メディカルエッセイ
第113回(2012年6月) 生活保護の解決法
前回のこのコラムで、生活保護受給者には一部悪質な者がいるが、若い世代の受給者の大半は働きたくても仕事がなく生活保護に頼らざるを得ないこと、悪質な医療機関はまったくないとは言えないが稀なケースでありマスコミがそれを強調するのはおかしい、といったことなどについて述べました。
高額を稼いでいるタレントの母親が最近まで生活保護を受給していたことが発覚したこともあり、世間の生活保護受給者に対する風当たりは一層強くなっています。
生活保護を不正に受給するための偽装離婚や、「幻聴が聞こえる」「FBIに追われている」などと嘘を言って精神科の診断書を不正に入手し生活保護を受給する者がいる、といった話は、世間から興味深いと思われるのか、マスコミの報道やインターネットから目にすることが多くなってきました。
しかし、一方で、本当は生活保護を受給すべきなのに、世間の目を気にして申請をしない人がいるのもまた事実です。生活保護受給者に対するバッシングが強くなればなるほど、こういった人たちは申請するのをためらいます。我々医療従事者はこのような人たちによく出会います。
一例をあげましょう。
その患者さんは30代前半の男性でAさんとしておきます。Aさんは太融寺町谷口医院がオープンした2007年頃からアトピー性皮膚炎を中心に受診されていました。仕事は、派遣で工場勤務をしていて、契約が終了すればまた別の工場を探して、といった感じでした。2007年当時はこのような仕事はいくらでもあり、贅沢をしなければ生活はできたそうです。しかし、Aさんのアパートには風呂がなく、銭湯に通わなくてはなりませんでした。工場勤務は夜勤となることも多く生活は不規則であり、銭湯の開いている時間が合わずに2~3日間風呂に入れないこともありました。
アトピー性皮膚炎の患者さんにとって、汗を流せない、というのは大変なことです。かいた汗はできるだけ早く流さなければならない、ということはAさんにも分かっていましたから、もう少し貯金が貯まれば風呂付のアパートに引っ越すつもり、ということを話されていました。
リーマンショックが起こったのはそんな矢先でした。Aさんによると、瞬く間に工場勤務の求人はほぼ皆無となったそうです。Aさんは、風呂付のアパートどころか、今住んでいる風呂なしのアパートの家賃を払うことさえ困難になりました。
仕事をなくしてから受診したAさんが私に言ったのは、「副作用のことはいいですから、とにかく安くて強いステロイドをください。これからあまり来れなくなると思いますから薬は出せるだけ出してください」、というものです。私が生活保護の話をすると、「生活保護には頼りたくありません。僕には何の才能もありませんが五体満足の身体がありますから・・・」、と話されました。
それ以降Aさんは受診しておらず連絡もつきません。どこかに引っ越して新しい仕事を見つけてくれていればいいのですが・・・。
最近は、生活保護の不正受給を取り締まる「生保Gメン」もいて、その人数を増やすべき、という論調が強くなってきています。そのような対策も必要でしょうが、誤解を恐れずに述べれば、生活保護を申請すべきなのに申請していない人に適切な助言を与える相談員を各自治体で増やすべき、と私は考えています。
そんなことすればますます生活保護受給者が増えて財政がいきづまるではないか、と言われそうですが、たしかにそれはその通りです。もしもこの国に潤沢なお金があればやっていけるかもしれませんが、900兆円以上の借金をかかえたこの国でこれ以上生活保護の予算を割くのは現実的ではないでしょう。
ならば生活保護受給者への給付額を減らすしかありません。例えば夫婦に子供2人という一家が生活保護を受けていれば、(地域にもよりますが)住宅手当や扶養手当を加えると毎月20万円以上の現金を受け取ることができます。朝から晩まで休みなく働いて手取りが20万円未満、それで子供2人を含む家族を支えている父親が世間にたくさんいることを考えると、生活保護の受給額が多すぎるという意見は当然でてきます。
しかし、生活保護受給者も余裕のある生活を送っているわけではありません。受給額が減らされるとやっていけないと考えている受給者が大半でしょう。
そこでこのような方法はどうでしょう。現金給付を減額する代わりに生活保護受給者用のシェアハウスを建ててそこに住んでもらうのです。シェアハウスは最近急速に利用者が増えているようですが、何もお金を節約することを目的とした人だけのものではありません。例えば、「トーキョーよるヒルズ」というシェアハウスが大手広告代理店を退社した若者たちにより運営されています。ここではミーティングや作業などの他、リビングを会場にしてイベントや勉強会のようなものも開催しているそうです。
現在大阪市の生活保護受給者の家賃の上限は42,000円です。このため西成区などには42,000円の狭いアパートがたくさんあります。受給者からみても、狭いアパートに一人でこもるよりも、シェアハウスで複数の人たちと友に暮らす方が精神衛生上もいいのではないでしょうか。求人の情報交換などもおこないやすくなるでしょうし、何よりも孤独感が解消されます。「トーキョーよるヒルズ」のようにイベントや勉強会もできるかもしれません。また医療が必要な人に対して医師や看護師が往診しやすくなるというメリットもあります。
もちろん、知らない人間どうしが共同生活するとなるといろんな問題がでてきます。喧嘩や諍いが起こるでしょうし、部屋が散らかったり、食品が盗まれたりといった問題も起きるでしょう。また、そもそもそのような場所はどこにあるんだ、という問題もあります。
しかし、場所については比較的簡単に解決します。現在日本には人が住んでいない「空き家」が大量にあると言われており、大阪市で言えば西成区と生野区では2割にもなるそうです。おそらく古い文化住宅などが多いでしょうから、シェアハウスに改良するのに適した物件となるでしょう。内装に費用がかかりますが、生活保護の現金支給額が減らせるならば長期的には財政が安定します。
住人どうしの諍いや掃除、食事の問題については「管理人を置く」というのはどうでしょう。人件費がかかるではないかという問題がありますが、ボランティアとして無給でやってもらうのです。「どこにそんなお人よしがいるの??」という声が聞こえてきそうですが、困っている人がいれば力になりたい、と考えている日本人は決して少なくありません。東日本大震災がそれを証明してくれました。被災地に駆けつけて汗水流してボランティアにいそしんだ人たちが大勢いましたし今も活動中の人もいるのです。
困っている人を助けたい、と感じるのは日本人だけではありません。東日本大震災に対する義捐金は世界中から集まりましたし、実際に被災地でボランティアをしてくれた外国人もいます。
もしも日本の首相が、「生活保護を受給せざるを得ない困っている日本人を助けてください。無給のボランティアとなりますが住居費と食費はかかりません」と、世界中に訴えかければすぐに世界中から大勢のボランティアが集まるに違いありません・・・。
私がここで述べたことは確かに「突拍子もないこと」です。実際にこんなことを実現するにはいくつもの壁があります。けれども、現在の生活保護に関する一連の記事やインターネット上の言論をみていると、生活保護を受給せざるを得ない困っている人を助けよう、という視点のものがほとんど見当たらないのです。このことに侘しさややるせなさを感じるのは私だけではないでしょう。
不正受給者を探しだしたり糾弾したりするよりも、むしろ困っている人に積極的に手を差し伸べる方がずっと賢明です。支援者がたくさん現れれば、不正受給を考える輩は激減するでしょうし、一部のマスコミが報道するような悪徳医療機関も(もしあるならば)絶滅するでしょう。
「良心」や「支援」「奉仕」といった絶対的な原理原則を目の前にすれば、まともな人間はずるいことを考えられなくなるものです。
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