2025年5月30日 金曜日
2025年5月30日 若者の半数がネットのない世界を望み7割がSNSで病んでいる
「はやりの病気第257回(2025年3月)人生が辛いなら『スマホを持って旅に出よう』」では、若者が心を病んでいる最大の原因がSNSであることが自明なのに人類はもはやSNSの”魅惑”から逃げられない現実について述べ、ならばスマホを持ったまま旅に出て、画面上ではなく現実の非日常を求めてみてはどうか、という私見を述べました。
では、若者はSNSに対してどう考えているのでしょうか。最近、英国で若者を対象とした興味深い調査が実施され、The Guardianが報じました。
British Standards Institutionが16~21歳の1,293人の若者を対象に実施した調査で、結果は下記の通りです。
・46%が「インターネットのない世界で暮らしたい」と考えている
・68%がSNS利用で自己嫌悪感に苦しみ精神を病んでいる
・50%が午後10時以降のSNS利用を禁じる「デジタル禁止令」を支持している
・4分の1は1日4時間以上SNSを利用している
・42%はオンラインでの行動について両親や保護者に嘘をついている
・42%が年齢を偽ったことがある
・40%が偽アカウントや「使い捨て」アカウントを持っている
・27%が全くの別人になりすましたことがある
・27%が自分の位置情報を知らない人に教えたことがある
************
冒頭のコラムを書いたとき、「まだアイデンティティが確立していない脆弱な発達段階でSNSに触れるのが危険であることに当事者の若者は気づいていないだろう」と私は考えていました。ところが、この英国の調査に鑑みれば、すでに若者自身がSNSの弊害を察しているようです。
だからといって実際にSNSと縁を切れる若者はほとんどいないでしょうし、現在英国が進めようとしている「午後10時以降のSNSへのアクセス禁止案」もそれほど効果がでるとは私には思えません。
しかし、誹謗中傷や他者の比較に辟易としている若者も増えてきているのでしょう。ならばSNSから完全に脱却できなくても、従来の(まともな)人間関係構築に向けた動きも広がっていくことを期待したいと思います。もちろん、日本も含めて。
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|2025年5月15日 木曜日
第262回(2025年6月) アルツハイマー病への理解は完全に間違っていたのかもしれない(後編)
アルツハイマー病を発症する理由について、これまでは「アミロイドβの脳内の蓄積」または「タウ蛋白の脳内の蓄積」と考えられてきました。前回述べたように、2006年に科学誌「Nature」に掲載されたミネソタ大学のKaren H. Ashe氏らの研究で「アルツハイマー病を発症するように遺伝子操作されたマウスにはAβ*56と呼ばれるアミロイドβが存在し、認知機能が低下するにつれてAβ*56がたくさん蓄積した。また、Aβ*56を注入されたラットに記憶障害が認められた」、つまり「アミロイドβの蓄積がアルツハイマー病の原因である」ことが”証明”されました。しかしこの論文はデータが捏造されていたことが発覚し、現在は取り下げられています。
一方、英国の神経学者Ruth F Itzhaki氏らのグループは「アルツハイマー病の真の要因は感染症、とりわけ単純ヘルペスウイルスが最も可能性が高い」と考えています。
アルツハイマー病の(要因ではなく)「リスク」については本サイトで繰り返し述べているように(例えば「はやりの病気第253回<2024年9月>『コレステロールは下げなくていい』なんて誰が言った?」)「中年期のLDLコレステロール」や「中年期の難聴」が重要です。しかし、これら以外にも「あまり指摘されないけれど確実に認知症を起こしやすい基礎疾患」があります。ダウン症がその一つです。
ダウン症の人々がヘルペスウイルスに感染しやすいとした報告は見当たりませんが、一般にダウン症の人たちは感染症に罹患しやすいことはよく知られています。そして、感染しやすいだけでなく重症化しやすいのも事実です。つまり、ダウン症の人たちはそうでない人たちに比べて免疫応答に「差」があると考えられるわけです。ならば、ダウン症があれば脳内での感染症に対する免疫応答がダウン症でない人と異なるために、その結果としてアミロイドβやタウ蛋白が蓄積しやすいという仮説が生まれます。
アルツハイマー病の遺伝的リスクと言えばダウン症よりもApoE遺伝子がよく知られています。ApoE遺伝子をε4で持っていればリスクは上昇し、ε4をホモで持っていれば(2つ持っていれば)、ε3をホモで持つ人に比べて発症リスクが11.6倍にもなります。ε4をホモで持てば75歳でアルツハイマー病を発症する確率は8割にも上ります。しかし、ε4をホモで持つ75歳の人の約2割は発症しないのも事実です。この差はどこからくるのでしょうか。
実はItzhaki氏は非常に興味深い発見をし、1997年にすでに発表しています。「ApoE遺伝子をε4で持つ人は、脳内に単純ヘルペスウイルス1型を保有している場合にのみ、アルツハイマー病を発症する可能性が高くなる」というのです。
この研究、ものすごく興味深いと思われますが、これまでなぜかさほど注目されてきませんでした。しかし、これは事実なのでしょうか。これが事実なら「認知症の最大の対策は単純ヘルペスウイルス1型に感染しないこと」となります。俄かには事実と信じられないような研究です。同様の結果を示す別の研究を待つ必要があります。
その研究は2020年に公表されました。フランスの科学者が、「ApoE遺伝子をε4で持たない人が単純ヘルペスウイルス1型に感染してもリスクは増えないが、ε4を持つ人の場合はアルツハイマー病発症リスクが3倍以上になる」ことを示したのです。
ところで最近、「帯状疱疹のワクチンが認知症のリスクを下げる」という話がよく取り上げられます(参照:医療ニュース2025年4月28日「認知症予防目的に帯状疱疹ワクチン」)。なぜ、帯状疱疹のワクチンが認知症のリスクを下げるのか。単純に考えれば「水痘帯状疱疹ウイルスが認知症の原因のひとつだから」となります。しかし、Itzhaki氏らの研究が主張しているのは「水痘帯状疱疹ウイルス」ではなく「単純ヘルペスウイルス1型」です。これら2種のウイルスは”親戚”のような関係ですが、同じものではありません。ということは、いずれのウイルスもアルツハイマー病のリスクを上げるのでしょうか。
実は、「帯状疱疹の発症は認知症のリスクになる」とする研究と、「リスクにならない」という相反する研究があり結論はでていません。例えば、韓国の大規模研究では「帯状疱疹の治療で認知症のリスクが減る」という結論が出ています。他方、英国及びデンマークでは否定的な結果となっています。
そんななか、非常に興味深い論文が公表されました。研究したのはやはりItzhaki氏らで、2022年医学誌「Journal of Alzheimer’s Disease」に「水痘帯状疱疹ウイルスが静止期の単純ヘルペスウイルス1型の再活性化を介してアルツハイマー病に関与する可能性(Potential Involvement of Varicella Zoster Virus in Alzheimer’s Disease via Reactivation of Quiescent Herpes Simplex Virus Type 1)」というタイトルで掲載されました。この研究で分かったのは、「水痘帯状疱疹ウイルスはアミロイドβやタウ蛋白の蓄積には直接関与しない。しかし、水痘帯状疱疹ウイルスは脳内でおとなしくしていた単純ヘルペスウイルス1型を再活性化させる」ということです。
認知症のリスクを下げると言われているワクチンは帯状疱疹のワクチンだけではありません。過去のコラム(はやりの病気第258回(2025年2月)「認知症のリスクを下げる薬」)でも紹介したように、インフルエンザのワクチン接種で認知症発症リスクが40%も低減するとする研究や、三種混合ワクチンは30%、肺炎球菌ワクチンは27%認知症のリスクを低下させるという報告もあります。仮設の域を超えませんが、いくつかの感染症は、結果として(例えば、炎症性サイトカインを誘導するなどして)「脳内に潜むヘルペスウイルスを再活性化させ、その結果アミロイドβやタウ蛋白が生成される」という説が考えられます。
さらに興味深い研究を紹介しましょう。外傷性脳損傷が単純ヘルペスウイルス1型を活性化させ、さらに、アミロイドβとタウ蛋白が産生され蓄積することを示した論文が最近発表されたのです。
ここまでをまとめると、どうやらアルツハイマー病の真の要因は「アミロイドβやタウ蛋白が増えること」ではなく、「単純ヘルペスウイルス1型の再活性化が真の要因で、アミロイドβやタウ蛋白が蓄積するのはその結果」と言えそうです。ということは、最善策は「初めから単純ヘルペスウイルス1型に感染しないこと」となりますが、これは困難です。些細なスキンシップで感染するこの感染症を予防するのは事実上不可能です。今まで感染していないという人も、今後他者とのスキンシップを拒否して生きていくことはできないでしょう。「単純ヘルペスウイルス1型は生きていればそのうち感染する」と考えるべきです。
大切なのは「感染しないこと」ではなく「いったん感染した単純ヘルペスウイルス1型を再活性化させないこと」です。そのために気を付けるべきことは「(ヘルペス以外の)感染症の予防をする」「ワクチンがあるものはワクチン接種を受ける(特に帯状疱疹)」「脳の外傷に注意する」といったところになります。
では、単純ヘルペスウイルス1型の再活性化、つまり顔面のヘルペスの再発を防げば認知症のリスク低減につながるのでしょうか。台湾に驚くべき研究があります。なんと、抗ウイルス薬内服で口唇ヘルペスを治療すると認知症のリスクが9割以上も低下するというのです。
ちょっと信じがたい数字ではありますが、スウェーデンにも同じような研究があります。こちらは研究の対象者が少ないのですが、発症リスクが7割以上低下しています。しかし、ドイツの研究では抗ウイルス薬の効果は否定されています。
ヘルペスは軽症であれば内服ではなく外用薬を希望する人がいます。ですが、これらの研究に鑑みれば、現在万人が認めているわけではないとはいえ、脳内のヘルペスウイルスの再活性化はできるだけ食い止めるべきだと言えるでしょう。ということは、感染後は(繰り返しますが、感染を防ぐのは極めて困難です)発症しないように気を付け(紫外線対策、睡眠時間を確保する、ストレスをためないなど)、発症すれば直ちに内服薬を使用する、さらに(帯状疱疹などの)ワクチン接種で単純ヘルペスの再発を防ぐ、ということが大切になってきます。
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|2025年5月15日 木曜日
第261回(2025年5月) アルツハイマー病への理解は完全に間違っていたのかもしれない(前編)
現在、アルツハイマー病を「最もかかりたくない病気」と考えている人は少なくないでしょう。「認知症は病気ではなく自然の経過だ」という考えは根強くありますが、そのような意見を主張する人でさえも「ではあなたがアルツハイマー病になってもいいですか?」という質問に「イエス」とは答えません。
アルツハイマー病は単に「認知機能が衰える病気」ではありません。最近「Lancet」に発表された論文によると、「GBD(=Global Burden of Diseases, Injuries, and Risk Factors Study)」と呼ばれる統計データから371の疾患が分析された日本人の死因第1位が認知症で、全死因の12.0%に相当します(ちなみに、第2位から5位は、脳卒中、虚血性心疾患、肺がん、下気道感染症)。また、認知症を発症すれば、あるいは認知機能が低下すれば、健康への関心が低下し、体重コントロール、食事や運動などのライフスタイルが乱れ、他の疾患を発症して認知症以外の死因で死に至ることもあります。つまり、「認知症は万病の元」とも言えるわけです。
世界規模でみると、現在アルツハイマー病を患う人は3000万人を超えています。65歳を過ぎると発症率は5年ごとに倍増し、85歳になると3人に1人が発症します。
アルツハイマー病には有効な治療法がありません。世界中の製薬会社がアルツハイマー病の治療薬開発にしのぎを削り、1995年から2021年の間に1000件以上の臨床試験に約420億ドルが投入されました。市場に出ている薬はあるにはありますが、治癒、あるいは予防にはほど遠いものです。
アルツハイマー病が「どんな人に起こりやすいか」については過去にも繰り返し述べて来たようにかなり検討されています(例えば「はやりの病気第253回<2024年9月>『コレステロールは下げなくていい』なんて誰が言った?」)。しかし、「なぜ起こるのか」についてはいまだに分かっていません。
もっと正確に言えば「いったんはなぜ起こるかが解明されたと思われたが実は間違いだった」となります。
これまでアルツハイマー病は「アミロイド仮説」で説明されてきました。タンパク質の一種であるアミロイドβの沈着が脳内の神経細胞の間に蓄積し、神経細胞を障害するというものです。しかし、この説に対しては以前から疑問視する声がありました。例えば、アルツハイマー病の脳には必ずアミロイドβの沈着が観察されますが、沈着があってもアルツハイマー病を発症しない人もいます。それに、アミロイドβの蓄積はアルツハイマー病発症の「要因」ではなく、単なる「結果」である可能性を否定できません。
2006年、1つの論文が風穴を開けました。ミネソタ大学のKaren H. Ashe氏らによる研究が科学誌「Nature」に掲載され、「アミロイドβが記憶障害を引き起こす」ことが”証明”されたのです。もう少し詳しく言うと「『Aβ*56』と呼ばれるアミロイドのオリゴマー(蛋白質の固まり)がアルツハイマー病の発症に関与している」ことが示されました。さらに詳しく解説すると、著者らは「アルツハイマー病を発症するように遺伝子操作されたマウスにはAβ*56が存在し、認知機能が低下するにつれてAβ*56がたくさん蓄積した。また、Aβ*56を注入されたラットに記憶障害が認められた」と報告したのです。
アミロイドβには複数のサブタイプがあることが知られていますが、アルツハイマー病との関連については分かっていません。そんななか、アルツハイマー病を引き起こす特定のオリゴマーが発見されたわけですから、この論文は極めて価値の高い、いわばノーベル賞級の快挙です。実際、責任著者のAshe氏は神経科学の世界で名誉あるPotamkin賞を受賞しました。この論文はその後2,500件近くの学術論文で引用され、世界中の科学者が数億ドル規模の公的研究助成金を用いてアミロイドβの研究に勤しみました。
ただ、この論文にはひとつの「欠点」がありました。「捏造」だったのです。現在もこの論文はウェブ上で閲覧できますが、各ページに大きな字で「RETRACTED ARTICLE(撤回された論文)」と記されています。人間、嘘をついたならできるだけ早くそれを公表し嘘を撤回すべきですが、この論文が撤回されたのは捏造疑惑が生じてから2年後の2024年6月でした。
ちなみに、現在日米でアルツハイマー病に一応有効とされ発売されている薬「レカネマブ(レケンビ)」「ドナネマブ(ケサンラ)」はアミロイドβを攻撃するとされていますが、認知機能低下の効果はわずかしかなく、脳腫脹や脳出血など危険な副作用のリスクが(特にアルツハイマー病のハイリスクとなるApoE遺伝子をε4で持つ人にとって)あります。ちなみに、レケンビ発売元のエーザイは「論文の不正とレカネマブは関係がない」とする声明を出しています。
聞くところによると、この捏造論文が撤回された後も、アルツハイマー病の原因が尚もアミロイドβだと考え研究を続けている研究者もいるようです。その一方、「原因は他にある」と考える研究者もいます。現在最も注目されている一人が、英国の神経学者Ruth F Itzhaki氏です。Ashe氏らの捏造論文が登場した1年後の2007年、医学誌「Neuroscience Letters」に「単純ヘルペスウイルスの感染により脳細胞内のアミロイドレベルが劇的に上昇する」ことを示したItzhaki氏の論文が掲載されました(尚、アルツハイマー病ではアミロイドβが細胞の外に沈着しますが、アミロイドβが生成されるのは細胞内です)。
Ashe氏らの「Nature」の論文が世界に多大なる影響を与えた一方で、Itzhaki氏の「単純ヘルペスウイルスが認知症の原因」とするこの説はあまり注目されず鳴りを潜めていました。しかし、論文捏造で評判を地に墜としたAshe氏とは対照的に、Itzhaki氏に賛同する学者は次第に増え、ついに「AlzPI(Alzheimer’s Disease Pathological Biome Initiative=アルツハイマー病病理研究チーム)と呼ばれるチームが結成されました。チームの使命は「感染症がアルツハイマー病の発症に中心的な役割を果たしていることを正式に証明すること」です。
アミロイドβ以外にもう1つ、アルツハイマー病で脳内に蓄積する蛋白質があり「タウ蛋白」(または単に「タウ」)と呼ばれます。アミロイドβ説の信奉者は「アミロイドβが増えるからアルツハイマー病を発症する」と考え、タウ蛋白説を信じる人は「タウ蛋白が増えるからアルツハイマー病を発症する」と考えます。一方、Itzhaki氏らAlzPIのメンバーは「アミロイドβとタウ蛋白は脳における病原体に対する最前線の防御線」(=アミロイドβとタウ蛋白が病原体をやっつける)と考えます。
この根拠となると思われるのが2018年に医学誌「Neuron」に掲載された論文「アルツハイマー病に関連するアミロイドβはヘルペスウイルスによって急速に増殖し脳感染から保護する(Alzheimer’s Disease-Associated β-Amyloid Is Rapidly Seeded by Herpesviridae to Protect against Brain Infection)」です。タイトルから分かるように、「ヘルペスウイルスの脳内の感染でいわば免疫応答としてアミロイドβがつくられる」とこの論文は主張しています。つまり、アミロイドβの生成は感染予防上必要だというのです。しかし、その免疫反応が過剰に働いたときに(いわば余剰につくられた)アミロイドβが脳に蓄積して、アルツハイマー病を発症すると考えられるわけです。
この説が正しいとするならば、認知症の最大の予防は「ヘルペスウイルスに感染しないこと」、あるいは「ヘルペスウイルスに感染してしまったらできるだけ再発させないこと」が最重要になります。
次回に続きます。
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|2025年5月8日 木曜日
2025年5月 「筋を通す」ができないリーダーは退場あるのみ
「男なら筋(スジ)を通せ!」という言葉を私が初めて聞いたのは、18歳の頃、1つ目の大学の1回生のとき、当時のアルバイト先の先輩からでした。今の時代なら「男なら」なんて言葉はNGワードでしょうが、昭和の当時も別に深い意味があったわけではなく、単なる接頭語のようなものであって、女、あるいは他のセクシャリティの場合は筋を通さなくていい、という意味ではもちろんありません。重要なのは「筋を通す」で、言い換えれば「ズルいことや卑怯なことをするな」「自分が言ったことは守れ」という意味です。
その先輩から人生で最も大切なこの教訓を教わってから40年近くたった今も、私は「常に筋を通す」「損をしてでも筋を通す」を信条としています。自分の行動が間違っていないかどうかは「筋が通っているか否か」が基準となります。そして、他人をみるときにも「その人の言動は筋が通っているか」でその人物が信用に値するか否かを見極めます。
例えば、(たぶん過去にも似たような話をしたと思いますが)たいていの医療者が嫌がるクレームを言う患者さんに対し、私はむしろ積極的に話をしにいきます。谷口医院開院前に病院で勤めていた頃、「外来(特に救急外来)に怒っている患者がいる」という話を聞けば、私は率先して現場に駆けつけていました。怒り心頭の患者さんには一見近づきがたく、言っているのが無茶苦茶なことも多いのですが、なぜ怒っているのか、その理由をよく聞けば納得できることも少なくありません。というよりも、怒りの度合いが強ければ強いほど言い分には筋が通っていることが多いのです。医療者の立場からみれば「そうではないんですよ」という見方になるのですが、それでも患者サイドに立てば「たしかにそう考えたくなりますよね」と理解できることが多いのです。
このときに医療者がやってはいけないことは「安易に謝ること」です。とにかくその場を抑えたいが故に(気持ちのこもっていない)謝罪をする人がいますが、それは相手の怒りに油を注ぐだけです。気持ちのない薄っぺらい謝罪の言葉はすぐに見破られます。特に組織の上の立場の者は簡単に謝罪の言葉を述べるべきではありません。しかしながら、こちら側に「非」があるのなら誠心誠意の謝罪をしなければなりません。
組織の上の立場の者、あるいはリーダーなら、まず自分自身が常に筋を通すこと、他者と対立したときには相手の言い分に耳を傾けること、相手の言い分に筋が通っている部分があるのならそれを尊重すること、そして自分の側に「非」があるならそれを認めて謝罪することが必要です。これができない人たちは(私の目には)とても格好悪くうつります。
例えば、「パパ活してる場合か!」とメディアで報じられた大病院の理事長は、パパ活の女性とラブホテルに入店する「証拠写真」を公開され、利用したラブホテルの名前やパパ活サイトの名称まで詳らかにされたというのに、今も理事長の立場を保持しています。パパ活は犯罪行為ではないのでしょうが、自身が論文捏造やパワハラの加害者としての責任を問われている状況のなか、そのような行為に手を染めるのは千数百人の医療従事者を率いる立場に立つ者として筋が通っているとは思えません。まともなリーダーなら自身の行動に責任をとり、疑惑に対しては説明をすべきです。
製薬会社に”おねだり”して、ソープランドの接待を繰り返し受けていた大学病院の教授も黙っていることは許されません。この教授、猫背姿でソープランドに入店するときの写真やさらには顔写真まで公表され、指名したsex workerの情報も露にされていますから弁解の余地はないはずです。明らかな犯罪行為ではないのかもしれませんが、自身の部下たちが勤務している平日の昼間にフーゾク接待を受けることが組織の上に立つリーダーとして筋の通った行動でないのはあきらかでしょう。「パパ活理事長」と同様、何の説明もせずに平然と過ごしていいはずがありません。
トランプ新政権が誕生することが決まるや否や、それまでの自分たちの言動に蓋をして、手のひらを返し、せっせと「トランプ詣で」に精を出し始めたリーダーがいます。例えば、メタ・プラットフォームズのマーク・ザッカーバーグ氏は、それまでの自社の「ファクトチェック」を廃止し、トランプ氏にすり寄り100万ドルもの寄付をしたと報じられました。これ、ものすごく格好悪くないでしょうか。まるでいじめっ子にこびへつらうズルい弱虫のようです。
アマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏も、元々は民主党を支持していたのに、トランプ氏が選挙で勝利するや否や100万ドルの寄付をしています。もしも、何らかの理由で自身の信条が代わり共和党を支持するようになったのならそれはそれで筋が通りますが、それならば社会に対してきちんと釈明をすべきです。
世界中の子供たちに夢を与え続けていたはずのディズニーのCEOロバート・アイガー氏も私の目にはとてもかっこ悪くうつります。ディズニー傘下のABCニュースでトランプ氏の性犯罪について触れたことを発端とした裁判は充分に勝つ見込みがあったのにもかかわらず、1500万ドルをトランプ氏の大統領図書館に寄付し、さらに100万ドルの法的費用を負担することで和解したのです。
一方、トランプ氏に「NO!」と言える人たちもいないわけではありません。日本ではあまり報道されていないようですが、共和党内にも勇気のある政治家がいます。例えば、アラスカ州の上院議員Lisa Murkowski氏は「報復に対して不安があるものの」と前置きし、堂々とトランプ氏の誤りを指摘しています。他にも、共和党の議員では、Mitt Romney氏、Liz Cheney氏、Adam Kinzinger氏はトランプ氏に対して批判的です。
メイン州のジャネット・ミルズ知事のトランプ氏への批判的な態度は一貫して筋が通っています。トランス女性の選手の女子スポーツ大会への参加を認める州の差別禁止法をめぐってトランプ氏と対立し、揺るぎない信念を維持しているのです。トランプ氏がメイン州への資金提供停止をちらつかせると、知事は「裁判所で会いましょう(See You in Court)」と毅然とした態度で答えました。
予算を削られ人員を削減されている大学も黙っていません。少なくとも、ハーバード大学、コロンビア大学、プリンストン大学、エール大学では教員や学生がトランプ氏の方針に反対する声明を発表しています。ハーバード大学は、助成金凍結の差し止めを求めて訴訟を起こしました。
このように、米国のメディアを丁寧に探せばトランプ氏を堂々と批判している組織やリーダーも見つかります。ですが、全体でいえばかなり少数ではないでしょうか。その理由は「報復が怖いから」でしょう。実際、トランプ氏に反対意見を表明すれば共和党議員はすぐに嫌がらせをされるでしょうし、メイン州のミルズ知事は次回の選挙で不利になるかもしれません。大学が声を上げればますます予算を減らされるリスクに晒されます。
トランプ氏は単に強引なだけではなく復讐心の強い人間でもあります。ヴァージンの創業者リチャード・ブランソン氏は、以前食事の席でトランプ氏から「最近の破産後、多くの人々に助けを求めたが、そのうち5人は協力してくれなかった」と言われ、「残りの人生をかけてこの5人を破滅させるつもりだ」と告げられた経験をコラムにし、トランプ氏のこの性格を「vindictive streak(復讐心に燃える性格)」と呼んでいます。ちなみに、もしもトランプ氏がブランソン氏に助けを求めれば「6人目」になっていただろうとのことです。最近、ブランソン氏は、トランプ氏が世界に「甚大な損害を与えている」と公然と非難しました。ヴァージングループは英国が拠点だとはいえ、トランプ氏がその気になれば嫌がらせもできるでしょう。しかし、そんなことに屈することなくブランソン氏は「正しいこと」をしました。筋を通したのです。
米国人は「Do the right thing」という表現が好きなように(私には)思えますが、ことトランプ大統領に対しては、「正しいことを主張する」、つまり「筋を通す」姿勢をもったリーダーが少ないようにみえます。日本にもミルズ知事やブランソン氏のようなリーダーが登場することを期待します。そして、小さな組織であってもリーダーたるものは、言動と行動に一貫性を持って筋を通さなくてはなりません。谷口医院のリーダーである私自身もそうあらねばなりません。
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|2025年5月6日 火曜日
2025年5月6日 大気汚染は認知症のリスク
本サイトでは「大気汚染のリスク」を繰り返し紹介しています。大気汚染は「WHOが定める世界10大脅威」の1つであり、喘息や心血管疾患のリスクになることを「はやりの病気第185回(2019年1月)避けられない大気汚染」で述べ、大気汚染により血圧が上昇することは「医療ニュース2024年2月4日道路の空気汚染が血圧を上昇させる」で紹介しました。大気汚染があらゆる原因の早期死亡リスクの第6位であることは「はやりの病気第249回(2024年5月)健康の最優先事項はパートナーを見つけること」のなかで触れました。
また、大気汚染が認知症発症リスクの3%を占めることは「はやりの病気第253回(2024年9月)『コレステロールは下げなくていい』なんて誰が言った?」で紹介しました。
今回は「大気汚染が認知症のリスク」について少し掘り下げてみたいと思います。ちょっと古くなりましたが、科学誌「Nature」2025年1月14日号に掲載された記事「大気汚染と脳損傷:科学が示すもの(Air pollution and brain damage: what the science says)」に掲載されたポイントをまとめてみます。
・これまでに発表された多くの研究で、大気汚染が、認知症、うつ病、不安症、自閉症(発達障害)などのリスクとなることが示されている
・WHOが作成した2021年版の「WHO Global Air Quality Guidelines」(世界大気質ガイドライン)は、大気汚染の神経学的影響の重要性を強調している
・WHOは世界人口の99%が推奨レベルを超える大気汚染にさらされていると推定している
・2000年代後半から2010年代初頭にかけてメキシコシティで実施された研究で、大気汚染の深刻な都市に住む子どもは、大気汚染の少ない地域の子どもよりも、脳の各領域をつなぐ白質線維に病変を持つ子どもが多く、特に前頭前皮質が影響を受けやすいことが明らかとなり、都市部の子どもは認知課題の成績が低いことも判明した
・大気汚染は、自動車の排気ガスや工場による汚染に加え、調理用コンロ、山火事、砂漠の砂塵なども原因となる。窒素酸化物、硫黄酸化物、一酸化炭素、オゾンなどが汚染の実態である
・2023年にUK Biobankを元に389,000人以上を対象とした分析により、大気中の粒子状物質、一酸化窒素、二酸化窒素への長期曝露がうつ病や不安症のリスクとなることが示された
・スコットランドの住民20万人以上を対象とした16年間の研究で、二酸化窒素への累積曝露量の増加が精神疾患や行動障害による入院の増加をもたらすことが明らかとなった
・認知症のリスクを検討したLANCETの論文で、フランス、米国、中国で行われた研究から「大気汚染が改善された地域では高齢者の認知症、認知機能低下、うつ病の発生率が低下していること」が示された
・大気汚染により海馬の容積が減少し認知機能低下を起こしていることを示す研究がある
・大気汚染は白質線維の発達を阻害して脳の各領域間でのコミュニケーションに変化をもたらす可能性を示した報告がある
・成長期のマウスに大気汚染の原因となる超微粒子を曝露させた研究は、超微粒子によって白質路と脳室が拡大し、衝動性が高まり、短期記憶が障害されていることを示した
************
大気汚染といえば、自動車による排気ガスが著しい都市、焼畑農業のエリア、コンロを多用する地域など思い出しがちですが、PM2.5の被害が小さくないわが国でも他人事ではありません。PM2.5を浴びても無症状という人も、認知症のリスクを軽減する目的で、日々の大気汚染情報や黄砂情報をチェックした方がいいかもしれません。
海外渡航を考えるときには「IQAir」を利用してその地域のその時期の大気汚染の程度を参考にするのがいいでしょう。
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