メディカルエッセイ

7 義援金のナゾと正しい救援活動 2005/2/3

2004年12月26日の早朝、マグニチュード9.0の大規模な地震が北スマトラの西海岸を襲いました。地震によって発生した高さ10mにも及ぶ津波は一時間でインド洋沿岸500kmにわたって波及し、インド、インドネシア、スリランカ、タイ、モルディブ、ミャンマー、セーシェル、ソマリアの沿岸地域を破壊したそうです。これまでに、約13万9,000人が命を落とし、そして1万8,000人がいまだ行方不明となっているそうです(2005年1月8日現在)。今後不衛生な環境から、コレラやマラリアなどの感染症が蔓延し、さらに多数の被害者が出ると予想されています。
 
 津波の被害者に対する義援金の募集が、多くの団体でおこなわれています。私はこのような被災が生じたときにいつも疑問に思うことがあります。なぜ、多くの団体がそれぞれの基金を立ち上げる必要があるのでしょうか。例えば、ほとんどのテレビ局では、独自に新たに口座を開設し、その口座に義援金を振り込むように視聴者に語りかけています。そして一定の期間を経たところで、ユニセフ、日本赤十字、国境なき医師団などに寄付するというのです。

 それならば、はじめからこれら機関のホームページのアドレスや、口座番号をテレビで知らせればいいのではないでしょうか。私はテレビ局のエゴを感じずにはいられないのです。テレビ局は、一定の期間がたったところで、「全部で○○円集まりました。皆様ありがとうございました。」と言います。テレビ局としては、義援金の金額が、どこどこの局に勝ったとか、負けたとか、そういうことを気にしているように思えてならないのです。 

 テレビ局などの大きな組織では、確実に然るべき機関に義援金が寄付されるものと思われますが、これが聞いたことのないような組織であれば、本当に被災者に使われているのかどうかも疑問です。本当に被災者のことを考えるのであれば、そもそも新しく基金を始める必要などはないはずです。「ユニセフや日赤に義援金を送りましょう!」と宣伝すればいいわけですから。

 もしもこれを読んでくれている人のなかで、スマトラ沖地震による津波の被災者に義援金を送りたいと考えている方がおられるなら、私は、直接ユニセフや日赤に募金することをすすめます。その理由をいくつかご紹介しましょう。

 まず、自分の寄付した義援金が確実に被災者のために使われていることが実感できます。例えば、街角で募金を呼びかけているような、聞いたこともない組織に寄付しても本当に被災者の元に届いているのかどうか分かりません。随分前の話ですが、街角で募金箱を持って募金活動をしている若い男が、その募金箱から1000円札を取り出し、ファストフード店に入っていったのを見たことがあります。もちろん、すべての街角の募金活動をしている人がそんなことをしていると言っているわけではありませんが、ユニセフや日赤などに寄付をすれば、「自分のお金が本当に被災者の元に届いているのだろうか」などといった心配をしなくてもいいわけです。

 次に、これらの機関に一度募金をして名前、住所などを登録しておくと、定期的に世界中で困窮している人たちの情報や、募金の情報などを知らせてくれるという利点があります。こういった情報を定期的に入手することによって、世界の状態がわかり、ときに新聞では報道されていないようなことも知ることができます。そして、自分が困窮している人たちのために何ができるのかといったことを考える機会を得ることができます。衛生状態がよくてモノにあふれた現代日本からは考えられないようなことが、スマトラ沖地震以外でも今も世界の各地で起こっています。

 そういったことを常日頃から意識することによって、世界観が変わることもあります。実際に私の知人に、以前はブランド物を買ったり高級クラブに通ったりすることを楽しみにしていたけど、カンボジア難民に寄付したことをきっかけに、奉仕の必要性・重要性を認識し、以降は収入の一定の割合を寄付に使うようになったという人もいます。

 もうひとつは、ユニセフや日赤などの組織に寄付したお金は、寄付金控除の対象となって、確定申告をすればいくらか減税されるということです。だから、インターネット上で寄付する場合は、必ず領収書をもらうようにしましょう。例えばユニセフでは募金後数ヶ月以内に領収書を自宅に送ってもらうことができます。もしもテレビ局などに寄付金を送り、それがユニセフに送られたとしてもユニセフの領収書は発行してもらえず、テレビ局に対する寄付では、所得税控除の対象にならないのです。

 「テレビ局経由でも直接ユニセフでも結果は同じじゃないか」と言う人もありますが、ひとつには、この寄付金控除の問題があるわけです。それに、ユニセフ側としても、一定の期間を経てからテレビ局経由でまとまった寄付金が送られてくるよりも、その都度個人から直接送られてくる方が、寄付金が早い段階で集まるので利用しやすいのではないでしょうか。

 被災者への義援金という話になると、必ず「カネも大事だけどヒトを派遣することが大切」という議論がでてきます。今回も津波の被害者を救うために、世界各国から救援部隊が現地に駆けつけています。日本も自衛隊の派遣が迅速におこなわれましたし、政府から派遣された、医師を含む医療従事者で構成される国際緊急援助隊も現地で活躍しているそうです。医療ボランティアをおこなっているNPO法人のAMDAもすぐに医療従事者を派遣しました。

 自衛隊や医療従事者でない一般の人のなかにも、現地に行ってできることがあるなら何でもしたいと考える人も多いでしょう。実際、私のもとにも「お前は行かへんのかい」とか「ボランティアに行きたいねんけどどうしたらええんやろ」という声が寄せられています。

 私個人としては、医療ボランティアをおこないに現地に行きたいのですが、現在身内が入院中のこともあって大阪を離れられない状況のため、現時点では寄付金での協力のみとさせていただいています。

 「ボランティアに行きたい」という人には、私はとりあえず現地に行くことをすすめています。やみくもに行っても混乱するだけだから組織に属していないなら行かない方がいい、という人もいますが、私はそうは思いません。実際には、行ってみると被災者の役に立つことはいくらでもあります。それに、行ってみないことには本当の状況が分かりません。マスコミの報道をみていても実際のところはよく分かりません。水が足りないのか、感染症が問題なのか、治安の悪化が問題なのかといった問題は、日々変わりますし、実際に自分の目で確かめるのが一番確実なのです。

 とりあえず現地に赴き、何が問題になっていて、自分には何ができるのかということを考えて整理し、その上で、現地で中心的な立場で救援活動をおこなっている人に、自分のできることを伝えて指示やアドバイスを求めればいいのです。

 ただし、最低限のマナーは必要です。まず最低でも英語ができること。現地の言葉ができるとなおいいです。それに健康であることも絶対必要です。健康を害していれば自分が足手まといになることもあるからです。それから、被災における救援活動の基礎知識は持っていなければなりません。こういった最低限のマナーを無視して「やる気だけはありますので!」といったところで、なかなか使いものにはなりません。

 しかしながら、英語については、とりあえずは日本の中学程度のものができればなんとかコミュニケーションは取れるでしょうし、救援の基礎知識は本を一冊読めばある程度の知識が身につきます(例えば『災害初動期における活動マニュアル』へるす出版)。やる気のある人はとりあえず行ってみてはどうでしょうか。

 ただし、ボランティアには相当のリスクが伴うことも覚えておいてください。インドネシアでの大量の子供の誘拐(人身売買)は大きく報道されているようですが、他にも、火事場泥棒や強盗が各地で起こっているようです。タイでは被災地の簡易トイレを盗撮していた男が捕まったそうです。阪神大震災のときも、被災者に対する強盗やレイプがいくつもおこりました。こういった被害は被災者だけでなく、善意のボランティアにもふりかかることがあります。そういったリスクもあることを忘れてはいけません。

 地震や津波というのは予期せぬときに突然やってきます。明日にでも世界のどこかで起こるかもしれません。自分にも災害が襲ってくるかもしれません。いつの時代もそうですが、我々は常に災害が起こりうるということを頭の片隅においておく必要があり、他人が被害にあったときに何ができるのかということを考えておかなければならないと思います。

 今回の津波をもう一度振り返って、今自分に何ができるのか、できるとすればそれは寄付なのか行動なのか、そして助け合いの意味を改めて考えてみてはいかがでしょうか。