2013年6月17日 月曜日

第116回(2013年4月) 便秘を治す(前編) 

 便秘には多くの人が悩まされています。しかしながら、これだけありふれた疾患ながら「便秘のみ」で受診する「初診の」患者さんはそれほど多くありません。

 例えば、腹痛で受診し、問診から便秘があることが判り、便秘を治すことによって腹痛が改善した、というケースはよくありますし、全身倦怠感や身体のむくみで受診し、やはり問診から便秘もあることが判った、というケースにも遭遇します。こういう場合は全身に様々な症状をきたす疾患が隠れていることがあり、「便秘」が診断の大切な手がかりになることがあります。

「便秘のみ」を訴える人のなかには、よく聞くと「大腸ガンが心配で・・・」が本当の受診理由であることがあります。これはまったく正しい考え方で、目安として40歳を超えてから便秘に悩みだした、という人は医療機関を受診すべきです。こういう人の多くは、雑誌やテレビ、インターネットなどで、「大腸ガンの症状は便秘・・・」というものを目にして受診することが多いと言えます。(ただし、「便秘があって大腸ガンが心配・・・」と言って受診する人で、大腸ガンが実際に見つかることはごくわずかです)

 純粋に「便秘」だけを目的に受診する人はそう多くはありません。これは、おそらく「便秘ごときで医療機関を受診すべきでない」と考えている人が多いからでしょう。

 医療機関を受診しなくても、市販の便秘薬で対処できるのであれば問題ないでしょう。しかし、その市販薬の使用量が次第に増えてきているとすれば問題ですし、市販の薬で改善しないのであれば医療機関を受診すべきです。たかが便秘・・・、という見方もあるかもしれませんが、便秘は勉強や仕事の効率を落とし、場合によっては生活の質(QOL)を大きく損ねることになります。

 というわけで、今回は、便秘に対して医療機関ではどのように対処しているかについて述べていきます。

 医療機関では、まずその便秘が「純粋な便秘」なのか「何かの病気が原因で起こっている便秘」なのかについて鑑別することから始めます。「何かの病気が・・・」というのは、先に例にあげた大腸ガンや甲状腺機能低下症が代表ですが、糖尿病で起こることもあれば一部の膠原病(強皮症など)でも起こりえますし、高齢者であればパーキンソン病ということもあります。下痢と便秘を繰り返しているなら「過敏性腸症候群(IBS)」という疾患の可能性もあり、これは非常に多い疾患です。また、薬剤が原因ということもあり、この場合は市販の風邪薬でも起こりえますので、注意深い問診がまずは必要となります。

 この時点で大腸ガンを疑えば、大腸ファイバー(肛門からカメラを入れる検査)を勧めることになります。先にレントゲンを撮ることもありますが、私の場合、大腸ガンの可能性が高いと考えれば、レントゲンを省略して大腸ファイバーを勧めています。(谷口医院では実施できませんので近くの医療機関を紹介しています)

 甲状腺機能低下症や膠原病、糖尿病を疑えば血液検査をおこないます。特に甲状腺機能低下症の場合は、血液検査をしない限りは診断がつきませんので、可能性があると考えれば早い段階で採血を勧めることが多いと言えます。

 当たり前の話ですが、「何かの病気が原因で起こっている便秘」の場合は、その病気の治療をすすめていくことになります。

 便秘の頻度でいえば「何かの病気が原因の便秘」よりも「純粋な便秘」の方が圧倒的に多いと言えます。便秘の患者さんが100人いるとすると「何かの病気が原因の便秘」の患者さんは1人いるかどうか、という程度で、ほとんどの人は「純粋な便秘」です。(ただし、先に述べた過敏性腸症候群(IBS)は頻度の高い疾患です。これについてはいずれ改めて詳しく紹介したいと思います)

 冒頭で私は、「便秘」のみを訴えて受診する患者さんは多くない、と述べました。しかし、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)で便秘の治療を受けている人は大勢います。これはなぜかというと、最初に受診したときは便秘とは関係のないことで受診し、そのうちいろんな健康上の悩みを話されるようになり、そのうちのひとつが便秘、というケースが多いというわけです。

 ここからは「純粋な便秘」の治療法について話をすすめていきます。

 まずすべきことは、それはどのようなタイプの便秘かということです。教科書的にはいろんな分類法があるのですが、私が重視しているのは、まず「腹痛があるかないか」です。腹痛がある場合、市販のものも含めて腸管を刺激するタイプの薬は使うべきでありません。なぜなら腹痛があるということは、腸管の一部が動いているけれどもその先に通過障害があり、そのために痛みが生じている可能性が強く、そのような状態に腸管を刺激する薬を使えば腹痛はさらに増悪することになるからです。

 この場合、まず試みるのは便をやわらかくする薬です。酸化マグネシウムが最もよく使われます。副作用がほとんどなく(注1)、値段が安いのが特徴です。後発品を使えば1錠(330mg)あたり5.6円で3割負担では2円未満となります。酸化マグネシウムの1日あたりの投与量は最高で6錠(2グラム)。1日あたり10円(3割負担)という安さです。

 酸化マグネシウム以外で便を柔らかくする薬というのは、あまり有名でないものが多かったのですが、2012年11月にまったく新しい便秘薬が発売されました。

 この新薬の名前はアミティーザ(一般名はルビプロストン)といい、小腸からの水分分泌を促すことにより、酸化マグネシウムとはまったく異なる作用機序で便を柔らかくします。このアミティーザという薬、便秘薬としては実に32年ぶりの登場です。ちなみに32年前に発売された便秘薬はラキソベロン(一般名はピコスルファートナトリウム水和物)です。(ラキソベロンは腸管を刺激するタイプの便秘薬として次回紹介します)

 アミティーザが発売されて数ヶ月が経過しますが(2013年4月現在)、谷口医院では本格的には処方しておらず、一部の患者さんに説明をして同意を得た場合にのみにしています。というのは、まだ、発売後の全国規模での評価が充分におこなわれているとはいえず、どの程度有効なのかが未知だからです(注2)。

 それからもうひとつ、谷口医院で本格的に処方をおこなっていない理由があります。それはコストです。アミティーザは1錠あたり156.6円(3割負担で47円)もします。1日2回が基本なので1日あたり3割負担で94円もすることになります。これが2週間になると1,316円。これまで散々苦労してきた便秘が2週間のみの処方で治る可能性は高くなく数ヶ月は続けることになるでしょう。とすると、3ヶ月(12週)で7,900円もすることになります。これに処方代や診察代も加わりますから実際には10,000円を超えることになります。
 なかには、それくらいコストがかかっても長年の便秘が解消されるなら飲んでみたい、という人もいるかもしれません。しかし現時点では有効性についてのデータが乏しいこともあって、谷口医院では本格的な処方に踏み切っていないというわけです。

 次回は、腸管を刺激するタイプの便秘薬や漢方薬の紹介とその危険性、レントゲン検査について、その他の便秘対策などについて紹介していきたいと思います。

注1:高齢者の場合は稀に高マグネシウム血症になることがあり注意が必要です。また腎臓の機能が低下している場合は使えないこともあります。それ以外にも副作用がないわけではありません。また、下記医療ニュースも参照ください。

注2(2017年10月付記):大規模な集計結果は見たことがありませんが、谷口医院の患者さんで言えば、アミティーザを使っていたけれども現在は他の便秘薬にしているという人が大半であり、また新たな処方はそれほど多くありません。

参考:医療ニュース2008年12月1日「便秘薬長期使用で2人が死亡」

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2013年6月17日 月曜日

第115回 慢性胃炎の治療とピロリ菌の除菌 2013/03/20

すでにマスコミでも報じられていますが、2013年2月21日、胃粘膜に寄生し、胃がんなどの原因となっているヘリコバクター・ピロリ菌の検査と治療の保険適用が大幅に拡大されました。今回は、今後胃炎の治療がどのように変化するか、ということとピロリ菌除菌の問題点についてお話したいと思います。まずは、ピロリ菌と胃がんの関係についておさらいしておきます。

 胃に細菌が棲息しており、それが胃炎や胃がんの原因ではないかという指摘は随分前から(19世紀後半から)ありました。実際に顕微鏡でそれらしき細菌を見つけた、という報告もあったのですが、一方では強酸の胃粘膜に細菌が棲息できるはずがない、という説も根強く、長い間論争になっていました。

 この論争に決着をつけたのは、オーストラリアのロビン・ウォレンとバリー・マーシャルで、1983年、ヒトの胃から、らせん状の細菌を培養することに成功し、この細菌が後にヘリコバクター・ピロリ菌と命名されました。この発見は歴史に残るものであり、2005年には、二人の学者に対しノーベル生理学・医学賞が授与されています。

 その後の研究で、ピロリ菌は胃炎を起こすだけでなく、胃がんの原因になっていることも証明されました。それまで胃炎はストレスによるもの、胃がんは塩辛いものの食べ過ぎ、と言われていたわけですから、これらがピロリ菌という細菌による感染症であった、ということはコペルニクス的転回と言っても過言ではないでしょう。ストレスや食生活は容易に改善させることはできませんが、感染症ならその病原体をやっつけてしまえば解決する話だからです。

 ピロリ菌の発見はオーストラリアの学者の功績ですが、その功績による恩恵を最も受けている国のひとつが日本です。なぜなら日本は、海外諸国、特に欧米諸国と比べると胃がんの罹患率が極めて高いからです。ちなみに、日本以外で胃がんの多い国としては韓国が有名です。ということは、胃がんの原因の大半がピロリ菌であるのは間違いありませんが、塩分摂取の多い地域で胃がんが多いというのもまた事実です。

 日本人ほど塩分を摂る民族はいないと言われることがありますが、実は韓国はその上をいきます。韓国料理は唐辛子が多く使われていますし、サムゲタン(鶏肉に高麗人参やもち米などを入れて煮込んだスープ)は日本人の感覚としては塩分が少なすぎると感じられるために、韓国料理は塩分控えめの健康食のように思われることがありますが、実際はその逆です。この最大の原因はおそらくキムチでしょう。キムチは日本の漬物と同じくらいに塩分が含まれています。

 話を戻しましょう。胃炎程度であればともかく、胃がんの原因がピロリ菌であるならば、ピロリ菌保有者にかたっぱしから抗生剤を使って除菌してしまえば、日本人のがんを大きく減らせる、と考えることができます。日本人の男性は1990年代前半までがんによる死亡では胃がんが1位で、女性についていえば2000年でもまだ1位でした。現在でも胃がんは男性のがんの死亡者数の2位、女性の3位を占めています。

 もしもピロリ菌の除菌療法が確立した1990年半ばに、国民全員にピロリ菌の検査をおこない、陽性者全員に除菌療法を実施していれば、その後の胃がん罹患者は大きく減少していたかもしれません。(もっとも、胃がんについては内視鏡検査(胃カメラ)が普及し、早期発見ができれば9割以上の確率で治癒します。ですから、胃がんを減らしたければ国民全員に内視鏡検査を実施すべきかもしれません。コストのことを無視すれば、ですが) 

 しかし、行政はこのような対策はとりませんでした。この最大の理由はコストの問題であろうと予想されます。そもそもピロリ菌は不衛生な環境で感染するものであり、1950~60年頃までに生まれた人では半数以上は陽性であろうと言われています。若年者では陽性率が減少しますが、それでも1~2割くらいは陽性であると考えられています。ということは少なく見積もっても、全国民の4人に1人程度に強力な抗生剤を飲んでもらうことになり、その費用はどうやって捻出するのだ、という問題がでてきます。それに、ピロリ菌を保有している人が全員胃がんを発症するわけでもありませんから、このような治療は「無駄な治療」となる可能性もあり、その無駄な治療で薬による副作用がでたときに誰がどのように責任をとるんだ、という問題もあります。

 ですが、胃がんの可能性を大きく減らせるなら、自費でもいいから検査を受けたい(実際、人間ドックでは実施されていました)、そして陽性なら薬も飲みたい、という人は少なくありませんでした。

 では、これまで保険診療でピロリ菌の検査・治療ができたのはどのような場合かというと、内視鏡検査で胃もしくは十二指腸に「潰瘍」があることが確認できた場合です。つまり、単に「胃炎」があるだけでは保険診療でピロリ菌の有無を調べることはできなかったわけです。「潰瘍」というのはわかりやすく言えば、胃炎が悪化して、胃粘膜がただれたような状態のことです。内視鏡をする医師からみれば、胃の粘膜に炎症は確実にあるが「潰瘍」があるとまでは言えない、ピロリ菌は陽性かもしれないが潰瘍がないから保険では検査ができない、となるわけです。

 2013年2月21日以降は、内視鏡検査で潰瘍がみつからなくても単に胃炎があるだけでピロリ菌の検査が保険でおこなえて、さらに陽性であれば治療(除菌)もおこなうことができるようになりました。すると、診察代、内視鏡代、薬代をすべて含めても3割負担で自己負担は1万円を超えないくらいです。これは画期的なことであり、これから日本の胃がん罹患者が大幅に減少することが期待でき、2013年を「胃がん撲滅元年」と命名しようという声もあるほどです。

 さて、どのような人が内視鏡検査を受けるべきか、ですが、市販の胃薬で胃痛やむかつきがとれない人や、薬は効くけれども常に手放せない、という人は主治医か、もしくは内視鏡を実施しているクリニックを受診するのがいいでしょう。すでにかかりつけ医から胃薬を処方してもらっているという人は主治医に相談すればいいと思います(注1)。

 胃炎症状があり、内視鏡をおこないピロリ菌がみつかった場合、がんのリスクを減らせることができるのですから、多くの場合除菌はした方がいいでしょう。しかし、注意点はあらかじめ覚えておくべきです。

 ひとつめに、一度の除菌ですべての人からピロリ菌が消えるわけではありません。強い抗生剤を組み合わせて内服しても、残念ながらピロリ菌が死滅しないこともあります。その場合、別の抗生物質を用いて治療をやり直すことになりますが、やはり全例成功するわけではありません。さらに、いったん除菌に成功したとしても新たに再感染することもあります。医学誌『JAMA』2013年2月13日号(オンライン版)に掲載された論文(注2)によりますと、ピロリ菌の除菌治療後に陰性が確認できた人の11.5%が1年後に再感染していたことが判ったそうです。

 ふたつめに、除菌後に逆流性食道炎(GERD、もしくは胃食道逆流症ともいいます)を発症する人が多いということが挙げられます。逆流性食道炎というのは、胃酸過多の状態となり、その胃酸が食道に上ってきて食堂粘膜に炎症を起こすことにより胸焼けや吐き気が起こります。ピロリ菌除菌と逆流性食道炎には何ら関係がないとする報告もあるのですが、関連性を指摘する報告もいくつかあり、また私の実感としてもピロリ菌除菌後に逆流性食道炎を起こしている患者さんは少なくないという印象があります。

 逆流性食道炎をおこすと、食後、吐き気に悩まされ実際に毎食後嘔吐するような人もいますし、胸焼けや背部痛に苦しむこともあります。強い胃酸抑制剤が手放せなくなることもあります。ピロリ菌を除菌して胃痛から解放されたものの、今度は逆流性食道炎に悩まされる、がんのリスクは下がったそうだけど、そもそもピロリ菌保有者でがんを発症するのはごくわずかであることを考えると、本当に除菌をしてよかったのか、という疑問が出てくることがあるかもしれません。

 ただし、逆流性食道炎は治るまでに時間がかかることもありますし、いったん治っても再発することもありますが、それでもきちんと治療をおこなえば多くのケースでよくなりますし、無症状のまま進行し気づいたときには手遅れとなる可能性のあるがんのリスクが減らせるのであれば、ピロリ菌除菌には意味があるわけです。

 このあたりのことを主治医としっかりと相談して、内視鏡検査や除菌療法をおこなうかどうかを検討すべきというわけです。

注1:太融寺町谷口医院にも胃炎で通院されている人は大勢おられます。すでに一部の患者さんには説明していますが、薬を手放せない人は内視鏡検査を受けておいた方がいいでしょう。太融寺町谷口医院では、現在内視鏡検査ができませんから、希望があれば内視鏡に対応できる医療機関を紹介しています。

注2:この論文のタイトルは、「Risk of Recurrent Helicobacter pylori Infection 1 Year After Initial Eradication Therapy in 7 Latin American Communities」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1570281

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2013年6月17日 月曜日

第114回(2013年2月) 花粉と黄砂とPM2.5

  今年(2013年春)の花粉の飛散量は去年より多いと言われており、実際昨年に比べると花粉症の患者さんの受診が早くなっているようです。ただし、マスコミでは花粉の量が2倍とか5倍とか言われていますが、患者数やひとりの患者さんの重症度が倍以上になっているわけではありません。その逆に、昨年(2012年)は花粉量が例年より少ないと言われていましたが、患者さんの人数が少なかったわけではありません。私の実感としては、花粉飛散量の予測と関係なく、毎年一定の患者さんが受診されます。

 一方、1月中旬からやや目立っているのは咳を訴える患者さんです。「長引く咳」というのは太融寺町谷口医院では、以前から最も多い訴えのひとつなのですが、今年の特徴として「やっぱりPM2.5のせいですかね~」と、患者さんが言われることが目立ちます。

 PM2.5、年明けに突如としてマスコミに登場し、その後連日のように報道されるこの言葉はすでに2013年の流行語とも呼べるでしょう。週刊誌やワイドショーでは特集が組まれ、巷では、「PM2.5対応のマスク」が品切れを起こしているとか・・・。

 PM2.5とは何か、をまず確認しておきましょう。PMは、particulate matter、つまり「粒子状物質」の略で、要するに「大気中に浮遊する微粒子」のことです。(私はparticulate materialと思っていましたが、materialではなくmatterが正しいようです) PM2.5とは、その微粒子のなかでも直径が2.5マイクロメートル以下の、より小さいもののことです。

 PM2.5がなぜ問題か、というと、粒子自体がそれだけ小さいために、呼吸をすると肺の奥にまで到達しやすくなるからです。粒子が口や鼻から喉(のど)に入ってくると、まず喉に違和感が生じます。激しい痛みまで起こすことはあまりありませんが、「イガイガする」「イガラっぽい」などと表現される不快な感覚になります。粒子がさらに奥に入ると、今度は気管(や気管支)の粘膜に刺激を与えます。そしてこの刺激によって、咳が誘発されます。

 黄砂(こうさ)というものがここ数年注目を集めています。中国内陸部の砂漠や乾燥地域の砂塵が上空に巻き上げられ地上に降り注がれる気象現象のことで、春に日本にやってきます。もう少し正確に言えば、3月頃から増加しだし、ちょうどゴールデンウィークくらいから5月中旬くらいまでがピークとなります。

 黄砂による症状は花粉症のものと似ています。つまり、顔面(特に目のまわり)が痒くなり、目が痛痒くなり、鼻水がでます。喉がイガイガし、咳もでます。黄砂と花粉症の関係は解明されていない点も多いのですが、花粉症がある人が黄砂の被害も受けやすい、というのは間違いありません。

 黄砂によって生じる皮膚の痒みや咳が、刺激によるものか、アレルギーによるものか、ということはまだしっかりと検討されていないと思いますが、私自身は両方の可能性があると考えています。つまり、黄砂の微粒子が皮膚や粘膜を刺激することによって症状が誘発されるのと同時に、黄砂の一部を構成する金属、つまり大陸の砂漠の砂のなかに混じっている金属がアレルギーを引き起こしているのではないかという仮説です。実際、黄砂にはアレルギーを引き起こしやすい金属の代表であるコバルトが含まれているという報告もあります。
 
  黄砂が刺激とアレルギーの両方の機序でおこっているというこの仮説を示唆する理由があります。まず黄砂による症状は花粉症などアレルギーを有している人に圧倒的に出やすいということからアレルギーのメカニズムが働いていることが考えられます。しかし、花粉症に対して有効な抗ヒスタミン薬やステロイド点鼻薬・吸入薬が黄砂に対しては効果が弱いのです。つまり花粉症と同じ治療をすることによって、黄砂のアレルギーによる症状は抑えることができても、刺激による症状にはさほど効果がない、というわけです。

 黄砂が飛んだ日は喘息で入院する症例(特に小児)が増えるという報告があり、これは理解しやすいことですが、興味深いのは、黄砂により脳梗塞のリスクが上昇するという研究があることです。(詳しくは下記医療ニュースを参照ください)

 黄砂には様々な微粒子が含まれますが、直径4マイクロメートルほどの微粒子が多いと言われており、このサイズであれば肺の奥の方にまで入り込みます。そしてここまでくれば毛細血管にも悪影響を与えるということです。

 話は再びPM2.5に戻ります。PM2.5は黄砂よりも直径が小さいわけで、これはすなわち肺のより奥に、つまり身体のより深部に到達しやすいことを意味します。つまり、皮膚の痒み、鼻炎、結膜炎、咽頭痛、喘息といった症状のみならず、アスベストなどのじん肺と同じような機序で肺癌を含む肺障害を起こす可能性、さらに血管に入り込み心筋梗塞や脳卒中などの血管障害を黄砂以上に起こしやすい可能性もでてきます。また、微粒子の毒性により、例えば頭痛や倦怠感といった様々な症状が出現する可能性もあります。

 ちょうど昭和30~40年代におこった四日市喘息を彷彿させます。多数の死者を出すこととなった四日市喘息は高度経済成長の負の側面であるわけですが、現在の中国の急激な経済発展を考えれば、ある意味ではPM2.5の大量飛散は必然と言えるのかもしれません。

 対策としては、中国政府にリーダーシップをとってもらうのがいいわけですが、それほど事は簡単に運ばないでしょう。さしあたりマスクで予防、となるわけですが、よくマスコミで指摘されるように通常のマスクでは粒子が貫通してしまいます。そこで、特別なマスク、とりわけ「N95」と呼ばれるマスクが注目を集めていますが、それほど単純な話ではありません。

 まずN95というのは、「0.3マイクロメートル以上の塩化ナトリウム結晶の捕集効率が95%以上」という規格で製造されたマスクのことですが、簡単に言えば、普通のマスクでは貫通してしまうような小さな結晶もブロックできますよ、というものです。最近では、新型インフルエンザが流行した2009年に世間の注目を集めました。医療現場では結核の患者さんに接するときに用いられています。

 たしかにN95を用いればPM2.5の予防対策として有効でしょう。ただしそれは”適切に”使用できれば、の話です。N95を適切に使用するのは案外むつかしいのです。つまり、きちんとフィットしておらずに隙間から粉塵や微粒子が入り込んでしまっていることが多いというわけです。これを確認するのにフィットテストという方法があるのですが、テストをしてみると、医療従事者でさえうまくフィットしていないことが多いのです(注1)。N95を装着した2~3割の者しか適切に予防できていなかった、という報告もあるほどです。

 また、しっかりと隙間をつくらないようにフィットさせようとしても、顔面の解剖学的な形状とマスクが合わない、ということもあります。N95というのは、米国労働安全衛生局(OSHA;Occupational Safety and Health Administration)が認定しているのですが実は何百種類もあります。様々なメーカーが製造しており、サイズや形状がそれぞれ異なるわけですが、特に顔面の小さな女性などでは、何種類を試しても合うものがなかった、という場合もあります。

 自分の顔に合うN95が見つかったとして、適切にフィットさせたとしても、その状態で過ごすのはかなり苦しいことを覚悟しなければなりません。N95を装着した状態で、信号が黄色に変わりそうだから小走りで横断歩道を渡ろう、などということは到底できません。それくらい苦しいマスクを連日装着するというのは現実的でない、と私は考えています。

 ではどうすればいいか、ということですが、効果が不十分であったとしても通常のサージカルマスクの2枚重ねくらいで対処するのが現実的かと思います。そして、可能な限りPM2.5飛散量が多い日(注2)には外出を控える、それでも生活に支障が出るなら、思い切ってPM2.5が飛んでこないどこか遠くに引っ越す、というのもひとつの選択肢かもしれません。これを「転地療法」と呼びますが、実際、四日市喘息のときには、きれいな空気を求めて引越しした人も大勢いたそうです。

 ではまとめておきましょう。

    ●2013年春の花粉飛散量は例年より多くなることが予測されている。

    ●例年春には花粉以外に黄砂が飛散し、花粉症がある人には黄砂による症状もでやすい。

    ●黄砂による症状は、鼻水・鼻づまりや目の痒みだけでなく、咽頭痛や咳、喘息症状がでることも多い。

    ●花粉症は治療でコントロールできるが、黄砂は治療をしても効果不十分なことが多く、黄砂に触れない対策が重要となる。

    ●中国大陸から飛んでくるPM2.5による症状は、投薬で充分な対処ができるわけではなく、可能な限り予防することが大切。

    ●注目されているN95マスクは、きちんと装着できていないことが多い。適切にフィットさせれば予防効果は期待できるかもしれないが、息苦しくなるため長時間の装着は現実的でない。

    究極の治療として「転地療法」を選択せざるを得ない人も今後出てくるかもしれない。

注1:youtubeでN95のフィットテストを見ることができます。興味のある方は下記を参照ください。

http://www.youtube.com/watch?v=kKHnI1piKC8&noredirect=1

注2:PM2.5を含めて大気汚染物質の飛散状況は環境省のウェブサイトで知ることができます。下記を参照ください。

http://soramame.taiki.go.jp/

黄砂については気象庁の下記サイトが参考になります。

http://www.jma.go.jp/jp/kosafcst/

また、花粉については環境省の下記サイトがよくまとまっています。

http://www.env.go.jp/chemi/anzen/kafun/

参考:
医療ニュース2011年8月5日 「黄砂で脳梗塞のリスクが上昇」

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2013年6月17日 月曜日

第113回 アナフィラキシーショック 2013/01/21

 アレルギーには軽症から重症のものまでいろんなタイプがあり、症状も、目の痒み、皮膚の痒み、口の中の違和感、鼻水・鼻づまり、咳、胃腸症状、などと様々です。原因物質(アレルゲン)を摂取してすぐに症状がでるものもあれば、2~3日してようやく出現するものもあります。

 そんなアレルギー疾患のなかで最重症のもののひとつが「アナフィラキシーショック」であり、治療が遅れれば「死に至る病」となります。

 2012年12月20日、東京都調布市の市立小学校で小学5年生の女子生徒(11歳)が給食を食べた直後に体調不良を訴え、その後救急搬送されたものの、アナフィラキシーショックが原因で死亡したことが警視庁調布署の調べなどでわかりました。

 女子児童はチーズや卵にアレルギーがあり、給食では、こうした材料を除いた特別食が提供されていたそうです。報道によりますと、この日の給食はチーズ入りのチジミで、この女子生徒のものにはチーズが除去されていたそうですが、「おかわり」の際に一般児童用のチーズ入りチジミを食べてしまったそうです。

 アナフィラキシーの正確な知識を身につけて実践する、というのは小学5年生ではむつかしいかもしれません。しかし、学校の教師であれば知っておかなければなりません。チーズ入りの一般生徒用のチヂミを食べさせたことは問題(安全注意義務違反)ですが、もっと問題なのは次のステップです。報道によりますと、この女子生徒は「エピペン」を持っていたそうです。

 エピペンというのは商品名でアドレナリンの注射のことです(注1)。アナフィラキシーが生じたときに、自身、もしくは両親や教師が迅速に注射すれば、重症化を回避することができます。

 報道では、女子生徒が給食を食べ終わってからこの小学校の「校長」が「40分後」にエピペンを注射した、とされています。「40分後」というのが、どの時点からみて40分後なのか分かりませんが、アナフィラキシーというのは通常、原因物質を食べてから5~10分程度で出現することが多いですから「40分後」というのは遅すぎる印象を受けます。そして、それ以上に気になるのが、なぜ「校長」なのか、ということです。担任が自分の判断で注射をうつことができず苦肉の策として校長を呼びにいったのではないでしょうか。

 つまり、学校の対応に問題がなかったのか、直ちに担任がエピペンを注射していれば今頃は・・・、という印象を拭えないのです。ただし、私は担任の先生にすべての責任をおしつけたいわけではありません。医学教育を受けていない普通の小学校の先生であれば、注射を女子生徒の太ももに躊躇なくうつのには抵抗があるに違いありません。このニュースを見聞きして、自分なら適切に対処できただろうか・・・、と自問した学校の先生も多いのではないでしょうか。しかし、直ちに注射しなければ生徒が命にかかわる状態になるのは事実です。

 ここでもうひとつ事例を紹介しておきたいと思います。

 2010年1月、兵庫県姫路市の市立小学校で、食物アレルギーを有する男子生徒が給食を食べた後、アナフィラキシーショックを起こしました。生徒はエピペンを持っていましたが、教師らは使わずに、結局駆けつけた母親が注射をして男子生徒は回復しました。教師らは救急車を要請していましたが、救急搬送される前に母親が間に合ったそうです。この事例が大変幸運なのは、母親とすぐに連絡がついて駆けつけられる距離にいたことです。救急車は通常数分で到着しますから、かなり近くにいたことが予想されます。学校の先生たちは命拾いしたという気持ちだったでしょう。

 食物アレルギーは増加の一途にありますから、今後このような事故が増えるのは間違いありません。ではどうすればいいのか。学校の先生にとって重荷になることは承知していますが、教職課程でアナフィラキシーについて学んでもらい、いざというときに直ちに注射ができるように実習を受けてもらうしかありません。すでに教職についている先生たちには今から研修を受けてもらわなければなりません。

 学校の先生にはもうひとつお願いしたいことがあります。アナフィラキシーを有する生徒がいじめの対象にならないような対策を講じてもらいたいのです。

 医学誌『Pediatrics』2012年12月24日(オンライン版)に興味深い論文が掲載されました(注2)。ニューヨーク州のクラビス子供病院(Kravis Children’s Hospital)の小児アレルギー科の医師Eyal Shemesh氏らの研究によりますと、食物アレルギーを持つ生徒の31.5%がアレルギーが原因でいじめを受けた経験があるというのです。一方、いじめを把握していた親は52.1%にとどまっています。

 いじめの方法としては、「からかう(tease)」が最も多く42%、「食べ物を目の前にちらつかせる(waving food)」(30%)、「非難する(criticize)」(25%)と続きます。また、誰にいじめられたかについては、「クラスメート(classmates)」が80%と最多で、次に「他クラスの生徒(other students)」(34%)ですが、意外なのはその次に「教職員(teachers/staff)」が11%と3番目に多いことです。学校の先生が食物アレルギーの生徒をいじめているとは思えませんから、気遣って使った言葉が結果として生徒たちには「いじめ」と感じられたのでしょう。

 アナフィラキシーという言葉は、ここ数年で随分社会に浸透してきているように思われますが、症状出現から早ければ数十分で死に至ることもあるということ、その原因がハチであったり、乳製品やエビ、ソバといった食べ物であったり、お茶の石鹸であったり、と身近なもので起こるということは必ずおさえておかなければなりません(注3)。アナフィラキシーの人が身近にいる人であれば、常にそのことを意識しておかないと、例えば一緒に食事に行って、その人に食べ物を小皿にとってあげたときにうっかりエビも入れてしまって・・・、ということも起こりえます。

 これまでアレルギーがなかったからこれからも大丈夫、と思っている人がいるとすればそれは誤解です。このサイトでは、お茶石鹸によるアナフィラキシーを何度か伝えていますが、これも成人になってから、しかもそのお茶石鹸を2年以上使ってようやく症状出現、という人もいるのです。

 また、薬剤性のアナフィラキシーには充分に注意しなければなりません。

 2012年12月13日、日本医療安全調査機構は、医療者が問診票やお薬手帳の記載を見逃して薬剤性アナフィラキシーショックを発症し死亡に至った症例を「警鐘事例」として紹介しました。

 この症例は60代の女性で、ある医療機関を受診し、セファゾリンという抗生物質の注射を受け、数秒後にはアナフィラキシー症状が出現し、数分後にはショック(血圧低下)を起こし意識不明となり、11ヶ月後に死亡しました。

 日本医療安全調査機構の発表では、問診票の裏面に「CCL(セファクロル)全身まっ赤」と記載があり、「CCL禁 第1世代抗生物質はダメ」と書かれたお薬手帳を持参していたものの提出されていなかったそうです。もしも注射をする前に、医療者が「CCL禁」に気づいていればこのような悲劇は避けられたはずです。今回の発表からは、なぜそのような大事なことが問診票の表ではなく裏面に書かれていたのか、なぜお薬手帳が提出されていなかったのか、については触れられていませんが、医療者も亡くなった女性の家族の方もいたたまれない気持ちでしょう。

 今後こういった薬剤の悲劇をなくすにはどうすればいいか。ポイントは2つです。1つは薬にアレルギーがあることが分かっている人は、しつこいくらいに医療者に言うことです。このケースでは注射の直前に「わたしは抗生物質で真っ赤になったことがありますがこれは大丈夫ですか」と聞いていれば助かっていたはずです。もちろんこれは医療者が確認すべきことですが、自分の身を守るために自分から毎回申告するくらいの方がいいと思います。もうひとつは、薬が原因で身体に異変が生じたときは直ちに医療者に報告することです。たいしたことないから報告するまでもないだろう・・、と自己判断しないことが大切です。
 
 食べ物や薬といった日常品のなかには我々に牙を向くものがあり、ときに短時間で命を奪うこともある。アナフィラキシーとはそういうものである、ということは覚えておかなければなりません。

注1 エピペンはどこの医療機関でも処方できるわけでなく講習を終了した医師の管理の下で使用しなければなりません。実は、太融寺町谷口医院でも取り扱う予定をしていたことがあり、私も講習を受け準備をすすめていましたが最終的には中止としました。エピペンは使用すればすぐに医療者に報告しなければならず、谷口医院では24時間365日の対応ができないからです。現在谷口医院ではエピペンが必要な患者さんは、(クリニックや診療所でなく)24時間対応のできる病院を紹介しています。

注2 この論文のタイトルは「Child and Parental Reports of Bullying in a Consecutive Sample of Children With Food Allergy」で、下記のURLで全文を読むことができます。

http://pediatrics.aappublications.org/content/131/1/e10.full.pdf+html?sid=788b57fa-85e7-46c8-b8b4-d89f7417067e

注3 お茶石鹸のアナフィラキシーについては下記コラムを参照ください。

参考:はやりの病気
第94回2011年6月 「小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー」
第107回2012年7月 「薬疹」

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2013年6月17日 月曜日

第112回 長引く咳(後編) 2012/12/21

今回はまず、タバコが原因で生じる咳についてまとめてみたいと思います。

 前回述べたように、タバコはあらゆる咳の悪化因子となりますし、喘息を含め、アレルギーが関与した咳の救世主となるステロイド吸入薬が効きにくくなる、という問題もあります。

 さらに、タバコそのもので長引く咳を引き起こす病気があります。それはCOPD(そのままシーオーピーディーと発音します)と呼ばれるもので、罹患者が多い割には病気の名前はあまり世間に浸透していない病気です。しかし、COPDにかかっている人は非常に多く、2001年の時点ですでに日本人の530万人、全体の8.6%が罹患していると言われています。COPDは中年から高齢者に多い疾患ですから、今後高齢化社会が進行すれば全国民の10人に1人以上がCOPDとなるのは間違いないでしょう。

 COPD(chronic obstructive pulmonary disease)の日本語の名称は「慢性閉塞性肺疾患」です。以前は、「肺気腫」とか「慢性気管支炎」という病名の方が一般的でしたが、現在はこれら2つの疾患をまとめてCOPDと呼ぶようになった、と考えて差し支えないと思います。

 COPDは別名「タバコ病」と呼ばれることもあり、原因のほとんどはタバコです。罹患者の内訳をみると、喫煙者か元喫煙者の他、非喫煙者も全体の数パーセントを占めているのですが、おそらくほとんどは家族内に喫煙者がいるといった受動喫煙者であると推測されます。

 COPDの症状は長引く咳や息切れですが、これらだけで済むわけではありません。COPDは「死に至る病」です。実際、厚生労働省の人口動態統計によると、2011年にはCOPDで16,639人が死亡しており、これは日本人の死亡原因の第9位です。10年前と比較すると死亡者はおよそ3割も増えています。

 COPDが増加傾向にあるのは世界的にみてもいえることで、WHO(世界保健機関)の統計によりますと、2005年には世界中で300万人以上がCOPDで死亡しており、これは全死亡者の5%に相当します。さらに、2030年にはこの数字が8.6%となり、世界の死亡原因の第3位になると予想されています。(現在でもすでに第4位です。ちなみに1~3位は、虚血性心疾患、脳血管障害、肺炎です)

 実は私の祖母もCOPDで他界したのですが、末期は相当悲惨でした。例えばガンの末期は痛みに苦しむことになりますが、モルヒネなどの麻薬を効果的に使えば多くの痛みはコントロールできます。しかし、COPDの末期に現れる「息ができない」という苦痛はどうすることもできません。もちろん酸素投与をしたり、吸入薬を使ったりすると、いくぶんラクにはなるのですが、それらにも限度があります。私の祖母も相当苦しんだようで「こんなに苦しいなら早く死にたい」と何度も漏らしていたようです。しかし、その一方で最後までタバコをやめなかったわけですから、タバコというのは相当恐ろしい薬物だといえるでしょう。

 COPDは呼吸ができないという苦痛に襲われ死に至る病でもあります。しかし、それだけではありません。あまり知られていませんが、COPDは、うつ病さらに認知症などが合併することが多いことも分かっています。また、心筋梗塞や心不全といった心臓の疾患も起こしやすいですし、胃潰瘍や逆流性食道炎などの消化器疾患、さらに、糖尿病になりやすいこともわかっていますし、骨粗鬆症のリスクにもなります。つまり、COPDとは単なる呼吸器の疾患ではなく、全身疾患だと考えるべきなのです。

 さて、この大変やっかいなCOPDですが、一番大切なことは「予防できる病気」ということです。予防に何をすればいいか。もちろん「禁煙」です。私自身が元喫煙者なのであまりえらそうなことは言えませんが、それでも「進行したCOPDで苦しむことを避けるためにも禁煙をしましょう」と強く訴えたいと思います。

 最近はいきすぎた禁煙ムーブメントに不快感を示す人が増えているようですし、「愛煙家の権利を守る」という考えも理解できないわけではありません。私自身は完全に禁煙しておよそ5年になりますが、実は今でも吸いたくなることがあります。ですから、喫煙者の気持ちが分からないわけではありません。しかし、それでもタバコを吸っていいことはほとんどない、というか、トータルで考えればどうみても有害なものです。少し前までは、喫煙所でのコミュニケーションが有益なことがあったり(私には喫煙所でできた友達もいます)、また喫煙することによって仕事や勉強のアイデアがひらめいたりすることもあり(もっともこれらは喫煙者の言い訳にすぎませんが)、タバコの利点もないわけではないと私自身が考えていましたが、現在の私は「すべての人に禁煙を強く勧める」という立場です。タバコを吸い続けCOPDとなり、いつも酸素が手放せないという状況がどれだけQOLを損ねるか、ということをすべての喫煙者の人にもう一度考えてもらいたいと思います。

 タバコ以外の吸入で発症する咳で忘れてはならないのが、じん肺、つまり仕事を通して粉塵を吸い込んでその数十年後に肺がやられてしまう疾患です。アスベスト(石綿)が有名ですが、それら以外の粉塵でも生じることがあります。あとは、カビの一種を吸い込んで咳が生じるというケースがあります。よくあるのが、古い木造の家屋に住んでいて木に生えたカビを吸い込んでおこる、というもので「過敏性肺(臓)炎」と呼ばれます。これはカビ(真菌)が直接肺や気管を攻撃するのではなくて、アレルギーのメカニズムによって炎症が起こるもので、前回紹介したアスペルギルス肺炎やカリニ肺炎とは病態が異なります。

 COPD、じん肺、過敏性肺炎のいずれもが、原因物質を取り除くことによって事前に防ぐことができる疾患である、という点が重要です。

 さて、「長引く咳」で受診される人のなかでときどきあるのが、呼吸器ではなく消化器に原因があるというケースです。つまり、逆流性食道炎による咳です。咳が出ているのだから、気管(支)や肺に問題があるに違いない、と患者さんは考えていることが多く、「その咳は食道が原因かもしれません」と言うと患者さんに驚かれることがしばしばあります。医師の側も、この疾患を咳の鑑別疾患に初めから入れておかないと、ときに見落とすことになりかねません。「数日前からの咳」であればそれほど疑いませんが、「長引く咳」の場合は必ず一度は疑うべき疾患といえるでしょう。

 逆流性食道炎というのは、胃酸が食道に逆流して生じるものですから、咳よりも先に胸焼けや吐き気が起こりそうに思われますが、不思議なことにそういった症状は一切なく咳だけが生じるということがあります。では、どのようにして逆流性食道炎が咳の原因であることを疑うのかというと、毎日決まった時間に咳がでる、とか、食後しばらくして咳がでる、という症状がヒントになることがあります。あるいは、可能性があると考えれば、胃酸を抑える薬を試しに使ってみる、という方法をとることもあります。もしも長引く咳の原因が逆流性食道炎なら、これで劇的に改善することもあります。この方法で改善したかどうかはっきりしないけれども逆流性食道炎の疑いがある、というケースはGIF(胃カメラ)を実施することもあります。

 逆流性食道炎の診断がつけば(胃カメラで確定までしなくても症状から強く疑われれば)、薬の服用以外に注意点を伝えます。大切なのは、まず「食べ過ぎないこと」と「食後横にならないこと」です。さらにできる範囲で「あぶらものを避ける」「飲酒を控える」ということもしてもらいます。それと、やはり喫煙も悪化因子となっていることを説明します。

 それでは最後に「長引く咳」をまとめておきたいと思います。

    1、「長引く咳」の原因は多岐にわたり重症度もそれぞれ。2~3週間続くなら放っておかずに医療機関を受診すべき。
    2、「長引く咳」で重症なものに肺ガンや結核がある。
    3、薬剤性の「長引く咳」はときに重症に。死亡例もある。
    4、感染症としての「長引く咳」としては、マイコプラズマ、百日咳、クラミジア・ニューモニア、RSウイルスなどが多い。
    5、真菌症としての「長引く咳」はアスペルギルス肺炎やカリニ肺炎が有名だが、これらはエイズなど免疫が低下しているときに発症する。
    6、アレルギーのメカニズムで起こっている「長引く咳」は少なくない。また、「風邪の後、咳だけが残っている」というケースのなかにもアレルギー関与のものがある。
   7、 タバコはありとあらゆる咳の悪化因子。別名「タバコ病」のCOPDは進行すると呼吸困難で苦しむこととなり死亡することも少なくない。また認知症や糖尿病、骨粗鬆症などのリスクにもなる。
    8、タバコ以外の吸入物が原因の「長引く咳」としては、アスベストなどのじん肺やカビを吸い込むことによっておこる過敏性肺炎がある。
    9、逆流性食道炎が原因の「長引く咳」もある。
    10、(本文ではほとんど述べませんでしたが)心因性の(つまり精神的な要因でおこる)「長引く咳」も少なくない。

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2013年6月17日 月曜日

第111回(2012年11月) 長引く咳(中編)

 前回は、長引く咳には多くの原因があること、頻度が少ないが結核を忘れてはいけないこと、感染症として多いのは百日咳やマイコプラズマなどであること、薬剤性も見逃してはいけないこと、などを述べました。

 今回と次回は、感染症が原因でない長引く咳について述べていきたいのですが、その前に感染症をもう少し補足しておきたいと思います。

 百日咳やマイコプラズマ、クラミジア・ニューモニア(クラミドフィラ・ニューモニア)などは咳が最も目立つ症状となる細菌感染ですが、もちろんこれら以外の細菌感染で咳がでることもあります。例えば肺炎球菌やインフルエンザ桿菌による感染症です。しかし、通常これらは、発熱、倦怠感、咽頭痛など他のしんどい症状の方が強くでることが多く、咳だけが長引く、というケースはそれほど多くはありません。

 長引く咳の原因が細菌性の感染症である場合は、抗菌薬を投与することになります。多くの場合、医師の判断で経験的に有効と思われる抗菌薬を選択することになりますが、難治性の場合や長引いている場合は、培養検査といってどのような細菌がどれだけいるのかを調べ、さらに薬剤感受性検査といって、どのような抗菌薬が効くかを調べることもあります(しかしこれらの検査は結果が出るまでに1週間程度はかかります)。

 ウイルス感染でも咳が長引くことがあり、最も多いのがおそらくRSウイルスです。RSウイルスって昔は聞いたことがなかったけど最近よく聞くようになった、と感じている人も多いのではないでしょうか。小児の風邪をきたす代表的なウイルスであることが認知され、検査が保険適用されるようになったために次第に有名になってきたウイルスです。ただし、検査の保険適用は「入院患者のみ」とされています。ですから医師が診察してRSウイルスを疑ったとしても、入院とならなければ検査されずに「確定診断」をつけられません。

 このRSウイルス、ときに幼稚園などを学級閉鎖に追い込むほど一気に広がります。従来「子供の風邪」と思われていましたが、最近では高齢者の介護施設などでの集団発生も報告されいます。また、重症化することはあまりないでしょうが、成人にもかなり感染者がいるのではないかと私はみています。ただし、成人のRSウイルス感染を疑ったとしても、あえて検査はしませんし(保険適用もありません)、咳止めの薬だけで1週間もすれば治ることが多いと言えます。

 ライノウイルスやコロナウイルスなどいわゆる「風邪ウイルス」に罹患しても咳は出ますが、通常これらは重症化しませんから、必要があれば対症療法としての咳止めを処方して様子をみます。

 真菌性の呼吸器感染で長引く咳が問題になることもあります。しかし、通常は何らかの理由で免疫力が低下しているようなときです。代表的なのがアスペルギルス肺炎で、例えば悪性腫瘍で化学療法を受けていたり、白血病で骨髄移植を受けていたり、といったケースで発症することがあります。エイズの合併症として有名なカリニ肺炎(ニューモシスチス肺炎、またはPCPともいいます)も真菌性の感染症で咳に苦しめられます。カリニ肺炎はエイズが進行するとかなり多くの症例で出現します。

 ここからは「感染症が原因でない長引く咳」についてみていきたいと思います。

 長引く咳は、なかなか診断がつかないこともあり、薬が効かないこともあります。そのため、患者さんのなかには次々と病院を変え、ドクターショッピングを繰り返す人もいます。ですから、総合診療の現場では、必然的にこのような患者さんをよく診ることになり、太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)も例外ではありません。

 谷口医院を受診する「長引く咳」の患者さんに多いのが、アレルギーのメカニズムが働いて咳が長引いているというケースです。子供の頃に小児喘息を指摘されていた、幼少時に(あるいは今も)アトピー性皮膚炎がある、花粉症がある、などのエピソードがある場合に多いといえます。咳は日中よりも夜間に多く、咳で寝付けない、寝ても咳で目覚める、明け方に咳の発作が出現する、というような症状があれば強く疑います。。

 このような状態を「咳喘息」あるいは「アトピー咳嗽」と呼ぶこともありますが、すべての医療者が同じようにこれらの言葉を使っているわけではありませんし、「喘息」や「アトピー(性皮膚炎)」というのは通常通年性です。(通常の)「喘息」であれば聴診すれば特有の音が聴こえますし、胸部レントゲンを撮影すれば何らかの所見が得られることもあります。また「アトピー」というのは通常は(ほとんど誰でも)アトピー性皮膚炎の皮膚症状のことを思い出しますが、アトピー咳嗽の人に皮膚症状が出現するわけではありません。したがって、私自身はあまりこのような病名を患者さんに話してはいません。単に「アレルギーのメカニズムで一時的に咳が起こっている」と説明するようにしています。

 このタイプの咳には、アレルギーを抑えてあげればいいわけですから、ステロイドと気管支拡張薬が一緒になった吸入薬を用いることがあります。また内服薬の抗アレルギーや貼付薬の気管支拡張薬なども用います。ただし、いくらアレルギーが関与しているからといってもステロイドの内服や注射まですることはまずありません。ステロイドは副作用のほとんどない吸入薬にとどめておきます。

 アレルギーが関与している長引く咳の場合、このようにアレルギーに的を絞った治療をおこなえば大半が改善します。「今まで悩んでいたのが信じられない・・」という人までいます。逆に、このタイプの咳には、普通の風邪で用いるような中枢性の鎮咳薬(注1)はほとんど効きません。コデインなど麻薬性の咳止めも効果は不十分です。もちろん麻薬性のものは増量すればそれなりの効果は期待できますが、副作用を考慮すればあまりすすめられるものではありません(注2)。

 このタイプの咳のきっかけは様々ですが、季節の変わり目に、というのが最もよくあるケースです。「毎年この季節になると・・・」という言い方をする患者さんが少なくありません。季節で多いのは、空気が乾燥しだす秋から冬にかけて、と、花粉が飛ぶ春です。花粉症の症状で多いのは、鼻水や目のかゆみですが、咳が出るという人も珍しくありません。

 季節以外では、ペットを飼いだしてから、とか、引越ししてから、職場がかわってから、というのもよくあります。引越しや転職がきっかけだとしたら、環境に問題がある可能性が強いといえます。ほこりっぽい環境がないか、ダニ対策はできているか、空気清浄機を置いているか、といったことも検討していくことになります。

 長引く咳のきっかけが「風邪」で、その風邪自体はたいしたことがなくて、今は熱もないし、のども痛くないんだけれど、咳だけが残っている、という訴えがしばしばあります。これを「感冒後咳嗽」と呼びます。一般的によく使われる先に述べたような中枢性の鎮咳薬は効くこともあれば効かないこともあります。何もせずに放っておいても2~3週間で自然に治ることもあります。治らない場合は、アレルギー関与の咳と同じような治療をおこなえば改善することもあります。そして、このようなケースのなかには、そのうちに軽い花粉症やアレルギー性鼻炎を発症するという人もいます。

 アレルギーのメカニズムによる咳の可能性を考えたときには、これまでのアレルギーを示唆するエピソードについて聞きますが、他にも必ず聞くことがあります。それは「喫煙」です。喫煙はすべての咳の悪化因子になりますし、咳そのものの原因になっていることもあります。また、先に述べたステロイド吸入薬は、タバコを吸っている人には効きにくい、という問題もあります。咳で悩んでいるなら絶対にタバコはやめるべきなのです。

 次回は、タバコが原因で生じる咳、さらに呼吸器ではなく消化器が原因で生じる咳などについてもお話していきたいと思います。

つづく

注1:中枢性非麻薬性鎮咳薬といいます。一般名でいうと、ジメモルファンリン酸塩(アストミン)、チペピジンヒベンズ酸塩(アスベリン)、デキストロメトルファン臭化水素酸塩水和物(メジコン)、エプラジノン塩酸塩(レスプレン)、ベンプロペリンリン酸塩(フラベリック)、などがあります(かっこ内は先発品の名称です)。

注2:80年代後半、「ブロン」という名の咳止めシロップを大量に内服することによる中毒や依存症が急増して社会問題になりました。このシロップには麻薬のコデインと共に、同じく咳止めの作用があるエフェドリンも入っていました。コデインでダウン系の麻薬効果があり、エフェドリンでアップ系の覚醒剤効果がありますから、いわば合法的に入手できる「スピードボール」(麻薬のヘロインと覚醒剤のメタンフェタミン(コカインのこともある)の合剤)ともいえるわけです。

参考:医療ニュース2012年9月30日 「RSウイルス感染症に注意」

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2013年6月17日 月曜日

第110回 長引く咳(前編) 2012/10/20

 咳が止まらない、と言って受診される人は少なくありませんし、また年々増えているような印象が私にはあります。咳が止まらない理由はそれぞれで、単に風邪が長引いているだけのこともあれば、アレルギーが関与しているものもありますし、頻度はそれほど高くないものの肺ガンなど命にかかわるような病気が見つかることもあります。また、太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)には年に一度あるかないか程度ですが、結核が原因だった、ということもあります。

 今回は、この、ときにやっかいな「長引く咳」について、どのような原因疾患があるのか、どのようにして調べていくのか、そしてどのような治療をおこなうべきなのか、などについて述べていきたいと思います。

 今回お話する「長引く咳」は成人を対象としたいと思います。咳の診察は、成人と小児では(私の場合)分けて考えています。小児(特に新生児)の場合、血管輪など先天異常による気道狭窄や、気管軟化症というものもありますし、先天性免疫不全があることもあり、成人の場合とは見方が異なります。ここから述べるのは「長引く成人の咳」であることをお断りしておきます。

 以前、長引く咽頭痛があれば感染性と非感染性に分けて考えると理解しやすい、ということを述べましたが、長引く咳のときは、それらが簡単に区別できません。さらに、最初は感染症が原因で咳がでてきて、そのうちにアレルギー的なメカニズムの咳に以降した、という場合もあり、こうなると感染性・非感染性双方からのアプローチが必要になることもあります。

 長引く咳の場合、まず最も重要視しなければならないのは「重症度」です。その咳は日常生活が妨げられる程のものなのか、夜間は眠れているか、咳以外の症状として、発熱、倦怠感、咽頭痛などがないか、あればそれらはどの程度なのか、といったことを問診で聞き出していきます。聴診器を使った聴診である程度の診断をつけることができる場合もありますが、典型的な喘息などをのぞけば聴診だけで診断がつくことはそれほど多くありません。

 2~3週間咳が続いていて、軽症でなければ、胸部X線が必要になることもありますし、場合によっては血液検査もおこないます。谷口医院の患者さんは比較的若い世代が多いですから、さほど多くはありませんが、胸部X線の所見からガンを含む肺の腫瘍が疑われることもあります。こうなるとCT撮影を検討します。また、結核が疑われる所見が認められれば、血液検査で結核を調べることになります。あるいは強く疑われればこの時点で結核専門の医療機関を紹介することもあります。

 色のついた痰が出ている場合や咽頭痛が強い場合は、喀痰(もしくは咽頭を綿棒でぬぐったもの)を顕微鏡で観察します。通常はグラム染色という方法を用いて、白血球はどれくらい集まっているか、どのようなかたちでどんな色に染まる細菌がいるのかを観察します。このときに細菌感染が疑われれば適切と思われる抗生物質を処方することになります。

 「のどが痛いから抗生物質を出してください」ほど多くはありませんが、「咳が続いているので抗生物質を出してください」と言う人もいます。しかし、長引く咳で抗生剤が必要となるのはごくわずかであり、グラム染色で細菌感染が強く疑われなければ処方することはあまりありません。ただし、細菌感染の部位が咽頭ではなく気管もしくは気管支で、なおかつ痰が出ない場合もあり、このときは抗生物質が必要になります。このあたりを見極めるのは簡単でない場合もあります。

 長引く咳の原因として、ときどきあって、うっかりすると見逃してしまうものに「薬剤性の咳」があります。頻度として多いのは、高血圧の治療に使うアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬、商品名で言えば「カプトリル」「レニベース」など)ですが、他の薬剤でも長期間内服を続けると間質性肺炎という肺炎が生じその結果咳がでることもあります。この間質性肺炎をきたす薬剤は多岐にわたり、市販で売られている痛み止めや漢方薬でもおこりえます。またB・C型肝炎ウイルスの治療で用いるインターフェロンの副作用としても有名です。

 もしも薬が原因で長引く咳が起こっているならば、レントゲンはいいとしても(間質性肺炎の診断につながる可能性があります)、グラム染色や血液検査は「おこなう必要のなかったムダな検査」ということになってしまいます。医療機関を受診すると薬の服用歴を必ず尋ねられるのはこういう副作用も考えているからです。また、後で述べるようにペットが原因になっている咳もあるために、ペットを飼っていないか、そのペットはどのようなものでどのように接しているかなどについて詳しく聞きます。(私は以前、初診で受診された咳が続くという患者さんに「健康食品やサプリメントも含めてすべて飲んでいる薬を教えてください。ペットについても詳しく・・・」と尋ねるとイヤな顔をされたことがありますが、初診時にこういったことをしつこく聞くのには理由があるのです)

 話を感染症に戻しましょう。長引く咳の原因となっている細菌で、頻度の高いものは百日咳とマイコプラズマです。これらはグラム染色をおこなっても確定できるわけではなく、ときに診断をつけるのが困難なこともあります。しかし、咳にそれぞれ特徴があり、問診と咳の性質から推測することが可能な場合もあります。また、結果が出るまでに数日かかりますが百日咳の抗体検査は診断に役立つことがあります。マイコプラズマは現在迅速診断キットが開発されており一部の医療機関では採用しているようです。(操作が複雑なため当院では現時点では採用を見合わせています)

 マイコプラズマにはこれからも悩まされることが予想されます。まず頻度が年々増えています。私が医学部の学生の頃、マイコプラズマは別名「オリンピック熱」と呼ばれていました。流行が4年に一度やってきていたからです。しかし、今は誰もそのような呼び方をしません。現在のマイコプラズマは毎年大流行していると言っていいでしょう。昨年(2011年)に過去最高が記録されましたが、今年はすでにそれを上回る勢いで流行しています。

 マイコプラズマがやっかいな理由は(以前にも述べましたが)従来効いていた抗生物質が効かなくなっているということです。これは私の個人的な推測ですが、数年前までは、エリスロマイシンやクラリスロマイシンといった古典的なマクロライド系の抗生物質を細菌感染が疑われる気管支炎に処方しておけば、それがマイコプラズマであったとしても治っていたのだと思います。だからマイコプラズマという確定診断がつかなくても問題にはならなかったわけです。ところが、現在流行しているマイコプラズマにはこれらがまるで効かなくてときに重症化します。そしてこの時点でいろんな検査をおこないマイコプラズマの診断がついてそれを届け出るようになり報告が増えた、という構図になっているのではないかと私はみています。

 マイコプラズマは子供の感染症のようなイメージがありますが、実際は成人にも感染し、そして高熱に悩まされ、解熱しても今度は咳が続く、ということが珍しくありません。過去最高が記録されているわけですから、当分の間、長引く咳の鑑別にマイコプラズマを外すことはできません。

 マイコプラズマと同じように小児の長引く咳の原因となっている感染症にクラミジア肺炎(クラミドフィラ肺炎)があります。(これも私の印象ですが)クラミジア肺炎は、マイコプラズマに比べると古典的なマクロライド系抗生物質がまだまだ効いている感じがします。ですから比較的簡単に治り(特に成人では)マイコプラズマほどは問題になっていないのだと考えています。

 クラミジア肺炎の原因はクラミジア・ニューモニアという細菌ですが、クラミジアにはクラミジア・シッタシと呼ばれるものがあり、これはオウムやインコなど鳥から感染します。そのために「オウム病」とも呼ばれています。先に述べたように「ペットを飼っていませんか」と尋ねるのは、オウム病の鑑別をしたいから、というのも理由のひとつなのです。

 ちなみにクラミジアには、クラミジア・ニューモニア、クラミジア・シッタシの他にクラミジア・トラコマティスというのもあり、これは性的接触で感染する感染症(性感染症)です。しかし咳をきたすことは通常はありません。

(続く)

参考:はやりの病気
第104回(2012年4月) 「のどの痛み~前編~」

第105回(2012年5月) 「のどの痛み~中編~」
第106回(2012年6月) 「のどの痛み~後編~」
第82回(2010年6月) 「熱のない長引く咳は百日咳かも・・・」

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2013年6月17日 月曜日

第109回(2012年9月) これからの風疹対策

 首の周りにしこりができて何だろうと思っていると、数日後に高熱と全身のかゆくない皮疹が出現。身体を動かすのもつらいほどだが何とか受診しなければと思い、フラフラになりながらもようやくクリニックにたどりついた・・・。

 これはここ2年ほどの間、ときおり太融寺町谷口医院(以下、谷口医院)を受診する風疹の患者さんの典型例です。昨年(2011年)から今年(2012年)にかけての風疹の患者さんの最大の特徴は「重症化」することです。

 これまでも、小児に比べると成人の風疹は症状が強くなりやすい、と言われていて、それは私も実感として感じていたのですが、昨年から今年にかけて流行している風疹はこれまでのものとはレベルが違うような印象があります。リンパ節腫脹、発熱、皮疹の3つが風疹の特徴で、典型例であれば比較的簡単に診断がつくのですが、この3つを満たしているものの、倦怠感があまりにも強いために、「本当に風疹なのか?」と疑問に感じたことも何度かありました(注1)。

 風疹に似た感染症というのはいくつかあるのですが、麻疹(はしか)もそのひとつです。風疹と麻疹は、皮疹は似ていますが、重症度は麻疹の方がはるかに上です。風疹はかつて「三日ばしか」と呼ばれていたことからもこれがわかります。症状の経過を尋ねると風疹と麻疹にはいくつか異なる点があり、問診から「麻疹ではないだろう」と見当をつけることができるのですが、ここ1~2年に流行している風疹は症状があまりにも重症化するため、「風疹ではなく本当は麻疹ではないのか?」と疑いたくなる程なのです。

 風疹が流行していると感じているのは何も私だけではなく日本全国の多くの医師が実感していることであり、統計からもそれが分かります。国立感染症研究所感染症情報センターの報告によりますと、今年(2012年)の風疹感染者は9月5日の時点で1,419人に達しています。昨年(2011年)1年間の全届出数は371人ですから、すでに9月5日の時点で4倍近くの報告があることになります。ちなみに2010年の届出数は87人ですから急速に広がっているのは間違いないでしょう。

 ただし、増加傾向にあるのは間違いないとしても、数字そのものがどこまで実態を反映しているのかは疑問です。常識的に考えて2010年1年間で87人というのは少なすぎますし、今年の1,419人という数字もこんなものではないでしょう。実際はこの何倍もの人数が感染しているに違いありません。

 では、なぜこのようなことが起こるのかというと、ひとつは感染しても医療機関を受診していない人がそれなりにいるという可能性があります。先に述べたように最近の風疹は大変重症化しますが、特効薬があるわけではありません。医療機関を受診しても、できることは水分補給(点滴)と解熱鎮痛剤の処方くらいです。そして数日間で治癒するのが普通です。ですから、時間がない、お金がない、しんどすぎて医療機関を受診することもできない、などの理由で、自宅で水分補給だけして過ごしていたとしても、5日もすれば熱もひいて皮疹もなくなった、ということがあるのです。

 次に、医師が正しく診断を付けられていないという可能性があります。発熱と皮疹が同時におこる病気はたくさんあります。従来風疹は成人にはそれほど多いものではありませんでしたから、「本当は風疹だったが正しく診断が付けられなかった。様子をみているうちに治癒した」、というケースも相当あるのではないかと私はみています。

 もうひとつ、数字が実態を反映していない理由は、「医師が届け出義務があることを知らない。もしくは知っていても無視することがある」ということです。風疹は、2007年までは小児科定点(小児科を標榜している医療機関のなかで届出を義務づけられている医療機関)のみが報告することになっていましたが、2008年以降はすべての医療機関で届出義務が課せられることになりました。ところが、これを知らない医師がいるのが現状です。この届出義務というのは、もしも怠ると(たしか)50万円の罰金が科せられるのですが、実際に支払ったことがある医師というのを聞いたことがありません(注2)。

 主には上にあげた3つの理由から、統計にでてくる風疹の罹患者というのは実態を反映しておらず、実際はその何倍もの人が感染しているに違いない、と私はみています。

 では、なぜこんなにも風疹が流行しているのでしょうか。

 ここ1~2年の風疹罹患者は、谷口医院の患者さんを含めて20代から30代の男性に多いという特徴があります。この理由として、旅行や出張で東南アジアにでかけた若い男性が現地で風疹に罹患して日本に持ち帰って職場や家庭で感染を広めた、ということが言われます。

 では、東南アジアに旅行にいく者だけが注意をすればいいのか、といえばまったくそうではありません。谷口医院の患者さんでも海外にでかけたことがなければ、周りに海外渡航した者がいない、というケースもあります。風疹は他人のくしゃみなどで簡単に感染しますから(これを「飛沫感染」と呼びます)、例えば道ですれ違う人がくしゃみをして感染、ということが簡単に起こります。

 風疹を防ぐ最善の方法はワクチン接種です。なぜ現在の日本で若い男性に多く女性に少ないのかというと、現在34~50歳くらいの女性は、中学生のときに学校で集団接種をしていたからです。また25~33歳くらいの男性は、一応は定期予防接種で無料接種できたのですが、保護者同伴で医療機関を受診しなければならない制度であったために女子に比べると接種率は低かったと言われています。

 風疹のワクチンは副作用の出現など、過去にいくつかの問題があったのは事実です。しかし現在おこなわれているワクチンは、安全性は高く、危険性はゼロとは言えませんが、「ワクチンの副作用のリスク<<風疹を発症したときのリスク」であるのは間違いありません。

 風疹で最も危惧すべきなのは、妊婦が感染したときに赤ちゃんに起こりうる「先天性風疹症候群」です。これは赤ちゃんが、白内障、心疾患、難聴、精神発達遅滞などの障害を持って生まれてくるものです。ですから何としても妊婦への感染は防がなければなりません。(かつて女子中学生にのみ接種がおこなわれていたのはそのためです)

 先天性風疹症候群に比べると成人の一過性の発熱などたいしたことがないという意見もあるかもしれませんが、先に述べたように、風疹は簡単に飛沫感染する感染症であり、数日間は相当しんどいですし、また他人に感染させるという問題もあります。

 ですから、すべての人が抗体が形成されているかどうかを確認し、抗体がなければワクチン接種をすべきなのです。風疹は一度罹患すれば抗体が形成されますが、我々医師の印象を言えば、患者さんの「風疹には子供の頃にかかりました」という言葉はあてになりません。これは患者さんを非難しているわけではありません。先にも述べたように、医師が正確に診断できていないケースが相当数あると私はみています。つまり、風疹でないのに医師が「風疹」と診断して患者さんは「風疹にかかった(から抗体ができている)」と思い込んでいるケースがあるのです。ですから、まずは一度抗体の有無を調べて、なければワクチン接種をすべきなのです。

 風疹ワクチンは大変すぐれたものですが、絶対に覚えておかなければならないことは「妊娠中もしくは妊娠する前には接種できない」ということです。もしも妊娠中にワクチンを接種したり、ワクチン接種をした直後に妊娠したりすると、先に述べた先天性風疹症候群と同じ状態になる可能性があります。だいたいの目安として「ワクチン接種してから2ヶ月間は妊娠してはいけない」と考えるべきです。

 最後に風疹をまとめておきましょう(注3)。

    ・風疹はここ1~2年で急速に増加しており、特に若い男性で顕著。

    ・東南アジアでの感染が懸念されているが、簡単に飛沫感染するため、抗体がなければ誰もが感染のリスクがあると考えるべき。

    ・風疹で最も危惧すべきなのは「先天性風疹症候群」であり、このため妊婦は絶対に感染してはいけない。

    ・風疹に特効薬はない。

    ・風疹にはすぐれたワクチンがあり、原則として抗体がなければ全員が接種すべき。

    ・「過去にかかった(から抗体がある)」というのは誤解である場合が多い。

    ・風疹ワクチンは妊婦には接種できない。また接種してから最低2ヶ月は妊娠を控えなければならない。

注1 : 風疹を疑ったときにおこなう検査として最も有用なのは「風疹IgM抗体」です。これが陽性であれば風疹確定と診断します。

注2:ちなみに、医師が届出義務を知らない、もしくは知っていたとしても届出を怠っている感染症で有名なもののひとつに「梅毒」があります。梅毒は治癒する病気ですし、比較的ありふれた感染症ですから、届出をしている医師はそれほど多くない、と言われています。一方、HIVは、増加傾向にあるとは言え、梅毒よりは遥かに感染者数が少ないのは間違いありません。ところが届出数は、HIV>梅毒、となっているのです。

注3:風疹についてさらに詳しく知りたい方は、厚生労働省が作成している「風疹Q&A(2012年改訂)」を参照ください。下記のURLで閲覧することができます。
http://www.nih.go.jp/niid/ja/rubellaqa.html

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2013年6月17日 月曜日

第108回(2012年8月) 複雑化する水虫・カビの治療

 皮膚に感染するカビの治療が次第に難しくなっているような気がしています。

 皮膚に感染するカビ(以下「皮膚真菌症」と呼びます)というのは、代表が水虫などをきたす白癬(はくせん)(「皮膚糸状菌」)で、他にはカンジダと癜風(でんぷう)があり、それ以外のものは稀です。

 これらの治療がさほどむつかしくなかったのは、少し乱暴な言い方をすれば、「診断さえつけてしまえば後は抗真菌薬の塗り薬で治った」からです。つまり、皮膚真菌症の診療のポイントは、顕微鏡を使って迅速に正確な診断をつけることにあり、いったん皮膚真菌症の診断が確定すれば、それは治癒したも同然だったわけです。しかも、これまでは真菌の種類が白癬菌であろうが、カンジダであろうが、ほとんどどの抗真菌薬でも効いていましたから、真菌の種類までは鑑別しなくてもよかったのです。

 ところが、数年前から(私の個人的な印象では2011年くらいから加速度的に)単に診断をつければいい、というものではなくなってきています。つまり、その真菌が何なのかをまずきちんと鑑別し、重症度に応じて外用薬を使い分け、さらに内服薬の選択にも注意しなければならなくなっているのです。

 皮膚真菌症の治療がむつかしくなった3つの理由を紹介したいと思います。

 まずひとつめは、水虫の原因の白癬菌(皮膚糸状菌)に、以前は効いていた抗真菌薬が効かなくなってきている、ということです。例えば、ケトコナゾール(商品名は「ニゾラール」など)という外用薬があります。ケトコナゾールが便利なのは、脂漏性皮膚炎というマラセチア(真菌の名前)が関与している皮膚炎に対しても処方することが可能だからです。さらにケトコナゾールはマラセチアだけでなくカンジダにも白癬菌にも有効だったのです。つまり、ケトコナゾール1種類だけで、脂漏性皮膚炎、癜風、カンジダ性皮膚炎、白癬菌(足の水虫、いんきんたむしなど)、その他多くの皮膚真菌症に対処できたわけです。

 ところが、最近はケトコナゾールが効かない水虫やカンジダが増えてきています。もっとも、これは理論的には昔から言われていたことではあるのですが、実際にはほとんどの症例で効いていましたし、もちろん保険適用もありますから、ケトコナゾールだけで充分だったというわけです。現在、私は、脂漏性皮膚炎と癜風にはケトコナゾールを積極的に処方していますが、カンジダや白癬菌には処方しないようにしています。代わりに理論的にもよく効くとされている比較的新しい抗真菌薬を処方しています。

 皮膚真菌症の重症例には内服薬を用います。保険適用があるのはテルビナフィン(商品名は「ラミシール」など)とイトラコナゾール(商品名は「イトリゾール」など)です。テルビナフィンは白癬菌にはよく効きますが、カンジダや癜風にはあまり効きません。そして私の印象で言えばこの傾向が以前よりも増してきています。イトラコナゾールは他の薬を飲んでいると使いにくいことがあり、やむをえずカンジダにテルビナフィンを使うことがあるのですが、これが最近はほとんど無効になってきているのです。つまり、外用だけでなく内服もしっかりと選択しなければならなくなってきた、というわけです。

 皮膚真菌症はどうやって診断するの?という疑問に答えておきたいと思います。真菌の診断はとても簡単で、患部から少し剥がれた皮膚(鱗屑といいます)を採り、それを顕微鏡で観察すれば終わりです。なかには顕微鏡だけでは診断がつきにくいものもありますが、通常は真菌の有無、そしてそれが白癬菌なのかカンジダなのかマラセチアなのか、というのは形状から比較的簡単に鑑別がつきます(注1)。

 皮膚真菌症の治療が困難になっている2つめの理由は「ペットからの感染が増加している」ということです。

 ペットから感染する皮膚真菌症は、白癬菌(水虫)のように足や股間に多いのではなく、手や首などペットに接する部位に多いという特徴があります。Mycrosporum canisという真菌はネコやイヌに多く炎症が強いのが特徴です。最近はいろんな種類のペットが普及してきて、モルモットからArthroderma benhamiaeという真菌が感染、Trichophyton mentagrophytesという真菌がウサギから感染、といった症例がときどきあります。また、牛の飼育をしている人の手にはTrichophyton verrucosumという真菌が感染することがあるそうです。

 こういったペットから感染する皮膚真菌症は、白癬菌に比べると、炎症が強く、ときには真っ赤に腫れているようにみえることもあります。このため、積極的にペットからの感染を考えないと見逃してしまいます。「身体に湿疹ができました」と言って受診される患者さんに「ペットを飼っていますか?」と尋ねると、「何でそんなことを聞くの?」というような顔をされることがありますが、これはペットからの皮膚感染(真菌だけでなくときに細菌感染やダニを疑っていることもあります)の可能性を考えているからです。
 
 皮膚真菌症というのは見た目は湿疹と変わりません。ですから、充分に問診をせずに真菌症の可能性を考えず、顕微鏡の検査を省略してしまうとたいへんやっかいなことになります。つまり、湿疹と考えてステロイド外用を処方してしまうと一向に治らないどころか余計に悪化してしまうのです。「ステロイドは安易に処方してはいけない。少しでも可能性があれば真菌症を除外しなければならない」というのが基本中の基本です。

 ステロイドを安易に処方してしまうとさらにやっかいなことがあります。よく「前医でステロイドを処方してもらったけどよくならないから受診しました」という患者さんがいて、顕微鏡で真菌がみつかり「これは湿疹でなくて真菌症です。だからステロイドをやめて抗真菌薬を使いましょう」となり、ここまではいいのですが、こういうケースではステロイドから抗真菌薬に切り替えたことで一気に悪化することがあるのです。これを「id反応」といって、ステロイドを突然やめるとこのような現象が起こることがあります。この場合、ステロイドを少しずつ弱めながら徐々に抗真菌薬に切り替えていく、という方針をとらなければなりません。このことだけを考えてもステロイドは安易に使うべきでないということが分かると思います。薬局でステロイドを(自己判断で)購入するときはこういったことにも注意しなければなりません。

 さて、皮膚真菌症の治療が困難になっている3つめの理由は、マスコミが言うところの「新型水虫」というものです。「新型水虫」という表現は正しくなく、正確にはTrichophyton tonsurans(トリコフィトン・トンスランス、以下「トンスランス」とします)という真菌で、格闘家の間では以前から有名だったものです。(つまり別に「新型」というわけではありません) 格闘技を通して人間の皮膚から皮膚に感染(もしくは畳などを介して感染)することが多く、日本でも2000年代に入ってから増加傾向にあります。最近になってマスコミが取り上げだしたのは、2012年4月から中学で武道が必修となり、柔道を選択する生徒の間で流行するのではないか、とみられているからです。

 トンスランスはときに難治性となり、頭部に感染すると脱毛が起こり、痛みに悩まされることもあります。こうなると塗り薬では改善せず飲み薬を使わなければなりません。しかし、日本では保険診療で認められている飲み薬の量が非常に少なく(海外での標準の使用量の半分しか認められていません)治療に難渋することがあります。特に格闘家は体重が重いことが多く、薬の使用量を増やさなければ効かないケースが多いのです。

 では、今回の内容をまとめておきましょう。

    1、まず基本中の基本として、皮膚真菌症を疑えば必ず顕微鏡の検査で診断をつける。(確定診断がついていないのに抗真菌薬を使うべきでない)

   2、 以前は、真菌がいるかどうかの診断をつけるだけでよかったが、最近はそれが白癬菌なのか、カンジダなのか、マラセチアなのか、といった鑑別も必要。菌種によって抗真菌薬の効き具合が異なることが増えてきた。

    3、内服薬も菌種によって効き具合に差がでてきている。テルビナフィン(ラミシール)は白癬菌には有効だが、カンジダにはほとんど効かないと考えるべき。

    4、ペットからの感染は炎症が強く湿疹と誤診しやすい。このため疑えば医療機関を受診したときにペットについて話をするべき。

    5、格闘家の間で流行している「トンスランス」はときに難治性。今後中学の武道必修化で感染する生徒が増加する可能性もある。

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注1:抗真菌薬(内服も外用も)を処方するときは必ず顕微鏡で真菌を確認するのが原則です。過去に何度か患者さんから「爪の水虫は顕微鏡で見つけにくいんでしょ」と言われたことがありますが、そんなことはありません。というより、(爪の水虫の)診断がついていないのに抗真菌薬を使うことはやめるべきです。

参考:はやりの病気
第5回(2005年4月) 「水虫」
第58回(2008年6月) 「カビの病気1(癜風・水虫)」
第59回(2008年7月) 「カビの病気2(カンジダ)」

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2013年6月15日 土曜日

第107回 薬疹 2012/7/20

薬疹を定義づけると、「薬剤を内服した後、または注射をした後に皮膚や粘膜になんらかの症状を生じるもの」となりますが、薬を処方する医師にとって、ときに薬疹は大変やっかいなものです。薬疹を引き起こしやすい薬というのはありますが、その逆に「絶対に薬疹を起こさない薬」というのはありません。健康食品やビタミン剤、あるいは漢方薬などは”安全”というイメージが世間にはありますが、これらでもときに薬疹を起こすことがあります。

 我々医療者からすると、この「どんな薬でも薬疹の可能性がある」ということは、医療機関を受診するすべての患者さんに知っておいてもらいたいのですが、実際にはさほど世間に浸透しておらず、ときに患者さんは「薬疹を起こす薬を処方したあの医師を許すことはできない!」と診察室で怒りをあらわにすることがあります。

 例えば、このような例がありました。

 30代男性のA氏は、前医で前立腺炎の診断を受け「セルニルトン」という薬を処方され、その2日後に全身に湿疹が出た、と言って私の元を受診しました。セルニルトンというのは花粉からつくられた薬剤で、比較的副作用が少なく使いやすい薬剤です。しかし、たしかにときに薬疹を起こすことがあります。私はA氏に「どのような薬でも薬疹を起こすことがある。セルニルトンは前立腺炎に対して最もよく使われる薬のひとつであり、前の先生が悪いわけでは決してない」、ということを何度も説明したのですが、A氏の怒りは収まりません。3日後の再診時、A氏の皮疹はすっかりおさまっていましたが、まだ前の医師への不信感は払拭できないと言います。私は改めて、「どのような薬でも薬疹が起こりうること」を説明しましたが、どこまでA氏に伝わったのか疑問です・・・。

 薬疹に限らず、すべての薬には副作用があります。我々医療者は薬を処方するときに、頻度の高い副作用や重症度の高い副作用については処方時に説明をおこないますが、「どこまで説明すべきか」というのは常に悩まされます。患者さんの側からすれば、「可能性があるならすべて説明してほしい」ということになるかもしれませんが、可能性のあるものをすべて説明するなどということは現実的には不可能です。

 例えば、比較的高頻度で用いられる抗生物質にレボフロキサシン(商品名は「クラビット」など)があります。レボフロキサシンの添付文書に記載のある副作用を注1に記しますが、これをすべて診察室で説明するのは到底不可能ということがお分りいただけるかと思います。ここで重要なことはレボフロキサシンが何も特別な薬であるわけではなく、多くの薬剤は同じようにたくさんの副作用の可能性があるということです。薬と一緒に患者さんに渡す紙にはいくつかの副作用について記載していますが、おこりうる副作用のすべてをカバーできるわけではないのです。

 しかし、薬疹を起こしやすい薬があるのは事実であり、そのような薬に対しては処方時に医師や薬剤師は薬疹の注意点を説明します。例えば、先に述べたレボフロキサシンはニューキノロン系というグループに分類される抗生物質ですが、ニューキノロン系の抗生物質のいくつかは比較的「薬剤性光線過敏症」を起こしやすい傾向にあります。ですから、私はそのような薬を処方するときはできるだけ処方時に話をするようにしています。

 レボフロキサシンは、ニューキノロン系の抗生物質のなかでは、「薬剤性光線過敏症」を起こしにくい、とされていますが、まったく起こさないわけではありません。また、薬疹の最重症型で命を落とすこともある(後述する)「Stevens-Johnson症候群」を起こす可能性もあります。しかし私はレボフロキサシンを処方するときにこれらの副作用について話をしていません。「それは無責任ではないか」という声もあるでしょうが、頻度がそれほど多くない副作用まで説明する余裕はとてもないのです。

 薬疹の可能性についてあらかじめ説明するのはどのような薬を処方するときか、というのは医師によって異なると思います。私の場合、精神疾患に用いるいくつかの薬、高血圧に使う薬の一部、抗生物質の一部(先にあげたニューキノロン系の薬剤性光線過敏症も含みます)、解熱鎮痛剤の一部、(現在はほとんど処方していませんが)リウマチに使う薬や抗ガン剤の一部、などです。
 
 あらかじめ薬疹が起こりうることを説明しておくと、実際におこったときもほとんどの患者さんはあわてずに対処してくれます。電話で問い合わされることもありますし、直接受診されることもあります。この場合、薬疹に関する治療をおこない、二度とその薬を使うべきでないことを説明します。

 ときどきあるのが、複数の薬を内服していて薬疹と思われる皮疹が出現した、というケースです。この場合は、原則としてすべての薬を中止してもらい様子をみます。どの薬で薬疹が生じたのか、というのは当然知りたくなりますが、実はこれを調べるのは簡単ではありません。血液検査で調べる方法もないわけではないのですが、それほど精度の高いものではありません。ではどうするかというと、入院してもらって、可能性のある薬剤を少量から実際に内服してもらうことがあります(これを「チャレンジテスト」と呼びます)。しかし、肝臓など皮膚以外の組織にも影響がでているような場合はこのような検査は大変危険なものになりかねませんから安易にすべきではありませんし、そもそも原因の薬剤を調べるために1~2週間の入院ができる人はそれほど多くありません。現実的には、可能性のある複数の薬剤の使用を今後は控える、ということで対処していくことになります。

 薬疹はときに命にかかわることもあります。Stevens-Johnson症候群と呼ばれる最重症型の薬疹は、別名「皮膚粘膜眼症候群」とも言い、口腔内、外陰部、結膜や角膜に強い炎症が起こり、死に至ることもありますし、命は助かっても失明することもあります。この薬疹はそれほど多いわけではありませんが、私の印象で言えば、「薬疹を起こすことが多いとされている薬」で起こしやすいわけではありません。私はこれまで日本では2例しか経験したことがありませんが、いずれも原因となる薬剤は特定できませんでした。この薬疹は何らかの免疫系の異常があれば起こりやすく、実際、私がボランティアをしていたタイのエイズ施設では疑い例も含めるとけっこうな割合で認めました。しかしどの症例でも原因となる薬剤の特定はできませんでした。

 私は経験がありませんが、アセトアミノフェン(注2)でStevens-Johnson症候群が起こることもあるとされています。アセトアミノフェンは市販の風邪薬や頭痛薬などにもよく配合されている解熱鎮痛剤ですが、他の鎮痛剤と比べると、胃腸障害や心臓や腎臓への負担が少なく大変優れた薬剤と言えます。そのアセトアミノフェンでさえ、ときに死に至る薬疹となるStevens-Johnson症候群を起こすことがあるわけです。また、Stevens-Johnson症候群と同じように最重症型に分類される急性汎発性発疹性膿疱症や中毒性表皮壊死症(Lyell症候群)が発症したという報告もあります。繰り返しになりますが、アセトアミノフェンは薬局で誰でも買える解熱鎮痛剤で、他の解熱鎮痛剤に比べると副作用が少ないのが特徴なのです。誤解のないように付記しておくと、私は「アセトアミノフェンは危険な薬だから使用しないで」と言っているわけではありません。むしろその逆で、解熱鎮痛剤が必要な患者さんに私が最も処方することの多いのがアセトアミノフェンです。

 何だか薬の怖い話ばかり聞かされて薬を飲むのがイヤになった・・・。そのように感じた人もいるかもしれません。しかしほとんどの人にとって、薬とはなくてはならないものであることは事実です。

 では、どうすればいいか・・。月並みな言い方ですが、やはり薬を処方されるときには医師や薬剤師の説明をよく聞くこと、薬を使って何か体調に異変が起こったときは直ちに医療機関に問い合わせることが重要です。薬局で薬を購入するときも薬剤師の話をよく聞く必要があります。薬疹に限らず薬で重篤な副作用がでたときは、救済してもらえる制度もあります(注3)。ただしこの救済制度は、医療機関で処方された薬か薬局で購入したものに限られます。例えばインターネットで個人輸入したような薬は適応されませんのでご注意ください。

 すべての薬は薬疹を起こす可能性があり、薬疹には命にかかわる重症型のものもある・・・。このことは大変重要なのですが、これを理解されている患者さんは多くないように思えてなりません。小学校の保健の時間などを利用して、このことを周知してもらうことはできないでしょうか・・・。

注1:レボフロキサシン(商品名は「クラビット」など)の添付文書上の副作用は下記の通りです。

1)ショック,アナフィラキシー様症状(初期症状:紅斑,悪寒,呼吸困難等) 2)中毒性表皮壊死症(Lyell症候群),皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群) 3)痙攣 4)QT延長 5)急性腎不全,間質性腎炎 6)劇症肝炎,肝機能障害,黄疸(初期症状:嘔気・嘔吐,食欲不振,倦怠感,そう痒等) 7)汎血球減少症,血小板減少,溶血性貧血,無顆粒球症(初期症状:発熱,咽頭痛,倦怠感,Hb尿等) 8)間質性肺炎,好酸球性肺炎(症状:発熱,咳嗽,呼吸困難,胸部X線異常,好酸球増加等)(処置方法:副腎皮質ホルモン剤投与等) 9)偽膜性大腸炎等の血便を伴う重篤な大腸炎(症状:腹痛,頻回の下痢等) 10)横紋筋融解症(急激な腎機能悪化を伴うことがある)(症状:筋肉痛,脱力感,CK上昇,血中及び尿中ミオグロビン上昇等) 11)低血糖〔糖尿病患者(特にスルホニルウレア系薬剤やインスリン製剤等を投与している患者),腎機能障害患者で現れやすい〕 12)アキレス腱炎,腱断裂等の腱障害(症状:腱周辺の痛み,浮腫等)(60歳以上の患者,コルチコステロイド剤を併用している患者,臓器移植の既往のある患者で現れやすい) 13)錯乱,せん妄,抑うつ等の精神症状 14)過敏性血管炎(症状:発熱,腹痛,関節痛,紫斑,斑状血疹,皮膚生検で白血球破砕性血管炎等) 15)重症筋無力症の悪化 〈その他〉→必要に応じ中止等処置 1)過敏症(発疹等,浮腫,蕁麻疹,熱感,光線過敏症,そう痒等) 2)精神神経系(振戦,しびれ感,不眠,めまい,頭痛,幻覚,傾眠,意識障害,末梢神経障害,ぼんやり,錐体外路障害) 3)腎臓(BUN・クレアチニンの上昇,血尿,尿蛋白陽性) 4)肝臓(AST・ALT・Al-P・γ-GTP上昇,LDH上昇,肝機能異常,血中ビリルビン増加) 5)血液(白血球減少,好酸球増加等,貧血,好中球数減少,血小板数減少,リンパ球数減少) 6)消化器(悪心,腹痛,下痢,食欲不振,嘔吐,消化不良,口内炎,舌炎,口渇,腹部膨満感,便秘,腹部不快感,胃腸障害) 7)感覚器(耳鳴,味覚異常,視覚異常,味覚消失,無嗅覚,嗅覚錯誤) 8)循環器(動悸低血圧,頻脈) 9)その他(倦怠感,発熱,関節痛,熱感,浮腫,筋肉痛,脱力感,胸部不快感,四肢痛,咽喉乾燥,CK上昇,尿中ブドウ糖陽性)

注2:アセトアミノフェンについては下記コラムも参照ください。

メディカルエッセイ第97回(2011年2月) 「鎮痛剤を上手に使う方法」

注3:この制度を「健康被害救済制度」と呼び、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA) が業務を運営しています。詳しくは下記URLを参照ください。

http://www.pmda.go.jp/kenkouhigai/file/higaikyusai.pdf

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