マンスリーレポート

2017年5月 就職の相談

 患者さんから就職の相談をされたときどうしていますか?

 少し前、複数の医師と雑談をしていたときに私がふった話題です。そこにいた医師は全員が無言に…。どうやら私は場違いで無神経な発言をしてしまったようです。しばらくして一番ベテランの医師が言うには「そんな相談されない」とのこと。

 一方、私は研修医の頃から就職についての相談をしばしば受けています。おそらくこの理由のひとつは、私が医学部再受験の本を上梓したからだと思います。私は今もFacebookやLINEなどのSNSを一切おこなっていませんが、クリニックやNPO法人GINAのサイトから相談メールがよく届きます。数年前までは、就職よりも医学部再受験についての相談が多く、就職については、看護師、作業療法士、臨床心理士といった医療系の仕事についてのものが多かったのですが、最近は医療系以外の相談、例えば大学生から新卒の就職について相談されることもあります。

 質問や相談をする人のすべてが私の本を読んでいるわけではありません。おそらく日ごろから「困ったことがあれば何でも相談してください」と言っていることが原因のひとつでしょう。この「困ったことがあれば」というのは、一応は「医療のことで」という前提で話しているつもりなのですが…。恋愛相談を受けることもしばしばあります。以前は恋愛関係の相談はLGBTの人たちからのものがほとんどだったのですが、最近はストレートの人からも寄せられるようになってきました。もちろん私は万能カウンセラーではなく、それほど期待に応えられるわけではないのですが…。

 ですが、困っている人を放っておくわけにはいきません。結果として役に立たないことの方が多いのですが、ほとんどの相談に対して返答しています。(一部、明らかにふざけたような質問は無視しています) 

 話を「就職」に戻しましょう。私がひとつめの大学(関西学院大学)を卒業した1991年はバブル経済真っ只中で「空前の売り手市場」と言われていました。今年(2017年)は、そのバブル時代以上に求人率が高いそうですが、91年当時の方が時代背景もあり企業側が”過剰な”対応をしていました。説明会は高級ホテルの立食パーティが当たり前、入社前に海外旅行を用意する企業や新車一台プレゼントしてくれる会社まであったほどです。ですからよほど「狭き門」の企業を目指さない限りは、就職試験で落ちるということがなかったのです。

 また、医師はいつの時代も人手不足ですから、やはりよほどの「狭き門」の病院でない限り、就職できないということはありません。医学部の学生時代のアルバイトも、医学生自体が稀少な存在ですから、どこに行っても珍しがられてすぐに採用ということになりました。

 つまり、私は「職を探す」ということについてこれまで一切の苦労をしたことがなく、試験や面接で落とされた経験が一度もないのです。常識的に考えれば、こんな私に就職の助言などできるはずがないのですが、ものすごく都合のいい解釈をすれば、私は「職探しで一度も失敗したことがない男」となるのかもしれません。また、今は人を採用する側にいますから、こんな人はNGでこういう人はOK、ということが多少は分かるつもりです。特に医療職についてはそれなりに助言ができると思います。

 では、さっそく私が考える「職探しの極意」を紹介したいと思います。まず「就職」と「受験」は異なります。どちらも「運と縁」が関与しますが、受験に比べて就職はその傾向が桁違いに高くなります。そして、このことを初めから理解しておくべきです。もしも希望しているところに就職できなかったとしても、それはあなたに実力がなかったからではなく「運と縁」がなかったと考えるべきです。就職の場合、新卒時を除けば就職時期は「適宜」となるのが普通です。最近、私の友人が「超」がつくような優良企業に就職が決まりました。めったに中途採用をしない会社です。求人が出た時期と友人が職を探していた時期が”たまたま”重なり、さらに偶然にも他にめぼしい応募者がいなかったようです。

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院)」でも、募集して新しい採用が決まり求人活動が終了したそのわずか数時間後に、職歴も志望動機も申し分がなく「是非一緒に働きたい!」と感じる人からの履歴書が届いたということが過去に何度かありました。そして採用した人が、1ヶ月もしないうちに”本性”を現し、とうてい医療者には向いていないことが判り…、仕事のパフォーマンスは最悪で患者さんからのクレームが後を絶たず…、ということも。

 一般に(とはいえ、これは特に私に強い傾向があることは認めます)、就職希望者が「未熟ですが一生懸命がんばりますのでお願いします!」と熱意を強く訴え、そして「なぜここで働きたいのか」その理由がまともなものであれば、たとえ、これまでの経歴が不十分であっても、試験の点数が低くても、その熱意が高ければ採用に至ります。逆に「私のこれまでの経験で充分にやっていけます」というような態度の人は、谷口医院では不採用になることが多いといえます。

 しかし、この採用方法はときに”裏目”に出ます。一度、面接時に泣きながら「前の職場で辛かった。新たに当院でがんばりたい」と強く訴えた看護師を採用したことがあります。しかし、採用後、最初のうちは多少の”がんばり”を見せてくれたものの、数か月もたてば、言われたことしかしない、言われたことも文句をつけてやらない、という態度に変わっていきました・・・。

 ですが、私はこれでいいと思っています。「裏切られても信じることから…」というのが私の考えです。こういう医療者と接した患者さんには申し訳ないですし、開き直るわけではありませんが、もしも当院の医療者が患者さんに不快な思いをさせることがあればそれは私の責任であり、精一杯のフォローをします。

 仕事に流動性のあるこの時代、新卒の人も含めて「生涯働き続ける職場」を探す必要はないと思います。では、どのような基準で就職先を探せばいいのか。それは「自分の勉強になるかどうか」だと私は考えています。実際、私自身がそのような観点のみでこれまで仕事やアルバイトを探してきました。(かなり都合のいい解釈をすれば、私が面接や就職試験で一度も落とされたことがないのは、この考えを面接官や雇用者に汲み取ってもらったからかもしれません)

 私はこれまでアルバイトも含めれば20以上の職場で働いていますが、面接のときに、「貴社(貴院)のためにがんばります」と言ったことは一度もありません。毎回私が主張するのは「貴社(貴院)で勉強させてください」ということです。もしかすると、こういうことを言う者は少なく「珍しいから」という理由で採用されるのかもしれませんが、これは私の本心です。その企業(や病院)のために働くなどと考えたことはただの一度もなく、私が考えることはただひとつ。「その仕事は自分の勉強になるか」というとても身勝手なものです。

 私にとって仕事とは「お金を稼ぐ手段」ではなく「勉強」であり、どこの職場でも少しでも学ぶことを考えます。会社員時代は、英語、貿易事務、マーケティングなどを学ぶ”学校”でしたし、医師になってからはひとりひとりの患者さんが私にとっては「貴重な臨床症例」です。医学部の学生時代、何人かの先生から「患者さんから学ばせてもらえ」と言われ、当時はこの意味がよく分からなかったのですが、医師になってから日々実感しています。よりよい医療をおこなうには教科書だけでは不十分で臨床経験を重ねなければならないのです。

 私は、医療者は(それは狭い意味の医療者だけでなく事務職や受付も含めて)、この「患者さんから学ぶ」そして「患者さんに貢献する」という姿勢が絶対に必要だと考えています。医療機関のために働く必要は一切ありません。患者さんから学びそして貢献するというこの精神(私はこれを「医療マインド」と呼んでいます)があれば、必ずやりがいをもって気持ちよく働くことができ、そして患者さんから「感謝」されます。

 谷口医院のこれまでのスタッフを振り返ると、「医療マインド」を持っている者は、日ごろから私に患者さんの相談や質問をし、患者さんから感謝の言葉をかけられ、そして”卒業”するときにも患者さんの話をします。逆に、退職時に患者さんの話が一切でてこないスタッフもいます。そういうスタッフは例外なく「医療マインド」がなく、実際、それなりに長く働いたとしても患者さんから感謝の言葉がほとんど寄せられていません。

 人のために貢献できる職業は医療者だけではありませんが、医療者は「貢献していること」を日々実感することのできる恵まれた職業だと私は考えています。「医療マインド」は絶対に必要ですが、これを身につけるのに特別な訓練は必要なく、「困っている患者さんの力になりたい」と思うことができればそれで「合格」です。(ですが、簡単そうにみえてこれができない人も世の中にはいるのです)

 最後に阪急東宝グループの創始者小林一三氏の言葉を著書『私の行き方』から紹介したいと思います。これを書かれたのはおそらく戦前だと思われますが、今読んでも胸に響きます。

せち辛い世の中ではあるが、生きがいのある生活だとか、人格を認めてもらわなければ困るとか、そういう理屈、それは正しい主張であるとしても、それらの議論にこだわらず、己を捨てて人のために働くのが、かえって向上昇進の近道であると信じている。

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