メディカルエッセイ

60 救急搬送拒否とクリニックの待ち時間 前編 2008/1/31

昨年末に大阪府富田林市で、30もの病院から救急搬送を拒否されて89歳の女性が死亡したという事件は一般の方からは不可解にうつるかもしれません。

 ”30もの病院から拒否”などと聞くと、「いったい日本の病院は何をやっているんだ!」と憤りを感じる方もいるでしょう。

 しかし、現場で仕事をしていると、30というのはさすがに多いような気もしますが、このようなことは”ないことはないだろうな・・・”と感じられます。

 私は、現在は救急の仕事から離れていますが、少し前までは月に数回は救急車を受け入れ入る病院で夜間の勤務をしていましたし、以前は大病院の救急部で働いていたこともあります。

 救急車受け入れ要請の電話は救急隊から入ります。比較的小さな病院で働いているときは、救急隊の話から判断して、「その症例はこの病院で受け入れるには重症すぎる。もっと大きな病院に行ってもらうべきだ」と判断して断ることがあります。

 これは、無理して受け入れて、その結果、「やはりこの病院では人員も設備もこの症例をみるには不充分だった」などということは避けなければならないからです。初めから大病院に搬送されていれば助かったのに、無理して小さな病院で受け入れたために救える命が救えなかった、などということは絶対にあってはならないことです。

 ただ、この判断がいつも正しいとは限りません。

 例えば、私が以前ある中規模病院で夜間勤務をしていたとき、30代男性の交通事故の患者さんが運ばれてきました。事前の救急隊の情報によれば、「意識も清明で、頭をうっているかもしれないが両手両足は動く。あるとしても軽度の骨折程度だろう」ということでした。それならば、受け入れ可能です。私は、「頭蓋内出血や胸部・腹部の損傷を確認して、あとは骨折の治療をおこなえばいいだろう・・・」、そのように考えていました。

 ところがです。実際に運ばれてきた患者は、意識は比較的保たれているものの、四肢に力が入らないといいます。これは脊髄損傷の可能性があります。もしも、脊髄損傷なら初めからそれなりの対応のできる高次病院に行かなければなりません。私は初期診察をすませ、やはり脊髄損傷の可能性のあることを確認し、それから大阪府中の高次病院に連絡をとりました。

 そのときはたしか7件目くらいの病院で受け入れてもらえることになりました。その病院まではかなり距離がありましたが、私も救急車に同乗しておよそ1時間後に搬送することができました。

 逆に、高度な救急をあつかっている大病院で勤務しているときは、救急隊や中規模病院からの救急搬送依頼が頻繁にあります。

 もちろん、大病院としては、重症の症例を積極的に受け入れたいという気持ちはあるのですが、すべての依頼に対応するわけにはいきません。生死をさまよっているような患者さんの治療には、かなりの人員と時間がとられます。生命の危機がある患者さんをひとり受け入れれば、その後数時間は救急要請に応えることはできないのです。

 また、救急外来があいているときでも、ベッドが万床であれば受け入れられないということもあります。重症の症例は、原則として入院することが前提です。空きベッドがなければ人員に余裕があったとしても救急要請を受け入れることはできないのです。

 では、日本の医療現場では、なぜこのような問題が起こるのでしょうか。

 最大の原因は「医師不足」でしょう。

 もしも医師の数が大幅に増えれば、それだけで救急要請を断ることはかなり少なくなるはずです。夜間の当直医が1から2人しかいない病院であれば、少し時間のかかる中等度の症例が搬送されてくればそれで手がいっぱいになってしまいます。救急医療をおこなう医師が(それが交代性であったとしても)増加すれば、なかなか搬送先が見つからないという問題は大きく減少するはずです。

 ちなみに、日本の人口あたりの医師数は、先進国30ヶ国中27位(2005年9月の財団法人社会経済生産性本部によるデータ)です。

 そして、もうひとつの大きな問題は、「空きベッドの少なさ」です。

 医師数と同時に財団法人社会経済生産性本部が発表した、人口あたりの病院ベッド数は、先進国30ヶ国中なんと第2位です。

 これは一見奇妙にうつります。ベッドの数は多いのに万床で救急搬送が受け入れられないとはどういうことでしょうか。

 この原因は、日本では入院を希望する患者さんが他国に比べ多くて、さらに入院期間が長いという特徴があるからです。

 これが日本の医療費を圧迫しているのは事実で、そのため厚生労働省はあの手この手で入院患者数を減らして、入院期間を短くする政策を常に検討しています。

 現在の日本の医療現場は、「少ない医師が大勢の入院患者を診ている」というのが現状なのです。

 では、入院機能をもたないクリニック(診療所)ではどうなのでしょうか。

 病院の搬送拒否とある意味で同じ問題を孕んでいるのが、「クリニックの待ち時間の長さ」です。

 現在のすてらめいとクリニックの最大の問題点のひとつが、この「待ち時間の長さ」です。

 特に1月は待ち時間の長さが顕著でした。正月明けで患者さんが一気に増えたこともあり、予約があっても2時間待ち、予約がなければ4時間待ち、などという事態にもなってしまいました。

 現在は予約システムを大幅に見直し、待ち時間の短縮がある程度実現化し、少なくとも予約のある患者さんの待ち時間は最長でも30分程度になっています。

 しかし、一方では新たな問題も出現しています。次回はそのあたりを述べたいと思います。