メディカルエッセイ
2013年6月22日 土曜日
105 お茶とコーヒーとチョコレート 2011/10/20
健康のためにサプリメントを摂取する人が多い中、最近発表される研究結果はサプリメントの効果を疑問視するものが目立ちます。効果がないだけでなく、なかにはビタミン剤で発ガンのリスクが上昇するといったものもあり、摂取することが逆効果になるとする研究も増えてきています。
そんななか、サプリメントに頼るのではなく、従来の飲食品で健康を維持しようとするムーブメントがここ数年間で広がっているように思われます。今回は、代表的な飲食品として、お茶、コーヒー、チョコレートの最近の研究結果を報告したいと思います。
まずはお茶(日本茶)に関するものです。今回紹介するのは日本での研究で、国立がん研究センターが実施したものです。その結果は意外にも、「閉経前の女性は、緑茶をよく飲む人ほど甲状腺がんになりやすい・・・」というものです(注1)。一方、閉経後の女性では、その逆に「緑茶をよく飲む人ほど、甲状腺がんになりにくい」という結果がでています。
この研究では、岩手、秋田、茨城、新潟、長野、大阪、高知、長崎、沖縄各府県の40~69歳の男女約10万人が対象となり、1990年~2007年まで追跡調査が実施されています。緑茶の摂取量によって対象者を4つのグループに分類し、甲状腺がんとの関連が調べられています。追跡期間中に男性26人、女性133人が甲状腺がんを発症しています。
女性について閉経前後で分析すると、閉経前の女性では、緑茶の摂取が「1日1杯未満」のグループに比べ、「1日3~4杯」のグループは1.64倍、「1日5杯以上」のグループは1.66倍、それぞれ甲状腺がんのリスクが高かったそうです。一方、閉経後では、「1日3~4杯」緑茶を飲むグループが「1日1杯未満」に対して0.69倍、「1日5杯以上」では0.47倍とリスクが低下しています。興味深いことに、「1日1~2杯」のグループは、閉経前後のいずれでも、「1日1杯未満」よりリスクが低下しています。
なぜこのような結果となったのか、現時点では断定できる理由はありませんが、研究者らは、緑茶に含まれるカテキンが女性ホルモンのエストロゲンに似た働きがあることが関係しているのではないかとみているようです。
尚、この研究では、コーヒー摂取と甲状腺がん発生との関係も調べられていますが、男女ともに関連は認められなかったようです。
お茶の次はコーヒーについての研究を紹介したいと思いますが、おしなべて言えば、ここ数年間のコーヒーに関する研究はほとんどが肯定的なものです。様々なガンの予防になるとするものが多いですし、高血圧や糖尿病にもいいとか、リラックス効果があるからなのか精神状態にもいいとされています。
今回は最近発表された「女性のうつ病とコーヒーの関係」についてご紹介したいと思います。この研究は、米国ハーバード大学公衆衛生学教室によっておこなわれたもので、対象者はアメリカ在住の女性看護師約5万人です。「Nurses’ Health Study」と命名された大規模調査のデータを解析することによって研究がおこなわれています(注2)。
この研究では、1996年に抑うつ症状がなかった50,739人(平均年齢63歳)の女性看護師が対象となり、2006年まで追跡調査がおこなわれています。10年間にわたる追跡期間中に2,607人がうつ病を発症しています。コーヒーの摂取量を週1杯以下、週2~6杯、1日1杯、1日2~3杯、1日4杯以上に分けてうつ病発症との関係が解析されています。
その結果、「1日2杯以上のコーヒーを飲む女性は、うつ病になりにくく、4杯以上でさらにリスクが低下する」ということが判ったそうです。どれくらいリスクが低下するかというと、2~3杯で相対リスクが0.85に、4杯以上で0.80とされていますから、コーヒーを1日4杯飲めば、「うつに2割なりにくい」という言い方ができるかもしれません。(「2割なりにくい」という表現は意味不明ですが、コーヒーをあまり飲まずにうつになってしまった10人がもしも1日4杯以上のコーヒーを飲んでいたら、うち2人はうつにならなかった、ということになります)
尚、カフェイン抜きのコーヒーでは、うつとの関連性は認められなかったそうです。
なぜコーヒーがうつの予防になるのか、ということについて、研究者は、「カフェインは短時間の間、気分に良い影響を及ぼし、活力が増し、目がさえるという自覚的な感覚をもたらす。長期間にわたるコーヒー消費がうつ病発現のリスク低下につながるのは理解できること」としています。
しかし、この研究をよく読むとコーヒー摂取に少し気になることがあります。それは、コーヒー摂取頻度が高いグループほど、肥満や高血圧、糖尿病など生活習慣病が少なかったという結果がでており、これはもちろんいいことなのですが、その一方で、コーヒーをよく飲む人ほど、喫煙率が高く、アルコール摂取が多く、さらに教会や地域グループへの参加が少なかったそうなのです。うつ病の予防になるかもしれない、というのは、コーヒー好きな人には嬉しい研究結果ですが、もしもあなたがコーヒーも好きだけど、アルコールと喫煙もたしなみ、地域社会との交流に乏しいとしたら、要注意かもしれません。
最後にチョコレートに関する最近の研究結果をご紹介したいと思います。チョコレートは、糖分と脂肪が豊富に含まれ高カロリーであることから「嫌われ者」にされることが多いようですが、実はポリフェノールが豊富に含まれ、抗酸化作用や降圧作用にすぐれていることは随分前から指摘されていました。
英国ケンブリッジ大学の研究者が、これまでに発表されているチョコレートと心血管疾患などとの関連性について調査された合計7つの研究を対象にメタ解析(複数の研究結果を総合的に分析しなおすこと)をおこない、医学誌『British Medical Journal』2011年8月29日号(オンライン版)で発表しています(注3)。
研究の対象となったのは、ドイツ、オランダ、スウェーデン、日本、米国などの合計114,009人で、「チョコレート」には、板チョコ、チョコレートドリンク、チョコレートビスケット、チョコレートデザートなどを含みます。
その結果、チョコレートを週1回以上摂取する人は、それ以下の人に比べ、心疾患リスクが37%、糖尿病リスクが31%、脳卒中リスクが29%低下していることが分かったそうです。糖尿病に関しては日本人のみを対象としたデータもあり、男性で35%、女性で27%リスクが低下しています。
この結果はチョコレート好きには嬉しいものでしょう。しかし、チョコレートが身体にいい理由は原料のカカオにフラボノイド系ポリフェノールが含まれているからです。ですから、健康にいいから、という理由で、これまで以上にチョコレートを食べる必要はなく、野菜や果物からポリフェノールを摂取した方がいいのは間違いありません。とはいえ、これからはチョコレートに少しくらい甘くなってもいいのではないでしょうか。
私なら、美味しくもなんともないサプリメントに頼るのではなく、カフェインがたっぷり入った美味しいホットコーヒーとチョコレートでリラックスする方を選択します。
注1 この研究結果は国立がん研究センターのサイトで詳細が紹介されています。詳しくは下記URLを参照ください。
http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/2829.html
注2 この論文のタイトルは、「Coffee, Caffeine, and Risk of Depression Among
Women」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://archinte.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=1105943
注3 この論文のタイトルは「Chocolate consumption and cardiometabolic disorders:
systematic review and meta-analysis」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/343/bmj.d4488?sid=889db0ba-816a-401e-bf25-9b86ebba6b7f
参考:
はやりの病気第22回「癌・糖尿病・高血圧の予防にコーヒーを!」
はやりの病気第30回「コーヒー摂取で心筋梗塞!」
医療ニュース
2008年9月13日「子宮体癌の予防にコーヒーを」
2008年6月30日「コーヒーはいいことばかり」
2007年10月16日「お酒の代わりにコーヒーを、すい臓ガンを予防」
2007年9月3日「コーヒーは肝臓癌のリスクを下げる」
2007年8月4日「大腸がんの予防、男性ビタミンB6、女性はコーヒー」
2008年2月25日「禁煙すれば緑茶が胃癌の予防に」
2007年5月14日「緑茶が脳梗塞を予防する可能性」
2010年11月4日「緑茶に乳ガンの予防効果なし」
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|2013年6月22日 土曜日
104 塩分制限が不要というのは本当か 2011/9/20
コレステロールは下げる必要がないのではないか、という議論が物議をかもしており、大変な論争になっているということを以前お伝えしましたが(下記コラム参照)、今度は「塩分制限は不要」という意見がでて混乱を招いています。
まず、現在の医療の前提となっている、「塩分過剰摂取は悪いこと」、についてまとめておきましょう。過剰な塩分摂取→血圧上昇、というのは常識中の常識です。ナトリウムが血中に増えることにより水分が血管内に引き寄せられ血管内に水分が豊富になり、これが高血圧をもたらすのです。(化学が得意な方は、Na↑→浸透圧↑と考えてもらえれば簡単に理解できるでしょうが、浸透圧という言葉に馴染みがなくても、ナトリウムが水をひっぱる、というイメージをもってもらえれば理解しやすいと思われます)
血圧が高くなれば、動脈硬化のリスクになり、動脈硬化が進展すると虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)、脳卒中(脳出血、脳梗塞など)を起こしやすくなります。ですから、こういった疾患を予防するには血圧を低く保つ必要があり、そのためには塩分を控えなければならない、という理屈です。
このことは疫学的にも実証されています。日本ではかつて塩分がものすごく摂取されていました。特に東北地方では、1日あたりの塩分摂取量が20gを超えており、これが原因で脳卒中を起こす人が多かったのは間違いありません。実際、塩分摂取が次第に減少してきたことに相関して脳卒中の発症率は低下しています。しかし、それでも日本人は(全国的に)塩辛いものを好むようで、世界的にみても現在でも食塩摂取量はかなり多いと言われています。
その日本の厚生労働省が発表する食塩の摂取基準は、1日あたり、男性で9グラム、女性で7.5グラムとされています(2010年4月に改定された厚生労働省発行の「日本人の食事摂取基準」より)。また、すでに高血圧があったり慢性腎臓病があったりすれば、男女とも1日6グラム未満にすることが推奨されています。しかし、同省の2008年の調査では、成人の1日あたりの塩分摂取量平均は、男性で11.9グラム、女性で10.1グラムです。
塩分を減らすというのは決して簡単ではなく、特に日本食が好きな人は相当困難です。味噌、しょうゆにも塩分は含まれていますし、漬物や佃煮、せんべいなどはかなり制限しなければなりません。鍋焼きうどん1杯で7.4グラムの塩分(厚生労働省のウェブサイトより)を摂取することになりますから、6グラムなんていうのは至難の業であることがおわかりいただけると思います。
もっとも、最近の健康ブームで減塩ブームもおこっており、専門のウェブサイトもいくつもありますし(注1)、以前に比べると、梅干にしても佃煮にしても「減塩」を謳った製品が増えてきています。しかし、塩分制限というのは思いのほか大変で、医療現場では日々減塩指導をおこなうのですが、1日6グラム未満を遵守できる人はそう多くはありません。
ところがです。この塩分過剰摂取はNGという医学界での常識中の常識が覆されようとしているのです。まず、議論を呼んだのは、ポーランドとベルギーの研究で「尿中ナトリウム排出量が高くても高血圧や心疾患合併症のリスク上昇と関連がみられなかった」とするもので著明な医学誌『JAMA』に2011年5月に掲載されました(注2)。
この研究では、心血管疾患にかかったことがない対象者3,681人(平均41歳)の24時間尿を採取しています。約8年間の追跡期間中、尿中ナトリウム排泄量が最も低かったグループ(つまり塩分摂取量が一番少なかったグループ)に心血管死の増大がみられたというのです。また、約6.5年間の追跡がおこなわれた2,096人の対象者を調べた結果では、ナトリウム排出量の高さと高血圧との間に関連性は認められなかったそうです。
ただし、この研究では、研究者が「今回の結果から、全員に対して塩分の制限を推奨する現在のガイドラインを支持することはできない」としながらも、同時に、「高血圧患者の減塩による降圧効果を否定するものではない」とも言及しています。
この研究は規模がさほど大きくありませんが、一流雑誌に掲載されたことで話題を呼びました。そして、さらに大きな議論となったのが2011年7月に公表されたコクランレビューです。
まず「コクランレビュー」とは何か、ですが、コクラン共同計画というのがあって、これは健康に関する大規模調査や研究を的確に評価することを目的として設立された国際プロジェクトのことです。要するにコクランレビューで公表される研究結果は、国際的に信憑性が極めて高いと考えられている、というわけです。
2011年7月6日、そのコクランレビューが「減塩の心血管疾患や死亡に対する効果は不明」という発表をおこないました(注3)。
コクランレビューのこの発表は瞬く間に全世界に伝わり、イギリスの大衆紙Expressは、同日に「NOW SALT IS SAFE TO EAT(塩分摂取はいまや安全)」というタイトルでいささか過激な報道をおこないました(注4)。イギリスでは日本でいう厚労省に相当するNice(the National Institute for Health and Clinical Excellence)という行政機関が、塩分の1日摂取量を2015年までに6グラムとし、さらに2025年までに3グラムにするという方針を打ち出しているのですが、この記事では、そのような基準を守ることはもはや有益でなく、フィッシュ&チップスの愛好家には嬉しいニュース、と報道されています。
もちろんこの話題を取り上げたのはイギリスだけではありません。たしか日本のマスコミでも報道されていたはずです。(塩分摂取の多い日本ではイギリス以上に大きく取り上げられるかと私は予想していたのですが、なぜかさほど日本では盛り上がらなかったようです)
さて、コクランレビューのこの発表を受けて、医療者はどうしているかというと、おそらくほとんどの医師は、減塩が必要と思われる患者さんには「これまでどおり減塩の努力をしてください」と言っていると思われます。私もそうしています。もちろん、コクランレビューの研究結果を否定するつもりは毛頭ありませんが、疫学調査をそのまま個人にあてはめることはできないのです。
実際に医療現場にいるとよく分かりますが、減塩をがんばっている患者さんは、それだけで(薬を使わなくても)血圧が正常値に戻ることがしばしばあります。コクランレビューは、決して「高血圧を放置しておいてもよい」と言っているわけではありません。おそらく、コクランレビューの研究の対象者のなかには、「塩分をあまりとっていなかったけれど何らかの理由で血圧が徐々に上昇したような人」が相当数混じっていたのではないかと思われます。高血圧がむつかしい理由のひとつは、ある程度は遺伝的な要因に規定されていて、減塩をして血圧が下がる人もいればそれほど下がらない人もいるということです。
ここ数年間の各国の減塩に対する行政指導は、それが理論的には正しいとしても、現実的には「絵に描いた餅」になっているように私は感じています。先に述べた1日3グラムなどという基準を、どれだけのイギリス人が遵守できるのでしょうか。また、以前別のところで述べましたが、ニューヨークでは、2010年3月に、「塩を使って料理をすると店主に罰金 1,000ドル(当時のレートで約 90,000円)を科せる」という法案が提出されています。さすがにこの法案は否決されましたが、アメリカではレストランで塩を使うことを禁止しようとする動きすらあるということは注目に値するでしょう。
今回のコクランレビューの研究は、(研究に携わった公衆衛生学者が意図したかどうかは別にして)、最近の急激に進行している減塩ムーブメントに対するアンチテーゼのような印象が私にはあります。
血圧が遺伝的な要因で高い人のなかには、いくら減塩しようが体重を落とそうが有酸素運動をおこなおうが、下がらない人がいます。そのような人は比較的早期から降圧剤を使用するべきでしょう。一方で、減塩で降圧が期待できる人は、できる限り薬を使うことを遅らせて、まずは生活習慣の改善に努力すべきでしょう。
大切なのは、コクランレビューも含めて疫学的な調査結果に振り回されるのではなく、個人にとって最適なケアを医療者と共に考えていくことです。
参考:
はやりの病気第81回(2010年5月) 「慢性腎臓病と塩分制限」
メディカルエッセイ第101回(2011年6月) 「過熱するコレステロール論争」
注1 例えば、「塩を減らそうプロジェクト」( http://www.shio-herasou.com)があります。
注2 この論文のタイトルは、「Fatal and Nonfatal Outcomes, Incidence of
Hypertension, and Blood Pressure Changes in Relation to Urinary Sodium Excretion」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=899663
注3 この論文のタイトルは、「Reduced dietary salt for the prevention of
cardiovascular disease」で、下記のURLで概要を読むことができます。
http://www.cochrane.org/contact
注4:Expressのこの記事は下記のURLで読むことができます。
http://www.express.co.uk/news/uk/257048/Now-salt-is-safe-to-eat
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|2013年6月22日 土曜日
第103回(2011年8月) 僕は友達ができない
現代社会はいとも簡単に”友達”ができてしまう社会・・・、と言っていいのではないかと思えます。この原因はもちろんインターネットの普及です。若い世代になると、mixiの経験がない、という人を探すのに苦労するくらいですし、他国に比べて普及していないと言われているフェイスブックの利用者もどんどん増えています。
一部の保守的な人たちからは、顔も見ずにネットで知り合った人を友達と呼べるのか、と否定的な意見も出ているようですが、その”友達”に就職先を紹介してもらったり、周囲の誰にも話したことのない悩みを打ち明けたり、あるいは結婚にまで至ったケースもあったり、というのが現実ですから、現代社会では、まだ顔を見ていなくても”友達”と言ってもかまわないでしょう。
私自身はこのようなツールを利用していませんが、関心のある人は積極的にITを使って”友達”との交流を楽しむべきだと考えています。IT技術が発達したおかげで、相手の都合を考えずにメッセージを送信することができるのはひとつの産業革命とも言えます。電話しかない時代には、「この時間相手は何をしているかな。もう寝ているかな・・・」ということをまずは考えなければなりませんでしたし、時差のある海外に連絡をとるのは一苦労でした。もう我々は電話しかなかった時代に戻ることはできないでしょう。せっかくこの時代に生きているのですから、時代の特権を利用してどんどん友達をつくるべきだと思います。
mixiやフェイスブックといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を使えば、世界中で”友達”が簡単にできます。性別、年齢、国籍、住所を問わず、気の合う友達がもてる、というのは本当に夢のような社会だと思います。私の周りをみてみても、例えば40代の大変地味な生活をしている男性が、たくさんの大学生の”友達”が(それも世界中に)いたり、30代の普通の主婦が世界中に同世代の主婦とネットワークをもっていたり、といった感じです。
しかし、このような時代の中でもSNSを使って安易に友達をつくってはいけない人たちがいます。それは「医師」です。
2011年7月14日、英国医師会(British Medical Association)は、同会のウェブサイトで「フェイスブックなどで友達をつくってはいけない」という内容の忠告を同国内の医師に対しておこないました(注)。
英国医師会は、その忠告のなかで、現在診療中の患者や過去に診療したことのある患者も含めて、交流サイト「フェイスブック」経由の「友達リクエスト」を認定すべきではないと勧告しています。同医師会は、(元)患者と医師が「友達関係」となるのは不適切、と考えているというわけです。ただし実際には「友達リクエスト」を承認する医者は少ないだろうとの見方を示しています。さらに、英国医師会は、医師だけでなく医学生であっても同様である、ということを強調しています。
この英国医師会の忠告をみたほとんどの世界中の医師は、おそらく「そりゃそうだろ」と感じていると思います。この感覚は、実際に医師になってみないとわからないかもしれませんが医師と患者は友達になれない(なるべきでない)のです。しかし、この感覚はまだ医師になっていない医学生にはなかなかわかりづらいものがあります。英国医師会のこの忠告を読んだとき、私は医学部の授業のひとつのシーンを思い出しました。
それは医学部4回生のときのある先生の講義でした。ある日その先生は、「患者とばったり道端で会い話しかけられたときどうすべきか」という質問をしました。そして、なんと学生全員(約80人)にその回答を聞いて回られたのです。医学部の授業時間というのは学ばなければならない量を考慮すると非常に短いため授業時間は大変貴重なものです。その貴重な時間を使って学生全員にこの質問をされたのですから驚かずにはいられませんでした。学生の回答は「挨拶だけしてすぐにその場を立ち去る」というものから、なかには「喫茶店などに入って話を聞く」というものまでありました。この質問に対する先生が話された<正解>は「できるだけ速やかにその場を立ち去り患者さんの話はできる限り聞かない」というものでした。この質問に対して私自身が何と答えたかは記憶にないのですが、この<正解>を意外に感じたことは覚えています。「ちょっと(患者さんに対して)冷たすぎないか」というのが私の率直な印象だったのです。
けれども、今になればこのことは充分に理解できます。医療機関の外で医師と患者が話をすれば、医師患者関係があいまいになる可能性があります。すると、場合によっては、医師に対する誤解・偏見が生まれ、その結果医師本人や勤務先の医療機関が損失を被る可能性があります。また、医師と患者が近づきすぎると、コミュニケーションの内容によっては、後から「言った・言わない」という問題が起こらないとも限りません。また、それ以前に「特定の患者さんと医療機関の外で会う」ということ自体が(それがたまたまであったとしても)他の患者さんからみれば公平ではありません。
英国医師会は、友達認定を禁止する理由として、ネット上の表現の解釈のされ方によっては名誉毀損罪や侮辱罪が適用される可能性や、患者のプライバシーが守られなくなる可能性(他人もウェブサイトを閲覧できるから)も挙げています。
現在の私は、電子メールで患者さんからの質問に返答することがありますが、それはあくまでも医師患者関係に基づいたものです。mixiやフェイスブックは時間がないこともありますが始める予定はありません。私にとって英国医師会の忠告はすっと腑に落ちるものであり、日本でもはっきりと文書化されたものがいずれ必要となるであろうと思っています。
医師が(元)患者と友達になるべきでないのはもっともだとしても、医師が患者でない他人と友達になるのはかまわないのでは?という意見があるかもしれませんが、現実的にはこれも困難です。というのは、医師でない人たちからすれば医師は医師であり、なかなか”普通の”友達としてはみてもらえないのです。仮に最初は”普通の”友達として付き合いが始まったとしても、そのうち身体のことや健康に関する話題になることがあり、意見を求められることが(よく)あります。そのときに何らかのコメントをすると、それは「友達としてのコメント」ではなく「医師としてのコメント」と見なされてしまうのです。こうなると友達関係なのか医師患者関係なのかが曖昧となってしまいます。ですから、私自身は、新たに、(元)患者さん以外の友達ができたとしても、ある程度の距離をとり、健康の話題には触れないようにしています。
というわけで、私は医師になってからできた友達と呼べる関係の人というのは、ほとんどが医療従事者かGINAの関連で知り合った人(ボランティアなど)です。昔からの友達の友達は、一応友達になるのかもしれませんが、やはりその人からみれば、私を医師としてみることが多く、なかなか深い関係にはなれません。昔からの友達を通してしか会えないというのが現状です。
20代の頃の私は、積極的に自分とは別の世界にいる人と友達になるようにしてきました。大学生(関西学院大学)の頃は、大学生以外の友達を見つけるようにし、会社員の頃は同じ会社の人達ばかりと過ごすことを避け、自分の知らない世界を見るように努めていました。そしてこれは私にとって非常にいい経験となったことを自負しています。
しかし現在は、新たに友達をみつける時間がとれないということもありますが、ある程度親密な関係になる友達というのは、ほぼ医療者かGINA関連で知り合った人に限られます。これをどのように捉えるかですが、これはこれで止むを得ないこと・・・、と今は納得するようにしています。
けれども、医師を引退してからなら、また別の世界がもてるかもしれません。そのときにはmixiもフェイスブックも始めて世界中で友達を探すことになるかもしれません。そうなると、元患者さんとも友達になれるのでしょうか・・・。この答えについては医師を引退してから(遠い先の話ですが)ゆっくりと考えてみたいと思います。
************
注(2019年12月1日改訂):この忠告が読めた過去のページは現在は存在しませんが、「Using social media: practical and ethical guidance for doctors and medical student, standing up for doctors BMA」で検索すると、同じもののPDFが参照できます。UKの新聞「The guardian」はこの忠告を報道しています。その後、英国医師会は医師のソーシャルメディアとの関わりについて何度か忠告を発表しています。2019年3月には「Social media guidance for doctors」が発表されています。このなかで引き合いに出されている2018年に発表された「Social Media, Ethics and Professionalism Guidance」(「Social Media, Ethics and Professionalism Guidance, BMA」で検索するとPDFが参照できます)には「Facebookで医師は患者からの友達リクエストを承認すべきでない」と書かれています。
参考:The Guardian2012年10月28日「恋した患者はFacebookで医師を追う(Infatuated patients use Facebook to stalk doctors )」
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|2013年6月22日 土曜日
102 招かれざる患者と共感できない医師 2011/7/20
作家の中村うさぎ氏が『週刊文春』の連載コラムのなかで、2011年6月16日号と23日号の2週にわたり、東京のある大学病院を受診して不快感を覚えたということを書かれています。(コラムには大学病院の実名が載せられていますがここでは伏せておきます)
中村氏の主張していることをまとめると次のようになります。
まず、中村氏は風邪の症状を自覚したけれど、単なる風邪ではなくもっと重い病気かもしれないと考えて、近くのクリニックではなく大学病院を受診しました。「レントゲンやMRIなどのある病院できちんとした診察を受けたい」と述べられています。
その大学病院の受付で「紹介状がないから」という理由で、診察代のほかに「選定療養費」と呼ばれる特別料金3,000円が必要なことを知らされました。しかし、中村氏はどうしても大学病院で診察を受けたかったようで、その選定療養費を支払い、診察を受けることになりました。
ところが、対応した医師の対応が(中村氏の言葉をそのまま書けば)「町医者以下の手抜き診療」だったそうです。氏は次のように述べています。
患者は自分が風邪なのかどうかもわからず、もっと重い病気かもしれないと疑ったからこそ、設備の整った大病院に来るわけだ。もしかすると思い過ごしで単なる風邪なのかもしれないが、それは検査していただかないとわからない。高い選定療養費を払うということは、そういうことではないか。
この中村氏の主張に対し、インターネットやツイッターでは白熱した議論が繰り広げられました。医師専用の掲示板でも取り上げられ物議をかもしていました。医師のコメントはだいたい一致していて、まとめると次のようになります。
風邪かどうかは別にして、診察した結果、それ以上の検査が必要ないと考えたから画像検査や血液検査をしていないのであり、希望したから検査が受けられるというのは患者(中村氏)の誤解である。医療をホテルや飲食店と同じようなものと勘違いされているのではないか。そもそも、大学病院とはクリニックや他の病院からの紹介状を持参して受診するところであり、選定療養費というのは、「紹介状がないけれどもどうしても診てほしい」という要望に応えるための止むを得ない措置なのである。
だいたいこんなところだと思われます。私自身は医師ですから、医師たちのこの意見はよく理解できます。過去に述べたことがありますが、医療はサービス業ではないのです。ですから、患者さんが希望した検査が(少なくとも保険診療では)できるわけではありません。
それに、医療機関にはそれぞれの役割というものがあります。患者さんが健康のことで困ったことがあればまず受診すべきなのは近くのクリニックです。そこで、診断がつかなかったり、高度な医療が必要と判断されたりすれば、クリニックでは紹介状を書くこととなり、その紹介状を持参して大きな病院を受診する、というのが日本の医療システムです。
海外の多くの国(特にヨーロッパではほとんどの国)では、紹介状がなければ大きな病院を受診しても門前払いをされます。何かあればまずは近くのクリニックに、必要あれば紹介状を持参して大病院に、というシステムが確立されているのです。
では、日本の病院でもそうすればいいじゃないか、となるわけで、実際ほとんどの医療者はそのように感じているはずです。では、なぜできないのか、なぜ「選定療養費を払えば紹介状なしでも診察可能」という中途半端な制度になってしまっているのか、といえば、おそらく法律の問題だと思われます。医師法第19条に「応招義務(おうしょうぎむ)」というものがあり、これは「医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」というものです。つまり、患者さんが「診てほしい」と言えば、それを拒否することはできない、と法律で決められているのです。
中村氏のコラムをよく読めば、氏は制度に対してというよりも、担当した医師に対して嫌悪感を持たれたように思われます。「町医者以下の手抜き診療」という言葉がそれを如実に表しています。「手抜き」と思われたのは、医師の説明不足や態度に真摯さが欠如していたことが原因かもしれませんが、おそらくこの医師も正確な診断をするのに必要な診察はしていたはずです。患者さんの歩き方、話し方、仕草、声の大きさやトーンなどからも医師は情報を集めています。コラムからはよく分かりませんが、咽頭の炎症の程度を視診上確認して、聴診くらいはしていたのではないでしょうか。その上で、画像を含めた検査は不要と判断したのだと思われます。
もう少し医師の意見を補足しておくと、医師はどこで診察をしても「手抜き」をすることはありません。私は大学病院の総合診療科で外来をしていた頃、(ちょうど中村氏と同じように)風邪症状で(選定療養費を支払って)受診された患者さんをたくさん診ましたが、MRIまで撮影することはまずありませんでした(なぜ不要なのかは説明したことはありますが)。その逆に、太融寺町谷口医院で診察をおこなうときも風邪症状の患者さんに手抜きすることはありません。むしろ、太融寺町谷口医院での方が、咽頭のグラム染色(のどを綿棒でぬぐってスライドをつくり顕微鏡でどのような菌がいるかを調べる検査)が簡単におこなえますので(大学病院では医師の各机に顕微鏡はなかったのです)、大学病院よりも丁寧だと言えるかもしれません。
さて、ここまでは医師側の意見をまとめてきましたが、では、私は中村氏に対してとことん否定的な立場なのかというとそういうわけではありません。氏はコラムのなかで次のように述べられています。
軽い症状の患者はろくろく診療せずに門前払いする態度を正当化したいのであれば、特別料金など取らず、最初から「別の病院で治療不可能と判断されて紹介状を貰った人以外は診療しません」と掲げればいいだけの話である。
これはもっともな意見です。「選定療養費を払えば大病院も受診可能」などという複雑で中途半端な制度にしているから患者さんも混乱するわけです。患者さんからみれば、「本当は紹介状が必要だということはわかったけど、その分のお金を払ったんだからちゃんと診れくれるのよね」と思うのは当然のことでしょう。ところが医師の方はそんな患者さんの考えを理解せずに「紹介状なしで来ないでくれよ~」という気持ちがあるために、コミュニケーションが上手くいかなくなるのだと思います。そしてこれはお互いにとって望ましいことではありません。
どこの医療機関を受診すべきか、というのは多くの人が一度は悩んだことがある問題だと思われます。しかし、答えは簡単です。何でも相談できる医療機関(かかりつけ医)をひとつもっておけばいいのです。実際、太融寺町谷口医院はそのようなクリニックとして機能していますから、患者さんは実に何でも尋ねてきます。「最近歯を磨くと出血するようになった」、「息子がアスペルガー症候群かもしれない」、「姑が認知症かもしれないけど夫には言い出せなくて・・・」、なかには「性欲が強くなってどうしていいか分からない・・・」「以前はかわいかった飼い犬の泣き声がうっとうしくなってきた」といったものもあります。このような相談をされたとき、私が自分で診ることもあれば、紹介状を書くこともあれば、紹介状なしで医療機関を受診するようすすめることもあれば(特に歯科医院)、今のところ医療機関を受診する必要がないということを助言することもあります。
中村氏も、健康のことで困ったことがあれば何でも相談できる<かかりつけ医>を持たれれば金輪際このようなことで悩まなくなるに違いありません。
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|2013年6月22日 土曜日
101 過熱するコレステロール論争 2011/6/20
日本の医学界で昨年(2010年)最も話題となったひとつに、「コレステロールは高い方が長生きする?」というものがあり、このサイトの「医療ニュース」でも何度か取り上げました。
ここしばらくこの話題が上らなくなってきたな、と感じていたのですが、医療者の間ではある論文をきっかけに再び注目されています。今回はその論文のことも含めて、これまでの流れを振り返っておきたいと思います。
まず事の発端は、2010年9月に日本脂質栄養学会が学会(学術大会)でおこなった研究発表です。その研究では、「男性ではLDLコレステロール(悪玉コレステロール)が79mg/dL以下の人より、100~159mg/dLの人の方が死亡率が低く、女性ではどのレベルでもほとんど差がない」、とされています。さらに、日本脂質栄養学会が発表した「長寿のためのコレステロールガイドライン」には、「特別な場合を除き、動脈硬化性疾患予防に(コレステロール値)低下目的の投薬は不適切」とまで記されており、これが物議をかもしました。
さらに、マスコミが取り上げるときに、「コレステロールが高い方が長生き」という部分を強調して紹介したものですから、医療界のみならず一般の患者さんの間にも動揺が広がり、実際、臨床の現場では少なからず混乱が生じました。
この混乱に対し、まず反応したのが日本動脈硬化学会です。日本脂質栄養学会の発表は、日本動脈硬化学会のガイドライン(高いコレステロールは下げなければならない)と真っ向から対立するものだったからです。日本動脈硬化学会は、日本脂質栄養学会の主張は科学的に根拠が不十分であることを指摘しました。
そして2010年10月20日、日本医師会と日本医学会の双方の会長が、公開会見で、日本動脈硬化学会の見解を支持し、日本脂質栄養学会が主張している「コレステロールが高い方が長生きするなどといった考えには科学的根拠なく、必要な患者の治療を否定するような<長寿のためのコレステロールガイドライン>を断じて容認することはできない」、と激しく糾弾しました。
日本動脈硬化学会、日本医師会、日本医学会が主張しているのは、従来から言われている「コレステロールが高ければ心血管疾患のリスクとなる」ということであり、これは世界的に支持されていることです。したがって、臨床の現場にいるほとんどの医師は従来どおりの考え方に基づいて診療をしているものと思われます。マスコミが盛んにとりあげていた2010年の秋は、患者さんからも「コレステロールは下げない方がいいの?」という問い合わせが相次ぎましたが(私も数人の患者さんから尋ねられました)、最近ではほとんど聞かなくなってきています。
ただ、日本脂質栄養学会の主張がまったくの誤りかと問われれば、そう言い切れるわけではなく、例えば、中高年で他に心疾患のリスクのない(高血圧、糖尿病、肥満、喫煙などがない)女性であれば、少々(悪玉)コレステロールが高くても、下げる必要がないのではないか、と感じている医師は少なくないと思われます。(私もそのひとりです)
ですから、「(悪玉)コレステロールの値がいくら以上なら直ちに無条件に投薬開始」と考えている医師は実際にはそれほど多くなく、「コレステロールは高い方がいい」などという奇をてらったような表現には嫌悪感を抱くものの、日本脂質栄養学会の主張にも一理あるように感じている医療者も少なくないのではないかと思われます。(私自身も興味があり日本脂質栄養学会のウェブサイトをときどき閲覧しています・・・)
さて、「コレステロールは下げなくていい」とする主張をおこなっていたのはそれまで日本脂質栄養学会だけだったわけですが、2011年1月に自治医大が発表した研究結果(注1)が、日本脂質栄養学会の主張と同様、「低コレステロール値が高死亡率と関連していた」とする内容となっています。この研究は、日本の12の地域(北は岩手県、南は福岡県)の12,334人の健常者を対象とした大規模研究で1992年から平均11.9年間の追跡調査がおこなわれており、信頼性がかなり高いと言っていいと思われます。
この研究を少し詳しく紹介すると、男性では総コレステロール(LDLコレステロールではなく総コレステロール)が基準値である160~200mg/dLのグループの死亡を1とすると、160mg/dL以下の死亡オッズ比は1.38となっています。(「死亡オッズ比」という表現は専門用語になりますが、大まかに理解するには、総コレステロール160~200mg/dLの人に比べると、160mg/dL以下の人は1.38倍死亡しやすい、と考えて差し支えないと思います) ちなみに、総コレステロールが200~240mg/dLのグループのオッズ比は1.09、240mg/dL以上のグループでは1.21となっています。これらをまとめて表現すれば、「男性では総コレステロールが基準値以下の160mg/dL以下になると死亡リスクが上昇する。基準値の160~200mg/dLの人に比べると240mg/dL以上の人は死亡リスクが多少上がるけれど、160mg/dL以下の人ほどではない。つまりコレステロールが基準値より低いグループの死亡リスクが最も高い」となります。
女性の結果はさらに意外です。総コレステロール160~200mg/dLのグループの死亡を1とすると、160mg/dL以下では死亡オッズ比は1.42にもなっています。さらに驚くべきことに、200~240mg/dLのグループも、そして240mg/dL以上のグループも共に死亡オッズ比は0.93と、なんと正常とされている160~200mg/dLのグループよりも少ないのです。つまり「コレステロールが高いほど死亡リスクは低い」という結果になり、日本脂質栄養学会の主張とまったく一致するのです。
では、結局のところコレステロールは下げた方がいいのでしょうか。下げるべきでないのでしょうか。ここからは、医師によって意見が分かれるところですので、すでに医療機関にかかっている人は主治医に聞いてほしいのですが、ここでは私個人の見解を述べておきたいと思います。基準値に当てはまっている人はいいとして、問題は基準値より低い場合と高い場合です。
コレステロールが基準値より低い人は、何かしらの原因がないかを第一に考えるべきです。例えば低栄養状態や無理なダイエットなどはないか、あるいは甲状腺機能亢進症でコレステロールが下がっていることはないか、などです。もしも原因があるならその原因に対する対処(治療)が必要なのは言うまでもありません。
コレステロールが基準値より高い人は、心血管リスクとなる他の要因がないかどうかを見極める必要があります。必ず必要な項目は、血圧、血糖、中性脂肪、喫煙、肥満、家族歴(血のつながりのある人が心血管系の病気にかかったことがないか)です。これらがまったくなければ、少々コレステロールが高くても薬は必要ないのではないかと私は考えています。コレステロールを下げるよりも、他の心血管のリスク要因の管理の方が重要というわけです。
最後に、私自身が現在の日本のコレステロールの治療で最も問題と感じていることを指摘しておきたいと思います。それは、コレステロールを下げる薬剤費の問題です。日本脂質栄養学会によれば、日本人がコレステロールの薬に費やしているお金が年間2,500億円となるそうです。そして、この3割は自己負担としても、残りの7割の1,750億円は公的なお金(保険料もしくは税金)で賄われていることになります。(実際には1割負担の高齢者や自己負担ゼロの生活保護、500円のみ自己負担の母子保険なども考慮すべきですから、もっと多いはずです)。
問題はこの中身です。コレステロールの薬は頻繁に新しいものが登場しています。最もよく使われているスタチン系の薬剤(新薬)では1錠80円前後のものが多く、これを仮に40歳から40年間服用するとすれば、80円x365日x40年=1,168,000円となります。さらに、最近では小腸でコレステロールの吸収を阻害する薬(ゼチーア)が使われるようになり、こちらは1錠240円もします。これを40年間服用すると350万円を超えます。
しかし、私の経験で言えば、スタチン系の(新薬でなく)後発品のみで、ほとんどの症例でコレステロールが正常値まで下がります。例えば、スタチンの代表のひとつであるシンバスタチンであれば、その後発品を10mgも使えば9割以上の人は正常値となります。(最近、FDA(米国食品医薬品管理局)はシンバスタチンの使用量を1日80mg以下とするよう勧告をおこないましたが、私の経験で言えばほとんどの人は5mgで充分、不十分な場合でも10mgもしくは20mgまで使えば他の薬を加えなくてもほぼ正常値となります)
というわけで私は高コレステロールの患者さんに対しては、ほとんどの症例でスタチン系の後発品のみの処方としています。これは「高騰し続ける医療費を抑制するために・・・」という大層な理屈ではなく、単に目の前の患者さんの負担を減らしたいという単純な理由です。それに、最近この私の考えを裏付けてくれるありがたい論文が発表されました。医学誌『Archives of Internal Medicine』2011年5月23日号(オンライン版)(注2)に、プライマリケアでの優先事項に関する論文が掲載されたのですが、この1つに「スタチンはブランド医薬品の前に後発薬を処方する」というものがあるのです。
現在私は「コレステロールが高いほど長生きする」という考えに賛成しているわけではありませんが、薬が必要な患者さんに対しては、スタチンの後発品を第一選択薬として処方するというポリシーはこれからも続けていこうと考えています。
注1 この論文のタイトルは「Low Cholesterol is Associated With Mortality From Stroke, Heart Disease, and Cancer」で、下記のURLで全文を読むことができます。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jea/21/1/67/_pdf/-char/ja/
注2 この論文のタイトルは「The “Top 5” Lists in Primary Care」で、下記URLで概要を読むことができます。ただし「概要」には、上記に述べたスタチンについての記載はありません。
参考:医療ニュース
2010年10月27日「悪玉コレステロールを巡る混乱」
2010年10月7日「コレステロール基準についてNPOが見解発表」
2010年9月6日 「やはり悪玉コレステロールが高い方が長生き!?」
2010年7月14日 「悪玉コレステロールが高い方が長生き!?」
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|2013年6月22日 土曜日
100 美容医療と一般医療はどこが違うのか 2011/5/20
2011年4月20日、警視庁捜査1課は「業務上過失致死」の疑いで東京都の美容クリニックで手術を担当した医師H(37歳)を逮捕し自宅などを家宅捜索したことが報道されました。
報道によりますと、医師Hは美容外科医で、2009年に当時70歳の女性患者に脂肪吸引術をおこない、その際腸管に傷をつけたことが原因で死亡に至ったそうです。
どの程度の脂肪を吸引したのか、亡くなった患者さんが元々どのような病気を持っていたのか、麻酔や術後のケアはどのようになされたのか、などといったことが報道からは分かりませんから、私は逮捕された医師Hに過失があったのかどうかを考察することはできません。術中や術後に患者さんが亡くなることは実際にはあり得るわけで、もちろん患者さんが死亡すれば医師が即逮捕、というわけではありません。逮捕されるのは医師にあきらかな「過失」があるときです。
捜査1課はこの手術現場のビデオを押収し、専門医から「器具を操作するスピードが速すぎる」との意見を得ており、粗雑な手法が事故を招いたという理由で逮捕に踏み切った、と報道されています。
私はこの事件を聞いたとき、「逮捕につながる執刀医を非難するようなコメントを医師がおこなった」ということに驚きました。もちろん、ビデオを見た医師は注意深く手術の様子を観察し、ビデオからは得られなかった情報(患者さんの基礎疾患や体質や術後のケアなど)を入手し、何度も検討して結論を出したのだと思います。しかし、現場にいなければ分からないことも実際にはあるわけで、にもかかわらず同業者を結果として非難することになるコメントを発したことに(それが苦渋の決断だったとは察しますが)驚いたのです。
さらに、医師限定の掲示板などをみていると、捜査1課に協力した医師と同じように、逮捕された医師を非難するコメントが多数寄せられていることに気づきました。
同業者である医師からここまで非難の声が上がる最大の理由は、医師Hがおこなったのは一般医療ではなく美容医療だからでしょう。
手術で患者さんが死亡し執刀医が逮捕された事件はいくつかありますが、最も有名なもののひとつは福島県立大野病院産科医逮捕事件です。これは、2004年12月に同病院で帝王切開手術を受けた産婦が死亡し、執刀医が業務上過失致死と医師法違反の容疑で2006年2月逮捕された事件です。(下記コラム参照)
この逮捕に対しては、当初から警察及び検察に対する非難の声が医師から上がりました。日本産科婦人科学会などいくつかの学会は「座視することができない」、「事件は産婦人科医不足という医療体制の問題に根ざしている。医師個人の責任を追及するのはそぐわない」などのコメントを発表しています。この事件は最終的には医師の無罪が確定されたわけですが、この執刀医に対して非難の声を寄せた医師はほとんど皆無だったと思われます。
一方、脂肪吸引術で死亡させて逮捕された医師Hに対しては、非難の声の方が大きく医師Hを擁護するようなコメントはあまり聞きません。
福島県立大野病院産科医逮捕事件の場合は、妊婦に対する帝王切開術ですから必ず実施しなければならない手術だったのに対し、美容外科の場合は、「どうしてもやらなければならない手術だったのか」という疑問は確かにあります。また、美容外科の手術は通常高額ですから、「一部の金持ちだけができる手術じゃないのか」、さらに「手術する医療機関や医師にも高収入が入るのではないか」というイメージがあるのかもしれません。
端的に言えば、「大金をほしがる医師がひきおこした事件であり、安い収入で一生懸命がんばっている(普通の)医師とは一緒にしないでほしい」という気持ちが一般の医師の間にあるのかもしれません。
しかし私はここでひとつの疑問を感じます。それは「美容医療と一般医療の境界はどこにあるのか」ということです。福島県立大野病院産科医逮捕事件は前置胎盤という疾患を抱えた妊婦に対する帝王切開ですから当然「一般医療」、脂肪吸引術は「美容医療」ということは自明です。しかし、治療の内容によっては「一般医療」と「美容医療」はそれほどクリアカットに線引きできるわけではありません。
ひとつの考え方として、保険診療がおこなえるものは「一般医療」、保険が使えないものは「美容医療」という意見があるかもしれません。ではケミカルピーリングはどうでしょう。最近はニキビの治療も効果的なものが普及してきましたから以前に比べるとニキビでケミカルピーリングをおこなうケースは減ってきていますが、それでも有用な治療法には変わりありません。そしてケミカルピーリングには保険適用がありません。
肥満に対する外科手術がアメリカなどではかなり普及してきています。日本で実施している施設はまだ多くないと思いますが、技術的にはさほどむつかしくはないと考えられます。では、肥満に対する手術を自費診療でおこなったとして、これは「美容医療」になるのか、という問題があります。肥満というのはそれ自体が病気であると考えられていますから、ある意味では「一般医療」と言えるわけです。しかし、最近気になってきたおなかの贅肉を少しとりたい、ということであればこれは「美容医療」の範疇となるでしょう。では、その境界はどこにあるのでしょうか。例えばBMIいくら以上なら「一般医療」というガイドラインを設けたところで、その境界は人為的なものですし、境界を越えたから手術の方法が異なるというわけではありません。
要するに、ここから先は美容医療になりますよ、という線引きは現実的にはできない、というのが私の考えです。
しかしながら、ならばお前は一般医療も美容医療もまったく同じ医療だというんだな、と問われると、私の意見はそうではありません。実は、私自身も今の美容医療に首をかしげているところがあります。
例えば、美容クリニックがおこなっている「カウンセリング無料」、「1年間の安心保障付き」、「キャンペーン価格」などには大いに疑問を感じます。以前別のところ(下記コラム参照)で述べたことがありますが、そもそも医療行為というのは法的には「準委託契約」と呼ばれるもので、一般のサービス業とは契約の種類が異なるのです。しかし、現在の美容医療はあたかも施術そのものがサービス業であるかのようなPRをしています。
医療機関は営利団体ではありません。そして、異論もあるでしょうが、美容医療を担う医療機関も営利を追求する団体になってはいけないと私は考えています。
「保険診療ではできないことがわかっています。でも私の肥満は何をしても治らないので、この脂肪をとってほしいのです。リスクがあることも承知しています」、という患者さんに対し、手術について説明し、充分な知識と経験のある医師が手術をおこなったとき、通常の保険診療と本質的な差がどれほどあるのでしょうか。
美容医療に否定的な印象が払拭できない最大の理由は、先にも述べたように美容医療が「金儲け」とみられているからではないでしょうか。しかし、美容医療に携わる全ての医師が「金儲け」を考えているわけではないでしょう。
美容医療に伴う「金儲け」という先入観を取り除くためにも、「カウンセリング無料」「安心保障」「キャンペーン価格」などはやめて、「困っている患者さんの力になりたい」という医療の原点に戻ってみればどうでしょうか。美容医療を担う医師からは「余計なお世話だ」と言われるかもしれませんが、あたかもサービス業であるかのような現在の美容医療のPRのあり方を改善しない限りは、誤解や偏見は世論からだけでなく医師の世界からも取り除けないのではないかと私は感じています。
参考:
メディカルエッセイ第67回「医療の限界」
メディカルエッセイ第92回「手術が成功しなくても代金が安くならないのはなぜか」
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|2013年6月22日 土曜日
99 放射線の”恐怖感”を克服するために 2011/4/20
2011年4月12日、経済産業省の原子力安全・保安院と国の原子力安全委員会は、福島原発の事故評価を、チェルノブイリ原発事故と同じ「レベル7」に引き上げました。最近まで当局は「レベル5」と言っていたところを一気に2段階も引き上げたわけですから、世論が疑心暗鬼となっている「放射能恐怖」はさらに加熱することが予測されます。
当局がレベル7の発表をおこなう1週間前の4月5日、気象庁はIAEA(国際原子力機関)の要請に基づいて、放射性物質の拡散予測をウェブサイトで公表したそうです。<したそうです>と書かざるを得ないのは、この原稿を書いている4月18日時点では、その「拡散予測」が見当たらないからです。気象庁のウェブサイトのトップページには「放射線」という文字がまったくありませんし、サイト内検索をかけても詳しいデータはでてきません。
一方、4月4日の読売新聞(オンライン版)によりますと、ドイツやノルウェーなど欧州の一部の国の気象機関は日本の気象庁などの観測データに基づいて独自に予測し、放射性物質が拡散する様子を連日、天気予報サイトで公開しているそうです。
ヨーロッパの天気予報で毎日拡散予測が報じられる一方で、当地の日本国民は知らされていない・・・。これは誰が考えてもおかしな話であり、ほとんどの国民は納得できないでしょう。
では、実際のところはどうなのかと言えば、首相官邸のサイトに掲載されている「福島第一原発周辺のモニタリング結果」をみてみると、原発から20km以上離れていれば、高いところでもせいぜい10~20マイクロシーベルト/時ですから、普通に生活している分には身体への影響は無視できる程度と考えていいでしょう。
しかし、これは20km以上離れている地域の話であり、原発近辺のデータがなく、また、風向きを加味した予測がわからないために、特に近くに住んでいる人たちからみれば「本当に大丈夫なの?」と疑いたくなるのも無理はありません。原発直近であれば、1,000ミリシーベルト/時(マイクロシーベルトではなくミリシーベルト)レベルの放射線が検出される可能性もあり、こうなると風の向きと強さによっては「20km離れているから安心」とは言えなくなるかもしれません。
気象庁がデータを公表しないことが原因かどうかは分かりませんが、韓国では、4月7日、ソウル近郊に位置する京畿道で126の小中学校、幼稚園が休校、休園に踏み切ったことが報道されています。また、通常通り授業が行われた他の都市でも、登校時に子どもたちがマスクをしたり、レインコートで全身を覆ったりしている様子が伝えられています。
いくら何でも放射線の影響が韓国にまで及ぶとは考えられませんが、重要なのは、放射線が降ってくるという「噂」だけでなく、実際に126もの学校・幼稚園が休校・休園を実施したということです。もちろん韓国にも科学者はいるわけです。常識的に考えて科学者が休校を指示したというようなことはないでしょうから、科学者が抑制できないほどの”恐怖感”が韓国民の間に生じているとみるべきだと思います。
この”恐怖感”は韓国だけにおこっているわけではありません。例えば、インド政府は4月5日、原発事故に伴う放射性物質の影響を考慮して、日本からの食品輸入を3ヶ月間、全面的に禁止するという発表をおこないました。しかし、さすがにこの決定には釈然としないものがあったようで、日本政府の抗議もあり、4月8日には「まだ決定を下していないと」と慌てて発表しています。
タイでは日本料理屋から客が遠のいているそうです。少し考えれば分かりますが、タイの日本料理屋では食材をすべて日本から輸入しているわけではありません。輸入している材料などごくわずかでしょうし、レストランによっては、材料はすべてタイ国内で調達しています。にもかかわらず「日本料理はキケン」という噂が飛び交っているのです。
私はNPO法人GINA(ジーナ)の関係もあり、タイの情報は頻繁に入ってくるのですが、震災直後からタイ人の多くが日本を心配し支援してくれています。例えば、バンコクのBTS(モノレール)の主要な駅周辺には募金箱が置かれ、実に多くのタイ人が募金をしてくれているそうなのです。しかも、BTSに乗ることのできる金持ちだけでなく、普段はBTSを利用しない一般的なタイ人(タイの庶民は料金の高いBTSではなく冷房のないバスに乗ります)も募金をしてくれているそうなのです。
また、日本通としても有名なタイの国民的歌手のバード(名前はトンチャイ・メーキンタイですが通称の「バード」の方が一般的です)は、日本を応援する歌をつくりました。この歌は後半が日本語の歌詞となり、ビデオを見ると多くのタイ人が、日本語・タイ語・英語などで日本を応援するメッセージを掲げています。(下記URLを参照ください)
話を戻しましょう。自国よりも豊かな生活をしている日本人をタイ人の多くは一生懸命応援してくれているのです。しかし、その一方で、感情的な”恐怖感”のせいで「日本料理はキケン」という誤った噂が蔓延しているのも事実なのです。
”恐怖感”がいかに理性を奪うかということを示す例をもうひとつ挙げたいと思います。科学作家の竹内薫氏は『週刊新潮』の連載コラム(2011年4月7日号)で、ヨウ素131の入った水を乳児に飲ませてはいけないと聞いたことがきっかけで、ヨウ素やセシウムを除去できる浄水器を購入しそうになった、と告白しています。竹内氏は、震災の数ヶ月前には、「原発が怖い」というラジオのレポーターに対して「勉強不足だねぇ、安全だから大丈夫だよ」と答えていたそうです。しかし、娘の安全が脅かされるかもしれないと感じ、放射線に対する考えが変わったそうです。
私はまず、竹内氏がこのような自分の感覚を正直に語られた勇気に敬意を払いたいと思います。そして、あらためて、科学者(科学作家)でさえも、払拭することができないこの”恐怖感”の大きさを認識しました。
おそらく気象庁が放射線拡散予測のデータを公表しないのも、世間に蔓延するこの”恐怖感”のせいでしょう。官僚は、データ公表により風評被害が拡散し”恐怖感”が大きくなることに危機感を抱いているのではないかと思われます。しかし、インターネットで世界の情報が瞬時にわかる現代では、データを公表しないことの方がむしろ”恐怖感”を増大させることになります。
放射線に関しては高校の物理に毛がはえた程度の知識しかないこの私に危険性について語る資格はありませんが、私は正常な理性を奪う”恐怖感”の存在を認めた上で正しい知識の普及に貢献できれば、と考えています。このまま”恐怖感”が日本と世界に広がっていけば、福島県出身という理由で就職や結婚ができなくなったり、日本人という理由で入国を断る国がでてきたり、ということが起こるかもしれません。
そうならないためには、できるだけ”恐怖感”を追いやって正しい知識の習得につとめなければなりません。気象庁のサイトをみても事実が分かりませんし、首相官邸のサイトもいまひとつ重要なことが書かれていません。私が調べたなかでは、日本放射線影響学会のサイト(http://jrrs.kenkyuukai.jp/special/?id=5548)が最も分かりやすく解説しているように思われます。また、国立がん研究センターのサイト(http://www.ncc.go.jp/jp/)にも、簡単ですが、恐怖を感じる必要がないことがまとめられています。
私見を述べれば、現在の放射線に対する世論は、どこか社会不安障害や強迫性障害の症状に似ているような気がします。こういった精神疾患には認知療法が有効であるように、まずは我々ひとりひとりが得体の知れない”恐怖感”に捉われるのではなく、正しい知識の吸収につとめなければなりません。
気象庁にはすべてのデータを公表して正しい知識を伝える義務があることは言うまでもありません。
注:バードの日本応援歌は下記URLで観ることができます。
http://www.youtube.com/watch?v=WRwTc7a_Jzs&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=1wopMK2xILI&feature=related
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|2013年6月22日 土曜日
98 被災者に対してできること 2011/3/14
2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0(当初は8.8と発表されたが13日に9.0に修正)を記録する地震が東北地方太平洋沖で発生し、現在も被害が続いています。
3月14日午前0時の警察庁の発表では、死者1,597人、行方不明者1,481人、負傷者1,923人となっていますが、13日時点で宮城県警は死者が1万人を超える可能性があることを発表し、宮城県の村井知事は「被害額は東北全体で阪神淡路大震災を上回る」とコメントしています。
これだけの大災害ですから、世界のメディアは一斉にトップ記事で報道し、世界中の人々から注目されています。すでにアメリカ、韓国、中国などが支援を開始しているとの報道もありますし、また大国だけでなく、AFP通信によりますと、例えばアフガニスタン・カンダハル州は5万ドル(約400万円)の義援金を被災地に送ることを表明しています。アフガニスタンの国民の大半は1日あたり2ドルの生活水準だそうですから、この金額は相当大きなものです。
もちろん日本国内でも、多くの人が今自分に何ができるかということを考えています。ひとりでも多くの人を救おうと、現地入りを考えている医療者も少なくありません。ただし、現時点では交通機関が麻痺したままですから、個人の判断で現地に到着することができません。そのため東京で待機している医療者もいるようです。
医療者専門の掲示板では、「医療者を求む」というページよりも、「現地に行って診療を手伝います」というページの方にたくさんの声が寄せられており、少しでも役に立ちたいと考えている医療者がいかに多いかということが分かります。日本プライマリ・ケア連合学会では、ウェブサイトのトップページに支援関連の情報を掲載し、いくつかの病院では後期研修医を現地に向かわせる計画もあるそうです。
現地では計画停電が実行される予定で、電力がなければ業務が中断するどころか患者さんの命に影響を与えることを知っている医療者は「節電」ということに敏感になっています。関東地方ではすでに節電が呼びかけられていることを受けて、いくつかの医療者のメーリングリストでは、「西日本や九州でも節電を心がけ東北地方に回そう」という内容のメッセージが出回りましたが、後にこれはガセネタのチェーンメールであることがわかりました。関西と関東では周波数が異なりますから、西日本の電力をそのまま利用できないということはよく考えれば分かりそうなものですが、一気にメールが回ったということは、それだけ「なんとしても東北地方の被災者の力になりたい」と多くの人が考えている証と言えるでしょう。
このような未曾有の事態が起こっているのにもかかわらず、少なくともマスコミの報道から伝わってくる現地の姿は、被災者の多くは落ち着いており、例えば強盗や略奪といった凶悪犯罪もおこっておらず、混乱は最小限に抑えられているようです。これは海外からも驚かれているようで、地震が起きた最初の時点から、日本の政府のみならず、被災者が見せた冷静で秩序だった行動に、改めて日本の民度の高さを感じた、という声が各国から上がっているそうです。
菅直人首相は12日夜、「一人でも多くの命を救うために全力で、今日、明日、あさって、頑張り抜かねばならない。未曽有の国難とも言うべき地震を、国民一人一人の力と、それに支えられた関係機関の努力で乗り越え、未来の日本で『あの苦難を乗り越え、こうした日本が生まれたんだ』と言えるよう、それぞれの立場で頑張ってほしい。私も全身全霊、命がけで取り組む」とコメントしました。(報道は3月13日の毎日新聞)
このところ非難されることの多かった菅首相であり、このコメントに対しても冷ややかにみる向きも少なくないようですが、私自身は菅首相のこのコメントを信じたいと思っています。このような事態のときに絶対に必要なのは「強いリーダーシップ」だからです。強いリーダーシップなくして、この惨劇から立ち直ることはできません。リーダーが「全身全霊、命がけで取り組む」と言っているのであり、我々はこの言葉を信頼すべきだと思うのです。
では、私自身に何ができるのか、と考えてみると、残念ながら直接役立つことはほとんど何もありません。しかし、少しでもできることはないかと考え、震災の翌日(12日)から、クリニックに募金箱を設置し私自身も募金をおこないました。集まった募金は義援金として全額を日本赤十字に寄附する予定です。
現時点では、被災者の方々は落ち着いて理性的に行動されており、菅首相は強いリーダーシップが期待できるコメントを発表しており、国内だけでなく海外からも支援の申し出が次々と寄せられています。現在は、自衛隊を中心とした救助が続けられています。
被災者に対してできることは何でもしたい・・・。そう考える人は大勢おられると思います。しかし、現時点で現地に行こうとしても余計に交通に混乱を与えることになりかねませんし、たとえ現地入りできたとしても、各自が勝手に振舞えば、それを善意でやっていたとしてもかえって混乱が増幅しかねません。
まずは、首相をトップとする組織を信頼し、我々ひとりひとりは当局からの呼びかけに応えることを考えるべきでしょう。例えば、首相官邸のウェブサイトではすでに関東地方の方々に対して「節電」を呼びかけており、原子力施設への影響に伴う避難についての情報も発信しています。
次に我々ひとりひとりができることですが、一般に震災の被害というのは、急性期、亜急性期、慢性に分けて考えられます。慢性の被害はかなり長期間に及びます。実際、阪神淡路大震災の被災者のなかには、今でもPTSDに悩まされている人が少なくありません。
現在の急性期の時点では、募金以外にできることはほとんどないかもしれませんが、亜急性期、慢性期へと以降するにつれて、支援できることが増えていくこともあります。それに、募金というものは確実に役立つものです。日本以外の国であれば、不正が横行しており被災者の元に届かないということがしばしば指摘されますが、この日本という国においてはそのような心配は無用でしょう。(少なくとも私はそう信じています)
最後に、WFP(国連世界食糧計画)のジョゼット・シーラン事務局長が、震災が起こった日(3月11日)に発表した声明文の一部を紹介したいと思います。
このような大きな悲劇を受け、思い出されることがあります。それは、過去に世界各国で同様の惨事が起き、日本がWFPと共に緊急対応をした際のことです。緊急対応にかけつけた日本の支援隊の勇敢で献身的な姿勢、そして人命を救い被害を食い止めるために日本政府がとった断固たる処置の数々に、私たちWFPの職員すべてが感銘を受けました。
私たちは、日本から、困難に立ち向かう回復力というものを学び、そのような精神を持つ日本に対し、敬服の念を覚えています。日本は、世界で悲劇が起きWFPが出動した際、最も多くの支援を差し伸べてきてくれた国の一つです。そして今日、WFPは日本と共にあります。
WFPは、日本の役に立てることであれば、どのような支援でも行う用意があります。あらためて、今回の地震で被災された多くの日本の皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
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|2013年6月22日 土曜日
第97回(2011年2月) 鎮痛剤を上手に使う方法
一生の間に一度も鎮痛剤(痛み止め)のお世話にならない人はそう多くはないでしょう。太融寺町谷口医院にも、頭痛、生理痛、関節痛などで鎮痛剤を求めて受診される方は少なくありません。私自身も2002年に交通事故で首を痛め、その後しばらくは数種類の鎮痛剤に頼っていたことがあります。
2011年1月21日、第一三共ヘルスケアは「ロキソニンS」という解熱鎮痛薬を発売しました。「ロキソニン」という同じ薬効の薬がありますが、これは医療機関で処方されるものです。ロキソニンSは薬局で買える「スイッチOTC薬」として発売されたのです。スイッチOTC薬とは、これまでは医師の判断でしか使用できなかった医薬品が、薬局で買えるようになったもののことをいいます。(OTCとはover the counterの略です)
ロキソニンは医療機関で最も処方されることの多い解熱鎮痛剤の1つです。ですから、ロキソニンを処方してもらうことのみを目的として受診される患者さんも少なくないのですが、これからは医療機関で長時間待たされなくても、薬局で簡単に買えるようになったのでこれは歓迎されるべきことです。
では、頭痛、生理痛などが起こったら直ちに薬局に行って「ロキソニンSをください!」と言えばいいのか、というとそこまで単純に考えるべきではありません。
まず、ロキソニンの副作用に注意しなければなりません。ロキソニンは薬理学的な分類では、非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drugs、以下NSAIDs)に入ります。NSAIDsの副作用で最も頻度が高いのが「胃の痛み」です。これはロキソニンを含むNSAIDsの成分が胃粘膜の微小血管を障害するためにおこります(注1)。最初は胃があれる程度ですが、進行すると潰瘍(かいよう)といって胃の粘膜がただれた状態になり、さらに進行すると胃に穴があいてしまうこともあります。
ロキソニンを飲んで胃が痛くなる、というのは決して珍しい副作用ではなく、(正確な数字は見たことがありませんが)けっこうな割合で起こっていると思われます。最初はまったく症状がなかったけれど飲み続けているうちに胃が痛くなってきた、という人もいます。ですから、医療機関ではロキソニンを処方するときに、元々胃が弱いという人には、胃薬を同時に処方することがあります。なかには、ロキソニンの処方時にはほぼ全例胃薬を処方するという医師もいるほどです。(胃薬が必ずしも有効とは限らないのですが・・・)
スイッチOTCとして発売されたロキソニンSは、腸で体内に吸収されてから活性型となる(効果を発揮する)いわゆるプロドラッグ製剤で、第一三共ヘルスケアのウェブサイトには「胃への負担が少ない」と書かれています。
しかし、プロドラッグ製剤だからといって胃への負担がなくなるわけではありません。なぜなら、先に述べたようにロキソニンを含むNSAIDsは体内に吸収された後で胃粘膜の微小血管を障害するからです(注1も参照ください)。そもそも医療機関で処方される従来のロキソニンもプロドラッグでありますから、ロキソニンSとの差がどれほどのものなのかよくわかりません。
ここは大切なポイントなのでもう1つ例をあげて確認しておきたいと思います。ときどき「鎮痛剤は胃に負担がかかるから飲み薬ではなく座薬を使えばいい」と考えている人がいますが、これは完全な誤りです。なぜなら、胃粘膜の微小血管を障害するのはいったん体内に吸収された後であり、座薬の場合は吸収のスピードも速く、また1回使用量が内服よりも多いのが普通ですから、むしろ飲み薬よりも胃への障害が起こりやすいのです。
というわけで、ロキソニンSを使用するとき、あるいは使い続けるときは、「胃の痛みがでればすぐに中止しなければならない」と肝に銘じておくべきです。しかしながら、NSAIDs全体でみたときには、ロキソニンは胃への負担が少ない方です。
ロキソニンと同じカテゴリーに入る鎮痛剤にブルフェン(注2)というものがあり、一般名称は「イブプロフェン」といいます。イブプロフェンは昔から市販の鎮痛剤や風邪薬の主成分として広く使用されています(注3)。ロキソニンはイブプロフェンよりも歴史が新しく、イブプロフェンに比べて胃への副作用が少ないと言ってもいいと思います。ということは、薬局で買える鎮痛剤としては、今後ロキソニンSがイブプロフェンにとって代わるようになることも考えられます。
ロキソニンでも胃痛を起こす人が少なくないなら、もっと胃にやさしい鎮痛剤はないのだろうか、という疑問がでてきますが、実はロキソニンを飲む前に推薦したい解熱鎮痛剤があります。
それはアセトアミノフェンという物質で、海外では「パラセタモール」(後述するように「タイレノール」も有名。他には「パナドール」も)という名前で多くの薬局で売られているものです。実は私も頭痛時や発熱時にはまずアセトアミノフェンを使います。アセトアミノフェンは日本の医療機関では「カロナール」という名前で処方されていますが、数多くの後発品(ジェネリック薬品)が発売されており、様々な名前のものがでています。アセトアミノフェンの最大の特徴は、胃への負担がほとんどなく胃痛は極めて起こりにくい、ということです。
アセトアミノフェンはいくつかの風邪薬の主成分として使われていますが(注4)、単独製剤としては、(日本では「パラセタモール」という名前で販売されているものはなく)「タイレノール」という名前でジョンソン・エンド・ジョンソンから発売されています。これは私の偏見かもしれませんが、私にはこのタイレノールよりもイブプロフェンが主成分の「イブ」などの方が世間で名が通っているように感じています。イブプロフェンで副作用が出なければいいのですが、私としてはまずすすめたいのはタイレノールの方です。
しかしタイレノールが不利、というか日本では使いにくい理由があります。それは1回使用量に制限があるということです。タイレノールは使用説明書によれば1回1錠の服用で1日3回までとなっています。日本製のタイレノールは1錠につきアセトアミノフェン300mgですから、アセトアミノフェンの量で考えれば1回300mg、1日900mgまで、となります。ちなみに、以前私がタイのチェンマイの薬局でアセトアミノフェン(パラセタモール)を購入したとき、タイでは1回600mgの内服が基本と言われました。タイ人の方が日本人よりも小柄なのにもかかわらず、です。
実は医療機関でアセトアミノフェンを処方するときも、少量しか処方が認められていないことがネックになっていたのですが、つい最近(なぜかロキソニンSの発売と同じ2011年1月21日)、1回処方量が300~1,000mg、1日最大量4,000mgと、海外と同じ量が処方できるようになりました。薬局でタイレノールを購入して自分の判断で量を増やすことは危険ですが、医療機関での処方量が大きく改善されたことにより、今後アセトアミノフェンが使われる機会が増えることになるでしょう。
このように、解熱鎮痛剤に関する私の基本的な考え方は、胃痛を含む副作用の観点から、ロキソニンやイブプロフェンなどのNSAIDsよりも、まずはアセトアミノフェンを使うべき(もちろん症例によっては例外も多々あります)なのですが、今後アセトアミノフェンがさらに積極的に使われるのではないか、と私が感じている理由が他にもあります。
それは、NSAIDsの心血管系疾患に対するリスクが注目されだした、ということです。『British Medical Journal』という医学誌に最近掲載された論文(注5)によりますと、ほとんどのNSAIDsは、心血管系疾患のリスクを増大させ、逆に安全性を示すデータはほとんどありません。例えば、脳卒中では、イブプロフェン服用でリスクが3.36倍増加、ジクロフェナク(商品名は「ボルタレン」)では2.86倍増加とされています。
私はこれからの日本の医療にはセルフメディケーションが不可欠と考えています。盲目的に医療機関を受診するのではなく、ある程度の医学知識を持ってもらって薬局で買える薬はできるだけ薬局で買うべきだと思うのです。もちろん、薬局の薬が効かないときや、副作用がでた(かもしれない)ときは直ちに医療機関を受診しなければなりませんが・・・。
では、今回のポイントをまとめておきましょう。
1、ロキソニンSがスイッチOTCとして2011年1月21日より薬局で買えるようになった。
2、ロキソニンはNSAIDsと呼ばれる解熱鎮痛剤のなかでは胃への副作用が少ない方で、理論的にはイブプロフェンよりも安全と言える。
3、しかし胃粘膜に対する障害がないわけではなく、胃痛を放置すると潰瘍になることもある。
4、ロキソニンやイブプロフェンを含むNSAIDsは心血管疾患に対するリスクも考慮しなければならない。
5、アセトアミノフェンは胃痛が起こりにくく、心血管疾患に対するリスクも極めて小さいと考えられる。
6、アセトアミノフェンは日本の薬局では「タイレノール」という商品名で発売されているが、認められている使用量は少ない。
7、どれだけ安全と言われている薬でも、予期せぬ副作用が起こる可能性があるということを忘れてはいけない。副作用を疑えば直ちに医療機関を受診することが必要。
************
注1 この機序を少し細かく解説すると、まずNSAIDsのほとんどはCOX(シクロオキシゲナーゼ)という酵素を阻害する作用があります。COXにはCOX-1とCOX-2があり(最近ではCOX-3の存在も指摘されています)、このうちCOX-1が阻害されるとPGE2(プロスタグランジン)という物質の産生が低下します。PGE2はTNF-αという物質の産生を抑制しているのですが、PGE2の産生量がCOX-1の阻害により低下すると結果としてTNF-αの産生量が増加します。TNF-αというのは血管内皮細胞を障害するために胃粘膜の微小血管が障害を受け、その結果胃粘膜に潰瘍ができるというわけです。
注2 NSAIDsを大まかに分類すると「酸性」と「塩基性」に分けることができます。「酸性」のものをさらに分類すると、サリチル酸系、フェナム系、アリール酢酸系、プロピオン酸系、ピリミジン系、オキシカム系となります。ロキソニンもブルフェン(イブプロフェン)も共にプロピオン酸系に入ります。
注3 イブプロフェンが主成分の薬局で買える薬剤は、最も有名なのが「イブ」(エスエス製薬)でしょうか。「ナロンエース」(大正製薬)、「ノーシンピュア」(アクラス)や「リングルアイビー」(佐藤製薬)も相当します。風邪薬ではパブロンエース、パブロンN、ベンザブロックL、ベンザブロックIP、ルルアタックあたりの主成分となっています。尚、ナロンエースはイブプロフェンの他に「ブロモバレリル尿素」という大変依存性の強い物質が含まれているため依存症に注意しなければなりません。
注4 アセトアミノフェンが配合されている風邪薬には、ジキニン、エスタック、コルゲンコーワ、新ルルA、ストナなどがあります。
注5 この論文は『British Medical Journal』オンライン版の2011年1月11日号に掲載されており、タイトルは、「Cardiovascular safety of non-steroidal anti-inflammatory drugs: network meta-analysis」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://www.bmj.com/content/342/bmj.c7086?sid=a47bf2f5-21d8-41d7-9aca-369fb73fc1c7
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|2013年6月22日 土曜日
96 医師による犯罪をなくすために(後編) 2011/1/21
前回は、医師あるいは医学生になってしまえば、高い倫理観を持たねばならず、それができないなら別の道に進みなおさなければならない、ということを述べました。
現役で医学部に入学すれば18歳です。彼(女)らの多くは、中学・高校と勉強一筋できており、これまでの社会活動といえばせいぜい学校内のクラブ活動程度で、アルバイトや校外での社会活動の経験豊富な18歳の医学部一年生というのはほとんどお目にかかったことがありません。
18歳で医学部に入学し6年間で卒業し医師になったとすれば、研修医1年目の4月はまだ24歳です。それまでの人生経験によっては24歳ともなれば立派な大人になっているでしょうが、中学・高校・大学と勉強ばかりの生活では、狭い社会しか知らない24歳になるのは仕方のないことです。しかし、患者さんからみれば医者は医者ですから、24歳であっても医師として、そして社会人としてのプロ意識を持ってもらわなくては困る、ということになります。
医者患者間に生じるギャップの原因のひとつがこのあたりにあると私は感じています。医師からみると、「あの患者はどうしてこんなことが理解できないんだ。どうしてあんなに非常識な行動をとるんだ」、となり、患者サイドからみれば、「あの医者の言っていることは理解できないし、バカにされているようで質問もできない。あれが他人に接する態度か。非常識にもほどがある」、となるのです。<医者の常識は世間の非常識、世間の常識は医者の非常識>、なのです。
拙書『医学部6年間の真実』でも述べましたが、私が研修医の頃、例えば九九が言えない患者さんや漢字をほとんど書けない患者さんを「信じられない」と言っている研修医をみて呆れたことがあります。私からみれば、九九が言えないくらいで「信じられない」と言っている研修医こそが信じられませんでしたが・・・。
また、これも同書で述べましたが、怒られることに慣れていない若い医学生や研修医があまりにも多いことに驚きました。特に、年下の看護師から強い口調で注意されることが許せないという学生(男女とも)の話を何度も聞きました。そもそも、職場というところは年齢よりも立場やキャリアが重視されるべきところで(そうでなければ組織が成り立ちません)、自分よりキャリアが上の年下の人間に注意されたくらいで怒っていては、仕事になりません。
けれども、小さい頃から優秀だとあがめられ、周囲も優秀な人間ばかり(九九の言えない者は皆無)、アルバイトは家庭教師や塾講師のみ(ここでも「先生、先生」と崇められます)、クラブ活動も医学部内のみ(なぜか医学部の部活というのは医学部生だけで運営されており通常は他学部との交流はありません)では、彼(女)らの価値観というか考え方が偏ってしまうのは無理もないことです。
しかし私は、彼(女)らの”信じられない”言動を何度も体験しても、その場では否定的な感情を持ってしまうこともありますが、それでも彼(女)らに好意を持つのは(どうしても好意を持てない学生や研修医もなかにはいますが・・・)、元々持っている人間性が大変魅力的だからです。
実際、彼(女)らの多くは大変素直で、大人の言うことをよく聞きます。なかには反抗期というものをほとんど経ずに成人したような男女もいます。世の中のドロドロした部分をこんな素直な子たちに見せたくない・・・、と思うことすらあります。この子は性格がよすぎるから詐欺にひっかかってしまうんじゃないかな、とか、将来クレームを言ってくる患者さんと対面したときに上手く振舞えずに心が病んでしまうんじゃないかな、とか心配してしまうこともあります(おせっかいですが・・・)。
ありていの言葉で言えば、彼(女)らは「温室育ち」なのです。しかし、温室であろうがどこで育とうが、社会人になれば甘えは許されませんし、その社会人の中でも医師という職業に従事するには高い倫理観が要求されます。甘い言葉でせまってくる数々の誘惑に打ち勝たなくてはなりませんし、低次元の欲求に対しては厳格にコントロールしなければなりません。
では、どうすればいいのでしょうか。
私の医学部の同級生のひとり(彼は現役で合格していました)は、このまま医師になってしまえば社会のことが何も分からないから、という理由で1~2年間の休学を考えたそうです。そしてその1~2年の間に医大生ではできないような経験、例えば会社勤めとか、起業とか、語学留学とか、海外でのボランティアとか、そういったことをやってみようと考えたそうです。私はそれは名案だと思いましたし、彼の気持ちがよく理解できました。しかし、大学側の回答は、「医学部には休学制度がない。どうしてもしたければ授業料を払って留年しなさい」というもので、結局彼のプランは実現しませんでした。
もしも休学制度がある大学医学部であれば、この私の同級生が考えたように医学部を卒業する前に他の経験をしておくというのはいい方法だと思います。あるいは、医学部を卒業してから1年間から数年間、何か別のことをするというのもひとつの方法ではないかと思います。「これほどの医師不足があるなかでそんな勝手なことは許されない。医師免許を取ったのなら国民のために働け!」という厳しい意見もあるでしょうが、医師側からみたときには数年間遅れたくらいで就職に困るということはありませんから、自分のため(そして将来診ることになる患者さんのためにもなるかもしれません)にいろんな経験を積んで置くのは有意義に違いありません。
少し私の個人的な経験を話しておきますと、私が自分の人生で初めて頭を打ったと感じたのは18歳で大学(関西の私大です)に入学して数ヶ月が経過した頃でした。当時の私は第1希望の大学に現役合格できたことで有頂天になっていました。わずか2ヶ月でしたが寝食を惜しんで勉強した結果、平均偏差値40だったのにもかかわらず現役合格できたのです。しばらくは、怖いものは何もない、くらいの気持ちでいたことを覚えています。
大学入学後は勉強以外のことは何でもやってみようと考えていて、複数のサークルやクラブに顔を出し、いろんなアルバイトを始めました。そのなかで、ある旅行会社でのアルバイトの経験が私の人生に大きな影響を与えることになります。この会社にはいろんな大学の学生やフリーター(当時まだこの言葉はありませんでしたが)が集まってきており年齢もバラバラでした。当時はまだコンピュータも普及しておらず、「予約していた宿に泊まれない」「来るはずのバスが来なかった」といったクレームやトラブルが日常茶飯事でした。このようなとき、状況を的確に判断し、怒っているお客さんに納得してもらい(逆に笑いをとるつわものもいました)、さらにスタッフをまとめて的確な指示を出せる人というのは、決して高学歴の人間ではなかったのです。このような経験を何度か経て、私は偏差値の高い大学に現役合格できたことで有頂天になっていた自分を恥じました。そして、自分がいかにちっぽけな人間かを知ることになりました。
その後私はいくつかのアルバイトを経て、大学卒業後は関西のある商社に4年間勤務しました。医学部入学後もいろんなアルバイトをしましたが、私がアルバイトを選ぶ基準は、「いかに自分が学べるか」です。それまでしたことのないような経験ができて、他のスタッフや社員から学ぶことがあるか、ということを考えるようにしました。もちろん、数え切れないくらいの失敗談もありますし、とてもここには書けないような恥ずかしい体験もあります。
これまでの経験を噛み締めて、そして医師という職業を相対的に考えたとき、「職業に貴賎がない」という言葉は事実だとしても、医師には高い倫理観が求められ、さらに私生活も含めて何事に対しても誠実にならなければならない、そしてこれこそが医師の矜持である、ということがすっと腑に落ちるのです。
前回紹介したような犯罪に手を染めた医師たちも、きっと医師という職業を相対化できていれば、つまり医師という職業を客観的にみることができる程度まで人生経験や苦労を重ねていれば、倫理観に背く行動が医師の矜持に反するということが理解できたのではないかと思うのです。
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