2016年2月27日 土曜日
2016年2月27日 「座りっぱなし」はやはり危険
「座りっぱなし」が糖尿病や生活習慣病のリスクになるということをこのサイトでは2013年頃から繰り返し伝えています。世界中で様々な研究がおこなわれ論文が発表され、いまや「座りっぱなし」は生活習慣病の最もホットなトピックスのひとつといってもいいと思います。
「座りっぱなし」のリスクが注目に値するのは、「運動してもリスクは軽減しない」と考えられているからです。これに反対する研究、つまり運動や歩行を適度におこなうことでリスクは軽減すると結論づけた論文(下記注参照)もありますが、最近、新たに発表された論文では、やはり運動とは関係なく「座りっぱなし」そのものがリスクとされています。
1日あたりの座りっぱなしの時間が1時間増えるごとに、2型糖尿病の発症リスクが22%、メタボリックシンドロームのリスクが39%上昇する・・・
これは医学誌『Diabetologia』2016年2月2日(オンライン版)に掲載された論文(注1)の研究結果です。
研究の対象者はオランダ在住の成人男女約2,497人(平均60歳)です。対象者に加速度計(accelerometer)を24時間、8日間装着してもらい、座って過ごした時間の長さ、立ち上がった回数などを計測し、血糖値が測定されています。
対象者の55.9%が血糖値正常で、15.5%は耐糖能異常(糖尿病予備群)を示し、残りの28.6%が2型糖尿病でした。採血データと加速度計の計測結果を分析した結果、立ち上がった回数や座っていなかった時間の長さと糖尿病との間に関連性は認められませんでしたが、座りっぱなしの時間が1時間増えるごとに、2型糖尿病、メタボリックシンドロームの発症リスクがそれぞれ22%、39%上昇していたことが判ったそうです。
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研究者は、さらなる研究が必要とコメントしていますが、やはりこの結果は注目に値します。運動してもリスクが減らない「座りっぱなし」。今後新たな知見が発表されることになるかもしれませんが、現在のところ、運動で帳消しできないほどハイリスクと認識しておくべきでしょう。
ところで、私が「座りっぱなし」と訳しているのは「sedentary」という単語です。この言葉、私は数年前まで使ったことがなく、また今も日本人からはほとんど聞いたことがないのですが、最近外国人から日常会話のなかでよく聞きます。どうやら医学的な用語ではなく一般的な単語になっているようです。
注1:この論文のタイトルは「Associations of total amount and patterns of sedentary behaviour with type 2 diabetes and the metabolic syndrome: The Maastricht Study」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://link.springer.com/article/10.1007/s00125-015-3861-8
参考:
メディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」
医療ニュース
2015年5月29日「座りっぱなしの危険性は1時間に2分の歩行で解消?」
2014年8月22日「運動で「座りっぱなし」のリスクが減少する可能性」
2014年2月28日「高齢女性の座りっぱなし、死亡リスクが上昇」
2013年4月2日「座りっぱなしの生活がガンや糖尿病のリスク」
2015年9月5日「立ちっぱなしも健康にNG?」
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|2016年2月19日 金曜日
第157回(2016年2月) 世にも奇妙な医療機関
最近、医学部教授に対する否定的な報道が増えてきているように思います。
最も目立つのが、東大医学部教授で附属病院救急部部長の矢作直樹教授でしょうか。矢作教授は著書『人は死なない』がベストセラーになり、その後「手かざし治療」や「霊感セミナー」をおこない、さらに「ヘッドギア」を販売しているとし、週刊誌から否定的な報道がおこなわれています。しかし、現在も東大大学院及び東大附属病院のウェブサイトに矢作教授の名前や写真が載っています。もしも報道が事実なのだとしたら、当然大学や大学病院から処分を受けるはずですから、報道がすべて正しいわけではなさそうです。
2014年には、岩手医大のW教授(当時)が、外国人のホステスと一緒に覚醒剤を使用していたことが『週刊文春』により報道されました。同紙の違法薬物の徹底した取材は有名で、最近では元プロ野球選手のK氏の逮捕のきっかけが同紙の報道と言われていますし、2014年に逮捕された大物デュオA氏も同紙の報道が始まりだったとされています。その『週刊文春』がスクープしたわけですからW教授も事実なのか、と思われましたが、こちらはその後の報道がありませんし、同大学のウェブサイトによれば、2015年8月に新しい教授が就任するまでは教授職にとどまっていたようですから、少なくとも大学側は週刊文春の報道を事実とはみていないということになります。
2015年12月、兵庫医大が当時医学部教授の西崎知之氏を懲戒解雇にしました。理由は、西崎氏の著書『認知症はもう怖くない』で、自身の研究を「2008年に兵庫医科大学倫理委員会の承認を得た」としていることです。実際には、大学はこの研究に何ら関与しておらず虚偽記載であることから懲戒解雇という判断が下されました。
これに対し、西崎(元)教授もウェブサイト上で反論しています。しかしその内容は「ライターが誤って書いた」とするもので説得力がありません。ライターが書いたのだとしても、自分の名前で出版する以上はきちんと校正し言葉のひとつひとつに責任を持たねばなりません。このような反論なら逆効果になるだけです。
報道というのはときに過剰になっていくものです。噂が噂を呼び大きくなっていくこともよくあります。ですから否定的な報道をされた人物に対しては、その人物の立場に立って物事を見ていく必要があります。しかし、いくらひいき目にみてもこの元教授のしていることには共感できません。効果がはっきりしないサプリメントを高額で販売する会社に与しているようであり、また件の研究に自信があるなら再度研究をやり直す、あるいは一流紙に掲載されるよう努力をする、といったことをされればいいと思うのですが、そういう記載はありません。
そして、私が最も不審に思ったのは、この元教授が関係している「世にも奇妙な医療機関」です。その医療機関の名称は「新大阪キリシタン病院大隈研究所」。ウェブサイトをみると、トップページに「兵庫医科大学西崎研究所と共に認知症の患者がより世の中で過ごしやすく、以前と変わらぬ暮らしができるように日々研究を積極的に取り組んでいます」と記載されています。つまり、認知症の治療を主目的とした、元教授が深く関わっている医療機関ということになります。
トップページの写真は明らかに医療機関の受付と待合室であり「初診」という文字も読み取れます。ページ左の目次には「看護部案内」というものもありますから、やはり医療機関なのでしょうか。(しかしこの「看護部案内」はクリックしても開きません)
所長挨拶のところには、「1902年に設立された新大阪キリシタン病院を前身とする医療施設です。理念としては、地域に愛される「良心」を基調に(中略)「良心をもって高齢者の医療を充実させ地域に愛される病院施設」を揚げ活動を行っています」と書かれています。しかし奇妙なことに、その所長の名前が記されていません。文脈からは西崎元教授が所長なのかと考えられますが、その記載はありません。また、アクセスが不明で、このサイトを隅から隅まで読んでも、この医療機関がどこにあるのかが分からず、どうやって行けばいいのかがまったく不明なのです。
さらに奇妙なのはここからです。ウェブサイトの左下に「研究員名簿」という欄があります。この「研究員」が不可解なのです。たとえば、上から三番目の「西マサミ」という名前をクリックすると「1998年1月 山口県生まれ、山口県立山梨高等学校を首席で卒業、卒業後は北九州民族大学医学部にて救命救急医として研修医生活を行う」とあります。
この時点で疑問だらけです。まず1998年生まれなら2016年現在18歳ということになります。18歳で医学部を卒業し研修医生活をおこなうことは絶対にできません。それに「北九州民族大学医学部」などというものは実在しません。まだあります。「経歴」に「2012年11月 院内ベストオブ2012を受賞」とあります。1998年生まれで2012年ということは14歳ということです。14歳で「院内ベスト」とは何を指しているのでしょう。2012年12月には、「地方雑誌「淀川サタン」に研究レポートの抜粋が転載されると予想」とあります。そのような雑誌の存在自体が疑問ですが、自身のレポートが転載されると”予想”というのはどういうことなのでしょう。また、「2013年04月 実家へ帰省」とあります。なぜ実家へ帰省することが「経歴」なのでしょう??? 分からないことだらけです。
西マサミ氏の写真も不自然です。このような疑問を感じたのは私だけではないようで、ある医師のポータルサイトに、この奇妙な医療機関についての投稿があり、そこでこの西マサミ氏の写真は「恋愛jp」というウェブサイトから転載されていることが暴かれていました。
他の「研究員」も見てみると、「安倍美織」のページには、プロフィールに「それなりの成果を上げ仲間からも認められる医師」と書かれています。それなりのってどういうことか、と言いたくなりますが、それはさておき、写真が明らかに不自然というか、ナースキャップを被った写真なのです。今どき看護師でさえナースキャップは使用しません。これが医師の写真とは到底思えません。
研究員「市川杏奈」のプロフィールには「北九州大学医学部にて精神科医の資格を習得」とありますが、そもそも北九州大学(北九州市立大学)には医学部はありません。研究員「磐田奈菜」の経歴は「私立神戸学院大学医学部に入学」とありますが、神戸学院大学にも医学部はありません。1984年生まれとされており「奈菜」という名前は女性を思わせますが、掲載されている写真は30代の女性ではなく、どうみても50代のおじさんです。
まだまだありますがこれくらいでやめておきましょう。こんなサイト、野放しにしておいていいのでしょうか。この医療機関が実際に存在しているならまともな診療をしているとは到底思えません。
あるいは、このサイトは何かの「テスト」のようなものなのでしょうか。この”医療機関”は認知症を専門にしていると書かれています。このサイトをみて、「ここで認知症を治してもらおう」と思って連絡する人は「進行した認知症」、「なんだこのサイト、うさんくさいな・・、こんなサイト相手にすべきじゃないな」と判断し、連絡をしなければ「正常」。そのような「テスト」として機能させているサイトなのでしょうか。しかし、この”医療機関”には連絡先が書いてありません・・・。
兵庫医大を懲戒免職になった西崎元教授には、自身の研究をやり直す前に、この「新大阪キリシタン病院大隈研究所」という世にも奇妙な医療機関の説明をしてもらいたいと私は思います。
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|2016年2月14日 日曜日
第150回(2016年2月) エンテロウイルスの脅威
2016年2月現在、世界で最も関心の高い感染症はジカ熱をきたすジカウイルス感染症だと思います。WHOが「緊急事態宣言」をおこない、単に発熱をきたすだけでなく、感染するとギラン・バレー症候群や小頭症をきたす可能性が指摘されているわけですから、それは当然でしょう。
では、現在日本で最も注目されている感染症は何かというと、おそらくエンテロウイルスだと思われます。昨年(2015年)の秋頃から、急性弛緩性麻痺といって突然手足が動かなくなる病気が急増し、その原因が「エンテロウイルスD68」であることが指摘されているのです。今回は、このウイルスと麻痺について述べていきたいと思います。
「エンテロウイルス」は「属」「種」といった生物の分類の知識がないと混乱しやすいので、まずは言葉の整理から始めたいと思います。
ウイルスは遺伝子をDNAで持つかRNAで持つかによって2つに分類できます。RNA型ウイルスにピコルナウイルス科と呼ばれる「科」があり、これは6つの「属」に分かれます。エンテロウイルス属、ライノウイルス属(風邪のウイルスとして有名です)、ヘパトウイルス属(A型肝炎ウイルスはここに含まれます)、カルジオウイルス属、アフトウイルス属、パレコウイルス属です。
エンテロウイルス属には、ポリオウイルス、コクサッキーウイルス、エコーウイルス、エンテロウイルス、また動物に感染するタイプのものも多数あり、多くの種類があります。生物の分類は、このように「科」「属」「種」の順番に細かくなっていきます。新聞報道などで、エンテロウイルスとライノウイルスが似たようなものとされていることがあるのは、同じ「ピコルナウイルス科に所属」するからであり、エンテロウイルスとポリオウイルスが同じ仲間と言われるのは同じ「エンテロウイルス属に所属」するからです。図示すると次のようになります。
ピコルナウイルス科 —- ライノウイルス属 —- ライノウイルスなど
ヘパトウイルス属 —- A型肝炎ウイルスなど
カルジオウイルス属
アフトウイルス属
パレコウイルス属
エンテロウイルス属 —- ポリオウイルス(Ⅰ~Ⅲ型)
—- コクサッキーウイルス(A10,16など複数種)
—- エコーウイルス(1~34まで)
—- エンテロウイルス(D68、71など複数種)
—- 動物エンテロウイルス
—- ・
—- ・
英語が得意な人は「エンテロ(entero)」と聞くと「腸」を思いだすかもしれません。それは正しく、実際エンテロウイルス属のポリオウイルスは不衛生な水や食べ物から感染します。しかし「腸」にこだわるとエンテロウイルスの理解を複雑にしてしまうことがあります。
手足口病は過去数年間に何度か流行しています。文字通り、手と足と口に水疱ができる感染症で、感冒症状が伴うのが普通です。小児の感染症として有名ですが、近年は成人が発症することも珍しくありません。成人の手足口病は子供に比べて皮膚症状が重症化することがあり、なかには爪の変形が伴う場合もあります。爪がとれてしまうこともあります。
手足口病の原因ウイルスは複数種あり、コクサッキーウイルスA10、A16 やエンテロウイルス71などが有名です。上の図でいえばエンテロウイルス属に入るウイルスです。しかし、いつも「腸」から感染して手足口病を発症するわけではありません。経口感染が多いのは事実ですが、他人の咳やくしゃみから感染する、いわゆる「飛沫感染」もあります。発熱を伴うことがありますし、そもそも手足口病は「夏風邪」の代表のひとつです。(夏だけに生じるわけではありませんが)
原因が複数種あるなかでエンテロウイルス71の手足口病が最も重症化する傾向にあります。また、このウイルスは数年前から注目されており、特に2012年4月から7月にカンボジアで生じた流行では、78人の小児が感染し、なんとそのうちの54人が死亡しています(注1)。
2013年にはシドニーでもエンテロウイルス71がアウトブレイクし100人以上の小児が入院しました。やはり死亡例を認め、1年以上が経過した時点でも重篤な後遺症に苦しめられている小児もいました。最近、このときの流行で、死亡を含む神経症状を有した患者61人を1年間にわたり調査した論文(注2)が発表されました。61人のうち4人(7%)は病院に到着した点で心肺停止状態にあり数時間以内に死亡が確認されています。生存した57人には重篤な神経症状が出現し、12ヶ月後に51人は回復しましたが、残りの6人は依然神経症状に苦しめられていたそうです。
2014年には米国ミズーリ州とイリノイ州でエンテロウイルスD68(71ではない)がアウトブレイクし全米に広がりました。エンテロウイルスD68は1962年に米国カリフォルニア州で検出されたのが世界初とされていますが、その後世界的にもほとんど流行していません。ところが、2014年の夏頃より突如としてエンテロウイルスD68による重症呼吸器疾患の報告が相次ぎ、特に喘息を有する小児の間で広がりました。神経症状が生じた例も少なくなく、特に急性弛緩性脊髄炎(AFM)や急性弛緩性麻痺(AFP)と呼ばれる重篤な神経疾患が目立ち、長期間脱力などの神経症状が残存したケースもありました(注3)。最終的には2015年1月15日までに、呼吸器疾患を発症してエンテロウイルスD68が検出された患者は49州で1,153人となり、うち14人が死亡しています。
米国CDC(疾病管理センター)は2014年12月、「新たな感染症の脅威(New Infectious Disease Threats)」というタイトルで4つの感染症を挙げ、そのうちのひとつがこのエンテロウイルスD68です(注4)。ちなみに他の3つは、エボラウイルス、MERS(中東呼吸器症候群)、薬剤耐性菌です。
そして日本です。国立感染症研究所によりますと、2005~2014年9月までに日本国内で31都府県の272人からエンテロウイルスD68が検出されていて、夏から秋にかけて感染者が増加する傾向があります。2010年と2013年には感染者数が100人を超えていました。しかし、重症化するケースはまれであり、あまり大きな問題にはなっていませんでした。
ところが、2015年8月以降、エンテロウイルスD68の報告が突然急増しだし、同時に急性弛緩性麻痺の症例の報告が相次ぎ、一部の患者からエンテロウイルスD68が検出されたのです。エンテロウイルスD68による急性弛緩性麻痺が増加していることを強く示唆しています。そのため、厚生労働省は、2015年10月21日、「急性弛緩性麻痺(AFP)を認める症例の実態把握について(協力依頼)」という事務連絡を発令し、全国の小児科医療機関に依頼をおこないました。
現時点では、急性弛緩性麻痺を発症した全例からウイルスが検出されているわけではなく、未解明の点もあるのですが、米国の状況と合わせて考えると、エンテロウイルスの今後の動向には充分な注意を払うべきでしょう。
エンテロウイルスが注目されている理由はまだあります。感染すると1型糖尿病(生活習慣が原因でない小児にも起こる糖尿病)のリスクが上昇するという研究があるのです。医学誌『Diabetologia』2014年10月17日号(オンライン版)に掲載された論文(注5)によりますと、台湾の健康保険請求データに基づいた解析から、エンテロウイルス感染歴のある小児は、感染歴のない小児に比べ1型糖尿病発症リスクが48%高くなることが判りました。
死亡例や重篤な神経の後遺症を残すことがあり、さらに1型糖尿病のリスクも挙げるエンテロウイルス。従来は、単なる夏風邪の代表の手足口病の原因であったエンテロウイルス71がカンボジアやオーストラリアで猛威を振るい、1962年に発見されて以来特に問題のなかったエンテロウイルスD68が突如としてアメリカ、そして日本で脅威となっています。
なぜ、このような事が起こるのでしょうか。鍵のひとつは遺伝子の「かたち」です。エンテロウイルスは遺伝子をRNA型の1本鎖で持っています。ウイルスの遺伝子の「かたち」には、DNA2本鎖、RNA2本鎖、DNA1本鎖、RNA1本鎖の4種があります。そして、遺伝子は時と共に変異をします。一般にRNA型の遺伝子はDNA型の遺伝子より不安定であり、RNAの変異のスピードはDNAの100万倍以上と言われています。また、遺伝子というのはらせん状の長い分子になっていますから共にらせんを形成する2本鎖の方が1本鎖よりはるかに安定しています。つまり遺伝子をRNA1本鎖でもつ生物は、動物などのDNA2本鎖の生物よりも、何百万倍、何千万倍、あるいはそれ以上のスピードで変異を起こすのです。ちなみに、新型が次々と現れるインフルエンザの遺伝子もRNA1本鎖です。
つまり、インフルエンザウイルスが突然変異を起こし、かつて人類が経験したことのないような脅威となるのと同じように、エンテロウイルスもいきなり変異を起こし、ある日突然猛威をふるう可能性があったのです。手足口病が「子供に起こる軽症の夏風邪」だったのは変異が起こる前の話というわけです。
感染症で頼りになるのはワクチンです。エンテロウイルス属の代表であるポリオウイルスはかつての日本で驚異の感染症であり、ワクチンが導入される前は大勢の子供が感染し、生涯消えることのない「麻痺」を残し、成人となった今も苦しまれています。1960年には北海道を中心に5,000名以上の患者が発生し、日本政府はソ連から1961年に生ワクチンを緊急輸入しました。これにより日本のポリオ患者は激減し、1980年を最後にその後1例も発症していません。
エンテロウイルスのワクチンは世界中で開発がすすめられていますが、まだ実用化には至っていません。医学誌『Lancet』2013年1月24日号(オンライン版)に掲載された論文(注6)によりますと、中国でエンテロウイルス71のワクチン開発が進んでおり、効果と安全性が確認されているようです。しかし、その後実用化にいたったという話は聞きません。しかもこれは、すべてのエンテロウイルスに有効なわけではなく71のみを対象としたものです。米国が脅威の感染症と認定し、現在日本で流行し重篤な神経症状をきたすと考えられているエンテロウイルスD68のワクチンは目下のところ開発の目処がたっていません。
当分の間、この脅威のウイルスの動向から目が離せません。
注1:WHOの報告は下記にあります。
http://www.who.int/csr/don/2012_07_13/en/
注2:この論文は医学誌『JAMA Neurology』2016年1月19日(オンライン版)に掲載されており、タイトルは「Clinical Characteristics and Functional Motor Outcomes of Enterovirus 71 Neurological Disease in Children」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://archneur.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=2482645
注3:この論文は医学誌『THE LANCET』2015年1月28日号(オンライン版)に掲載されており、タイトルは「A cluster of acute flaccid paralysis and cranial nerve dysfunction temporally associated with an outbreak of enterovirus D68 in children in Colorado, USA」で、下記URLで概要を読むことができます。
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2814%2962457-0/abstract
注4:CDCの報告は下記URLを参照ください。
http://www.cdc.gov/media/dpk/2014/dpk-eoy.html
注5:この論文のタイトルは「Enterovirus infection is associated with an increased risk of childhood type 1 diabetes in Taiwan: a nationwide population-based cohort study」で下記URLで全文を読むことができます。
http://www.diabetologia-journal.org/files/Lin.pdf
注6:この論文のタイトルは「Immunogenicity and safety of an enterovirus 71 vaccine in healthy Chinese children and infants: a randomised, double-blind, placebo-controlled phase 2 clinical trial」で、下記URLで概要が読めます。
http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2812%2961764-4/abstract
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|2016年2月11日 木曜日
2016年2月 外国を嫌いにならない方法~韓国人との思い出~
前々回(2015年12月)の「マンスリー・レポート」でイスラムの問題を取り上げたところ、予想以上に多くのコメントをいただきました。ほとんどは「自分もそのように感じていた」と私の考えに同意してくれるものであり、こういう問題を取り上げてよかったと安心しました。もっとも、これまでも、医学以外のことを取り上げたときの方が寄せられる感想が多く、意外なのですが・・・。
そのような経緯もあって、今回も「国際関係」についてです。国際関係と言っても何もむつかしい話をするのではなく、外国を嫌いにならずに外国人と上手につきあう方法の紹介をしたいと思います。
ネット右翼(ネトウヨ)という言葉が一般化して随分時間がたちます。ここで私は思想に立ち入るつもりはなく、彼(女)らの主張の善し悪しを検討したいとは思いません。ここでは、海外(特に近隣諸国)を敵対視している日本人が(本当にインターネットばかりしている人たちなのかどうか分かりませんが)存在している、という事実を確認しておきたいと思います。
ここからは私個人の思い出を語ってみたいと思います。
私が韓国人と初めてじっくりと話をしたのは1991年の秋、大阪の中堅商社の新入社員だった頃です。日本にやって来たのは取引先の韓国企業の女性社員。ソウルの一流大学を卒業しており、英語も日本語も堪能でまだ入社数年だというのに重要な仕事を任せられているキャリアウーマンです。新入社員の私に重要な商談などできるはずがありません。私に当てられた任務は、半日間で大阪を案内(アテンド)せよ、というものでした。
高いヒールと高級ブランドのスーツに身をまとい、オフィス街を颯爽(さっそう)と歩いているようなタイプの女性を想像していた私は随分と緊張していたのですが、現れた女性はこちらが拍子抜けするほど大人しい感じの「少女」と形容した方がいいような女性(ここからは「Kさん」とします)でした。日本語が驚くほど上手で、当時英語にまったく自信がなかった私はほっと胸を撫で下ろしました。
25年前の記憶で、Kさんをどこに案内したのかは覚えていないのですが、私は彼女の怯えたような表情、振る舞い、そして話してくれた言葉を今も鮮明に覚えています。少しはにかんだような笑顔は見せてくれるものの、まるで誰かから追われているかのようにビクビクしています。会社で少し話をし、地下鉄に乗り、ランチをする頃になり、ようやく緊張がほぐれてきました。
Kさんは、私を「安全な」男と認めてくれたのか、次第に饒舌になってきました。私は事前に上司から「韓国の若い女性が日本にひとりで出張に来るというのはめったにないこと」と聞いていましたから、Kさんはエリート中のエリートで、日本出張は”名誉”なことだと思い込んでいました。しかしKさんは、日本出張を命じられて何度も断った、と言います。日本に行け!だなんてひどい会社だ、と感じ、こんな会社でやってられない、と退職まで考えたそうです。
私は混乱しました。この話の前に、Kさんは日本文化に興味があり、大学では日本語を学び、日本語の書籍を必死で求めていたという話を聞いていたからです。当時、韓国では日本の書籍は販売禁止でした。日本文化に触れることが禁じられていたのです。もっとも、Kさんのように一部の大学では日本語を学ぶことができていたわけですから、このあたりはダブルスタンダードになっていたのでしょう。
しかし日本語堪能なKさんも、日本文化を知るための情報源は図書館に置かれている一部の書籍に限られます。テレビで日本の番組を見ることはできませんし、日本映画や日本の歌謡曲は禁止されています。もちろん1991年当時はインターネットもありません。それに日本がいかに凶悪な国かというのを子供の頃からさんざん聞かされているのです。Kさんが言うには、大阪や東京というのは、ヤクザが跋扈(ばっこ)した街で、若い女性は決してひとりで歩いてはいけない、男性から声をかけられるようなことがあれば直ちに逃げないといけない、と聞いていたというのです。たしかに、それならば、日本出張を命じる会社が理解できない、と感じる気持ちが分からなくもありません・・・。
Kさんは私と一緒に地下鉄に乗ったとき「大(だい)の大人が漫画を読んでいることに衝撃を受けた」と話しました。そして「本当に驚いた・・」と何度も繰り返していたことを覚えています。”暴力的な”日本人が漫画を読むなどということをKさんはそれまで考えたことすらなかったそうです。しかも、地下鉄の中の男性は緊張感がまるでない・・・。「韓国の男性の方がずっと男らしい・・・」、Kさんはそう話していました。
観光案内も終盤を迎えた頃、私は思いきってKさんに尋ねてみました。Kさんは日本が好きなのか、日本人をどう思っているのか、そして韓国人は全員が日本を嫌っているのか・・・。実は、私はKさんに会う前に、できればこのようなことを聞いてみたいと思っていたのです。韓国人に直接聞くのは「タブー」だとは思っていたのですが、あわゆくば聞いてみたい・・、という好奇心を抑えられなくなってきたのです。
Kさんの答えは少し複雑なものでした。日本の文化にはとても興味があり、可能なら日本の漫画も読んでみたいと話しました。日本人が怖いというイメージはなくなったと言います。しかし、日本で短期間働くことはあったとしても、日本に住み着くとか、日本で家庭を持つとかいったことは考えられない。そして何よりも、韓国で「日本が好き」などとは絶対に言えない、と小さいながらもしっかりとした口調で話してくれました・・。
7年後の1998年。韓国で日本文化が解放され、日本の映画や歌謡曲、漫画などに触れることができるようになりました。この頃私はすでにその会社を退職し、医学部の学生になっており、会社員時代の記憶は次第に薄れてきていました。しかしこのニュースを聞いたとき、Kさんのことを思い出しました。仕事は好きだけど近いうちに結婚して家庭を持ちたいと言っていたKさんはおそらくすでに子供の世話に追われる毎日を過ごしていることでしょう。忙しい家事のなか、ちょっとした休憩時間に日本の漫画を手にしているKさんの姿が私の脳裏に浮かびました。
ちょうどこの頃、医学部生の私が借りていたアパートに韓国人の男子留学生も住んでいて、ときどきコインランドリーで会いました。彼は日本語を一生懸命に話そうとするのですが、ハングル(韓国語)にない音が上手く言えません。初対面のとき、彼は私に「ミジュ、ミジュ、ナイ」と訴えてきたのですが、それが「水が出ない」ということが分かるまでに随分と時間がかかりました。ハングルには「ズ」という音がなく、よほど訓練しないと「ジュ」となってしまうことをその後知りました。
日韓共同開催ワールドカップの2002年、大阪ミナミのオープンカフェで知人と話しているとき、ふたりの好青年が「相席してもいいか」ときれいない英語で話しかけてきました。「もちろん」と答えた我々は彼らとしばらくサッカーの話で盛り上がりました。彼らは韓国の大学生で、休暇を利用して日本に観光に来ているとのことでした。二人とも英語が(私とは比較にならないくらい)流暢で、話題も豊富。韓国経済の未来について熱く語っていたのが印象に残っています。
さて、このような私の経験があれば、韓国という国そのものはさておき、韓国人、少なくとも日本文化に関心があり来日している韓国人に対する否定的な感情は沸いてこないのではないでしょうか。もちろん、どこの国にもおかしな人はいますし、個人の相性もあります。このコラムでは追って「外国を嫌いにならない方法」を述べていくつもりですが、今回は「私の知り合った韓国人」について思い出を語ってみました。次回は中国人の話をしたいと思います。
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|2016年2月8日 月曜日
2016年2月8日 ジカウイルスでギラン・バレー症候群
2015年12月25日の「医療ニュース」で、ブラジルでジカ熱がアウトブレイクしていること、ジカウイルスに妊娠中の女性が感染すると、生まれてくる赤ちゃんが「小頭症」といって成長障害や知的障害を伴う状態になる可能性があることをお伝えしました。
今回はその続編です。2016年2月1日、WHO(世界保健機関)は、ジカウイルス感染症に対し、いわゆる「緊急事態宣言」を発表しました。日本政府も、この発表を受けてなのか、2月5日、ジカ熱を感染症法の「4類感染症」に指定することを決めました。医師がジカウイルスに感染している患者を診察すれば、保健所に届け出ることが義務付けられます。
ジカ熱自体は、発症してもたいした症状がでずに、日頃健康な人であれば何もしなくても自然に治ることがほとんどです。問題はジカウイルスに感染したときに生じるかもしれない「小頭症」、そして現在もうひとつ指摘されているのが「ギラン・バレー症候群」です。
ギランバレー症候群は、「はやりの病気第73回(2009年9月)」で紹介しましたから、ここでは詳しく取り上げませんが、女優の大原麗子さんが長年患っていた全身の神経が障害される死亡することもある疾患です。
現時点では、小頭症もギランバレー症候群も100%ジカウイルスが原因と断定されたわけではありません。しかし、その可能性は極めて強く、リオデジャネイロ五輪観戦を楽しみにしている人は注意が必要です。
ワクチンも予防薬も治療薬もありません。蚊対策(注1)が唯一の対策です。
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ジカ熱及びジカウイルス感染症については、毎日新聞ウェブサイト版「医療プレミア」の私が書いているコラムでも取り上げます。2月10日11日に公開予定です。
注1:下記を参照ください。
トップページ→旅行医学・英文診断書など→〇海外で感染しやすい感染症について
→3) その他蚊対策など
参考:
医療ニュース2015年12月25日「ブラジルで小頭症をきたすジカ熱がアウトブレイク」
はやりの病気第73回(2009年9月)「ギラン・バレー症候群」
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|2016年2月5日 金曜日
2016年2月5日 受動喫煙も不妊や早期閉経の原因
自らの喫煙が不妊や早期閉経の原因になることは以前から指摘されていましたが、他人のタバコ、いわゆる「受動喫煙」がこれらのリスクになるのかどうかの大規模研究は(私の知る限り)ありませんでした。しかし、ついに疫学的な研究が発表されました。
・タバコを吸わない女性に比べると、現在の喫煙者または元喫煙者は不妊のリスクが14%上昇し、早期閉経のリスクは26%も上がる。
・タバコを吸わない女性のうち受動喫煙がある人(同居人が喫煙者など)は、不妊のリスク、早期閉経のリスクが共に18%上昇する。
これらは医学誌『Tobacco Control』2015年12月14日(オンライン版)に掲載された論文(注1)で紹介されています。
この研究の対象は50~79歳の閉経後の女性93,676人。1993年から1998年にWHI(the Women’s Health Initiative Observational Study)という研究に参加したアメリカ人女性です。
早期閉経はリスクのパーセント表示だけでなく、期間でも示されています。喫煙経験者は、喫煙も受動喫煙もない人に比べると、閉経が22ヶ月早くなり、受動喫煙があった人はない人にくらべて13ヶ月閉経が早かったそうです。
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この研究は「後ろ向き研究」と呼ばれるもので、すでに閉経した人から聞き取り調査をしたものです。研究の信憑性がより高いのは、まだ閉経が来ていない人を対象とし、喫煙者、受動喫煙者、非喫煙で受動喫煙もない者の3つのグループにわけて追跡する調査で、これを「前向き研究」と呼びます。
ただし、そんなに厳密な研究をしなくても、この研究が示していることは明らかです。喫煙する人はタバコの影響をよく考えるべきでしょう。
注:この論文のタイトルは「Associations between lifetime tobacco exposure with infertility and age at natural menopause: the Women’s Health Initiative Observational Study」で、下記URLで概要を読むことができます。
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