マンスリーレポート

2012年9月号 トイレの使い方、間違ってませんか?

 このコラムで取り上げているのは基本的には「医療」のことで、それ以外では私が受験に関する書籍を上梓している関係から「勉強」のこと、さらに「自己啓発」のことなどです。社会支援やボランティアに関する話題は取り上げたことがありますが、医療に関係のない時事問題や社会問題などについてはほとんど触れたことがありません。

 そしてこの方針はこれからも続けていくつもりです。しかし今回は、どうしても言っておきたいことがあるのでそれについて述べたいと思います。実は私はこのことを、いずれ大勢の方に関心を持ってもらわなければならない、と、もう10年以上前から感じていました。

 これまで私がこのことをここに書かなかったのは、私がこのようなことを言う立場にはないだろうと感じていたことと、いずれこのことを話すのに適切な位置にいる人が訴える日がくるのではないかと期待していたからです。

 しかし、私が大勢の人に知ってもらう必要性を感じてから10年以上経過した今でも、このことを取り上げる人は(私の知る限り)いません。

 ではもったいぶらずに述べていきましょう。私が大勢の人に伝えたいこととは、「海外でのトイレの正しい使い方を本当に知っていますか」、ということです。もう少し具体的に言いましょう。私は世界中のトイレを知っているわけではありませんので、私が言いたいのはアジアのトイレについてです。結論を言えば次のようになります。

 日本以外のアジアでは、ほとんどの場所でトイレットペーパーを流してはいけない。

 日本人であれば、トイレットペーパーを流すのが常識ですが、これは日本以外のアジアでは「非常識」なのです。そのため、海外のホテルやレストランで日本人がトイレでトイレットペーパーを水と一緒に流して詰まらせて大変なことになった、という話がよくあります。私が改めてこのようなことを主張しなくても、アジアに旅行したことのあるほとんどの人にとってはすでに「常識」になっているでしょうが、残念ながらこの「常識」が守れていない人が少なくないようなのです。

 以前台湾のあるホテルで用を足そうとロビーにあるトイレに入ったときに驚いたことがあります。「紙を流さないで!」と日本語で書かれた張り紙がいくつもトイレの壁に貼られていたのです。これはすなわち、紙を流してトラブルを起こす日本人が後を絶たないことを示しています。ちなみに、このトイレには英語の張り紙もありましたが日本語ほど派手には書かれていませんでした。おそらく紙をトイレに流すなどといった「非常識」なことをするのは欧米人ではなく圧倒的に日本人に多いということでしょう。

 では、台湾では使用したトイレットペーパーをどうするのかというと、隅の方に置いてあるゴミ箱に入れます。ですから、その箱を覗くと、前の人が使用したトイレットペーパーが捨てられていて、紙には臭そうな便がびっしり付着……、ということもあります。もし、「そんな不潔なトイレで用を足せない……」と感じる人がいるなら、その人は海外(アジア)には行かない方がいいでしょう(注1)。

 このようにお尻を拭いた紙を箱に捨てなければならないのはもちろん台湾だけではなく、日本以外のアジアではどこも同じです。韓国では空港や高級ホテルでは紙を流してもかまわない、という話も聞いたことがありますが(注2)、少なくともソウルの普通のレストランでは流せませんし、ファストフード店でもご法度です。しかし、このルールを知らずに(あるいは知っていても無視して)紙を詰まらせてトラブルとなるケースが少なくないそうです。

 タイやマレーシア、フィリピンなどでは、少し高級なところでは便器の横に小さなシャワーのようなものがついています。用を足した後、そのミニシャワーでお尻を洗浄するのです。そして備え付けの紙でお尻を拭いて、その紙をゴミ箱に入れるようにします。

 こういった地域では紙がない場合もあります。紙がなければ手でお尻を拭かなければなりません。手でお尻を拭くことには抵抗のある人もいるでしょうが、しっかりとシャワーをして便を洗い流しておけば案外簡単にできるものです。(それでも手でお尻を拭くことができない、という人は、アジア旅行はかなり制約されたものになることを覚悟しなければなりません)

 このミニシャワーはいつも常備されているとは限りません。というより、ホテルや空港、高級レストランなど、限られた施設にしかこの便利なミニシャワーはありません。タイやフィリピンでの一般的な方法は、トイレの中に水を貯めている水がめのようなものがあり、そこにおかれている小さな洗面器のような容器を右手で持ち水がめから水をすくい、容器に取った水を左手で少しずつお尻にかけていきます。そしてそのまま左手でお尻をふきます。

 おそらく、この方式で初めから何の戸惑いもなく用を足せる日本人はそれほど多くないでしょう。しかし、これが現地での「標準式」トイレのルールなのです。紙を持参すればいいではないか、と考える人もいるでしょうが、このようなトイレにはゴミ箱が置いてありませんから、自分のものとは言え便が付着した使用済みのトイレットペーパーを持ち歩くのはかえって大変だと思います。

 私が初めてこのトイレの体験をしたのは、タイのある地方都市のデパート内でした。デパートですから、トイレにミニシャワーくらい付いているだろうと考えていたのですが、そのトイレは「標準式」トイレでした。この県で最も人が集まりそうなバスターミナル付近にあるデパートでこのトイレですから、おそらくこの地域にはミニシャワーがついているトイレは皆無でしょう。私は用を足した後、右手で容器を持ち水がめから水をすくい、恐る恐る左手でぴちゃぴちゃとお尻に水をかけてみました。しかし水は上手く肛門に命中しません。そのうちに床が水浸しになってしまい、それ以上水をかけるのをあきらめてそのまま左手でお尻を拭きました。すると、左手指の先端に伝わってきたのはぬるっとした感触で……。苦労したのに水は肛門に届いていなかったのです……。

 今では私はこの「標準式」タイ式トイレに何の抵抗もなくなっています。ミニシャワーがついていればそれを使いますが、なくても苦痛にならなくなりました。しかし私はこんなことを自慢したいのではありません。問題は、「現地のトイレのルールを知らずに紙を詰まらせてしまう日本人が後を絶たない」という現実です。

 先月(2012年8月)も私はタイに渡航したのですが、チェンマイのホテルの従業員と話しをしているとこの話題になりました。やはりトイレの紙でトラブルを起こすのは日本人だそうです。

 けれども、紙を詰まらせた日本人の立場からすれば「そんなこと知らなかったし、今まで誰も教えてくれなかった!」となるわけです。この問題を解決するには、海外(アジア)のトイレのマナーを誰かが教えることが必要です。そう思って、いくつかの旅行会社や旅行関連の書籍を発行している出版社のウェブサイトを見てみたのですが、残念ながらトイレのルールについて解説したものはみつかりませんでした。

 ならば学校で教えればどうでしょう。小学校の社会の授業で「世界のトイレのルール」というタイトルで講義をおこなうのです。実習も入れるべきでしょう。ミニシャワーまで取り付けた簡易トイレを用意するのは簡単でないかもしれませんが、きっと生徒たちは興味をもち、さらに世界に関心が持てるのではないかと思うのですが……。

 それから、どなたか「世界トイレ辞典」のようなものを作ってもらえないでしょうか。例えば、中国の地方に行くと、今でも壁のないトイレが普通にありますし、ネパールの奥地では、トイレで大便をするとどこからともなくブタがやってきてすぐに便を食べてしまうそうです。このようなことも含めた「世界トイレ辞典」、出版されれば直ちにベストセラー……、とはいかないでしょうか。

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注1 日本ではなぜ紙を流せるのか、というと下水道が発達しているからです。また汲み取り式なら紙は便と一緒に捨てることができるでしょう。しかし、日本でも場所によっては紙を流してはいけません。私は以前北アルプスに建てられたある山小屋でトイレを借りたことがあるのですが、その洒落た山小屋ではトイレもたいへんきれいに掃除されていました。そしてその壁に貼られていた張り紙には「紙は流さないでください」とあり、アジアのトイレでみるのと同じようなゴミ箱が置かれていました。

注2 他にもアジアでも高級な施設では紙を流してもかまわないところがあるかもしれません。私自身はアジアではどこでも紙を流しませんが、何度か「大便をしたときに紙を流してもいいですか」とホテルの従業員などに尋ねたことがあります。しかし、これを英語で表現するのが思いのほか困難でした。流すは「flush」でいいと思うのですが、私の発音が悪いこともあってなかなか通じません。そこで「wash out」「drain」「run off」「throw away into the basin」などと言ってみるのですが、最終的にはジェスチャーが一番通じました……。

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