2020年12月27日 日曜日

第208回(2020年12月) 新型コロナ、ワクチンはうつべきか

 ここ1~2週間の間、患者さんからも知人からも最もよく聞かれる質問が「新型コロナのワクチンはうつべきですか?」というものです。

 私のワクチンに対する考え方は医師になってから変わっておらず、毎日新聞「医療プレミア」でも繰り返し伝えています。それは、ワクチンは「理解してから接種する」です。ワクチンの利点・欠点をよく考えた上で、最終的には自分自身で判断しましょう、と言い続けています。「それでは医師として無責任ではないか!」という声があるかもしれませんが、私はワクチンは(というより緊急性がなければほとんどの医療行為は)医師の言いなりになるべきではないと考えています。

 我々医療者がすべきことは、ワクチンに対する情報を分かりやすく患者さんに伝えることです。免疫の話は難解ですから、一般の人が教科書を読んでもなかなか分かりにくいと思います。分からないことがあれば易しい言葉で説明する、それが医師の仕事だと考えています。何度も質問を受けて説明した結果、最終的に「今は接種しません」という結論になったのならそれでいいのです。「理解してから接種する」というのは、裏返せば「理解したから接種しない」という選択肢もOKということです。

 少し例を挙げましょう。過去10年間で、日本で最も物議を醸したワクチンはHPVワクチンです。当院でも過去何百人という人からこのワクチンに関する質問をうけています。私がこのワクチンの利点・欠点について説明した結果、「うたない」という人も「うつ」という人もいます。これでいいわけです。我々医師の仕事は「説明して理解してもらう」ことであり、決してワクチン接種者数を増やすことではありません。ときどき「前のクリニックではワクチンを強引に勧められた」と言う患者さんがいます。そんな医師が実在するとは思えませんが、結果としてその患者さんがそのように感じたのならその医師とは「合わない」と考えた方がいいでしょう。

 前置きが長くなりました。そろそろ本題に入ります。新型コロナのワクチンについて質問を受けたときには現時点で分かっている利点と欠点を説明しています。

 利点としては、ファイザー社とモデルナ社のワクチンは発表では有効性が9割以上と高く、安全性も現時点では問題ないとされていることです。尚、「ファイザー社のワクチン」として名が通っていますが、正確にはBioNTech社というドイツの小さな企業が開発したものです。この会社の規模では早期に市場に送り出すことができないために提携先を探しファイザー社が同意したという経緯があります。ただ、ここでは「ファイザー社のワクチン」として話を進めます。

 これら2社のワクチンの欠点は少なくとも2つあります。1つは「持続期間が分からない」というものです。両者ともワクチンは2回接種になると思われます(おそらく1ヶ月ほどあけて2回目をうつことになると思うのですが詳細は分かりません)。では2回接種してどれくらい効果が持続するのかといえば、それが分からないのです。これは当然であり、開発に着手して1年未満で市場に登場したわけですから、長期間のデータは皆無です。9割以上の効果があったとしても、それを半年ごとにうたねばならない、しかも国民の大多数がうたねばならないのだとしたらかなり大変なことになります。

 もうひとつの欠点は「安全性」です。そもそも安全性というのは長期間観察しなければわからないものです。開発から1年足らずのワクチンを市場に出せば、当初は思ってもみたかった副作用が出現するのはまず間違いありません。それが軽微なものであればいいのですが、その人の人生を台無しにしてしまうような副作用が起こらないとも限りません。これはワクチンの「歴史」をみれば明らかです。

 ここで、最近起こったワクチンの”悲劇”を紹介しておきましょう。2016年4月、フィリピン政府はサノフィ社のデング熱ウイルスのワクチン「Dengvaxia」の接種を開始しました。80万人以上の子供たちに接種された結果、600人以上がこのワクチンを接種した後、死亡しました。フィリピン政府はこのワクチンを中止し、WHOはフィリピン政府を支持、サノフィ社も同意しました。そして、フィリピン政府はこのワクチンを「永久に禁止」としました。

 「ワクチンで600人以上の子供が死亡。製薬会社もワクチンを中止することを認め、国が永久に禁止とした」というこのニュース、もっと大きく報じられてもいいのではないか、と私は言い続けているのですが、このニュースを大きく報道した日本のマスコミを私は知りません。それどころか、サノフィ社のMR(営業)に尋ねてみると、なんとそのMRは「そのような事実は知らない」というのです。つまり、同社のなかでも情報が共有されていないのです。

 これをどうみるか。同社はできるだけ自社社員にもこの事実を伏せておきたいと考えているのか、あるいは600人の子供が死んだことをたいしたことではないと考えているのかのどちらかでしょう。

 話を戻しましょう。ここで私が言いたいのはサノフィ社の責任問題ではありません。強調したいことは「サノフィ社はこのデング熱ウイルスのワクチン開発に20年を費やしていた」ことです。20年かけて研究開発しても600人以上の子供が死亡することが予期できなかったわけです。では、1年足らずで開発され市場に登場したファイザー社とモデルナ社のワクチンの安全性はどのように考えればいいのでしょうか。

 「デング熱と新型コロナは違う種類のウイルスであり、比較するのはおかしい」という声もあるでしょう。実際、これら2種のウイルスはウイルス学的に系統が異なります。ですが、私にはどうしても「気になること」がありその不安が払拭できません。

 この話をきちんと説明すると長くなってしまうので簡単に紹介すると、デング熱は2回目に別のタイプのものに感染すると悪化することが判っています。これを「抗体依存性感染増強現象」と呼びます。そして、サノフィ社のワクチンは1回感染した人に接種すると効果があり、一度も感染したことのない人にワクチン接種してその後感染すると悪化することが指摘されています。つまりワクチン接種が1回目の感染と同じことになっている可能性があるわけです。

 抗体依存性感染増強現象が起こり得るのはデング熱、エボラ出血熱など限られたウイルスだと考えられています。では、新型コロナはどうなのでしょう。新型コロナに再感染したという報告は、感染者がこれだけいることを考えると非常に少ないのは事実ですが、それでも世界中から報告が集まっています。オランダの報道機関BNO Newsによると、2020年12月27日現在、確実に再感染した例が31人でうち2名は死亡しています。そのうち2回目の感染の方が悪化した例が10例あります。この10例は抗体依存性感染増強現象が起こった可能性があるのではないか、というのが私の仮説です。世界で8千万人以上が感染しているなかでのわずか10人ですから、仮に抗体依存性感染増強現象が起こったとしてもごくわずかなのかもしれませんが、これを無視してもいいのでしょうか。尚、再感染は確定例は31例のみですが、再感染の疑い例は2,290例あり、そのうち24人が死亡しています。

 さて、ファイザー社製ワクチン、モデルナ社製ワクチン、あるいは登場間近の他社製のワクチンは抗体依存性感染増強現象を起こさないと言い切れるでしょうか。

 ワクチンの基本は「理解してから接種する」であることをもう一度強調しておきたいと思います。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2020年12月27日 日曜日

2020年12月27日 Z薬は認知症の人の骨折・脳卒中のリスク

 「一番弱い睡眠薬って聞いたんでマイスリーを出してください」と言われて、大変驚かされたという話は以前どこかに書きました。なぜ、マイスリー(マイスリーは商品名。ゾルピデムが一般名。ここからはゾルピデムで統一)が一番弱いと言われているのかはまったく謎なのですが、このように言われることがときどきあります。

 ゾルピデムは一番弱いどころか、取り返しのつかない悲惨な事件の原因になっていることは過去にも述べました(はやりの病気第124回(2013年12月)「睡眠薬の恐怖」)。

 ベンゾジアゼピン系睡眠薬(以下BZ)が依然性が強く、大変危険であることも過去に何度も述べています(例えば、はやりの病気第164回(2017年4月)「本当に危険なベンゾジアゼピン依存症」

 ゾルピデムはベンゾジアゼピンに似ているのですが薬理学的な構造が異なるために、以前は「非ベンゾジアゼピン系」と呼ばれていました。しかし、この表現であれば「BZとは異なり安全なのかな……」と誤解の元になります。最近はゾルピデムのような薬は「Z薬」と呼ばれるようになってきました。ゾルピデムの他にはゾピクロン(アモバン)、エスゾピクロン(ルネスタ)、ザレプロン(国内未承認薬)があります。いずれもZで始まるか、その関連品であるが故にZ薬と名付けられたのです。

 そのZ薬を認知症の人が使用すると、骨折や脳卒中のリスクが上昇することが報告されました。医学誌『BMC Medicine』2020年11月24日に「認知症患者の睡眠障害に対するZ薬の副作用:人口ベースのコホート研究(Adverse effects of Z-drugs for sleep disturbance in people living with dementia: a population-based cohort study)」という論文が掲載されました。

 研究は、睡眠障害があるがBZもZ薬も使用していない人、Z薬が使用されている人、BZが使用されている人で比較が行われました。Z薬を「高用量」で使用している人は、Z薬もBZも使用していない人に対して、大腿骨近位部骨折のリスクが1.96倍、脳梗塞のリスクが1.88倍になることが判りました。

 尚、この論文でのZ薬の「高用量」の定義はゾピクロン7.5mgです。日本ではゾピクロンは7.5mgと10mgが発売されていますから、どちらを選んでもすでに高用量となります。

************
 
 大腿骨近位部骨折はかなり難儀な骨折で、寝たきりになる可能性が高く、1年後の死亡率は1~2割、1年が経過しても骨折前の歩行状態に回復しない割合は50%と言われています。

 どうしてもZ薬が必要なら半錠から始めるべきだ、と言えるかもしれませんが、当院の経験でいえば、Z薬は(もちろんBZも)安易に手を出すべきではありません。最近当院で患者さんから聞く「睡眠障害」の訴えは、「眠れないから睡眠薬を出してほしい」よりも「睡眠薬をやめたいけどやめられない」が増えてきています。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2020年12月27日 日曜日

2020年12月27日 夜勤は喘息のリスク

 一定の年齢になると夜勤はやめるべき、ということをこのサイトで繰り返し述べています(例えば、はやりの病気第192回(2019年8月)「「夜勤」がもたらす病気」)。

 今回は夜勤が喘息のリスクを上昇させるという研究を紹介します。医学誌『Thorax』2020年11月16日号に「夜勤は喘息のリスク増加に関連(Night shift work is associated with an increased risk of asthma)」というタイトルの論文が掲載されました、

 研究の対象者は2007~2010年に「UK Biobank」と呼ばれる調査に参加した286,825人です。対象者のなかで喘息を有していたのは全体の5.3%(14,238人)です。常に夜勤の人は、固定時間勤務の人に比べて中等症から重症の喘息を発症するリスクが36%高いことが判りました。

また、常に夜勤をしている人は、夜勤なし、または夜勤はまれ、という人たちに比べて肺機能が低下している確率が20%高いことも明らかとなりました。

************

 過去にも述べたように、誰かが夜勤をしなければならないのは明らかですが、誰が何歳までおこなうのかについては社会全体で何らかのガイドラインをつくるべきだと私は考えています。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2020年12月14日 月曜日

2020年12月 「新しい世界」を受け入れよう

 大阪府では新型コロナウイルスの新規感染者が連日300人を超えていますが、間もなく減少傾向に入ると思われます。なぜそのような予想ができるかというと、増加の幅が縮小傾向に入ったからです。毎日の感染者数を何気なくみていると「今日は〇〇〇人感染したんだな」と思ってしまうかもしれませんが、これは誤りで、毎日の感染者数の発表は「1~数日前に検査を受けて陽性となった人数」で、その人たちが発症したのはその数日前で、感染したのはさらに数日前です。ということは「真の新規感染」は発表された1週間から10日程度前に起こっているはずです。

 つまり、感染者の増加幅が小さくなってきたということはそれだけで感染が落ち着いてきたことを示しているわけです。しかし、これにて一件落着……、というわけにはいきません。人々が行動を引き締めると感染者数が減るのは当然であり、また緩みだすと増加に転じます。当分の間、これを繰り返し、第4波、第5波、……、と続くことになります。

 ワクチンができるまでの辛抱だ、という声が一部にあります。ですが、ワクチンができたところで元の世界に戻ることはありません。WHOの緊急時の責任者であるMichael Ryan氏も「ワクチンがパンデミックを終わらせるわけではない」と明言したことが報道されています。

 なぜワクチンができても新型コロナの脅威が消えないのか理由を述べていきます。まず、100%有効なワクチンは少なくとも現段階では存在しません。例えば、早ければ年内にも接種開始されるといわれているファイザー社のワクチンについてみていきましょう。

 11月19日付の同社のプレスリリースでは43,000人以上を対象とした研究がおこなわれ、プラセボ(偽薬)群で162例、ワクチン群で8例の感染がそれぞれ認められ、ここから有効率は95%とされています。95%という数字が極めて高いことは間違いないのですが、よくある誤解が「ワクチンをうてばウイルスに感染しても95%の確率でウイルスを退治できる」というものです。

 有効率というのはそうではなくて「プラセボと比較したときにその薬(ワクチン)がどれくらい発症を減らすことができたか」をみる指標です。研究に参加した人数が43,000人ですから、ファイザー社のワクチンを接種した人、偽薬を接種した人を共に21,500人とすると、偽薬接種の21,500人中発症したのは162人、ワクチン接種の21,500人中に発症したのは8人ということになります。偽薬でも99%以上の人(21,500 – 162 / 21,500)は感染していないのです。一方、ワクチンを接種しても0.04%の人(8 / 21,500)は発症したのです。また、そもそもこのような研究に参加する人というのは新型コロナウイルスに多少なりとも興味がある人が多いでしょうから、それなりの感染予防をしていたはずです。有効率が高いのは間違いありませんが、全員に必ず効果があるわけではありません。

 さらに「効果持続期間」についても検討せねばなりません。人数は多くないものの再感染の報告が集まってきています。そして、今回のワクチンは「緊急性」が要求されたのだからやむを得ないとはいえ、各社のワクチンは効果持続時間を検証していません。いいワクチンが開発されたけれど効果は1年も持たない。そして安全性は100%担保されない。そのうちにウイルスが変異してワクチンが効かなくなった……、という可能性は充分にあると私はみています。ちなみに、ファイザー社の社長は、ワクチンの有効性を発表したその日に420万ポンド近くの自社株を売却したことが報道されています。

 患者さんからも知人からもメディアの取材でもよく聞かれる質問に「コロナ流行前の生活にいつになったら戻れるのですか?」とういものがあります。私の答えは「もう元には戻れない」です。このことを信じられない、あるいは信じたくないと言う人は少なくありませんが、私は元の世界は諦めるべきだと思っています。では「元の世界」とはどのような世界なのか。一言で言えば「初対面の人とも居酒屋でワイワイできる世界」です。

 「元の世界」に戻れないことがどれだけ辛いかについて、私はある程度理解しているつもりです。私が連載している毎日新聞の「医療プレミア」にも書いたのですが、「人生で大切なことの7割くらいは居酒屋で学んだ」と私は自負しています。お酒を交えて楽しいことだけでなく辛いこと悲しいことを仲間と語り合い、仲間が別の仲間をつれてきて交流が広がり、先輩たちからは人生の教訓を学び、そして仲間と議論し、ときには喧嘩にもなる、それが私の人生を振り返ったときの居酒屋の姿です。

 「人生で大切なことの7割」は大袈裟だろうと思う人もいるでしょうが、大学の仲間と、あるいは会社の同僚と居酒屋でワイワイガヤガヤと楽しい時間を過ごした思い出がない人の方が少ないでしょう。そこで生涯の親友や人生を共にするパートナーと巡り合ったという人もいるに違いありません。元のように楽しめないのはもちろん居酒屋だけではありません。ディスコやクラブも以前のような遊び方はできません。そういった場所でのパーティも従来のかたちでは開けません。今もカラオケ店は存在していますが、私はカラオケは絶滅する可能性すらあると思っています。

 ウェブ会議やミーティングが「意外に便利」であることに気付いた人も多いでしょうが、一方で「ウェブにはもう飽きた。やはり人は人の目を直接見てコミュニケーションを取るべきだ」と感じている人も多いのではないでしょうか。私は随分前からこのことを言い続けています。あまり同意してくれる人はいないのですが、私はZOOMなどでのコミュニケーションなら電話の方がはるかに意思疎通がしやすいと考えています。電話でなら微妙な息遣いやトーンの変化が察知できるからです。そもそもコミュニケーションのメインは言葉ではなくnon-verbalのはずです。

 「初対面の人とも居酒屋でワイワイできる世界」はもう戻ってきません。書物やビデオやyoutubeからは知識を得ることはできますが、non-verbalのコミュニケーションは不可能であり、他者と触れ合うことができません。

 ではそんな新しい世界の中で、我々は何を求めて、何を目標にして生きていけばいいのでしょうか。これを明らかにするには「何のために生きているのか」を考えなければなりません。そしてこの問いに簡単に答えられる人はあまりいません。ちなみに私は10代半ばから数年間、ほとんど毎日「人は何のために生きているのか」を考えていましたが答えは見つかりませんでした。

 しかし、大学生になってから少しずつその答えが分かるような気がしてきました。仲間と楽しい時間を過ごすため、愛する人を守るため、感動を伴う経験をするため、などいろんな答えに気付き、さらなる答えを求めるようになりました。会社をやめて母校の社会学部の大学院を目指していた頃、そして医学部に入りたての頃は、学問を究めて世の真実を知ることが人生の答えだと思っていました。医師になりタイのエイズ施設にボランティア目的で訪れたときは、助けを求めている人の力になることこそが答えだと思うようになりました。

 そして今、新型コロナのせいで他人と触れ合うことが容易にはできない世界となりました。そんな世界で今、私ができることは何なのか。そのひとつが今まで自分が探し求めて得ることができたかもしれない人生の「答え」を若い人に伝えることではないかと思っています。しかし「居酒屋」は簡単には使えません。ウェブで伝えるのは困難です。ではどうすればいいのか。最近の私は毎日このことついて考えています。 

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2020年12月1日 火曜日

2020年11月30日 女性の記憶力低下を防ぐには「働くこと」

 意外な研究結果が報告されました。

 高齢になると誰もが恐れるのが記憶力の低下、ひいては認知症だと思います。これらのリスク因子としてよく指摘されるのが、肥満を含めた生活習慣病、喫煙、運動不足、などで、さらに「労働」ということもしばしば指摘されます。では、専業主婦と働くシングルマザーではどちらの記憶力が衰えやすいでしょうか。研究によればそれは専業主婦などのです。

 医学誌『Neurology』2020年11月4日号(オンライン版)に「 米国の女性における仕事と家庭の有無と中年および晩年の記憶低下との関連(Association of work-family experience with mid- and late-life memory decline in US women)」というタイトルの興味深い論文が掲載されました。

 研究の対象者は55歳以上の米国女性6,189人です。16歳から50歳までの勤務状況、婚姻状況、子供の有無からグループ分けがおこなわれました。その結果、未婚で働く女性488人、既婚で子供を持ち働く女性4,326人、働くシングルマザー530人、働かないシングルマザー319人、専業主婦526人となりました。

 どのグループも55歳から60歳までは記憶力低下に差はありませんでした。ところが60歳以降では働くことと記憶力低下に顕著な差が表れたのです。出産後に有給で働かなかった人は働いていた人に比べて記憶力の低下がなんと50%以上も認められたというのです。

*************

 この論文を報じた米国の健康情報サイト「HealthDay」は、この研究をおこなった学者Elizabeth Rose Mayeda氏をインタビューしています。

 氏は「働くタイミングは重要ではない」とコメントしています。氏によれば、「記憶力の低下率は、一貫して働いている人、数年間子育てをした後に働きに出る人、それよりも長い期間家にいて(専業主婦をして)働きに出る人で差はない」そうです。ということは、いくつになっても「働きに出る」ことが記憶力維持につながることを示唆しています。

 古典的なフェミニズムでは「専業主婦業はれっきとした労働」と言われ、それに異論はありませんが、こと記憶力低下の予防という点においては「狭義の労働」に分がありそうです。ですが、ボランティアなど無償の仕事や他の社会活動では記憶力低下を防げないのでしょうか。また、狭義の労働が記憶力維持に有効なのならば、その理由は何なのでしょう。仕事のプレッシャーや人間関係から来るストレスが良きスパイスになっているのでしょうか。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

月別アーカイブ