2026年5月28日 木曜日

2026年5月28日 長時間の家庭内介護で認知機能が低下

 衝撃的な論文が発表されました。「長時間の家庭内介護で認知機能が低下する」というのです。論文は、今月(2026年5月)に医学誌「Age and Ageing」に公開された「高齢期における介護者になることと認知機能の変化との関連性:英国高齢者縦断研究の結果(Association between becoming a carer in later life and changes in the trajectory of cognitive function: results from the English longitudinal study of ageing)」です。研究を実施したのはUCL(University College London)です。

 調査の対象者は介護を担っている2,765人(平均年齢60歳、56%が女性)で、介護をしていない同人数が比較されました。

 結論は次の通りです。

#1 介護をおこなっていない人に比べて、「週5~9時間程度の介護」、「同居しない家族の介護」、「親か義理の親の介護」をしている人は認知機能低下がゆるやか

#2 介護をおこなっていない人に比べて、「週50時間以上の介護」、「同居する家族の介護」、「パートナー/配偶者の介護」をしている人は認知機能低下が速い

#3 介護による認知機能の低下は「記憶力(memory)」よりも「実行機能(executive function)」で顕著

#4 3年以上介護をおこなっている人は記憶力の低下速度が遅い

#5 介護の負担が限度を超えると、孤独感や睡眠障害が生じ、認知機能への悪影響がさらに悪化する

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 この研究では「認知機能」を「実行機能」と「記憶力」に分けています。介護で低下しやすいのは「実行機能」の方でした。「実行機能」とは、複雑な意思決定、問題解決、コミュニケーションなどです。介護に要求されるのはまさにそういった能力です。

 通常、能力の原則は「use it or lose it」、つまり「使わなければ失う」で、実行機能についても実践すれば能力を失わないはずです。ということは、介護時間が適度であればこの原則は当てはまるけれども、50時間を超える介護ではこの原則に反する、ということになります。「適度な介護は認知力のなかの特に実行機能の維持に有効だけれど、限度を超えると逆効果」というわけです。

 英国の介護者を支援する慈善団体「Carers UK」の2025年の調査によると、介護者の42%が介護によって身体的健康が損なわれていると考えています。そして、74%がストレスや不安を感じ、40%がうつ状態にあると回答しています。

 英国では家族を介護する人が急増しているようです。ロンドンの慈善団体IPPR(Institute for Public Policy Research)によると、英国では週に35時間以上介護をおこなう成人の割合は、2003/04年の110万人から、2023/24年の190万人へと70%以上増加しています。

 介護問題は日本でも深刻です。厚生労働省によると、2000年度から2021年度にかけて要介護認定者は約2.7倍に増加しています。家族介護者も増えていて、総務省の2024年の報告によると、日本全国で約653万人、国民のおよそ20人に1人に相当します。

 

 

 

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2026年5月24日 日曜日

2026年5月24日 ω3サプリメントの過剰摂取で認知症のリスクが上昇

 中性脂肪を低下させ、心血管疾患のリスクを減少させると広く信じられているω3サプリメントは日本を含め世界中で人気があります。ω3は通常、EPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)のいずれか、または双方を指します。サプリメントのみならず、日本ではエパデール(一般名:イコサペント酸エチル)、ロトリガ(オメガ‑3脂肪酸エチル)という名称で医薬品としても存在します。エパデールはEPA単剤、ロトリガはEPA+DHAの合剤です。

 サプリメントとしても広く流通していることから、ω3といえば「安全で副作用はない」と広く信じられています。ですが、最近驚くべき調査結果が公表されました。なんとω3の長期摂取で認知症のリスクが上昇するというのです。

 その調査結果は、医学誌「The Journal of Prevention of Alzheimer’s Disease」2026年6月号に掲載された論文「高齢者におけるω3サプリメント摂取と認知機能低下との関連性(The association between omega-3 supplementation and cognitive decline in older adults)」です。

 研究の対象者は、ANDI(Alzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative=アルツハイマー病神経画像イニシアチブ)と呼ばれるデータベースに登録された55歳以上の819人で、ほとんどは米国とカナダの白人です。ADNIは、アルツハイマー病の予防と治療の改善を目的とした多施設共同臨床試験であり、患者データは世界中の研究者と自由に共有されています(つまり客観性が担保されたデータベースです)。

 819名のうち、273名はω3サプリメントを長期にわたり摂取していて、残りの546名はサプリメントを摂取していない対照群です。平均追跡期間は5年間です。

 総合的な認知機能評価には、ミニメンタルステート検査(MMSE)、アルツハイマー病評価尺度認知機能サブスケール13(ADAS-Cog13)、臨床認知症評価尺度合計スコア(CDR-SB)といった標準化された3つのツールが使われました。さらに、脳の構造と代謝を調べるための脳画像検査による評価も加えられました。

 結果、3つの認知機能評価尺度の統計結果はすべて同じ結果を示しており、ω3サプリメントを長期にわたり摂取した人は、認知機能の低下速度が有意に速いことが示されました。解析にはApoE遺伝子などの遺伝的要因は取り除かれています(リスク遺伝子の保有率は両群でほぼ同等でした)。

 興味深いことに、認知症を発症した参加者に、アルツハイマー病の指標であるアミロイドプラークやタウタンパク質の増加は認められませんでした。認められたのは「グルコース代謝の低下」でした。

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 「グルコース代謝の低下」とは、脳細胞(特にニューロンとシナプス)がグルコースを取り込んで消費する能力が落ちている状態を指します。脳細胞のエネルギー源の大半はグルコースですから、グルコース代謝が低下すれば当然認知能力は低下することになります。

 この論文では、「ω3サプリメントの長期摂取が認知機能を低下させる」ことが示されていますが、「どれくらいの量を摂取すれば低下するか」については書かれていません。そこで他の論文をあたってみました。

 2025年の「Scientific Reports」に掲載された「ω3の補給が認知機能に及ぼす影響に関する系統的レビューおよび用量反応メタ分析(A systematic review and dose response meta analysis of Omega 3 supplementation on cognitive function)」をみてみると、ω3サプリメントは「低用量であれば認知機能に有益かもしれないが、1日あたり1,500mgを超えるとその効果が逆転する可能性がある」と示されています。

 この結果には驚かされます。なぜなら冒頭で紹介した医薬品のω3の添付文書上の摂取量は、次のように優に1,500mgを超えているからです。

・エパデール(イコサペント酸エチル):1日あたり1,800~2,700mg

・ロトリガ(オメガ‑3脂肪酸エチル):1日あたり2,000~4,000mg

 今回紹介した2つの論文が正しいとすれば、日々のω3サプリメント摂取及びエパデールやロトリガといった医薬品の服用は認知症のリスクということになります。

 

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2026年5月21日 木曜日

第273回(2026年5月) 片頭痛治療の新たな幕開け~ゲパント薬の登場~(前編) 

 片頭痛の治療の新しい時代が始まった、と言えるかもしれません。歴史に残るような画期的な薬が発売されたからです。その新しい薬の総称は「ゲパント薬」と言います。今回はまず「片頭痛の治療の歴史」を振り返り、それぞれの薬の特徴と欠点を確認していきたいと思います。

 私が医学部の学生だった1990年代後半、頭痛に対してはイブプロフェン(ブルファン)、ロキソプロフェン(ロキソニン)、ジクロフェナク(ボルタレン)といったいわゆるNSAIDs(=Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs=非ステロイド性抗炎症薬)を使うか、決して万人に有効とはいえない一部の漢方薬を用いるか、あるいは依存性と副作用が多いエルゴタミンに手を出すか、といったくらしか打てる手だてがありませんでした。

 問題は「薬がなかった」だけではありません。市販の薬(OTC薬)による依存症が大きな問題を起こしていました。そしてこの問題は今もほとんど解決していません。鎮痛剤は基本的にはどのようなものであれ依存性があります。イブプロフェンでもロキソプロフェンでも、月の半分も飲めばかなりの確率で鎮痛薬依存症になり、さらにこの依存が「薬物乱用頭痛(=Medication Overuse Headache=MOH)という新たな頭痛を引き起こします。

 しかし本当の問題はその先にあります。NSAIDsは薬局でも買えて、そして薬局で売られているNSAIDsには「危険な成分」が混合されていることが多いからです。「危険な成分」は次の2つです。

#1 ブロムバレニル尿素:名著『完全自殺マニュアル』で”推奨”されている自殺方法第一位の薬物。詩人の金子みすゞ、芥川龍之介、太宰治らがこの薬物を用いて自殺を試みたことはあまりにも有名。現在発売されているものでもっとも有名なのは「ナロンエース」

参考:医療プレミア「市販の睡眠薬・鎮痛薬の成分 依存症や死亡の事例も」

#2 アリルイソプロピルアセチル尿素:#1と共に厚労省の「習慣性医薬品リスト」に載せられている医薬品で、この成分が含まれる薬品が医師の処方箋なしで買える国は(おそらく)日本だけ。韓国では2025年4月にこの成分を含む鎮痛剤の同国への持ち込みを禁止し(対象者はほぼ全員が日本人)、航空会社Air Premiaは「麻薬性成分を含む鎮痛剤の持ち込み禁止」を発表。「イブクイック」「バファリンプレミアム」「ロキソニンSプレミアム」「ノーシンピュア」などといった商品名を名指しにして持ち込み禁止を訴えている

 自殺に使うこともできて、強烈な依存性のある薬物を薬局で堂々と売ることに問題がないはずがなく、私は谷口医院を開院してからもう20年にわたりこの問題を指摘し続けているのですが、いまだに「危険性について薬局で説明を受けた」という患者さんを一人も知りません。

 「片頭痛の治療の歴史」の話を進めましょう。NSAIDsくらいしかなかった時代に大きな幕開けとなったのは2000年、イミグランという注射薬の登場でした。この薬は私が医学部の学生の頃に登場した画期的な薬で、社会に広く浸透することが期待されていました。実際、まるで魔法のように効きます。

 以前私がある病院の深夜の救急外来で勤務していた頃、ある男性の患者さんが激しい頭痛で救急搬送されてきました。問診と簡単な診察をして私がまず疑った疾患はくも膜下出血。そこで救急室からCT撮影を手配しました。ストレッチャーに男性を乗せるとき、もしかすると……、と思って本人の同意を得てイミグランを注射しました。すると、わずか数分後、ストレッチャーに載せた男性がCT室に到着する頃には、頭痛がピタっとやんでいたのです。

 こんなにもよく効いてしかも速効性のあるこの注射は、しかしさほど普及しませんでした。この私の救急外来のエピソードはたしか2003年で、当時は医療機関でしか注射ができませんでした。自己注射ができるようになったのは2008年だったと思うのですが、それ以降もさほど普及したとは言えません。その理由のひとつは自己注射に抵抗がある患者さんが少なくないこと、もうひとつの理由は注射剤でなく点鼻薬や内服薬が登場したことです。

 イミグランを含む片頭痛の特効薬を「トリプタン製剤」と呼びます。注射剤と点鼻薬があるのはイミグランだけで、他は内服のみとなります。日本で発売となった歴史を振り返ってみましょう。尚、内服については現在すべて後発品があります(下記のかっこ)。

2000年 イミグラン注射剤

2001年 イミグラン内服(スマトリプタン)
    ゾーミッグ(ゾルミトリプタン)

2002年 レルパックス(エレトリプタン)

2003年 イミグラン点鼻薬
    マクサルト(リザトリプタン)

2008年 アマージ(ナラトリプタン)

 トリプタン製剤は非常によく効きます。私の経験では先に紹介した救急外来でのエピソードが最も印象深いものですが、他にも、割れるような頭痛がスーッとひいていったという話をこれまで何百回と聞いています。トリプタン製剤は間違いなく歴史を変えた薬です。

 しかし、それほどよく効くトリプタン製剤にも欠点があります。以前は値段が高いことが最大の欠点でしたが、後発品の登場でその問題はほぼ解決しました。先発品はどれも1錠1,000円前後(つまり3割負担で300円ほど)しますが、後発品を使えば1錠100円からせいぜい300円程度(3割負担なら40円から100円程度)ですから、この値段を負担できないという人はほとんどいません。

 では今も残るトリプタン製剤の欠点とは何か。それは「効いたとしても頻度が多いなら足らなくなる」という問題です。ですから、正確には「トリプタン製剤の欠点」というよりも「片頭痛の特徴がもたらす苦しみ」といった方がいいでしょう。つまり、トリプタン製剤が効くのはありがたいのですが、頻繁に起こるために薬が足らなくなるのです。ならばたくさん、例えば1日1錠の処方をすればいいではないか、という疑問がでてきますが、これはできません。

 理由は2つあって、1つは保険診療上、処方が認められるのはせいぜい月に10錠程度というルールがあること、そしてもう1つは、トリプタン製剤であっても上述した薬物乱用頭痛が生じることです。NIH(=National Institutes of Health=米国国立衛生研究所)によると、トリプタン製剤はNSAIDsよりも薬物乱用頭痛を起こしやすいのです。尚、ここでいうNSAIDsはイブプロフェンやロキソプロフェン単独のものであり、ナロンエースやイブクイックなどのように、ブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素を含む鎮痛薬ではありません。米国ではブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素が使われていないためにデータがないのです。また冒頭で少し紹介したエルゴタミンも薬物乱用頭痛を容易に起こすことが知られています。よって、薬物乱用頭痛を起こしやすい順番としては、おそらく、「麻薬(オピオイド)>ブロムバレニル尿素やアリルイソプロピルアセチル尿素を含む鎮痛薬>エルゴタミン>トリプタン製剤>NSAIDsまたはアセトアミノフェン」となると思います(これらの順位のはっきりとしたエビデンスはありませんが、私の経験からの類推ではこのようになります)。

 片頭痛が難儀な2つの理由を繰り返します。1つはNSAIDsでは効かない重症タイプがあること、もう1つはトリプタン製剤は効くけれど(あるいはNSAIDsでも効くけれど)頻度が多すぎて薬が足らなくなること、です。

 では高頻度の片頭痛にはどのように対処すればいいのか。「予防薬」があれば解決します。

 後編に続きます。

 

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2026年5月4日 月曜日

2026年5月 退職が老化を促進する

 谷口医院は開院してもうすぐ20年になります。2007年のオープンした頃から通い続けている患者さんはもう20年も年を重ねたことになり、2000年代に40代後半だった患者さんは引退に差し掛かっています。すでに退職した人も大勢います。勤務先が近いからという理由で通っていた人のいくらかはそのまま通院を続けられるのですが、なかには受診できなくなる人もいます。それも望ましくない理由で。

 例えば認知症。例えばうつ病。あるいは骨折して動けなくなったという人もいれば、歩行や階段の上り下りがしんどくなった、という人もいます。退職後に自宅近くの診療所に通院しだすことに問題はないのですが、その理由が「認知症やうつ病で……」というのは寂しい気がします。

 一方、70代どころか80代になってもそれまでと変わらぬ元気さを維持している人もいます。その違いはどこから来ているのでしょうか。20年間総合診療医として谷口医院の患者さんを診てきた私の視点からみれば、最大の要因は「退職」です。

 退職すれば健康を害するのは「全体でいえば」ほとんど間違いありません。「自分は大丈夫」と考えている人や、あるいは「退職してからの方が好きなことができて元気になった」という人もそれなりにいますが、退職後1年から1年半たった時点で同じことが言えるかどうかについては慎重に判断すべきです。医師が患者さんの人生プランにまで口出しするのは余計なお世話ですが、私の過去20年の経験に鑑みると「引退していいのですか?」と言いたくなることがあるのです。

 開院した当初からこのようなことに気付いていたわけではありません。私自身も60歳くらいになれば引退を考えてボランティアに生きようか、などと以前は考えていました。しかし、引退して急激に元気をなくしていく患者さんらを診ているうちに、「退職は老化を促進する」ことを確信するようになったのです。

 それを示した研究もあります。医学誌「Journal of Epidemiology and Community Health」に2016年に掲載された論文「退職年齢と死亡率の関連性:米国高齢者を対象とした人口ベースの縦断研究(Association of retirement age with mortality: a population-based longitudinal study among older adults in the USA )」を紹介しましょう。この研究の対象者は1992年から2010年の追跡期間中に退職した2,956人で、興味深いことに対象者は1,934人の「健康な退職者」と、1,022人の「健康状態の悪い退職者」に分けて分析されています。

 結果、「健康な退職者」では、退職年齢が1歳高いほど、全死因死亡リスクが11%低下していました。もちろん、健康に関連する生活習慣などの因子は考慮して分析されています。他方、「健康状態の悪い退職者」では、退職年齢が遅いほど全死因死亡リスクが低値を示していました。

 他国の研究もみてみましょう。医学誌「Journal of Public Economics」に2020年に報告された論文「命を失う誘惑? 長期の失業給付金、労働市場からの離脱、そして死亡率(Fatal attraction? Extended unemployment benefits, labor force exits, and mortality)」では、オーストリアの死亡率と退職に関する行政データが解析されています。結果、男性の場合、1年早く退職すると、早死のリスクが5.5%増加、死亡時の年齢が2.2ヶ月低下していたこが分かりました。他方、女性については有意な影響は確認できませんでした。

 しかし、このような研究を引き合いに出され「退職すれば早死にするぞ!」と脅されたとしても、「仕事を続けたいのはやまやまだけど、会社の規定では65歳の定年で追い出されてしまう」という人は少なくありません。再雇用制度を採用する企業は年々増えていますが、再雇用されたとしても給料はこれまでの半分から3分の1、仕事内容もこれまでの実績と経験を考えるととても受け入れられるものではない、との声も少なくありません。

 他方、企業側からみれば、「高齢により高度な仕事をする能力が低下しているのだから、勤務条件が悪くなるのは当然」という考えになるのかもしれません。

 では、定年とされている年齢を過ぎると仕事のパフォーマンスは本当に低下するのでしょうか。ホワイトカラーのほとんどの職種なら、過酷な残業や休日出勤を強いられない限り、身体能力の低下のせいで生産性が低下するとは考えにくいでしょう。

 では認知機能はどうでしょうか。高度な業務においては認知機能の低下があればパフォーマンスの低下は避けられません。企業としてはそんな高齢社員に重要なミッションをまかせるわけにはいきません。もしもあなたが2000年前後に40代だったとして、その当時、25歳先輩の、つまり定年間際の先輩たちのパフォーマンスがどの程度だったか思い出してみてください。例えば「人間的には依然魅力のある人だったけれど、定年間際には重要な任務はお願いできなかった」という記憶が蘇るかもしれません。そこから「ならば自分も65歳でそれまでと同じようなパフォーマンスは発揮できない」という発想になるかもしれません。

 しかし、その考えは捨てるべきです。IMF(International Monetary Fund=国際通貨基金)が2025年4月に発行した「THE RISE OF THE SILVER ECONOMY: GLOBAL IMPLICATIONS OF POPULATION AGING」を是非読んでみてください。第2章に、現在の高齢者は過去の高齢者とはまったく異なることが言及されています。具体的な内容を紹介しましょう。

・近年の高齢者は同年齢の以前の高齢者と比べて、身体能力も認知能力も向上している

・認知能力に注目すると「70代は新たな50代」といえる

・先進国および新興市場国41カ国を対象としたデータによると、2022年に70歳の人は、平均して2000年に53歳だった人と同等の認知能力を有していた

・過去10年間で、高齢者は認知能力の向上により、勤務を継続する可能性が20%上がり、平均週労働時間は約6時間増加し、労働所得は30%増加した

 もちろん「70代は新たな50代」がすべての人にあてはまるわけではなく個人差はあるでしょう。しかしながら、これまでの常識に縛られた考えに捉われているとチャンスを逃してしまうことになりかねません。また、「70代は新たな50代なのに、わたしの会社では高齢者をないがしろにしている」と感じている人もいるでしょう。

 そういう人は起業を考えればどうでしょう。英紙The Telegraphは最近「引退は人生で犯しうる最大の過ちだ(Retiring is the biggest mistake you can ever make)」という挑発的なタイトルで、50代以降の起業が増加している英国の実情を報告しました。

 2026年2月22日の日経新聞によると、韓国では専門知識を生かして1人で事業を起こす人が増えていて、直近の統計では100万人を超え(正確な起業数は2022年時点で100万7769社)、5年前の2.5倍に相当します。なかでも最多層は50代で35%にもなるそうです。

 この日経の記事からは男女比が分からないのですが、韓国の歴史や文化を考えると起業した人の大半が男性かもしれません。また、上述のオーストリアの研究では、女性は男性と異なり退職後の死亡率が上がらないとされています。谷口医院の患者さんを振り返っても、退職後の女性は男性に比べて元気に過ごしているような印象があります。しかし、同世代の働き続けている女性、あるいは起業している女性たちはもっと元気です。実は世界規模でみれば、すでに起業は女性の得意分野になっています。

 50代以降の女性を主な対象とした米国のデジタル雑誌「PROVOKED」に「50代以上の女性たちが静かに起業革命を牽引し成功の定義を塗り替えている(Women over 50 are leading a quiet entrepreneurial revolution and redefining what success looks like)」という記事が2026年3月に掲載されました。記事によると、50代以上の女性が世界で最も急速に成長している起業家のグループであり、最もダイナミックな分野で企業を立ち上げ、若い世代の起業家たちを凌駕する成果を上げています。実際、現在の新規起業家の約26%を50代以上の女性が占めているそうです。

 退職後に予定していることを患者さんに尋ねると、世界一周、クルーズ船、ゴルフ三昧、楽器、登山などと実にいろんな答えが返ってきます。それらを否定して「働きましょうよ」などというつもりはありませんが、当院の経験でいえば、そういった趣味や旅行などは1年から1年半で飽きてしまう人が少なくありません。ならば退職後は「1年から1年半のサバティカル休暇を取ってその後仕事を楽しむ」というアイデアはどうでしょうか。まだ50代の人は男女とも起業を考えてみればどうでしょう。

 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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