこれらはガイドラインでは紹介されていますが、トリプタノールは抗コリン薬であり長期使用には問題がありますし、トピナには保険適用がありません。
ここまでをまとめると、「片頭痛の重症例には2000年代に登場したトリプタン製剤が奏功し、高頻度発症例にはミグシスに加え、2010年代に使えるようになったデパケン、インデラルのおかげである程度は対処できるようになった」となります。残る問題は「では、これらの予防薬が効かない場合はどうすればいいか」です。
ブレイクスルーが起こったのは、まだ新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2021年でした。「エムガルティ(一般名:ガルカネズマブ)」「アジョビ(一般名:フレマネズマブ)」「アイモビーグ(一般名:エレヌマブ)」という3種の画期的な注射薬が立て続けに発売されたのです。これらの総称はCGRP関連薬と呼ばれるいわゆる「抗体医薬」で、2021年のコラム「抗体医薬の登場で片頭痛の歴史が変るか?」ですでに紹介しました。そのときにも触れたように、これらの薬剤の最大の欠点は費用です。3割負担で月に13,000円ほどかかるのです。注射の頻度は月に一度、または3か月に一度です。
最近はオゼンピック、あるいはマンジャロといったやせ薬(GLP-1受容体作動薬)の普及で自己注射が随分と一般化しましたが、それでも注射薬に対して抵抗がある人は今も少なくありません。そんななか、ついに登場したのが「CGRP関連薬の飲み薬」で、別名「ゲパント薬」です。分子生物学的な説明はおもしろくないと思いますが、少しだけ紹介しておきましょう。
上述の2021年のコラムでも述べたように、頭痛が起こる仕組みとして次のようなメカニズムが考えられています。
・三叉神経がCGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)と呼ばれる物質を放出する
↓
・CGRPが脳内の血管の壁の細胞に取り込まれる
↓
・血管が拡張する
↓
・血管内の蛋白質が血管外に漏れ出て、これが脳内の神経に「炎症」を起こす
↓
・頭痛が起こる
抗体薬のうち、エムガルティとアジョビはCGRPを直接捉え血管に近づかないようにします。アイモビーグは血管の表面に存在する「CGRP受容体」にくっついて、CGRPが血管内に入り込めないようにします。
飲み薬のゲパント薬はアイモビーグに少し似ています。CGRP受容体にCGRPがくっつかないようにするからです。アイモビーグがCGRP受容体の”全体”を覆うのに対し、ゲパント薬はCGRP受容体の一部に入り込んで、CGRPが侵入できないようにするのです。
内服薬は注射薬よりも格段に使用のハードルが下がります。残るは「費用」です。現在日本で処方できるゲパント薬は2種類あります。
#1 ナルティーク(一般名:リメゲパント):2日に1錠飲むタイプの予防薬。頭痛発症時にトリプタン製剤のように内服することも可能。薬価は1錠2,923.2円(3割負担で1錠877円、予防で使えば1月あたり877円x15日=13,154円)
#2 アクイプタ(一般名:アトゲパント):1日1回内服するタイプの予防薬。薬価1,461.6円(3割負担で1錠438円、月13,154円)
医薬品の価格設定には「談合」はないと思いますが、薬価を決める厚労省が似たような薬は似たような価格に設定します。これら2種のゲパント薬もピタリと金額が一致します。こうなると、「2日に1錠」と「毎日1錠」のどちらが飲みやすいか、という対決になるのかもしれません。
おそらく日本の片頭痛の治療の歴史において2026年は重要な年として記録されるでしょう。こうやって振り返ると、2000年代に画期的な治療薬のトリプタン薬が登場し、2010年代にいくつかの薬が予防薬として処方できるようになったけれど万人に効くわけではなかった、2021年に注射薬のCGRP関連薬が登場したが普及はさほど進まなかった、そして2026年ついに内服ゲパント薬が登場し従来の予防薬で効かなかった重度の片頭痛にも期待できるようになった、となります。次の転換点は内服ゲパント薬の後発品が登場する2030年代後半でしょうか。ですが、それを待つまでに内服ゲパント薬は普及していくのではないかと私はみています。片頭痛の苦痛には耐えがたいものがあります。
最後に月並みでおもしろくないけれど最重要事項を。過去20年にわたり片頭痛を診てきた私の経験上、最も大切なのは「規則正しい生活」です。若い人にこのようなことを助言するのはちょっと心苦しいのですが、「休日も含めて毎日同じ時間に起きて、昼寝をしない(しても10分以内)。睡眠時間は短すぎても長すぎてもNG」が大切です。
参考:片頭痛に伴うことが多い「閃輝暗点(Scintillating scotoma ≒ Teichopsia ≒ visual aura)」
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2026年6月7日 日曜日
2026年6月7日 カルシウム、ビタミンDのサプリメントでは骨折が防げない
「骨を丈夫にするために」あるいは「骨粗鬆症を防ぐために」という目的でカルシウムのサプリメントやビタミンDのサプリメント、あるいはその双方を摂取している人がいますが、これらはほとんど意味がありません。
このことが広く知れ渡るようになったのは2017年、USPSTF(U.S. Preventive Services Task Force=米国予防医療作業部会)の報告です。本ウェブサイトでも医療ニュース「骨折予防にビタミンDやカルシウムは無効」で紹介しました。
しかし、日本では相変わらず骨折や骨粗鬆症の予防目的でカルシウムやビタミンDのサプリメントを摂っている人が少なくありません。また、医療機関でも処方されていることがあります。日本人には健康に対する意識が高い人が少なくありませんが、不思議なことに、骨に関しては関心を払う人があまり多いように思えません。これを危惧して2023年に書いたコラムが「なぜ『骨』への関心は低いのか」です。
このように、カルシウムやビタミンDのサプリメントは骨折を防げず骨粗鬆症を予防しないことが分かっているのになぜ人は続けて摂取し続けるのでしょうか。今回紹介する論文もまた、カルシウムやビタミンDのサプリメントが骨折予防目的で大量消費されることに疑問を抱いた学者によって書かれたものです。論文は医学誌「BMJ」2026年5月20日号に掲載された「骨折および転倒予防のためのカルシウム、ビタミンD、またはこれらの併用サプリメントの効果:系統的レビューとメタアナリシス(Calcium, vitamin D, or combined supplementation to prevent fractures and falls: systematic review and meta-analysis)」です。
この論文の構成はメタアナリシスです。つまり過去に公表された研究を総合的に解析したものです。解析した合計の対象者は153,902人で、過去の69件の調査研究が含まれています。全体の年齢中央値は71.2歳です。結果、これらのサプリメントは(カルシウム、ビタミンD単独も、併用も)骨折の予防にまったくまたはほとんど効果がありませんでした(little to no benefits )。
************
ではサプリメントにまったく意味がないかというとそういうわけではありません。ビタミンDについてはそもそもサプリメントなしで正常範囲を示している人がほとんどいません(当院での調査では99%以上の人が不足しています)。ですから(カルシウムはともかく)ビタミンDのサプリメントはほとんどの人が摂取すべきです。
しかし、骨折や骨粗鬆症がそれで防げるわけではありません。ではこれらの予防には何をすればいいのか。それは「運動」です。歩いたり走ったりするいわゆる有酸素運動ではなく、ワークアウト(いわゆる「筋トレ」)が必要です。しかし、口でいうほど簡単ではなく、日本人はどうもワークアウトが苦手なようです。谷口医院の患者さんでいえば外国人(特に西洋人)はなんらかのかたちでワークアウトに取り組んでいる人が多いような印象があります。
ここは外国人を見倣うべきだと思います。
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2026年6月7日 日曜日
2026年6月 なぜ総合診療医を目指す若手医師が少ないのか
去る2026年5月29日から31日、第17回日本プライマリ・ケア連合学会学術学会が京都で開催されました。学会に参加すると人がごった返していますから、「プライマリ・ケア(総合診療)って盛り上がっているのかな?」と錯覚しそうになりますが、この学会は他の学会と比べれば決して大きいわけではなく、むしろかなり小さい方で医学界全体からみればとてもマイナーな領域です。
ここ数年、総合診療という言葉が少しずつ社会に浸透しているような気がしないでもありませんが、医師の立場からみればまだまだ小規模です。本当はもっと注目されていいはずですし、私自身はかつてタイでお世話になった欧米の総合診療医らが今も自分のロールモデルですから、日本の若い医師にも総合診療医になることを勧めたいのですが、最近は諦めモードに入ってきています。
今回は日本の総合診療の歴史を簡単に振り返り、なぜ日本では総合診療医を目指す医師が少ないのか、そして、なぜ総合診療医の私自身が総合診療医が増えることを諦めるようになったのかを述べてみたいと思います。
日本の総合診療の歴史は2010年のコラムでも簡単に紹介しました。まとめると次のようになります。
・日本にはもともと「日本プライマリ・ケア学会」「日本家庭医療学会」「日本総合診療医学会」という似ているようで似ていない3つの学会があった
・2010年にこれら3つの学会が合併して「日本プライマリ・ケア連合学会」が誕生した
・合併にはひと悶着あった。病院で総合診療を担う医師たちが日本プライマリ・ケア連合学会が創立されるのとほぼ同時期に「日本病院総合診療医学会」を設立し、日本プライマリ・ケア連合学会と一定の距離をとることになった
次に、なぜ日本では総合診療医を目指す医師が少ないのかを考えてみましょう。実は2000年代に総合診療が少し盛り上がりを見せたことがあり、過去のコラムでも触れたように、大学病院の総合診療科を描いたテレビドラマ『GM~踊れドクター』も登場したのですが、すでにこの頃には、それは日本プライマリ・ケア連合学会が誕生した頃でもあるのですが、総合診療に対し「冷めたムード」も漂っていました。
2009年のコラムでも紹介したように、実は2000年代の半ば頃から、誕生して間もない大学の総合診療科の医局が次々と廃止されていきました。続編のコラムで、メディアが報じた総合診療科の医局が廃止される5つの理由を紹介しました。ここでもう一度取り上げてみましょう。
#1 利用度が上がらなかった
#2 専門の診療科の方が患者に人気がある
#3 総合診療を担当する医師が少ない
#4 総合診療は時間がかかる割には、手術や高額な検査を行わず、経営側から見れば不採算部門
#5 臓器別の専門診療科よりも地位が低く見られがちなことも、医師側に不人気
そのコラムでも述べたように、大学病院の総合診療科に患者が集まらないのは当然です。なぜなら大学病院は他の医療機関から紹介されて受診するところであり、稀な疾患や難治性が高い疾患、あるいは重症性が高いケースが集まるところだからです。いわば大学病院の役割は総合診療とは対極の位置にあるわけです。
そもそもあらゆる疾患のほとんど(私の肌感覚でいえば9割以上)は総合診療医で治療できます。谷口医院を初診で受診するケースでも、大きな病院や臓器別専門医を紹介するのは5%未満です。それ以外はほぼ全科領域で谷口医院だけで治療できます。もちろん複雑な事例で患者さんが希望すれば希望先に紹介しますが、その場合でもたいていはまた戻ってくることになります。
ということは、本来であれば最も割合の多い領域が総合診療でなければなりません。実際、欧米諸国では全医師における総合診療医の割合が3割以上、なかには5割を超える国(ポルトガルやアイルランド)もあります。
一方、日本では総合診療を専攻する研修医は毎年200人から300人程度(2025年度には300人と過去最高を記録しましたが2026年度に286人に減少)、全研修医(年間約9千人)に占める割合はせいぜい3%程度です。
日本プライマリ・ケア連合学会が設立された2010年の時点では、「今はまだ少ないけれど、これから総合診療を専攻する若い医師が増えていくだろう」と楽観視する意見もありました。しかし、それから15年以上が経過した現在、実態はほとんど変わっていません。
では、なぜ総合診療は若手医師から人気がないのか。その答えは実は2009年にはすでにはっきりと出ていました。上述した「総合診療科の医局が廃止される5つの理由」の#4と#5がその答えです。#1、#2、#3は上述したように大学病院の「特殊性」が原因です。他方、#4と#5は「日本の総合診療の本質」を物語っています。2つを少し詳しくみてみましょう。
#4は、要するに「総合診療は儲からない」と言っているわけで、実際そのとおりです。患者側からみれば総合診療医には健康に関するありとあらゆることを相談できますから、当然診察時間は長くなります。そして、総合診療の分野では他の領域に比べて「検査や薬は最小限」を原則とします。現在の日本の医療にはほとんど価値のない検査や薬、さらに有害なものすらあります。総合診療では患者にとって有益な診療だけをおこないますから医療機関の利益は下がります。
#5について、2009年の時点では私は「総合診療医がなぜ下なのか分からない。そもそも上も下もない」とする私見を述べました。2026年の今思うのは「若い医師にとって、他科に比べると(若者の言葉を使えば)コスパもタイパも悪い総合診療には魅力がない」ということです。
総合診療は泥臭い分野です。問診には相当の時間がかかりますし、ある程度のコミュニケーション能力が問われます。日々の勉強にもかなりの時間を費やさねばなりません。「総合診療」という臓器があるわけではなく全科に及びますから、読まねばならない新しい教科書や論文の量は膨大なものになります。つまり、ひとりひとりの診察に長時間とられ、ひとりひとりの問題を解決するために多量の文献を読み込み、さらに日頃の勉強を続けなければなりません。このような生活に意義を見出せるかどうか。おそらくその実態を考えると総合診療に魅力を見いだせないのでしょう。
日経メディカルによると、若手医師が定時に帰ることに賛成する医師が過半数を超えるとか。例えば、もしも私が研修医の頃から、今もずっと定時で帰る習慣を維持していたとすれば、そして帰宅後は教科書や論文を読まなかったとすれば、私の臨床能力は現在の20分の1にも満たないでしょう。しかし、医師がどのように過ごすかに関係なく、患者さんは病気になり不安を抱えます。人間の身体や精神は複雑で、医学部の授業で習ったことなど現実にはほとんど役立ちません。ならばひたすら経験を積み、先輩医師から学び、文献を読み込み、努力を重ねていくしかありません。まして総合診療医は全臓器を診るのです。
昨今の社会情勢や若者の心理を考えると、総合診療医を目指す若者が少ないことにも頷けるような気がします。
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