メディカルエッセイ

2016年4月22日 金曜日

第159回(2016年4月) 医師の不祥事と悲しきジャーナリズム

 最近、医師の不祥事が立て続けに報道されています。ここ2~3ヶ月で報道されたもので主なものを並べてみます。まずはわいせつ事件から。

 2016年2月10日、当時15歳の女子生徒の裸を撮影したとして、児童買春・ポルノ禁止法違反で高知県の60代男性医師が逮捕。この医師は、同じ女子生徒にわいせつ行為をおこない1月21日にも逮捕されていましたから2月は再逮捕ということになります。

 2月24日、術後で抵抗できない女性の胸などを触ったとして準強制わいせつ罪で神戸市の40代男性医師が起訴。翌日の25日、女子高生2人を買春した疑いで大分市の20代医師が逮捕。

 15歳の女子生徒に・・、術後の抵抗できない女性に・・、といったことは到底考えられないようなことですが、逮捕や起訴が実際におこなわれているのですからこれらは事実なのでしょう。次はわいせつ以外の事件をみていきます。

 2月10日、診療報酬の架空請求で3千万円をだまし取った奈良市の50代の医師が懲役3年6ヶ月の判決。同日、女性研修医のメールのIDを不正に入手し無断でアクセス、女性研修医に成り済まして男性にメールを送り、その返信に添付された男性のみだらな写真を病院内のトイレに置いたとする名誉毀損の罪などで、北海道の32歳医師が有罪判決。

 2月12日、覚醒剤取締法違反で広島県呉市の病院長50代男性が現行犯逮捕。2月17日、20代女性と女子高生の2人を連続ひき逃げし過失傷害と道交法違反で浜松市の50代医師が逮捕。2月20日、酒に酔い救急隊員を殴り公務執行妨害で大阪府枚方市の40代男性医師が逮捕。2月22日、同僚医師の金を盗み窃盗の疑いで広島市の30代男性医師が逮捕。2月26日、宮崎大学医学部の医師がインサイダー取引で懲戒処分。3月31日、中国から危険ドラッグを輸入し東京税関が東京都の60代の医師を東京地検に告発・・・。

 地方紙まで検索すればまだまだ出てくるかもしれません。こういった記事を立て続けに見ると、「医師はいったい何をやってるんだ!」と憤りを感じる人も多いでしょうし、これだけ次々に出てくるなら、報道されているのは氷山の一角じゃないのか、と感じる人もいるかもしれません。しかし、実際にはこのような医師は私の周囲にはいませんし、噂としてもこういった話はめったに聞きません。信じがたいという人もいるかもしれませんが、大半の医師は高い人格を有しています。

 一方で、医師に同情的というか、”たかだか”道交法違反やインサイダー取引で報道するのはいくら医師だからといって気の毒ではないかという意見もあります。「医師も人間だから・・・」という人もいます。たしかに、先に紹介した事例でいえば、一般の会社員であれば、報道されていないであろう、もしくは報道されたとしても実名までは出ないだろう、と思われるケースがほとんどです。ネット社会のこの時代、いったん実名がネット上に出回ればそれを消すことは容易ではありません。彼らが今後医師としてやっていくのは極めて困難です。

 当事者の医師たちはマスコミを憎悪しているかもしれません。しかし、マスコミも善悪の判断はしているはずです。一般の会社員であれば報道しないことも、公人であれば報道するのがマスコミの使命です。先に挙げた犯罪が政治家によるものであったとすれば、間違いなく報道されるはずです。医師は政治家のような純粋な「公人」とは呼べないかもしれませんが、国民から徴収される税金と保険料が収入の元になっているわけですし、ヒポクラテスの誓いなどを持ち出すまでもなく高い倫理感を持たねばならない職種ですから、マスコミが厳しく報道することに私は異論ありません。

 しかし、です。マスコミの報道が完全に「公平」かと言えば、そうではないと思います。私が感じる「過小報道」と「過大報道」について述べてみたいと思います。

 まずは「過小報道」から。あえて先には述べませんでしたが、ここ数ヶ月でマスコミが最も取り上げたのが、診療報酬詐取で3月9日に逮捕された東京都の30代女性タレント医師でしょう。すべてのマスコミが厳しく報道し、ネット上でも彼女を擁護する意見は皆無と聞きます。医師専用の掲示板でも少し話題になっていましたが、軽蔑するような意見のみです。医師の間では議論する価値すらないと思われているようです。悪質犯罪者は二度と医療現場に顔を出さないでくれ、で終わりです。同情の声は一切ありません。

 私が「過小報道」と考えているのはこの事例ではありません。同時期に京都で発生したとんでもない事件のことです。この事件は非常に悪質であり、しかも犯人が医師ですから、それなりには注目されたのですが、東京の女性医師に関連した報道ばかりが目立ち、結果として京都の医師はあまり取り上げられませんでした。この事件をここで振り返っておきます。

 2015年末、40代の京都の男性医師が速度違反で摘発されました。この医師は運転免許証を携帯しておらず身分証明として住基カードやパスポートを提示し、そこにはこの男性医師の顔写真が貼付されていました。これらの身分証明書が偽造されたものであることが後に発覚します。なんと自分が診ている患者の名前で偽造していたのです。京都府警は2016年1月13日、この男性医師を有印私文書偽造・同行使の容疑で逮捕しました。

 自分の患者の名前を使って住基カードやパスポートを偽造・・・。にわかには、というよりもどれだけ熟考しても理解できません。ある意味では、東京の女性医師の、カネとオトコに目がくらんで・・・、の方がまだ理解しやすいかもしれません。続きがまだあります。この男性医師は、偽造パスポートを用いて実際に海外に渡航したことがその後の捜査によって判明しました。偽造パスポートで海外渡航したということは、入国先で何らかの犯罪行為に手を染めるのが前提なのでしょう。

 さらに、複数の患者名義で住基カードをつくり、なんと金融機関の口座を開設、しかも見つかった通帳が70点にも上ると言いますから驚きを通り越して何と言えばいいのかわかりません。この事件はもっと大きく報道し、警察の捜査では見つからなかった被害者がいないかどうかの呼びかけをマスコミに担ってほしかった、東京の女性医師の事件よりも悪質ではないのか、というのが私の意見です。

 次は「過大報道」です。「報道の自由」がありますから、京都の医師のように私が「過小報道」ではないのか、と言ったところで説得力はありません。マスコミには何を報道するかを決める自由と権利があります。しかし、過大報道はどうでしょう。そのせいで、容疑者が不当に不利益を被ったとすればどうでしょうか。社会にはマスコミのいきすぎた報道のせいでその後の人生が大きく変わってしまった人は少なくありません。

 2016年3月30日、京都府警は、強制わいせつの容疑で70代の男性医師を逮捕しました。この医師は自身の病気で京都市内の病院に入院しており、心電図の装置を取り付けようとしていた(ナースコールで呼び出したとする報道もあります)20代の看護師に抱きつきキスをしたそうです。

 個室での強制わいせつですから、被害者からの訴えがあったのだと思われます。もちろん被害者及びその家族は大変辛い思いをしたに違いありません。ですから警察に届けるのは正当な行為ですし、被害届を受理した警察が捜査して逮捕するのは当然のことです。

 しかし、です。これをマスコミが報道するのは問題があります。最初に述べた複数のわいせつ事件とどう違うのか、と思う人もいるでしょう。しかしこの事件は事の本質がまったく異なります。報道によれば、逮捕された70代の男性は、公立の大学病院の元病院長です。学歴や経歴と犯罪には関係がありませんが、この医師が「正常な思考状態」であれば、まず間違いなくこのような犯罪はおこないません。では、なぜこのような奇行に出たのか・・・。おそらく認知症があるからです。そしてその認知症は前頭側頭型認知症(FTD)と呼ばれる理性のコントロールが効かなくなるタイプのものだと思われます。報道だけでは断定できませんが、私はその可能性が極めて強いとみています。

 もちろん認知症があれば何もかも許されるわけではありません。被害者もいるわけですから法律に基づいた処罰を受けねばなりません。しかし、報道はどうでしょうか。この事件は、「元病院長が強制わいせつ!被害者は20代の看護師!」で充分話題になり、ゴシップとしては面白いのでしょう。しかし、読者の興味を引くことだけを考えていればそれでいいのでしょうか。

 医師は一般の会社員よりも厳しく報道されるべきだとは思います。しかし、ときには加熱しすぎていないかどうか、マスコミの方々に検討いただきたいものです。

参考:メディカルエッセイ
第107回(2011年12月)「医師がストレスを減らすために(前編)」
第95回(2010年12月)「医師による犯罪をなくすために(前編)」
第38回(2006年5月)「わいせつ医師を排除せよ!①」
第39回(2006年5月)「わいせつ医師を排除せよ!②」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL