2017年3月31日 金曜日

2017年3月31日 殺虫剤や蚊取り線香が子供の行動障害を起こす可能性

 殺虫剤が健康上有害かどうかというテーマはもう何十年も議論が続いています。DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)は大変効果的な殺虫剤であり、かつては日本でも幅広く使われていました。八重山諸島のマラリア対策にも使われ、DDTのおかげで日本はマラリアを根治できたのです。ですが、有害性のために現在日本での使用は禁止されています。

 現在、日本製の殺虫剤及び蚊取り線香で最も一般的に使われているのが「ピレスロイド」と呼ばれる物質です。ピレスロイドが有害か否かという問題も何十年にわたり議論されていて、現在では「よほど大量摂取しなければ人体に有害はない」とされています。日本中毒センターは、蚊取り線香に対しては「ひとかけら程度の誤食では中毒症状は出現しない」とし、家庭用のピレスロイド系殺虫剤スプレーでも「通常、大量でない限り重篤な中毒は起こりにくい」と案内しています(注1)。

 私のように東南アジアによく行く者にとっては、蚊取り線香は必需品です。特に安宿に泊まるときはデング熱やチクングニア熱対策に蚊取り線香は絶対に必要なものであり、地域によってはマラリア対策もせねばなりません。

 妊婦や小児がピレスロイドに曝露されると行動障害のリスクが増加する…

 医学誌『Occupational & Environmental Medicine』2017年3月1日号(オンライン版)でこのような報告がおこなわれました(注2)。研究は仏国Rennes大学病院によりおこなわれています。

 対象者はフランスの母親287人。妊娠中、及び子供は6歳のときの尿中ピレスロイド代謝物の濃度が測定され、行動障害との関連が分析されています。

 結果、異常または境界線の社会行動障害のリスクがピレスロイド曝露により2.93倍も上昇することが判りました。興味深いことに社会行動障害の種類が、ピレスロイドの曝露が妊婦か子供かによって異なります。妊娠中の母親が曝露された場合は、小児の内在性困難(internalising difficulties)のリスクが上昇しました。内在性困難とは、例えば、うつ状態や不安のことです。一方、6歳の子どものピレスロイド濃度が高い場合は、外在性困難(externalising difficulties)のリスク上昇がみられます。これは、他人への攻撃や破壊的な行動のことです。

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 この研究だけでピレスロイドの危険性を過剰に流布するのは間違いだとは思いますが、妊婦さんや小さな子供がいる場合は、殺虫剤も蚊取り線香も最小限の使用にすべきかもしれません。となると、蚊帳や蠅とり紙の出番でしょうか。少なくとも21世紀の日本で私はこれらを見たことがありませんが…。

注1:日本中毒センターの情報は下記を参照ください。

・蚊取り線香について
http://www.j-poison-ic.or.jp/tebiki20121001.nsf/SchHyodai/C0D48C45ED65D05F492567DE002B895B/$FILE/M70049_0100_2.pdf

・殺虫剤について
http://www.j-poison-ic.or.jp/ippan/M70219_0100_2.pdf

注2:この論文のタイトルは「Behavioural disorders in 6-year-old children and pyrethroid insecticide exposure: the PELAGIE mother-child cohort」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://oem.bmj.com/content/74/4/275

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2017年3月31日 金曜日

2017年3月31日 成人女性のニキビの発生因子とは?

 アダパレン(ディフェリン)、過酸化ベンゾイル(BPO、ベピオゲル)などが日本でも使えるようになり、一昔前に比べるとニキビの治療は随分とおこないやすくなりました。ですが、ニキビは慢性疾患ですから、他の慢性疾患と同様、日ごろの生活習慣の改善が大切です。

 医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』2016年12月号(オンライン版)に興味深い論文(注1)が掲載されました。成人女性のニキビの発生因子が検討されています。

 研究の対象者はイタリア国内の12の都市の外来を受診した25歳以上の女性278人。対照グループはニキビ以外で受診した270人の女性です。結果は以下の通りです。それぞれの項目でニキビの発症リスクが何倍になるかが調べられています。

・親にニキビがある(あった) → 3.02倍
・兄弟姉妹にニキビがある(あった)→ 2.40倍
・自身が思春期にニキビがあった → 5.44倍
・妊娠の経験がない → 1.71倍
・多毛症がある → 3.50倍
・オフィスワークをしている(無職または専業主婦と比べて) → 2.24倍
・精神的なストレスがある → 2.95倍
・野菜・果物の摂取量が少ない → 2.33倍
・新鮮な魚の摂取量が少ない → 2.76倍

 両親や兄弟、過去のことは変えられませんが、食生活やストレスなどについては改善の余地があるかもしれません。

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 冒頭で述べたように、日本でも世界標準の薬が使えるようになったことでニキビの治療は随分とおこないやすくなりましたが、それだけで解決するわけではないようです。この研究結果を単純に解釈すれば、オフィスワークをしていてストレスがあって、妊娠の経験がなく、野菜・果物と新鮮な魚をあまり食べていないのであればリスクが何十倍にもなってしまいます。このような女性はいくらでもいるでしょうから、さすがに何十倍にまではならないでしょうが、他の多くの慢性疾患と同様、ストレスコントロールと健康的な食生活が重要であることは間違いないでしょう。

参考:はやりの病気第140回(2015年4月)「古くて新しいニキビの治療」

注1:この論文のタイトルは「Adult female acne and associated risk factors: Results of a multicenter case-control study in Italy」で、下記のURLで概要を読むことができます。

http://www.eblue.org/article/S0190-9622(16)30480-7/fulltext

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2017年3月31日 金曜日

2017年3月31日 大通り沿いに住むことが認知症のリスク

 大通りや幹線道路沿いに住めば認知症を発症しやすい・・・

 これは一流の医学誌『Lancet』2017年1月4日号(オンライン版)に掲載された報告です(注1)。

 研究はカナダでおこなわれたものです。対象者はオンタリオ州に居住の20~50歳の約440万人、及び55~85歳の約220万人です。大通りから住居までの距離と認知症の発症との関係が分析されています。観察期間は2001年から2012年です。

 調査期間中に合計243,611人が認知症を発症しました。大通りから居住地の距離との関係は、大通りから300メートル以上離れたところに住んでいる人に比べ、50メートル未満の人では1.07倍認知症を発症しやすいことがわかりました。50~100メートルでは1.04倍、101~200メートルは1.02倍、201~300メートルなら1.00倍です。

 大通りに近づけば近づくほど認知症のリスクが上昇するという”きれいな”結果となっています。尚、認知症と同じ脳疾患であるパーキンソン病と多発性硬化症でも同じ分析がおこなわれていますが、これら2疾患の発症と大通りからの距離との関連性はありませんでした。

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 私的なことになりますが、私が幹線道路沿いに初めて住んだのは20歳の頃で、医学部入学時に引っ越ししたワンルームマンションも幹線通り沿いに位置していました。医学部卒業後は研修先の病院の寮に入ることになりその寮は幹線道路から大きく離れていました。そのときは、研修医ということもありほとんど寮に帰れない生活でした。その後、幹線道路か否かにこだわったわけではないのですが、たまたま幹線道路から離れたところに住み始めました。

 すると、まったく予想していなかったことが起こりました。よく眠れるのです! 今考えれば、当たり前といえばそうなのですが、静かな環境というのがこんなにも大事なのかと驚きました。

 その後私は、国内でも海外でもホテルを予約するときには、幹線道路から離れたところという条件で探すようにしています。尚、日本では心配不要ですが、海外でホテルを探すとき、私は他に2つの条件を求めます。ひとつはホットシャワーが出ること(40歳を過ぎてから冷たい水はキツイのです)、もうひとつは「窓があること」です。アジアでは、ボロボロのゲストハウスでなくとも、例えば2,500円くらいするような中堅のホテルでも、窓がないということがあります。このような研究は見たことがありませんが、窓のない部屋で生活すると間違いなく健康を害する、と私は考えています。

 ですが、窓があるかどうかを事前に調べることが困難であり、これが私の悩みです。Agoda、Tripadviser, Expediaのいずれのホテル検索サイトも「窓あり」で検索できません。他の人はどうしているのでしょうか…。

注1:この論文のタイトルは「Living near major roads and the incidence of dementia, Parkinson’s disease, and multiple sclerosis: a population-based cohort study」であり、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(16)32399-6/fulltext

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2017年3月25日 土曜日

第170回(2017年3月) 医師が知り合いを診察すべきでない理由

 医師はフェイスブックをすべきでなく、患者さんとは友達になれない、ということを英国医師会の勧告を紹介して過去のコラム「僕は友達ができない」で述べました(注1)。同医師会は医師が患者さんからの「友達リクエスト」を「承認」すると、医師・患者の双方が不利益を被る可能性があることを指摘しています。

 ただ、実際には日本ではフェイスブックをおこなっている医師は少なくありません。患者さんから「友達リクエスト」がきたときに「拒否」することに抵抗があるために、私自身は英国の指針に従って今後もフェイスブックを含むSNSをおこなうつもりはありませんが、実際にフェイスブックをやっている医師に聞いてみると、あまり抵抗なく「拒否」しているようです。私なら、せっかくの患者さんからの友達リクエストを拒否してしまったら、その次に診察室で顔を合わせたときに気まずくなると考えるのですが、このあたり、私の感覚が他の医師とズレているのかもしれません…。

 医師・患者関係というのは、友達関係とはまったく異なるものです。仮に医師・患者の関係から友達の関係になったとして、その患者さんの病状が安定していて回復傾向にあればいいですが、そうはならなかったときに関係がこじれることがあります。外で会ったときの会話をカルテに残すようなことはしませんから、「言った言わない」という問題がでてくるでしょうし、患者さん側は「特別に目をかけてくれている」と誤解することもあるでしょうし、医師の側からみても「なんとかしてあげたい」という気持ちから冷静さを欠く可能性もあります。

 医師とは友達になれません、なんてことを学校で学ぶわけではありませんから、患者さんのなかには医師と友達関係を求める人もいます。もっとも、これは患者さんの立場にたてば理解できることであり、お世話になった人(医師)とこれからもいい関係を続けたい、とか、尊敬できる医師から医学以外のことも学びたい、と考える人もいると思います。医師への感謝の気持ちが恋愛感情に発展することもしばしばあります。(医師・患者のロマンスは原則として禁じられています。日本には明文化された規則はありませんが、アメリカ医師会の「医療倫理の指針」で述べられています。詳しくは過去のコラム(注2)を参照ください)

 診察室で、元気になった患者さんから「今度食事に招待させてください」「プライベートで電話していいですか」といったことはよく言われますし、太融寺町谷口医院は、繁華街に位置していますから、近隣の飲食店につとめる患者さんから「今度うちに食べにきてください」と言われることや、ときにはキャバクラや(北新地の)クラブで働く女性から「一度遊びにきてください」と言われることもあります。このようなとき、私は(というよりすべての医師は)医師・患者は友達になれず外で会えないルールがあるという説明をしてお断りしています。

 残念なのは、すでに私が客として利用している飲食店のスタッフが患者さんとして来院されたときです。「えっ、せんせーやったんですか?」と驚かれ、私の方も「いつも、美味しいご飯を、あ、あ、ありがとうございます…」とかなりぎこちない会話になります。もちろんそのときはプロ意識を持ってきちんと診察しますが、それ以降私は原則としてその店に行かないようにしています。

 しつこく誘われて断れなかったということなのかどうかはわかりませんが、ひとりの医師が暴力団の幹部と外で会い、診断書に虚偽を記載した疑いがもたれた事件が発覚しました。今回はこの事件を振り返って、なぜ医師は知り合いを診察すべきでないかを考えてみたいと思います。

 2014年7月、指定暴力団の幹部である男性が京都府立医科大学で腎臓の移植手術を受けました。報道によれば、同大学の学長が専門外であるのにもかかわらず手術に立ち会いました。そして、手術の1か月前に学長と手術を受けたこの幹部が病院外で個人的に会っていたことが発覚しました。

 この幹部は、恐喝事件で2015年6月に最高裁で懲役8年の実刑判決を受けています。幹部(ここからは受刑者とします)は、「腎臓の持病」を理由に判決確定後から1年半以上にわたり収監を免れていました。いつまでたっても回復しないことに不信感を抱いた大阪高検及び京都府警は府立医大を調査することになります。

「腎臓の病気のため収監に耐えられない」と診断書を書いた医師は、京都府警の任意の事情聴取に対し「院長からの指示で虚偽の書類を書いた」と供述したとされています。これに対し、学長は2017年2月28日に記者会見を開き疑惑を完全否定しました。しかし、そのわずか2日後の3月2日、退職を発表しました。

 その後、一部のマスコミが、府立医大の電子カルテには腎臓の評価に用いられるクレアチニンの値が1.1mg/dLと記載されていたと報道しました。同時期に高検に提出された診断書には10.6mg/dLとされていたそうです。10.6mg/dLなら継続治療が必要であり、とても収監には耐えられません。一方、1.1mg/dLなら、腎機能のみで判断するのであれば、通常の生活を送ることができます。ただ、この情報は私の知る限り、情報の出所がはっきりせず信ぴょう性は定かではありません。ですが、いったんこのような情報が世間に出たわけですから、学長にはこれを説明する義務があります。尚、学長と受刑者が外で会っている現場は複数回目撃されているそうです。

 さて、この事件、どこに問題があるかというと、私的な関係と医師・患者関係が区別されていないところにあります。私は医師が個人として暴力団員と接するのがいけないとは考えていません。現在私はその筋の人で仲良くしている人はいませんが、これまでの人生でその世界と接触しかけたことはないわけではありません。過去にも述べましたが(注3)、小学校には親がヤクザの同級生がいて、家が近所だったこともあり、よく家に遊びに行っていました。彼は小学校卒業と同時に引越し、今はどこで何をしているのか知りませんが、もし引越ししていなかったなら同級生として今も付き合いがあったかもしれません。

 個人的に私は「暴力団排除条例」というものに違和感を覚えますが(注4)、暴力団員の知り合いがいたとすれば、自分で診察することはおこないません。これは暴力団員だから、ではなく自分の知り合いを自分が診察するのが「よくないこと」であることを知っているからです。単なる風邪くらいならいいかもしれませんが、移植が必要なほどの腎疾患であれば、たとえ自分が腎臓専門医であったとしても他の専門医を紹介します。知り合いに治療をおこなえば冷静さを失うことがあるからです。

 マスコミの報道をみていると、この事件のポイントを「ヤクザの親分のために大学病院の医師たちがお上に対して嘘をついた」としているように見受けられます。ですが、真の問題は、患者さんが暴力団員だったことではなく「知人」に便宜を図った疑いが否定しきれない、ということです。もしも「暴力団員」が「政治家」や「権力者」あるいは「医師」であれば、メディアはある程度今回と同じような報道をおこなったでしょう。ですが、「単なる知り合い」であればこのような報道はされなかったに違いありません。

 また、今回のケースは患者が「受刑者」であったことが問題だとされています。ですが、患者が受刑者でなく、診断書の宛先が高検や京都府警でなく勤務先や学校であったとしても、内容に「虚偽」があったとすれば虚偽記載をした罪は同じです。

「暴力団員」「受刑者」という条件を外して考えてみると、2つの問題が浮かび上がってきます。ひとつは、虚偽記載という罪を犯したこと。もうひとつは、医師と患者が知り合いであったということです。難治性の疾患であればカルテの内容や診断書が重要な意味をもちます。すべての文字や文章に、知り合いであることからくる「先入観」や「主観」が入らないと言い切れるでしょうか。

 医師は自分の友達や知人が重大な疾患であればあるほど診察すべきではなく、患者さんと友達になることは避けるべきであり、患者さんからの誘いは断らねばならないのです。医師とはそのような「窮屈な職業」、というのが私の考えです。
 
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注1:メディカルエッセイ第103回(2011年8月)「僕は友達ができない」

注2:メディカルエッセイ第118回(2012年11月)「解剖実習が必要な本当の理由」

注3:NPO法人GINA「GINAと共に」第63回(2011年9月)「暴力団排除条例に対する疑問」

注4:上記注3のコラムを参照ください。

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2017年3月25日 土曜日

第163回(2017年3月) 誰もが簡単にすぐにできる「鼻うがい」

 現在私がウイークリーで連載をもっている毎日新聞電子版の「医療プレミア」で、一度自分自身が実施している「鼻うがい」を紹介したことがあります(注1)。

 私は新聞という、いわば準公共の媒体に掲載する医学・医療系のコラムには、あまり個人的なことを書くべきではないと考えています。基本的には医学的エビデンス(確証)の高いものを紹介するべきであり、奇を衒ったようなものや普遍性に乏しいものを書くことは、ときに有害でさえあると思っています。

 ですから、「鼻うがい」について、しかもそれが私自身の考えたオリジナル鼻うがい法といったものを「医療プレミア」に書いていいものかどうか悩みました。その結果、「注釈」で簡単に述べる、という方法にしたのです。

 しかし、です。意外なことに、詳しく教えてほしい、という問合せが今も多く寄せられます。「医療プレミア」は単なるその場限りの情報提供ツールではなく、公開後何年たっても読みごたえのあるコラムを集めているのですが(私はそう思っています)、それにしても公開して1年以上がたって、本文ではなく「注釈」に書いたことに興味を持ってもらえるとは想定していないことでした。

「鼻うがい」で検索をかけるといろんなサイトがヒットします。少し読んでみると、風邪予防や花粉症に有効とする肯定的なものがある一方で、「痛い」というコメントが多いのが目立ちます。また、方法については「生理食塩水」「ぬるま湯」というのがキーワードになっているようです。

 もしも私が鼻うがいに対してまったくの「白紙」だったとすると、鼻うがいには否定的な気持ちになったに違いありません。まず「痛い」のはイヤですし、生理食塩水を自分でつくるような面倒くさいことはできません。その上、温度調節をしなければならない、などと聞けば、一度や二度はできたとしても毎日続けることなど(ずぼらな私に)できるはずがありません。

 しかし、私はもう4年近く鼻うがいを続けています。しかも、何の痛みも自覚することなく、面倒くさいことは一切せずに、です。今となっては私が今から紹介する「鼻うがい」をどのようにして考案したのかが思い出せないのですが、おそらく最初は単なる”思いつき”で始めたのだと思います。

 鼻うがいが有効なのは明らかです。ですが、その前に通常のうがいが有効であることを確認しておきましょう。実は、うがいの有効性を実証した研究というのは(私の知る限り)あまりありません。おそらく世界的に有名な研究はないと思います。私が患者さんによく説明する研究は注1の「医療プレミア」のコラムでも紹介した医学誌『American Journal of Preventive Medicine』に掲載された京都大学の研究です。この研究ではそれまで有用とされていたヨード系うがい液には風邪を予防する効果がなく、水でなら有効であることが示されました。

 通常の水でのうがいが風邪の予防になることは感覚的にも納得できるのではないでしょうか。そして、病原体が棲みついて仲間を増やすのは咽頭や扁桃だけではありません。「鼻かぜ」という言葉があるように病原体が鼻粘膜に棲みついて炎症をきたすこともある、というか、頻度としてはおそらくこちらの方が多いわけです。鼻づまりで苦しいときに、「あ~、鼻の中の病原体を洗い流したい」と強く感じるのは私だけではないでしょう。それに、鼻水や鼻づまりが生じる前の段階で”わるさ”をする病原体を洗い流すことが有効なのは間違いありません。すでに京都大学の研究で消毒液は役に立たないことがわかっています。また、皮膚の傷に対しても、かつて使われていた消毒薬にはあまり効果がなく、通常の水道水で洗浄する方がずっと有効であることが分かっています。特に日本の水道水は飲料水としても合格するほどきれいなものです。

 ならば鼻の中に水をいれて病原体を洗い流すことは是非ともやるべきです。しかし、プールで息つぎを失敗して鼻に水が入ったときのあの苦しさを思い出すと、鼻に水を入れるなんて恐ろしくてできません。臆病な私には鼻から水を吸い込む勇気がありません。

 そこで私は「シリンジ」を用意することにしました。シリンジとは注射や採血のときに使う注射針に接続するプラスティックの筒のことです。面倒くさがりの私はコップどころか洗面器を用意するのもおっくうに感じます。そこで、シャワーをするときに片方の手を少し丸めて掌に湯をためて、そこからシリンジを片手に持ち掌のお湯を吸いあげるのです。10mLのシリンジであればこの作業を1回するだけでスタンバイOKです。

 次に少し上を向いた状態で、シャワーでお湯を口の中に入れ、通常のうがいをします。このときのポイントは声を出さず喉の上でお湯を静止させるような感じです。そして、そのまま少し上を向いたまま片方の鼻を押さえて、もう一方の鼻(鼻腔)にシリンジの先端をいれて、勢いよくシリンジからお湯を注入するのです。そして、そのお湯を口から出すのではなく、そのまま勢いよく鼻の外に噴出させます。このとき、喉の上にためていたお湯は口から同時に吐き出します。この間、もう一方の鼻は押さえたままです。この作業を片側で2~3回おこない、その後反対側でもおこないます。

 一般的な鼻うがいは鼻腔に入れた水を口から出すそうですが、その作業を通常のお湯でやればけっこうな痛みが伴うはずです。しかし、私のやり方であれば、痛みはほぼゼロです。やり始めた頃は軽い痛みを感じるかもしれませんが、ほとんど気にならないレベルですし、すぐに慣れます。

 私は毎日2~3回シャワーをします。(これはうがいをするためではなく汗を流すためです。私は身体を洗うときにタオルは使わず、石ケンもほとんど使いません。この方法で多くの湿疹が改善しますし、これも多くの人に伝えたいことなのですが、今回の鼻うがいとは関係のないことなので、これ以上の言及はやめておきます) そのシャワーのときにこの鼻うがいをおこなうのです。この方法はとても行儀が悪いというか、一度鼻に入れたものをそのあたりにまき散らしますから銭湯などではおこなえません。また、自宅のシャワールームでおこなうにしても、行儀が悪いことだけでなく、鼻水や病原体をまき散らすのは不衛生で家族に迷惑をかけますから実践した後は床などをシャワーできれいにしておかなければなりません。

 この鼻うがいを開始してから4年近くたちます。この間、風邪はほとんどひいておらず、ひいたとしてもすぐに治ります。抗菌薬や市販の風邪薬はもちろん、鎮痛剤も飲んでいません。私が風邪で飲むのは麻黄湯くらいです。また、この鼻うがいは、風邪をひいてしまったときにも鼻腔内の病原体を洗い流せるという利点もあります。

 それに鼻うがいは花粉症やダニアレルギーの対策にもなるはずです。いくらきれいな部屋でも多少のダニやハウスダストは存在しますし、花粉の季節に外出すればいくらかは花粉が鼻腔に入ってくるでしょう。

 この私の鼻うがいについて、シリンジはどうやって手に入れるんですか、と何度か聞かれたことがあります。薬局で買えるかどうか確かめたことはないのですが、例えばAmazonでなら簡単に買えます。「シリンジ」で検索すればたくさんでてきます。医療機関でシリンジを使うときは使い捨て(single-use)ですが、鼻うがいには数百回は使えます。(それ以上使うとゴムが劣化して吸水作業ができなくなります)

 この私が思いついた「鼻うがい」。実践されるのは自由ですが、蓄膿や副鼻腔炎を過去に起こしたことがある人は、副鼻腔にお湯が入ってしまうリスクもあります。念のため、かかりつけ医に先に相談することを勧めます。

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注1:実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-(2015年12月20日)「うがいの”常識”ウソ・ホント」

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2017年3月17日 金曜日

2017年3月 遂に破綻した私の時間管理

 しまった! やってしまった…。そう叫びたくなったのは昨日中に目を通すはずだった新聞を読まずに寝てしまったからです。どうしてそこまで後悔するかというと、私は日経新聞の電子版を購読していて、1週間が過ぎるとデータが消されてしまうからです。そうです。今の私は新聞を読むのが1週間遅れなのです…。

 私の人生はいつも時間に追われていて、物心がついたときから、とまでは言えないにしても、少なくとも高校を卒業したあたりから、「時間がない、時間がもったいない」が口癖になっていました。もっとも、このようなことを言い過ぎると周囲に不快感を与えますから、なるべく言わないようにはしていますが…。

 そんな私が高校を卒業してまず取り組んだのが「睡眠時間を減らす」ということです。中学・高校とラジオの深夜放送にハマっていた私は、元々どちらかという睡眠時間を削るのが得意でした。関西学院大学(以下「関学」)に入学した18歳の時点から、大学生には時間はたっぷりある、と言う同級生を横目で見ながら、「寝る時間を削ってでも楽しんでやる!」と考えました。

 以前にも述べましたが、18歳の頃の私はアルバイト先で自分が何もできず役に立たない人間であることを知ることになりました。(関学のように)偏差値が高い大学に行ければ…、と考えていたのが完全に間違いで、名前も聞いたことのない低偏差値の大学生がバリバリ仕事をこなしているのをみて、のんきに大学生活を楽しもうとしている場合ではない!と自覚したのです。

 そこで私は、同級生がのんびりしている時間にもアルバイトにでかけ、深夜からでも遊びに行き、早朝からまたアルバイトに行きという生活をすることになっていったのです。当時の私はショートスリーパーであることは”いいこと”のように考えていて、睡眠を削ればその分人生を謳歌できる、と本気で考えていました。一度、オールナイトで遊んで夜が明けてから帰ったとき、二日酔いもあり不本意ながら夕暮れ時まで寝てしまったことがあります。そのときに窓から見えた夕陽の虚しかったこと…。あぁ、今日という日を無駄に過ごしてしまった…、という後悔の念を痛切に感じました。

 就職してからも人の倍は遊んでやる!と考えていた私は早々にその思いを挫かれることになります。英語がまったくできなかった私の配属先はなんと「海外事業部」。英語ができなければ存在価値がゼロのような部署です。これも以前に述べましたのでここでは繰り返しませんが、そのときの選択肢は2つ。死ぬほど英語を勉強して少しは使える社員になるか、入社早々退職し次を探すか…。前者を選択した私は朝5時に起床し英語の勉強を開始しだしました。関学の学生の頃、朝5時に起きてアルバイトに出かけていましたから、早起きには慣れています。今も私の起床時間は午前4時45分ですから、結局私の人生はずっと早起きです。

 会社を辞めて医学部の受験勉強を開始しだしたときも睡眠時間は5時間と決めていました。その頃の私は、雑念を追い払うために、付き合いで出かける、ということをほとんどしませんでしたから、私のこれまでの人生でもっとも規則正しい生活となりました。会社員時代は、英語の勉強で忙しくても、どれだけ睡眠時間が短くても、人付き合いは断らず、むしろそれを自分の「セールスポイント」にしていたくらいですが、医学部受験勉強時代は、友人にも「一年間は出家したものと思ってほしい」と伝え、可能な限り受験以外のことを考えないようにしていたのです。

 医学部入学後は、再び友人や先輩との付き合いが始まりましたから、相変わらず夜中でも出かけることもありました。その上、医学部の勉強はとても大変ですから、のんびりする余裕などありません。医学部の若い同級生と同じ勉強時間では太刀打ちできませんから、それまでの人生の「他人の倍は遊ぶ」というルールを「他人の倍は勉強する」に変更することになりました。

 医学部の1回生の終り頃、1997年の初頭に読んだ『7つの習慣』に感銘を受けた私は、同書で紹介されている「自分の葬儀を想像する」ことを実践するようになりました。これは、自分がどんなふうに人生の最後を迎えたいかを思い描くことにより、今すべきことが逆算できるというもので、たしかに、自分が死ぬまでに何をしていたいか、どんな人間になっていたいかを考えると、残された時間はあまり多くないことに気づきます。そして、このことに気づけば時間をムダにしている余裕はありません。

 例えば、元々私はテレビをあまり観ませんが、この頃からNHKの語学教育番組を除けばテレビの前に座ることがほとんどなくなりました。映画は好きなのですが、漠然と観るのではなく、いつも「貴重な一本」と考えて楽しむようにしています。自分の行動は損得で決めるわけではありませんし、生産性が高いか低いかで判断しているわけでもありません。悩んでいる後輩から連絡があれば夜中でも会いに行くことは変わりませんが、ダラダラと過ごすような時間はほとんどなくなりました。

 医師になってからはこの傾向がさらに進み、以前もどこかで言ったように、トイレと寝室以外は24時間監視されていてもかまわないと思うほどです。20代の会社員の頃は、他人の倍遊ぶことが目標でしたが、医師になったときには同僚の倍働こうと思いました。たしかに研修医は誰もが仕事と勉強だけの日々になるのは事実ですが、それでも私は同僚よりも患者さんと接する時間を長くし、救急外来に入りびたり、そして論文も教科書もたくさん読むことを心がけました。

 太融寺町谷口医院を始めてからも、教科書や論文を読む量は減らしていない、どころか最近はネット上で簡単に論文にアクセスできますから読む量は増えています。医学部の学生時代には値段が高くて買えなかった世界的に有名な医学書も最近はiPADで読んでいます。医学書というのは驚くほど高価で何万円もするものもざらにあります。学生の頃は、親からもらう小遣いで買える同級生を羨ましく思っていましたが、今の私は出張時の機内でそれらを読んでいます。

 ネット社会は新聞や論文、医学書へのアクセスを簡単にしただけではありません。私の元には谷口医院やGINAのサイトを見た人から健康相談などのメールが毎日たくさん届きます。外国人からのメールもほぼ毎日送られてきます。谷口医院のウェブサイトには英語版もあるからです。これらのひとつひとつに回答するのはそれなりに時間がかかるのですが、必要なことですし、メールで問題が解決するならとても有益なものといえます。

 これからももっと勉強してもっと仕事をして…、と考えているのですが、最近、ついに私の時間管理が破綻してしまいました。谷口医院のサイトの「医療ニュース」は、海外の論文などから興味深いものをピックアップして月に4本書いていたのですが、先月(2017年2月)は1本しか書けませんでした。

 実は2月と3月にそれぞれ学会発表があり、この準備に時間を取られ…、というのは言い訳で、よく考えると私のスケジュールはとっくに破綻していることに気づきました。

 NHKの英語教育番組「ニュースで英会話」はテレビのハードディスクにたまりっぱなしで、昨日観たのは2年前のものです。「話題のニュースで旬な表現を学ぶ…」がこの番組の特徴なのに、私にとっては「なつかしのニュース」になってしまっています。定期的に読んでいる週刊誌は1~2週間遅れ。新聞は冒頭で述べた通り。amazonの「ほしいものリスト」に入っている書籍はとっくに1000冊を超えています。

 コラムというのは、考えがまとまってから書くものだと思いますが、今書いている破綻している私の時間管理には改善策が見当たりません。現在の睡眠時間は6時間。20代の頃と異なり、これ以上削ることはできません。また週に5~6時間、脊椎症の術後のリハビリ(筋トレとジョギング)にあてていますが、これも減らすことはできません。

 この「マンスリーレポート」は、だいたい毎月10日ごろに公開していましたが、現在すでに17日。破綻した時間管理の打開策は今のところ見当たらず…。これからも私の人生は時間に追われっぱなしなのでしょうか…。

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2017年3月6日 月曜日

2017年3月6日 ヘディングは脳振盪さらに認知症のリスク

 アメリカンフットボールなどのコンタクトスポーツが脳にダメージを与え、将来認知症や人格変貌、さらに自殺をも招くことがある、ということはここ数年注目されており、このサイトでも何度か取り上げました(注1)。この脳にダメージをおこす疾患のことを「慢性外傷性脳症」(以下「CTE」)と呼びます。コンタクトスポーツと言えばサッカーを思い浮かべる人も多いでしょう。では、サッカーのヘディングはどうなのでしょうか。

 ヘディングをよく行う選手は、あまり行わない選手に比べて脳震盪を起こす可能性が3倍以上…。

 医学誌『Neurology』2017年2月1日号(オンライン版)にこのような研究が報告されました(注2)。

 研究の対象者は、ニューヨーク市のアマチュアサッカークラブの成人男女の選手222人。調査はオンライン上でおこなわれました。調査期間の2週間でヘディングを行った回数は、男性平均44回、女性は27回でした。また、「偶発的な頭部への衝撃」が男性の37%、女性の43%にありました。そして、ヘディングや偶発的な衝撃により20%の選手に何らかの症状が認められています。

 これらを分析した結果、ヘディングをよく行う選手は、あまり行わない選手に比べ脳振盪を起こすリスクが3倍以上、偶発的な衝撃を2回以上受けた選手は、受けていないい選手と比較し6倍以上となっていました。

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 この論文では、ヘディングが脳振盪を起こしやすいとは言っていますが、CTEのリスクとなるかどうかについては検討されていません。しかし一般紙がこれに言及しています。英国の新聞「The Telegraph」はこの記事を取り上げ、ヘディングとCTEのリスクについて、イングランドの元ストライカーJeff Astle氏を取り上げてコメントしています(注3)。Astle氏は若くして認知症を発症し2002年に59歳の若さで他界しています。

 Astle氏の若すぎる死とサッカーの関係についてはBBCも取り上げています(注4)。BBCは、氏の娘のDawnさんがラジオ番組でコメントした次の言葉を紹介しています。

「サッカーが原因で認知症が起こったことを示す証拠は以前からありました。にもかかわらず真剣に検討されなかったのは”許されないこと”かつ”不可解”なことです」

注1:下記を参照ください。
はやりの病気
第137回(2015年1月) 脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~
医療ニュース
2016年10月14日 コンタクトスポーツ経験者の3割以上が慢性外傷性脳症
2015年5月9日 脳振盪に対するNFLの和解額が10億ドルに 

注2:この論文のタイトルは「Symptoms from repeated intentional and unintentional head impact in soccer players」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.neurology.org/content/88/9/901.short?sid=2346c46a-d26b-49a8-942b-bd585e28f60e

注3:この記事のタイトルは「Demand for new study of heading and concussion(ヘディングと脳振盪の新たな研究が望まれる)」です。下記URLを参照ください。

http://www.telegraph.co.uk/football/2017/02/01/demand-new-study-heading-concussion/

注4:この記事のタイトルは「Jeff Astle’s daughter: Dad’s job killed him(Jeff Astle氏の娘が語る~父の仕事が父を殺した~)」です、下記URLを参照ください。

http://www.bbc.com/news/uk-38979607

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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