メディカルエッセイ

77 大学病院の総合診療科の危機 その2 2009/6/20

さて、マスコミの報道によりますと、大学病院の総合診療科が廃止に追い込まれている理由として次のようなものが挙げられています。

①利用度が上がらなかった。
②専門の診療科の方が患者に人気がある。
③総合診療を担当する医師が少ない。
④総合診療は時間がかかる割には、手術や高額な検査を行わず、経営側から見れば不採算部門。
⑤臓器別の専門診療科よりも地位が低く見られがちなことも、医師側に不人気。

 これらを順にみていきましょう。

 まず、①の「利用度が上がらなかった」ですが、大学病院はそもそも他の医療機関からの紹介状がなければ受診できない病院です。したがって、大学病院の総合診療科を受診する患者さんというのは、診療所/クリニックや地域の病院で診断がつかず、どこの専門科を受診すべきかが分からない(もしくはその時点では専門科を受診すべきでない)と医師が診断した症例に限られます。このような症例はそれほど数が多いわけではなく患者総数が多くないのは当然のことです。

 また、大学病院にもときどき紹介状を持たずに受診する人がいますが、たいていは”門前払い”をされます。これは、見方によっては「医師の応召義務違反」となるかもしれませんが大学病院の役割を考えればある程度は止むを得ないことです。しかし、紹介状がないからといって強い症状のある患者さんに帰ってもらうわけにはいきませんから、紹介状がなかったとしても急いで診察・治療をする必要のある場合はこの限りではありません。したがって、こういうケースでは総合診療科が診察することがあります。ただしこの場合も症例数としてはそれほど多いわけではありません。

 ですから、大学病院の総合診療科を受診する人というのは、初めから限られているのです。

 次に②の「専門の診療科の方が患者に人気がある」ですが、これも①で述べた理由と同じで、大学病院には他の医療機関からの紹介状を持参した患者さんが受診するのが原則であり、その紹介状の宛名は、「総合診療科」ではなく「脳神経外科」「消化器内科」など専門科になっていることがほとんどであることを考えると当然のことです。患者さんは紹介状に書かれた「科」を受診するわけですから、「人気のあるない」というのは少し論点がずれているような気がします。

 ③の「総合診療を担当する医師が少ない」というのも当然のことです。①、②で述べたように大学病院を受診する患者さんは、他の医療機関からの紹介状を持っているというのが原則です。一方、総合診療をおこなおうとする医師の多くは、紹介状持参の患者さんではなく、初期診療(一番最初の診察)をすることに重きを置いています。患者さんが健康上のトラブルを抱えたときにまず受診するのは大学病院ではなく地域の診療所やクリニックですから、大学病院で総合診療を学ぼうと思っても限界があります。ですから、総合診療を担当する医師は小さな医療機関であればあるほど多く、大学病院では少ないのが理にかなっているのです。

 ④の「総合診療は時間がかかる割には経営的に不採算」というのは、医療を市場社会で考えるならその通りであって、医療機関を「利益を追求する組織」と考えるのであれば廃止になっても仕方がないのかもしれません。

 前回のコラムで例にあげたように、複数の訴えをもった患者さんが総合診療科には(太融寺町谷口医院にも)よく受診されます。このような患者さんを診察するとき、まず話を聴くだけでかなりの時間を費やします。患者さんが検査を望んでいたとしても、現時点では不必要と考えられるケースも多く、その場合、「なぜ今その検査が必要でないのか」を患者さんに納得してもらうまで説明しなければなりません。そのため診察に30分以上もかかって検査や薬は一切なし、なんてこともよくあります。これでは経営的に成り立たないのです。

 しかしながら、医療というのは本来市場社会には馴染まないものです。医療機関と言えどもある程度の利益を出して税金を払うことができなくなれば倒産してしまうのは事実ですが、医療従事者たる者が利益を追求するようになってしまえば、もうそれは医療とは呼べないのではないでしょうか。現実と理想のバランスをとるのはむつかしいことかもしれませんが、「経営的に不採算だから総合診療科を廃止する」というのは寂しく感じます。

 ⑤の「臓器別の専門科より総合診療科の地位が低くみられる」というのは私にはよく分かりません。「科」によって序列があると考える人がいるということなのだと思いますが、おそらくそのような”地位”を気にする人は、「職業に貴賎はない」という言葉をキレイごとと捉え、医師と他の職業の間にも”序列”を考えているのではないでしょうか。

 さて、大学病院における総合診療科が廃止に追い込まれているのは事実だとしても、その一方で、民間病院の総合診療科に人気があるのもまた事実です。実際、総合診療に力を入れている病院には、研修医の就職希望が集中しています。(こういった病院の多くは、給与は決して高くありません。給料ではなくやりたいことを求めて多くの研修医が希望をしているのです)

 また、総合診療関連の学会や研究会も大変盛り上がっており、今月開催される予定だった総合診療関連の大きな学会は、定員の定められているワークショーップのほとんどで申し込みが殺到し随分早くに締め切られていました。(この学会は新型インフルエンザの影響で8月に延期されることになりました)

 では、総合診療科は民間病院にのみ意味があって大学病院には存在価値がないのかというと、決してそんなことはありません。やはり大学病院というところは、いろんな情報がいち早く入ってきますし、いろんな人材が豊富ですから、総合診療を学ぶという点においては大変有益な場です。

 私が大学の総合診療科で学んでいた頃は、週に1~2回、大学病院の総合診療科外来で研修を積み、それ以外は地域の診療所やクリニックに勉強に行っていました。大学病院でのカンファレンスや症例検討会というのは大変充実しており、一般病院でのカンファレンスにはない良さがあります。その症例が治癒に至ったとしても、その過程において学術的な観点からとことん討論を重ねるような形式はやはり大学病院特有のものだと思われます。また、大学にいれば各専門科の医師にすぐに質問しにいけるというメリットもあります。

 大学病院の総合診療科が廃止になるのは大変残念なことです。大学病院の利点をいかしながら、地域の病院や診療所/クリニックと連携をして、営利を追求するのではなく、幅広い知識と技術を学べるような総合診療の教育・研修システムが構築されることを願います。