メディカルエッセイ
95 医師による犯罪をなくすために(前編) 2010/12/20
医師は社会的地位の高さからなのか、犯罪に手を染め逮捕されると実名入りで報道されることが多いと言えます。
今年(2010年)報道された医師による事件のなかで多くの人にとって印象深いのは、2009年1月に不倫相手の女性に子宮収縮剤を飲ませ流産させ、2010年5月に逮捕された東京慈恵会医科大学附属病院の30代内科医Kと、2010年5月28日に福岡県大牟田市の旅館経営者を殺害し7月に逮捕された仙台医療センターの20代研修医Iではないかと思われます。これら2つの事件はメディアで大きく取り上げられ、特に内科医Kの事件は、看護師である不倫相手の陰謀ではないかとの噂も流れ週刊誌の格好の的となりました。
これら2つの事件ほどではないにせよ、医師による事件が大きく報道されることは枚挙に暇がありません。2010年に逮捕された医師についてインターネットを使って調べてみると、実に簡単に事件の詳細と実名がでてきます。ここでは全てを記すことはできませんが、例えば薬物関連の事件を経時的にみてみると、
・済生会福岡総合病院の40代麻酔科医Hが覚醒剤使用で5月に逮捕
・埼玉県の30代開業医Iが覚醒剤使用で10月に逮捕
・国立成育医療研究センター(東京都)の30代精神科医Bが覚醒剤使用で10月に逮捕
・福岡県の40代医師Yが大麻取締法で10月に逮捕
・同僚の看護師と共に麻薬を使用していたとして横浜市立大学附属市民総合医療センターの30代麻酔科医Nが11月に逮捕
などがあげられます。
次に、ワイセツ関連の事件をみてみると、
・神奈川県の綾瀬厚生病院の50代外科医Mが、2009年2月と4月に当時高校1年の女子生徒ら2人に計5万円を渡しワイセツ行為をしたとして2月に逮捕
・市立広島市民病院の40代の救急診療部副部長のKが、5月に19歳の専門学校生のスカート内を盗撮して現行犯逮捕
・山口県の50代の開業医Uが、6月に新幹線の車内で女性を盗撮して現行犯逮捕
・鳥取大学医学部附属病院の20代研修医Aが、7月にホテルの女風呂を盗撮する目的で敷地内に侵入して現行犯逮捕
・広島市民病院の40代の内科副部長のKが、2009年11月に勤務する病院の診察室で当時8歳と11歳の姉妹の上半身を隠し撮りしたことが発覚し、7月に強制わいせつ罪で逮捕
・茨城県のひたちなか総合病院の研修医Kが、2010年2月当時中学3年生だった少女に3万円でワイセツ行為をおこない9月に逮捕
・千葉大医学部の2年生Iが女子高生のスカート内を盗撮したとして10月に現行犯逮捕
・東京都の30代の泌尿器科医Yが、2010年6月横浜市のホテルで高校1年の女子生徒に2万円でワイセツ行為をおこない11月に逮捕
などが出てきました。
名前についてはここではすべてイニシャルで表記しましたが、インターネットを使えば簡単に実名が分かります。いったんインターネット上に名前が出回ると、それを消去することはできないでしょうから、向こう何十年、あるいは百年以上も過去の汚点が大勢の人に晒されることになります。
ということは、このような事件で逮捕されると、医師として再就職というのは相当困難になります。患者さんが、自分を診てくれている医師の名前を検索すると過去に薬物やワイセツ行為で逮捕されていた、なんてことが分かると病院の存続にも影響するからです。
それにしても、医師による犯罪を調べてみると、薬物関連とワイセツ関連が多いことに驚かされます。(これら以外では、医療ミスが取り上げられることが多い傾向にあります)
こういった事件が報道されると、当然「医師なのに許せない・・・」という世論の声がでてきますが、その一方で「医師も人間なんだから実名まで報道しなくても・・・」という同情の声も少しは聞こえてきます。
特に、今年の事件で言えば、ホテルの女風呂をのぞこうとして建造物侵入罪で逮捕された鳥取大学の研修医Aは、10月に大学病院を解雇されたことも報道され、「気の毒に・・・」という声も一部から聞かれました。
たしかに、この研修医が医師ではなく他の職業についていたとしたら、そもそも建造物侵入罪で実名が大きく報道されただろうか、という疑問がありますし、解雇され、さらに少なくとも医師として再起することは絶望的ですから、同情の声がでてくるのも分からないではありません。
しかしながら、同じ医師として言わせてもらうと、やはりこの研修医は二度と医師の世界に戻るべきではありません。それは、医師は同性のみならず異性の裸も診察することがあるからです。(女性の)患者さん側からみれば、過去に女風呂をのぞこうとして逮捕された医師に自分の裸を診てもらおうとは思いません。そのような医師とは良好な医師・患者関係が確立できるはずがないのです。
というわけで、私はこの研修医Aを含めて上に述べた今年逮捕された医師の誰ひとりとして擁護するつもりは毛頭ありませんし、同情もしません。医師というのは、高い倫理観が要求される職業であり、高い倫理観を持っていること自体が医師の矜持でもあるのです。
けれども、これは詭弁に聞こえるかもしれませんが、私は、特に研修医Aに対しては、やってしまった行動を弁護するつもりはありませんが、医師になる前のA君に対しては、同情してしまいます。私は、研修医Aにも、医師になる前のA君にももちろん会ったことはありませんが、A君は医学部を卒業してから「もうお前は医師なんだから・・・」という周囲からの強い社会的プレッシャーのなかで苦しんでいたのではないかと思うのです。
先ほど、高い倫理観を持っていること自体が医師の矜持、と述べましたが、これを理屈だけでなく心底から実感できるようになるには、それなりの人生経験と苦労の体験が必要だと私は考えています。
私に高い倫理観があるとは言いませんが、少なくとも薬物やワイセツ行為をしようと思わないのは、これまでの人生経験があるからであって、品行方正な性格だからというわけでは決してありません。生まれたときから高い倫理を有している人もいるのかもしれませんが、そのような人はむしろ例外でしょう。大半の人間は、それは医師も含めて、”人間”なのです。教科書どおりの生き方ができるわけではないのです。
しかし、医師になってしまえば(あるいは医学部に入学してしまえば)、高い倫理観を持たねばならず、それが持てないなら別の道に進みなおさなければなりません。
では、どのようにして経験や苦労を積み、高い倫理観を持てばいいのか、特に18歳で医学部に入学した(してしまった)人たちはどうすればいいのでしょうか。次回はそのあたりを考えてみたいと思います。
つづく・・・
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