メディカルエッセイ

2013年9月20日 金曜日

第128回 同じ時間に起きて同じ時間に寝るということ 2013/9/20

 7つの生活習慣の改善で脳卒中のリスクが大幅に減少する・・・。

 これは医学誌『Stroke』に今年(2013年)掲載された論文(注1)で発表されたものです。この研究については日本の一部のマスコミも取り上げていましたので、すでに知っているという人も多いでしょうが、ここで簡単に振り返ってみたいと思います。

 7つの生活習慣とは、①血圧、②脂質(コレステロール)、③血糖、④BMI(体重÷身長の2乗)、⑤運動、⑥食事、⑦禁煙、です。調査の対象は、45歳以上のアフリカ系および白人の米国人、合計22,914人です。7つの生活習慣それぞれに点数をつけて脳卒中の罹患との関係を調べると、これら7つの生活習慣が適切であれば脳卒中になりにくいことが分かった、というのが研究の結論です。

 この研究結果を聞いて、「なるほど、これはすごい研究だ!」と思える人はそう多くないでしょう。ここで言われている「7つの生活習慣」というのはどれも真新しいものではなく、「そりゃそうでしょ。今さら言われなくてもわかってますよ」と言いたくなるものばかりだからです。

 適正体重を維持して、食事内容に気をつけて、タバコを吸わず、運動を続ける、血圧や血液検査(血糖値、コレステロール)は定期的に測定して必要があれば薬を飲む、と、これだけやっていれば、「そりゃ脳卒中も防げるよな・・・」と感じてしまいます。

 私自身もこの論文をみたときに、大規模調査は大変だったろうけれど結果は別段驚くものでもないし・・・、と感じました。もしもこの調査で、例えば「タバコを吸っていても運動を週10時間以上すればリスクは帳消しになる!」とか、「食事の内容に気をつけていれば体重はいくら増えてもOK!」、など常識をくつがえすような結果であれば興味を持てるのですが・・・。

 しかし私はこの論文に価値がないと言っているわけではありません。禁煙、運動、食事などが結局は健康への確実な対策であることを再認識させられた、ということで意味のある研究だと思っています。つまり、「〇〇さえすれば・・・」などという安易な健康法は存在しないことを改めて教えてくれた研究というわけです。

 そして、これまた当たり前と言えば当たり前なのですが、私が日々診ている患者さんのことを考えてみても、これら7つの生活習慣改善で健康になることは間違いありません。

 禁煙と減量、というのを同時におこなうのは極めて困難なのですが、まずはどちらかに取り組んでもらい、時期をみてもう一方の対策をとり、運動を続けてもらうと、そのうちに血圧も血液検査の値も正常になり、一時は毎月受診してもらっていたのが年に一度でOKになった、ということも珍しくありません。そして、この7つの生活習慣を改善することにより防げるのは何も脳卒中だけではありません。心筋梗塞や生活習慣病のほぼすべて、そして多くの悪性腫瘍に対しても有効なのは間違いありません。

 というわけで、私が言いたいのは、「これら7つの生活習慣改善は当たり前のことで、言われなくてもわかってますよ、というものだけど、それでもこの地味な生活改善対策に勝るものはない」、ということです。

 そして、前置きが長くなりましたが、これら7つの生活習慣に加えて、私はもうひとつの生活習慣を提唱したいと考えています。それは、「毎日同じ時間に起きて同じ時間に寝る」というものです。

 「そりゃ、そんな生活したら健康になるでしょ。言われなくてもわかってますよ」と言われそうですし、『Stroke』の7つの生活習慣よりもさらに”地味”な習慣ではありますが、これはある意味では7つの生活習慣よりも重要ではないかと私は思っています。というのは、毎朝同じ時間に起きて規則正しい生活をすると、暴飲暴食が防げて、適正体重が維持できて、少しの努力はいりますが1週間の生活プランに運動の時間を組み入れいることができて、その結果、検査値も改善していくからです。

 例えば、30代のある女性患者さん(仮にMさんとしておきます)は、軽度の肥満と高血糖、高コレステロールがあり、失業中であるということもあり、好きな時間に起きて好きな時間に寝る、という生活をしていました。それが、仕事(それも彼女が以前から切望していた仕事)が決まり、朝5時半起きの生活となりました。職場の女性がほぼ全員スリムな体型をしていることから自身もダイエットに取り組む気になり、週に3回フィットネスクラブに泳ぎに行くようになり、さらに禁煙にも成功し半年後には通院の必要がなくなったほどです。

 このケースでは「新しい仕事」がMさんの生活習慣を改善したわけですが、それは「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ということを心がけたからでもあるわけです。また、Mさんがよかったのは、休日も同じ時間に起きてその時間を有効に利用していたということです。

 『Stroke』の研究は、脳卒中という生活習慣病に対してのリスクを調べているわけですが、この「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」という習慣は、脳卒中などの生活習慣病に有効であるだけではありません。これを習慣にすることによって劇的に症状が改善する疾患が少なくとも2つあります。

 1つは片頭痛です。Mさんが私の元を受診したのは片頭痛がきっかけで、最初は鎮痛剤が効かずに苦労していたのですが、就職が決まり規則正しい生活をするようになると、あれほど苦痛だった片頭痛がほとんどなくなったのです。実は、Mさんの就職が決まって朝が早くなると聞いたときに、私は「休日も早く起きるようにしてください。うまくいけば片頭痛からも解放されますよ」と助言しておいたのです。

 片頭痛は寝不足がリスクになりますが、寝過ぎもリスクになります。休日の朝、寝坊をして起きたら頭痛、というのはよくありますし、昼寝をして起きたら・・・、という場合もあります。お盆明けに片頭痛の患者さんが増えるのは、旅行や帰省で生活が乱れたり、あるいは新幹線の中で寝てしまったり、ということも原因になっています。

 もうひとつ、「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ことで症状が大きく改善するのを期待できる疾患があります。それは「うつ病」です。うつ病といっても症状の内容や重症度はそれぞれですし、典型的なうつ病は朝がしんどいですから、朝早く起きるのは困難なことも多いのですが、それでも同じ時間(昼でも夜でも)に起きて、同じ時間に寝るようにすることを心がければ症状が次第に改善していくこともあるのです。

 うつ病があって引きこもっている人はえてして生活が不規則になっています。朝が起きられずに昼頃まで寝ていて、夕方になってまた眠たくなってうたた寝をして、夜には目が覚める、そして睡眠薬を使うけれども眠れなくて、翌日の昼に起きると身体がダルくて、眠ってはいないけれど横になっていると時間が過ぎていって・・・、と悪循環に入り込み、こうなると社会復帰が遠のきます。無理をしてはいけませんが、可能なら、それは何時でもいいですから、同じ時間に起きて同じ時間に寝る、昼寝をするなら短時間に、という習慣を守るようにすれば、それだけで精神症状が改善していくこともまあまああります。

 休日の朝は二度寝をするのが楽しみ・・・、週末には夜更かししたい・・・、私自身もこのように思うことがありますし、特に週末の夜更かしはこれまでさんざんしてきましたが、現在はできるだけ同じ時間に起きて同じ時間に寝るということを実践するようにしています。

 深夜にも働いている医療者には申し訳ないのですが、現在の私は、夜勤をしておらず、夜中に病棟や救急外来から呼び出されたりすることもありません。二度寝したいな・・と感じる休日の朝は、前夜から寝ずにがんばっている医療者のことを思い出して早起きするようにしています。

 みなさんも、この「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ということを第8番目の習慣として考えてみてはいかがでしょうか。

注1:この論文のタイトルは「Life’s Simple 7 and Risk of Incident Stroke」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://stroke.ahajournals.org/content/44/7/1909.abstract?sid=7bee462d-05f0-40e7-896c-b64685f8ac6e

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL